武闘大会のできごと

矢本 和歌六


ディエス・イレ(怒りの日、その日)
公開殺戮事件
魔人降臨
闘神の謝肉祭
 

 エンフィールド闘技場至上最悪の事件はそう呼ばれた。
 ある一人をのぞいて、それは人々の間の記憶に刻み込まれている。
 今現在、さくら亭で午後の茶を飲みながら看板娘に足を蹴飛ばされている彼をのぞいて。
 それはある晴れた日のこと。
 今のようにさんさんと太陽の光が降り注ぐ、平和な一日にその事件は起こった。
 

 そして、その日。
 町内一の迷惑男。暴走帝王。ジョートショップ2階の魔物。自警団永久要注意人物。エンフィールドの種馬など数々の悪名をありがたく頂戴している青年、ウェインは日頃のぼけぼけーっとした様子とは180度方向を変更したようないかにもやる気といった感じで愛用品のうちの一つの巨大な両刃の剣、かつて戦場で使われていた骨董品、斬馬刀を握っていた。

「…ふんっ!!」

 ごうっ!!

 振った瞬間に風が鳴る。
 長大な剣にかかる重量はかなりのもののはずだが、ウェインはそれを軽々と振り回している。恐ろしいほどの腕力。そして、その長大な剣を手足のように操るほどの技量。
 いつも、アルベルトとのいざこざ(本人に言わせれば、朝食前の軽い運動もどきらしい)でも発揮されない彼の本来の能力。
 それを解放できることによっての喜びか、彼はこれ以上ないくらいにさわやかな笑みを浮かべながら斬馬刀を振るう。
 それを数度繰り返し、身体にカンを取り戻したような様子を見せるとウェインはこきこきと肩をならしながらつぶやく。

「…優勝はいただきだな」

 にやりと笑うその口元には最大の自信がうかがえた。
 そして、ひょろりとした足取りで彼は暗い控え室から外へと出ていく。
 歓声とそして、戦いの空気が流れる闘技場のコロシアムへと。
 

 彼が闘技場を訪れたわけは一つだった。
 それはある日のこと。
 さくら亭で。
 ジョートショップの依頼を終えて、ランチセットを食べて一息ついていたとき、ウェインはさくら亭の看板娘、パティにフォークを口にくわえて話しかけていた。

「だからな。俺が出たらあんなもんは子供の遊びだっての」

「へえ…だったら証拠見せてみなさいよ」
 ものすごくあきれまくった様子を見せるパティ。
 ことの発端は実に簡単。
 ウェインとパティが闘技場の話題について語り合っていたときのことだった。

「やだよ。だから子供の遊びに大人は参加しないの」

 めちゃくちゃにやる気のなさそうなウェイン。
 もともとやる気などかけらもない男なのだが、今回はそれに輪をかけるような様子。
 そんな様子を見て、パティはぽそりと呟いた。

「ふうん…怖いんだ」

「なっ!!?」

 さすがにその言葉に大きく反応するウェイン。

「怖いって顔に書いてあるわよ。いっつもいっつも自信ありそうな顔して、その上でさらに余裕って感じでしゃ
べって、そのくせいざとなったら怖いんだ。そりゃそうよね。根っからの根性なしなんだし」
 ずらずらと屈辱的な言葉を並べていくパティ。
 言われる度にウェインの額に青筋が浮かんでいく。

「お、おい…いくらなんでも言い過ぎだぜ…」

「あーあ、アルベルトの時だけ嬉々としてやってたくせに。弱いやつだとあんなに強気なのに強いやつだとそんな態度だし…。それとも弱いものイジメが好きなのかな、根性なしで臆病者のウェインは」

 いくらなんでも言い過ぎである。
 ちなみにこう言っているがアルベルトは決して弱いわけではない。
 彼自身、自警団ではトップクラスの実力の持ち主だし、それに闘技場では何度か優勝経験もある。さらに言うならリカルド隊長を除けば、自警団でも随一の使い手と噂されるほどだ。
 それをぼこぼこに叩きのめせると言うことはウェインだって実力自体かなりのものがある。それはパティも承知している。それをわかった上でそう言っているのだ。
 それならなぜいちいちたきつけるようなことを言うのか。それは…だいたい理解できるだろう。言うならば…少しはいいところを見てみたいと言ったところか。
 ま、乙女心の一部分といったところか。
 まあ、それは放置するとして。

「あのなあ。俺はだな…」

「言い訳なんて見苦しいわよウェイン。あーあ、こんな臆病者だったなんて。正直失望したわ」

「…わかった」

 うつむいたままでウェインが呟いた。

「なにがわかったの?」

「そこまで言うんならしょうがない。子供の遊びに参加してやろうじゃねえか」

「あらあら。別に無理しなくていいわよ」

「無理なんかじゃねえよ。見せてやろうじゃねえか。俺の本気ってやつを!」

 すっくと立ち上がるウェイン。
 してやったりと言った顔をするパティ。当然ウェインは気づかない。

「言ったわね。それじゃ3位入賞くらいはして見せてよ」

「おう!3位どころか優勝姿だって見せてやる!なんなら全員一撃でしとめてやろうじゃねえか!」

「ふうん…それじゃ次の大会に出場する訳ね」

「当然だろうが。そんじゃ今から登録してくるからな!俺の勇姿をとくと見ていろ!!」

「はいはい。そんじゃ応援してあげるわよ。そのかわり無様に負けたら店に出入り禁止にしてあげるからね」

「ふうん…それじゃ俺が優勝した暁にはパティはなにしてくれる?」

「な、なにって?」

「負けたときのリスクだけじゃなあ。勝ったときのご褒美くらいはあるだろう?」

「…わかったわよ。もし、万が一にでも優勝できたら…なんでも言うこと聞いてあげるわ」

 少しだけ頬を染めながら言うパティ。

「いよおおっし!!その言葉は忘れるなよ!そんじゃ行って来るぜ!!」

 妙ににやけながら飛び出していくウェイン。

「あ、バカ!またやらしいこと考えてるわねえっ!!あ、こら!戻ってきなさいよ!バカウェイン!!」

 パティは叫ぶがウェインは止まりもせず闘技場へと一目散に走っていく。
 そして店内に残るのは喧噪と立ちつくしているパティだけ。

「もう…バカ…」
 
 

 そして現在。
 周囲を囲む観客席。乾いた空気が漂う闘技場の土の上。
 照りつける太陽が妙にまぶしい。
 異様な熱気と興奮に包まれるコロシアム。
 観客からはヤジとも罵声ともつかない声があがり、それらが全てこの場所の雰囲気を高めていく。
 そこに立つのは斬馬刀を持ったウェイン。
 いつものようなだらけた顔でぼーっと立っていた。
 ただ、心の中はそうではない。
 いつもとは全く違う、戦いの時のたぎる血を押さえるように自分を制御している。
 張りつめた空気。
 熱く高ぶる闘志。

「ふん…ちっとは手応えってやつを味あわせてもらうかね」

 呟きながら対戦相手を待つ。

『それでは!エンフィールド大武闘大会!一回戦の開始です!!』

 アナウンスが興奮した様子で叫ぶ。

『最初の対戦は!エンフィールドの種馬!悪事をやらせたらこの人に勝てるものはいないという伝説の極悪人!ジョートショップの2階に生息する魔物!ウェインさん対、自称地上最強の武道家!趣味でやってるからいい加減あきらめたほうがいいと噂されているマーシャル武器店の店主!マーシャルさんです!!』

「いつか殺してやろうか、この司会」

 あまりにふざけまくった解説に半分本気で言うウェイン。やりそうだから怖い。
 そしてゆっくりと向こう側のゲートからやってきたのは、あんまり鍛えてなさそうな痩身と、うまく使いこなせていないようなヌンチャクを手にして、こちらに向かって歩いてくるマーシャルの姿。

「ウェインさん!全力で来るよろし!さもなくば大けがするアルよ!」

「はいはい。そんじゃ胸借りますよ。マーシャルさん」
 やる気のなさそうなウェイン。
 当然だ。
 いくらなんでもこの人相手に本気でやるほどウェインも見境がないわけではない。

(あっちゃあ…こいつ相手かよ。これじゃ派手にやれねえじゃねえか。しょうがねえ。ここは武器をおろして…と。)

 ずしん!

 重い音を立てて斬馬刀が地面に落ちた。

『おおっと!ウェイン選手!なにを考えたのか武器を捨てたああっ!!もしかしてこれは敗北宣言かああっ!!?』

 司会の声にどっと笑う周囲。
 少しむかつくウェインだが、まあ、今回は余裕を装って流す。

「ふーむ…賢明アルね。その態度に免じて腕の一本で済ませてあげるアルよ!」

 ぶんぶんとヌンチャクを振り回すマーシャル。
 どうでもいいが、ヌンチャクがときどき頭に命中していたりする。
 …なにをやっているんだか。

『試合開始です!』

 そして、試合のゴングが鳴った。

「ホアチャアアアアアアアアアアッッッ!!」

 試合のゴングと同時にマーシャルが宙を舞い、ヌンチャクを振り下ろし…、

 ごきいいいいいっっ!!

「…アチョウ…」

 あっさりとウェインの突き出した拳に迎撃されて、KOされていたりする。
 たったの5秒でこの試合は終了したようだ。

『…え、ええっと…とにかくKOのようです!!ウェイン選手の右の拳がクリーンヒットして、マーシャル選手凄絶にダウンです!!』

 ぱち…ぱちぱち…

 まばらに鳴る拍手。
 あまりのあっけなさにどうやら観客は白けてしまったらしい。

「ちっ!やってられるか!」

 ウェインはぶっ倒れて気絶しているマーシャルを放置してとっとと控え室に戻っていくのだった。
 こうしてウェインの戦いは開始されたのだった。
 

 そして控え室。
 妙にいらいらしているウェイン。
 それもそうだ。
 せっかくパティに見せつけてやろうと意気込んできたのに、最初からこれでは面白くも何ともないだろう。
 そんなときに、不意に話しかけてくる姿があった。
 自警団の団員にしてウェイン最大の敵(自称)のアルベルトである。

「ようっ!犯罪者!いい感じの戦いぶりだったじゃねえか!」

「ああん?んだよ、妖怪化粧お化け。昼間っからでてくるとはいい度胸じゃねえか」
 振り向きながら言うウェイン。いらついてるせいなのか、いつもよりも数倍棘のある言い方だ。
 そんなウェインに普通なら怒るはずなのだがアルベルトはにやりと笑って余裕を見せていた。

「ま、今回オレは警備だからどうもできねえが、ま、この調子で恥でもばらまいてくれよな。ウェイン」

「んだと?なんなら今すぐにでも相手してやってもいいんだぜ」

「だからオレは参加してないって言ってるだろう?ま、次回もがんばって恥かいてくれよ。それじゃあな」

 ぱたぱたと手を振って去っていくアルベルト。
 ここでウェインは気づくべきだったのだ。
 なぜアルベルトがこんなふうにわざわざ嫌っている相手を激励しに来るのかを。
 そして対戦相手がすでに決まってると言ったような言い方をしたのかを。
 だが、ウェインは次こそまともな相手を期待して、素振りをしていたのでそんなことは気づく由もなかった。
 そして、再びウェインに出場の呼び出しがかかる。

「今度はまともな相手だろうな…」

 ウェインはそう呟きながら再び斬馬刀を手に外へと出ていくのだった。
 

『それでは1回戦を勝ち抜いたウェイン選手の2人目の相手は…』
 ぎぎぎとうなり声をあげて開いていく扉。
 そこから、ゆっくりと何者かが現れる。
 赤い人民服に身を包み、長い髪を風に流して悠然とこちらに向かってくる。
 無駄のありそうな足運びをして妙に不格好な青竜刀を背中に背負っている。
 そして顔は…どっかで見たことあるような…と言うより、さっき殴り倒した相手に見えるのだが…。

『謎の青竜刀使い!どっかで見たことあるような感じだけど、別人らしいです!赤の剣士マーチェルさんです!!』

 その言葉に応えてぶんぶんと青竜刀を振り回すマーシャル…いや、マーチェル。
 だが重さに負けてか、ときどき青竜刀の重みに身体を持って行かれそうになっている。

「さあ、かかってくるネ!」

「オイコラ、マーシャルのおっさん」

 冷めた瞳のウェインに言われてびくっとなるマーチェル。

「な、な、なにを言うアルかウェインさん!アタシはマーシャルじゃなくて、マーチェルアルよ!!」

「マーシャルでもマーチェルでもいいがな。なんで一回戦で負けたあんたがここにいるんだよ?」

「ふ、ふふ。こ、これいじょう話すことはなさそうアルね!それでは覚悟するアル!赤の剣士の実力を思い知る
アル!!」

 ぶんぶん…よろっ
 やっぱり重みに負けている。

『それでは…試合開始です!』

 ゴングが鳴り、

「秘技!三連殺アルウウウッッッッ!!」

 べみっ!

「アイヤアアアアアアアアッ!」

 青竜刀の腕を見せる前に今度はウェインのやくざキックを食らって沈む。
 もちろん、一撃でKO。
 赤の剣士とやらはぴくりとも動いていない。

『……ええ…と、とにかくウェイン選手!勝利です!』

 またまた身も蓋もない一撃KOに言う言葉もなくごまかすようにウェインの勝利を告げる司会。
 むろん場内も白けきっているままだ。
 この試合の経過時間は4秒。
 ウェインはますます不機嫌度を上昇させ、控え室へと戻っていった。
 

 そして迎えた3回戦。
 すでに対戦相手を見た瞬間からウェインは手負いの肉食獣のような凶暴な顔をしていた。
 それもそのはず。
 出てきたのは、やはりどっからどう見てもマーシャル以外の何者でもなかったからだ。

『今度はジャングルの奥地をよりやってきたパンサーシャルさんです!得意技能はかみつきと…』

 司会がうるさい。
 周囲からは失笑が漏れていた。

「ガルルルルルルルルル…!!殺すアルよおおおおっ!!」

 見事な原住民ルックのマーシャルの腹にはくっきりとさっきのやくざキックの跡が残っていた。どうやら、先ほどのダメージを無理矢理魔法で回復させたらしい。

『それでは試合開始で…』

「てめえが死ね!!」

 ぐきゃっっ!!

「ニイハオオオオオオオオオオオッッ!!」

 試合開始の声を待たずにウェインはマーシャルの顔面を殴り飛ばした。
 手加減なしの一撃に、マーシャルは吹っ飛んで地面を軽く2、3度バウンドした。

『おおっっと!卑怯にも…』

「やかましいいわあっ!!」

 司会の声を遮って、怒り心頭の様子で控え室に戻っていくウェイン。
 どうも完全にぶち切れているご様子。
 ちなみに経過時間は3秒
 それを影で笑っている人物がいることをウェインは知らなかった。

「くくく…怒ってる怒ってる。ざまあみろだぜ」
 
 

 4回戦目。今度はやたらと重そうな黒い鎧を身にまとった、これまた同じくマーシャル。
 どうやら重くてうまく身動きがとれないらしくよろよろとよろけている。

『4回戦の相手は黒い鎧を身にまとった放浪の槍使い、マシェシリアさんで…』

「店の隅で鎧を磨いてろっ!!」

 ごばきいいっっ!!

「チンジャオロースウウウウウッッッ!!」

 試合開始後、5秒で鎧を粉砕されてKO。
 ウェインの現在の不機嫌度、70。
 

 5回戦目。今度は軽装の鎧と、そしてこの付近では見慣れない凶悪な銃を構えたマーシャル。さすがに当たると痛そうだが、がたがたと銃を持つ手がふるえている様子からして銃を持つのは初めてなのだろう。

『5回戦は歴戦の傭兵、銃使いのマーチェスさん…』

「素人が危険なおもちゃを持つんじゃねえ!!」

 ぐぎゃっっっっ!!

「パオチイイイイッッッ!!」

 試合開始後、4秒。強烈なローリングソバットで後頭部粉砕。
 ウェインの不機嫌度80。
 

 そして舞台裏。
 警備の任務を受けていたアルベルトと、その同僚、現在第三部隊隊長のフェイルは任務を一時放棄して試合の様子を眺めていた。

「くくくくく…いらついてるいらついてる…」

「アル…いい加減やめようぜ、この企画」
 手元に書いてある計画書らしきものをぴらぴらとさせながら、フェイルが言う。
 そこに記されていたのはおそらくアルベルトが計画したと思われる『犯罪者こきおろし計画』であった。
 アルベルトらしい乱雑な字だ。
 そしてそれに記された恐るべき内容とは…。

『ウェインの相手だけ全てマーシャルにする。当然負けたら参加できないのだが、変装させて(ガキでもわかるちゃちいやつ)相手をさせる。マーシャルが負傷した場合問答無用で回復させて戦わせる。いいかげん切れたところでオレが登場し、疲弊しているウェインを問答無用で叩きつぶす。以上』

 すばらしい。
 すばらしくちゃちな内容だ。
 同僚はアルベルトの意気込みに関して、ふうとため息をついた。

「まったく…こいつもこれさえなければいいやつなんだけどな…」

「ん?なにか言ったかフェイル」

「いいや、なんでもないよ。相棒」

 と、横を向いてふと考え込むフェイル。
(あの青年…いままで本気で怒ったことってなかったしなあ。普段であれだけの戦闘力を誇るんだから…暴れ出したら手が着けられないと思うぞ。…うーん、ここはいくつか手を回しておくか。)
 そしてそっとアルベルトに気づかれないようにしてそこからいなくなるフェイル。

「くくくくく…積年の恨み、思い知れ!ウェイン!…ってあれ、フェイル?」

 ひとしきり暗く笑って、ようやく自分の相棒がいないのに気づくアルベルト。

「どこ行ったんだ?これからが面白いってのに…」
 
 

 そしてその後もウェインの戦いは進む。
 6回戦、馬に乗ってランスを構えたマーシャル、名前は『偉大なる騎士 ウマーシャル』。

「足蹴にされて死んでこい!!」

 ぼかっ!

「オンパオミイイイイイッ!!」

 4秒で馬ごと蹴飛ばされてKO。ウェインの不機嫌度90。
 7回戦目、黒装束に身を包んだ、でも顔だけは隠してないマーシャル、名前は『無音の忍者 葉隠レーシャル』

「手裏剣頭に刺して死ねっっ!!」

 ざしっっっ!

「刃物は痛いアルうううううっっっ!!」

 投げた手裏剣を全て受け止められ、その後に反撃されて手裏剣頭部命中。15秒で失血によるKO。ウェインの不機嫌度99。
 8回戦目、全身を武器という武器で完全武装したマーシャル。名前は『千の武器を使う男 ウェポーシャル』。

「がらくたで身をかためるなあっ!!」

 げすっ!

「がらくたなんてひどいアルうううううううっっ!!」

 素手の一撃で全ての武器を粉々に砕かれ、3秒でKO。ウェインの不機嫌度…爆発寸前。
 そして迎えた決勝戦。
 すでにウェインは、手負いの肉食獣が裸足で逃げようとして腰を抜かしつつ、泡を吹いて気絶しそうなほどにまで、凶悪すぎる表情になっていた。
 その様子に司会ですらもびびりまくてって、うまく解説もできないでいる。
 …というより、下手なことを言えば殺される。
 そんな感じだ。

『さ、さあ迎えました決勝戦のお相手は…え、ええっと』

「さっさとしやがれっっ!!」

 どこん!
 ウェインが力任せに素手で闘技場の壁をぶんなぐると、強固な石造りの壁があっさりとクレーター状にへこむ。
 どうやら怒りのために腕力が異常なほどに上がっているらしい。

『ひいいっ!決勝戦は東方よりの剣士!サムライーシャルさんですうっ!!』

 すでに司会と言うより強盗に脅されている人間みたいな感じだ。
 そして、ゆっくりと出て来るマーシャル。
 身を包んだものはくすんだ黄色…柿色と言った方がいいか、まあそれの着流し。手にしているのは年季の入った刀であった。
 これで渋い浪人風の人間だったら確かに似合ってるし、実力もありそうに見えただろうが、マーシャルではどう見ても、ただのコスプレにしか見えない。
 しかし、マーシャルの方は、どうもこの格好が気に入ってるらしく、雰囲気を出してすらりと刀を抜いた。
 ぎらりと日光に反射して凶悪な光を放つ刀。
 なるほど、刀自体は立派なものらしい。

「今宵の虎鉄は血に飢えているアルよ…」

『そ、それでは試合開始です!!』

 試合開始の声とともにマーシャルが動いた。
 刀を大上段に構えて突進。

「ちぇすとおおおおおおおおおおっっっっ!!」

 それをウェインめがけて力の限り振り下ろす。
 なにを思ったかウェインは腕をすっと頭の上で交差させ、まるでそれで刀を受け止めるような様子を見せた。
 そして触れる瞬間。

「せいっ!!」

 ぱきいいいいいんん!!

 刀が折れた。
 ウェインが交差した腕を刀を挟むようにして動かし、砕いたのだ。

「あ、あり…?」

 自慢の得物を折られて戸惑うマーシャルに、ウェインの容赦のない拳の一撃が飛ぶ。

「てめえの血で潤してやれっっっ!!」

 ごばきいいいいいっっ!!

「刀を折るなんて非常識アルうううううううっ!!」

 試合開始後、7秒で決勝戦は終了した。
 全試合行程、54秒で終了。
 まさに秒殺の試合であった。
 

 そして、優勝台に上るウェイン。
 ただし、優勝したにしてはめちゃくちゃに不機嫌なご様子。
 ま、理解できないこともないが。

『うぇ、ウェイン選手。ゆ、優勝おめでとうございま…』

「そりゃ、皮肉か?」

 ぐいっ!

 問答無用で司会の胸ぐらをつかむウェイン。

『ひっ!い、いや、とんでもないいいっ!』

「そうか…で、エキシビジョンマッチもちゃんとあるんだろうな?」

『は、はい、それはもちろん!勝てば賞金は倍に…』

「賞金なんざいるかっ!!さっさと強いやつを出せっ!!」

『はいいいいっ!いますぐにいいいいいっっ!』

 ばたばたと半泣きになりながら控え室へと駆け込んでいく司会。
 その間、ウェインは暇そうに斬馬刀を振り回している。

(…ふん、リカルドのおっさんならよし。それ以外なら殺す!)

 めちゃくちゃに物騒な考えをしているようだ。

『お、おまたせしましたあああっ!それではエキシビジョンの選手!』

 場内の大きなどよめきとともにそれは現れた。
 マスクをかぶり、巨大なマントに身を包みながら、異様な雰囲気をもった存在。
 それはばさりとマントを脱ぎ捨てて、叫ぶ。

「さあ、かかってくるよろし!」

『仮面男子さんです!』

 そう、またしてもマーシャルだった。
 最悪のパターンのようだ。
 ウェインがそれを視認した瞬間、

 ぶちいいいっ!

 場内の全員がはっきりとその音を聞いた。
 ウェインはおもむろに斬馬刀を振り上げると…

 ばきいいいいいいいいっっ!!

 いきなり素手で叩き折った。
 本来人間の力では絶対に折れることのない斬馬刀を素手で、である。

「なめやがって…バカにしやがって…そんなに俺を怒らせたいか?…いいだろう」

 ゆらりと幽鬼のような足取りで、ぶつぶつと呟きながらマーシャルへと近づいていくウェイン。
 眼光にはすでに鬼火が宿っていた。

「あ、あのウェインさん…ちょ、ちょっと落ち着くアルよ!まだ試合は始まって…」

 異様すぎる様子にあわてて言うマーシャル。
 だが、ウェインにはもう聞こえてないようだ。
 怒りのあまり、すべてを閉ざしているそんな感じだ。

「し、しかたないアル!ほうあちゃあああああああっ!!」

 敏捷な動作でヌンチャクを振り下ろす、マーシャル。
 ウェインがかわすと見られた一撃は…、

 べしっ!

 なぜか命中した。

「あ、あり…なんでかわさないア…あいいいいいいっ!」

 戸惑うマーシャルの声は途中から悲鳴に変わった。
 ウェインがつかんでいるのだ。マーシャルの頭を。
 尋常ならざる握力のためにめきめきと頭蓋骨が鳴る音をマーシャルはそのときはっきり聞いていた。
 そして、

 ぐんっ!!

 マーシャルの視界が一気に変わる。
 手しか見えてなかったはずなのに、なぜか空が、そして地面、さらに闘技場の壁へと変わっていく。
 そう、投げたのだ。そのまま片手だけでマーシャルを。

ひああああああああああああああああああああああっっ!

 マーシャルはそのまま20m以上平行に飛び…

 ごがあああああああああああああん!

 闘技場の壁に命中。砕けた石壁の中に消えた。
 あまりの出来事にしんと静まり返る場内。
 そんななかでウェインは叫んだ。

「今から控え室にいるやつを全員集めろ!!この腐りきった試合全部を綺麗に洗い流してやる!!」

 どよどよとざわめく周囲。
 司会はあたふたと焦り、警備の人間がウェインを取り押さえようと動く。
 その中にアルベルトの姿もあった。にんまりと笑っている。
 どうやら状況が理解できてないようだ。
 自分が招いた災厄を。

「そこを動くな犯罪者!全員かかれ!!」

『おおおおおおおおおっ!!』

 20人以上がいっきにウェインめがけて飛びかかる。
 あっさりと人だかりに飲み込まれるウェイン。
 これで取り押さえられると思ったアルベルト。
 ゆっくりとそっちに近づいた瞬間。

 ばむんん!!!!

 人だかりが一気にばらばらにはじけた。全員が全員、武器、鎧ともにこなごなに砕かれて。
 一方のウェインはただ両手をぶら下げたままうつむいている。

「な、な?」

 状況が理解できてないアルベルトに、ウェインが近づいて、

「邪魔だ」

 ごがああああああっ!

「うああああああああああっ!?」

 残像が幾重にも見えるほどに高速な裏拳がアルベルトにヒット。
 アルベルトはマーシャルと同じように壁にたたきつけられ、砕けた壁の中に埋まった。
 いまからここに魔人と化したウェインの謝肉祭が始まろうとしていた。
 
 

「でいやああああっ!」

「たああああああっ!」

「せいいいいいいいっ!」

 クライド、アッシュ、クランクの三人が同時にウェインへとしかける。
 迫る刃と拳。

「…遅えよ」

 びゅばっ!! どどどっ!!

「ぐ…」

「あ…」

「げばっ…」

 それらを全て同時に回避しつつ、反撃し倒す。
 常識、非常識の範囲ではない。
 すでに神技、…いや悪夢のような実力差。
 経過した時間、12秒。一人頭4秒の計算。

「さあ、次は…どいつだ?」

 周囲をにらみつけるウェイン。
 周りを囲んでいる連中はすでにその圧倒的な強さに身動きすらもとれなくなっている。
 今動けば…確実にやられる。
 彼らのカンがそう告げているのだ。

「来ねえのか…ならこっちから行くか」

 ゆらりと流れるような動きでウェインが周囲に接近していく。

「ゴアアアアアアアアアアッッッッッ!!」

 そこへ突然の声。
 振り返るウェイン。
 背後にいた超オーガーの群。
 10体は少なくともいる。

「ふん…モンスターを出してきたか…だが」

 ブウウウウウウウウウン!

 ウェインの手に、白い光が宿る。

「俺はお前らと遊ぶのはつまらん。ヴァニシング・ノヴァ」

 きゅごおおおおおおおおおおおおおっ!!

 白い閃光が走った後、そこにはもうすでにオーガーの群は存在していなかった。
 今の一撃で全て消し飛んだのだ。
 腕力ならともかく、魔力なら…などと考えた周囲の顔に絶望が宿る。
 強い。
 ここにいる誰よりも。
 ウェインは超越している。
 腕力、魔力、その実力の全てが。

「そんな顔をするな。大丈夫だ。お前ら相手は手加減してやる」

 ウェインの妙に優しい声に周囲が一瞬だけ安堵し…。

「最低ベッドで一年くらい寝るだけだ」

 絶望の淵にたたき込まれた。
 そしてすでに戦意すらも完全に奪われた周囲に飛びかかろうとしたときに凛とした声がかかった。

「そこまでにしてもらおうか。ウェイン君」

「…誰だ」

 立っていたのは、鎧そのものの筋肉に身を包み、圧倒的な強者のオーラに身を包んだマスクの男。
 この闘技場のナンバーワン。
 数々の挑戦者を叩き潰してきたマスクマンその人であった。

「これ以上好きにはさせない。さあ、…全力で叩き潰す!」

 ばさりとマントを脱ぎ捨て、悠然と立つマスクマン。
 それを見た瞬間に周囲からとたんに歓声が上がる。

「そうかい。かかって来なよ。本気でかかってこねえと…怪我するぜ!!」

 牽制ついでに拳を突き出すウェイン。
 それを受け止めるマスクマン。口元には笑みが浮かんでいた。

「これは…なかなかに重い一撃だな。だが、この一撃に耐えられるかな!!」

 ごうっっ!!

 風を切ってマスクマンの剛拳が飛ぶ。
 だがウェインはかわそうともせずに指を一本つきだしたままの体勢でいた。

 ずしん!!

 重い音が場内に響きわたる。剛拳は見事にウェインにヒットしていた。
 勝利したはずのマスクマン、しかし表情は驚愕にゆがんでいた。
 拳は確かに当たっていた。だが、それはウェイン本人にではなく、ウェインのつきだした指に当たっていたのだ。
 指一本。
 それでウェインはマスクマンの攻撃を受け止めていたのだ。

「残念賞」

 ウェインがつぶやき、そして姿が消える。

「なっ!!」

 ずんんっっっっ!!

「ぐはっっっっ!!」

 ウェインの拳がマスクマンの脇腹に突き刺さっていた。
 常人ならそのまま拳が腹を突き破る。それほどの一撃。
 だが、マスクマンはなんとかそれを筋肉の装甲で受け止め耐えていた。

「ほう、この一撃で沈まないかあ…。さすがに闘技場のナンバーワンだけはある。だがな…」

 ごきいいっっっっ!!

 今度はウェインの放った上段から一気にたたきつけるようなローキックがマスクマンの足に炸裂する。いやな音が響き、マスクマンの鍛え抜かれたはずの足が異様な角度に曲がる。
 この時点でマスクマンは敗北していた。だが、まだ、ウェインは手を止めなかった。

「とどめだ」

 がずううううううううううっっ!!

 強烈無比なハンマーパンチがマスクマンの頭部に命中。

「ぐあああっ!!」

 がごおおおおおおおん!!

 そのままマスクマンは大地に叩きつけられた。土煙を上げ、それが晴れたときに見えたのは、小さなクレーター状にえぐれた闘技場の地面と、そしてその中心に倒れているマスクマンの姿。ウェインはそれを見下すように立っていた。
 あまりにも、あまりにもあっけない、ほんの数十秒の出来事。
 周囲はまだ、それがなんなのか理解できていなかった。
 凍り付いた時間の中、ようやく観客席から一言だけ声が漏れた。

「ま、マスクマン様が…負けたの?」

 パンフレットを握りしめた少女、トリーシャの声だった。
 その声で時間がゆっくりと解凍を始める。
 ざわざわとざわめく声。
 それもそうだろう。マスクマンは今まで一度しか敗北がない。そしてそれも長い激戦の末のこと。こんなにあっさりと敗北したことなど今まで一度もなかった。
 恐ろしいほどの戦闘能力。
 それがいま解放されているのだ。
 そしてそれはまだ、飢えている。
 自らを潤す戦いの欲望に。
 ウェインは軽く周囲に視線を巡らせ…、
 そして見つけた。
 闘技場の端に立つ影。
 拳を握りしめた、壮年の男性。
 エンフィールド自警団第一部隊隊長。
 事実上、エンフィールド最強者との呼び声もある、リカルド・フォスターその人である。

「ウェイン君…君を倒させてもらうぞ」

「…いいねえ。実にいい。いっぺんでいいからあんたと本気でやり合ってみたかったんだ。…それじゃ行くぜ!!リカルドのおっさん!!」

 まるっきり悪役のセリフをはきつつ、ウェインはリカルドめがけて突進していく。
 リカルドは軽く構えて動かない。

「でいやああああっ!!」

 ぶん!!

 風を切ってウェインの一撃必殺の拳が突き出される。
 それをリカルドは、寸で見切って、

 ぱんっっ!

 手で軽くさばきつつ、

 がきいいいいいいっっ!!

 そのままの動きを生かして、後ろ回し蹴りをウェインの後頭部に直撃させた。
 今まで倒れることすらなかったウェインが地面にはいつくばる。

「…っく!やるじゃねえか、リカルドのおっさん!!」

「今のは一撃で決めるつもりだったが…甘く見ていたようだな。手加減はいらないらしい」

「ふっ!いまので手加減かよ。しゃれにならないぜっっ!!」

 しゅっっ!!

 先ほどよりも数段早い回し蹴りがリカルドの足に命中した。

「くっっ!!」

 ずしりと重い感触がリカルドの足に走る。ダメージが深い。
 長期戦は不利だと考えたリカルドは防御中心から攻撃主体の精神に切り替える。
 自警団によって開発された、精神制御(マインド・セット)。
 それによってリカルドの筋肉、神経、血管動作に至るまでが変更される。
 同時にリカルドの闘気が爆発的に膨れ上がり、ウェインを叩きつけた。

「けっ!すげえ闘気だなリカルドのおっさん!!楽しめそうだぜ!!」

「楽しむ暇を与えないようにしようか」

 ひゅっ!!
 ばしっっ!!

「…えっ?」

 いきなり突き出された拳をまともに食らい、戸惑うウェイン。
(見切れない?俺がか?)

「ぼさっとしている暇はないぞ」

 ばしっ! ばしっ! ばしいいいっっ!!

 連続でリカルドの攻撃が始まる。ウェインはそれを全て食らって踊っているような様子を見せていた。
 回避できない…いや、それ以前に見えないのだ。
 感覚、視覚、聴覚など全てを駆使しても、リカルドの攻撃が見えない。気づいたときにはすでに攻撃を食らっているのだ。
 このままではまずい。
 そう考えたウェインは反撃に出るが、そこにやってくるリカルドのラッシュに押されたままだ。

 ばしいっ! ばしいいっっ!! どかああああっっっ!!

「どうした?動きが鈍くなっているぞ、ウェイン君」

「ぐっ!!ぐああっっ!!」

 されるがまま。なすがまま。
 ただひたすらリカルドの攻撃を食らっているウェイン。
 すでに何発も顔や腹部にダメージを食らっているために、すでに意識はもうろうとなっている。
 幾重にもリカルドの姿がぶれていた。
 このままではまずい。

(ちっ!反撃しようにもラッシュが来る。しかも攻撃は見えないから防御の意味もねえ。…ってことは、これしかねえな!)

 ウェインが構えを変えた。これまでの防御しつつの攻撃中心から、一撃必殺の拳だけを前につきだした形へと。
 破壊の型。
 ウェインが編み出し、ある時期から使わなくなった…いや、使うことができなくなった構えである。
 感覚を研ぎ澄ませ、じっと相手の攻撃を待つ。

「ふむ…なにやら構えが変わったようだが…次で終わりだ」

 ひゅっ!

 ウェインはリカルドが動いた瞬間を見て、自分も大きく踏み込む。
 そこへ襲いかかるリカルドの神速の拳、ウェインはその数十発のラッシュの中に取り込まれていた。

 ずがっ! ばきっ! どこっ! ぐきっ!

 連続で命中するリカルドの拳。しかしウェインはそれをものともせずにリカルドの懐へと踏み込み…

「しっ!!」

 ずんっっっっ!!

 瞬間、リカルドの身体が宙に浮いた。
 ウェインの繰り出した渾身の一撃。それはリカルドの拳の群れを貫き、とっさに取ったガードすらも弾き、完全にリカルドに命中した。
 そのまま勢いに任せて吹っ飛ぶリカルドの身体。
 がこおおおおおおおおおん!!
 派手な音を立てて、闘技場の壁が粉々に砕けた。
 もうもうと土煙が上がり、そのなかにリカルドの姿が消える。

「やったか?」

 ウェインの勝利を確認するセリフ。
 しかし、土煙の中、立ち上がる影。
 リカルドだ。
 あれほどの強烈な一撃をうけてもまだ立ち上がってきている。
 リカルドはウェインを見すえ、満面の笑みですっと手を差し出して一言。

「見事だ…娘を君にまかせよう…」

 ばたっ

「ちょっと!何言ってるんだよ!父さん!!」

 訳のわからないセリフを喋って倒れるリカルド。そのセリフに大きく取り乱すトリーシャ。
 ま、最後はともかくとしてウェインがリカルドに勝った。それは間違いないようだ。
 最強の相手を倒して満足するウェイン…と言いたい所だったがそうではなかったらしい。

「…喰い足りねえ…」

 地獄の底から響くような声で言うウェイン。
 さっきまでの闘気はまだ衰えず、むしろいっそう強くなってきている。
 ゆらりと動くと、ざっと闘技場内を見回し、叫ぶ。

「誰か!!俺と戦え!!俺を満足させろっ!!」

 ずしんっ!

 足を踏むだけで地響きすらも起こしている。
 恐怖の余り動けなくなっている群衆たち。
 すでにウェインは戦闘だけを求める機械そのものへと変わりつつあった。

「そうか…誰もいないのか…なら…こっちから行かせて貰うぞ」

 観客席の方にゆっくりと歩いていくウェイン。
 観客の命が危険にさらされている。
 そしてウェインが闘技場の壁に手をかけた瞬間。

「そこまでだ!ウェイン!」

「…?」

 声のした方を見るウェイン。そこには自警団第三部隊隊長のフェイルが立っていた。
 その横には自警団開発の合成魔獣の姿があった。

「なんだ?そのオモチャは?」

「あんたの行動はもう、見逃すわけには行かない。行け!ミッキー君3号機!!彼を動作不能にしろ!!」

「了解」

 がしゃああああああん!!

 金属音を響かせながら闘技場に降り立つミッキー君3号機。
 今までの合成魔獣シリーズとは一線を画す外見。それはどう見ても戦闘専用に改良されているようにしか見えなかった。
 腕に装備された凶悪な輝きを放つ、連射式の魔法弾頭。瞬時に敵を感知可能な単眼のセンサー・アイ。高速機動用に使用されると思われるブースターパック。
 あくまで純然たる戦闘目的用に作られているその機体はどこか美しさすらも持っていた。

「こいつはヘヴィそうなオモチャじゃねえか。気に入った」

「……敵…発見…殲滅…開始」

 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ…

 低い駆動音と共に動き始めるミッキー君3号機。

 びゅっ!

 放たれた金属製の拳。
 見えないほどに速い。

 ごがあああああっ!!

 超神速の拳を受けて軽々と吹っ飛ぶウェイン。
 うまく空中で体勢を立て直して着地するものの、ダメージはかなり大きかったらしく、膝をついて相手を見ている。

「なるほどねえ…パワーとスピードはめちゃくちゃあるみてえだな」

 ごきごきと首を鳴らすウェイン。口元には笑みがこぼれていた。
 まだ…戦える。また、戦える。
 飢えていた修羅が、今また美味そうな獲物を見つけたのだ。
 つうと口元から血が流れていた。それを舌でぺろりと舐め取りまた笑みを浮かべる。
 凄惨な笑み。
 と、同時にウェインが地面を蹴って跳躍した。

「…敵、右上方……殲滅」

 空中で回し蹴りの体勢を取ろうとしたウェインに対空の拳が打ち出される。
 空中ではいかにウェインと言えども交わす術はない。
 誰もがウェインの敗北を想像したその時。

 ばきいいいいいっっ!!

 …飛んだ。
 合成魔獣の頑丈なはずのその腕が、ウェインの一撃で簡単にへし折られて吹っ飛んだ。
 回し蹴りをすかしての強烈無比なソバットが関節部に決まったからだ。

「計算済みよ。てめえが対空攻撃を仕掛けてくるなんてなあ」

 ミッキー君3号機はダメージの深さと次の攻撃のダメージを判断すると、そのまま防御の姿勢を取った。
 そこへハンマーパンチの体勢で突っ込むウェイン。
 ミッキー君3号機はそれをただの単純なパワーアタックと判断し、防御体勢を崩さぬままでウェインに対抗する。
 だが、その機械的な判断が敗因となったようだ。
 ウェインはハンマーパンチをミッキー君3号機に当てる瞬間に、力を抜いてそのままミッキー君3号機の腕にぶら下がる。
 あまりに異常な行動に一瞬だけ、動きが止まるミッキー君3号機。
 その隙を突いてウェインは振り子の原理で身体を揺らしてミッキー君3号機の防御のすき間をかいくぐり頭部めがけて両足をそろえたキックをぶつける。

 べきいいいいいいっっ!! がしゃあ…

 いやに生々しい音と共にミッキー君3号機の首がもげた。
 ばちばちともげた首の部分から電流を放出しているミッキー君3号機。
 それを見ながらウェインは着地し、こう宣言した。

「確かにパワーとスピードだけなら凄じいもんがあったが、それはあくまで素質。何も知らねえ赤ん坊が経験を
積んだ人間にかなうわけがねえ。お前に比べりゃリカルドのおっさんのほうが遥かに強かったぜ」

 要するに合成魔獣ですらもただの赤ん坊扱いしているのである。一時はエンフィールドを恐怖に陥れかけたあの合成魔獣。それも最新の3号機をだ。

「おい、隊長さんよ。降りてきな。ウォームアップは今ので終わった。次はあんたの番だぜ」

 今ので満足することなく、さらに戦いを求めるウェイン。どこまでこの男は戦いを求めるのだろうか?
 だがウェインはここで一つだけミスを犯した。
 そう、相手が人間ではなく合成魔獣、つまり機械であることを失念していたのだ。
 背後で動作不能になっていたと思っていたミッキー君3号機が静かに起き上がる。拳を振り上げた状態で。

 がきり…

 ウェインの耳ははっきりとその音を聞いていた。
 ほぼ衝動に近い感覚でその場から跳躍して離れるウェイン。
 少なくともミッキー君3号機の拳の届く範囲からは逃げられた。

「危ねえ…危うく…うっ!」

 ぶわっっ!!

 突然、視界が白いものに覆われる。
 それは…

「くっ!網だと!!」

 そう、ミッキー君3号機の腕から空中に逃れていたウェインに発射されたもの。それは網だった。空中ではそれを逃れる術はない。
 ウェインは見事に空中で網に捕らわれ、地面に叩きつけられる。

「ちいっ!しくじったか!!」

 網を引きちぎろうとして力をこめて見るが、網はびくともしない。

「いくらあんたでもそれを引きちぎるのは無理だよ。なにせ8重に魔法強化した鋼鉄製の網だ。重力増加もつ
でにかけてあるからあんたはもう身動きが取れない」

 網に捕らわれて動けないウェインを見下ろしながら、フェイルが言う。
 そうなのだ。引きちぎれなくても動くことはできると思ったのだが、網は重量がドンドン増していくかのようにウェインの身体に食い込んでいく。むろん、動くことなどできるはずもない。
 だがウェインは動くことができないにもかかわらず、鋭い眼光をフェイルに向けていた。気の弱い者ならば即座に気絶してしまうほどの殺意をこめて。

「…てめえ……」

「この状況でそんな鋭い眼光を向けられるとねえ。さすがとしか言いようがない」

「だったら敬意を払うついでに俺とやり合おうぜ。この網はハンデでいい」

「お断りするよ。その状態でも俺個人とあんたでは分が悪すぎる。戦闘力の桁が違うのはさっきの戦いぶりで証明されているからな」
 きっぱりはっきりと言い切るフェイル。確かに彼とウェインとでは戦闘力に差があり過ぎる。殴り合うどころか切りかかった瞬間に網の中から伸びた手に剣をへし折られることだってありえる。
 それを冷静に判断できるのが彼の強みだろうか。

「んじゃ、どうするんだ?この網だって長くは持たないぜ。どう見たってこの魔法強化は即席性だ。それに…」

 みしり…

 網が嫌な音を立てた。

「俺はこういう猛獣みたいな扱いは好きじゃねえんでな。あとどれほど我慢できるかわからねえぜ」

 凶悪な笑みを浮かべるウェイン。魔法強化された網を本気で引きちぎろうと考えているのだ。まさに狂気としか思えない思考。
 だが、彼がそれを実行できるのもまた、事実。

「このまま俺を捕らえることができるかな?警備員でも呼んで大勢で押さえにかかってみろよ。うまくいったら俺を完全に行動不能にすることもできるかもな」

「いや、あんたはその状態でも危険だ。大勢で押さえかかってもそれを全てはねのけるくらいの真似はやってくれる」

「ふうん…食えねえ奴だぜ」

「おほめの言葉と思わせて貰うよ」

「好きにしろや」

「ああ。そんなわけで、あんたには生半可な攻撃が通用しない。だから取っておきを持ってきた。おい、みんな、準備をしてくれ!!」

 フェイルの号令が場内に響き渡り、闘技場の各部分からずらっと凶悪な砲身を持った兵器が参上する。
 ファランクス砲。自警団と魔術師協会がその持てる技術の粋を集めて作り上げた、外部からの敵への対応用の究極兵器。
 その数、28機。
 正直言って軍隊と正面でやりあっても楽勝で勝てるほどの数である。
 さすがにあせるウェイン。無理もない。

「おいコラ!いくらなんでもこれは卑怯だぞ!ファランクス砲なんてとんでもねーもんをこんだけの数そろえやがって!!」

「いやー大変だったよ。魔術師協会からありったけのファランクス砲を借りてきたからねえ。おかげで後で始末書の山に追われるだろう」

「いくらなんでもあんだけの攻撃を喰らったら死ぬぞ!!俺は!!」

「大丈夫さ。葬式代は自警団が支給する」

「それにあれは何者だ!!いかにもやばそうな奴が制御装置の前にいやがるじゃねえか!!」

 ファランクス砲の発射装置の前に立っている妙ちきりんなサングラスの男を指さすウェイン。

「ああ、彼か。彼はたまたま酒場でいる所をスカウトした大魔道士のデイル・マースさんだ。
 これだけのファランクス砲を制御するための魔力を持つ人間はこのエンフィールドにはいないからねえ。
 しかしさすがだなあ。あれだけの魔力供給をしながら、ラーメンをすする余裕すらあるんだから。まさに『魔人』の名にふさわしい」

 確かにファランクス砲は威力も底無しだが消費する魔力も底無し。本来なら複数の魔道士が魔力供給をするのが常識だ。
 しかしそんな代物を複数しかもずるずるとラーメンをすすりつつ、片手間作業でファランクス砲発射準備をしているデイル。正直言って人間業とは思えない。

「ああいうタイプは危険だぞ」

「目的のためには手段を選ばない。自警団の基本だよ」

「嫌な自警団だな…」

 本気で言うウェイン。
 それもこれも一筋縄では行かない自分という人間がいるからこそ、ということには気づいていないウェイン。

「おーい、始めていいかねーっ!」

「あ、はい、ではお願いします」

「うむ!では見ておくがいい…クククククク…久しぶりに魔力が全開放できる!」

 めちゃくちゃ嬉しそうなデイル。
 渾身の力をこめて、魔力を注ぎ込むデイル。一気に光がファランクス砲の砲身部分に宿り…

「そーれ!発射あっ!」

 かっ!!

 28機のファランクス砲が火を噴き、全てが動けないウェインを直撃した。

 ずどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

 そして巻き起こる大爆発!
 今の一撃で闘技場の1/3が吹っ飛んだ。ちなみにすでに観客は避難しているので問題はない。
 もうもうと上がる土煙。
 それが晴れたときに見えたのは、すたぼろになってダウンしているウェイン。もはや抵抗どころか身動き一つ取れていない状態だ。
 その結果に満足した様子でうんうんとうなずくフェイル。
 そしてサングラスを光らせてにやりと笑うデイル。
 これで攻撃は終わりかに見えたが…。

「うーん…つまらんなあ…もういっちょ!!」

「あ、デイルさん!ちょっと…」

 かっ!!
 ちゅごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

 またまた炸裂する超破壊の嵐。
 だが、それにまだ満足しないデイル。再び発射態勢に入る。

「いよおおおおおっしっ!!乗ってきたぞ!!」

「あ、あんた!待って…」

 かっ!!
 ずごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!

「あ、そーれ、もう一発!」

「し、死ぬって!マジで!!」

 かっ!!
 ずがあああああああああああああああああああああああああああああん!!

 そして始まるデイル主催のファランクス砲による闘技場大破壊パーティ。
 結局、事態を聞きつけた某宮廷魔道士のルーファス・クローウン氏がデイルの頭をどつき倒して気絶させるまで、それは続いた。
 発射回数143回。闘技場を完全崩壊させて、その悪夢の大武闘会は終了したのだった。
 ちなみにその直撃を全て喰らったウェインはすでに黒焦げで、即座にクラウド医院に運ばれたものの2カ月の間意識不明の重体だったと言う。
 

 そして後日。
 ウェインが目を覚ましたときにトーヤが聞いた結果わかったことだが、どうやらウェインは大会当時のことを全て忘れてしまったらしい。
 あの凄じい戦闘も、そしてファランクス砲の直撃もだ。
 本人はこの怪我は魔術師協会の依頼中に起こった事故と証言した。
 そして、エンフィールドの主要人物が集まって相談した結果、あの闘技場で起こったことは全てなかったことにすると決議された。つまり、ウェインが記憶していないことをいいことに全てを闇に葬ることに決めたのだ。
 さらにそのあとウェインの闘技場への参加、および入場の制限がなされることになった。
 表向きの理由は騒乱防止のため、そして本当の目的はあの悲劇の再現が起こらないようにするためである。
 そして、その騒動の渦中の人物。ウェインはというと。

「…参加ができないか…ま、いいや。どーせ子供の遊びだし」

 と、やる気なさそうに言ったという。
 こうしてエンフィールド史上に残る大事件は闇に葬られたのだった。
 

END          




 おまけ

 とある王宮。そこの宮廷魔道士の長にだけに与えられる特別室でデイル・マースとルーファス・クローウンは向かい合って座っていた。

「…というわけで、今後はああいうことは控えてくださいよ!先輩!!」

「うーん…なかなか面白かったなあ…次はどんな大会があるのかなあ」

 説教をするルーファスだがデイルは全然聞いていない。

「エンフィールドからの苦情も来てますよ!ほら、こんなに」

 どっさりとある書類の山を叩き付けるルーファス。むろん、全て彼がそれを処理することになっている。その苦労は並大抵のものではない。

「…そうだ…今度俺がじきじきに出向いて…」

「…こっちがエンフィールド自警団…こっちがショート財団…ああ、もう!これだけあるんですからね!!」

「…いよおおおっし!決まった!次のアカデミーの同窓会式合宿はエンフィールドに決定だ!!」

「先輩…聞いてなかったんですか?」

「こうしてはおられん!ルーファス!さっそくみんなに連絡を取るぞ!」

「あんたは…でええええええええええいいっ!」

 ごがん!!

「あいた!な、何をするんだルーファス!人を辞典の角で殴るなど!俺は後輩をそんな風にしつけた覚えはないぞ!」

「どやかましいいいっ!!なんであんたは人の苦労を平気で踏みにじるような真似をするんだあああっ!!」

 げしげしげししっ!!

「あ、蹴ったな!いま先輩を蹴ったな!!」

「ええええええいっ!蹴ってやる!殴ってやる!魔法で吹っ飛ばしてやる!!」

「ぬ…ぬうううううっ!!先輩への暴行の数々…もはや見逃せん!!ルーファス、覚悟はいいな!!」

「覚悟するのは先輩の方です!!」

 そして特別室で、世紀の大魔道士同士の決戦が開始される。
 ちなみに警備兵は、

「ああ。またいつものことか…」

 と、気軽に流していたのだった。
 
 

 ともかく、そうしてとある王国での一日は終わっていったとさ。
 
 



 
 
 

 あとがき
 

 矢本:ちぇいっす!!というわけでこの物語はここで終了です。皆様、楽しんでいただけたでしょうか?

 nao:どうでもいいが、主人公がなぜ範○○○郎になっているのだ?

 矢本:う…鋭い…。うーみゅ、実はとある古本屋で『グラッ○○ー○牙』を立ち読みしてたらついつい読みふけっちゃって…で、9人掛けのシーン見てたら物書きの血が騒いでしまって、気がつくとこんな感じに…

 nao:つまり、そのシーンを再現したかったと言うそれだけでこのストーリーを思いついたと。

 矢本:さいです。

 ざしゅうううううっ!!

 矢本:はんぎゃああああっっ!な、なぜ斬馬刀!!?

 nao:当然だ。ストーリーのパクリの代償。そしてマーシャルファンへの侮辱。その他の罪は万死に値する。

 矢本:で、でもマーシャルのおっさんはああいう扱いしか…

 nao:黙れ、最低最悪生命体。

 ぞぶしゃああああああああっ!!

 矢本:あいいいいいいいいいいいいいいっっ!!

 nao:それはそれでもいいとして、一番許せんことはだ…。

 矢本:は…はう……

 nao:パティを完全な脇役…つまりほとんど登場させなかったあげく、貴様の書きかけのイヴストーリーを放置してまでこれを書いたことだ!!

 ぞくしゃああああああっっ!!ざぶうううううううううううっっっ!!

 矢本:いぎゃあああああああああああああああああああっ!!

 nao:ええい、貴様のせいでジオシティーズから追放されるわ、カウンターは全然伸びんわ、ストーリーはめちゃくちゃ暗いものしか思いつかんわ、ゾンビリベンジは発売延期になるわ、エックスターミネーターは動作不能になるわ!つまり、貴様が全部悪いのだ!!!

 矢本:そ、それってただの八つ当たりでは…

 nao:その通り。だから、死ね!!

 ずぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!

 矢本:のぎゃあああああああああああああああああああっっ!!

 nao:ふん…少しは気が晴れたか。

 立ち去っていくnao。

 てなわけでまたまたミンチにされてしまいました。

 こんな私に愛の手をくださる人大募集です。

 ちなみにまだまだ、SSとCGの依頼は受けてつけていますので。

 あ、それとCGがうまく書ける人。だれか書き方を教えてください。

 てなわけで、また次回。さよーなら。
 
 

 yamoto@spica.freemail.ne.jp

 


 えー、ども、naoです。

 とりあえず二言ほど。

 まず、上の私の戯言は、30%ほどしか合っていません。

 ジオはどこぞの人間が管理者にチクったせいだし、暗いモノしか思いつかないわけでもないし、ゾンビリベンジなんぞには興味はありませんでした。

 もう一つは、この作品には続きが存在する、ということです。
 
 

 「あの」魔人たちがエンフィールドに予告通りに参上する!

 はたして、3大決戦の頂上に立つのは誰か?

 そして、生き残るのは……?
 
 

 という展開になるそうです。

 この続きが見たい! という人は、是非とも矢本にメールを送ってやって下さい。

 そーすりゃ3日で書き上げてくるでしょう。(一部うそ)
 
 

 それでは、また。


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