夕刻。さくら亭が三度忙しくなるとき。そのピークを過ぎると、さくら亭も夜の静寂に包まれる。
そして最後の客が店から出るとき、大きな声が上がる。

「は〜い、どうもありがとうございました〜!」
 



悠久書店2周年記念&10万ヒット記念投稿作品

「パティちゃんの一日 SSバージョン」

後編



 

「なんか元気だね、パティ。何かあったの?」

用心棒兼ウェイトレスのリサが空になったビールジョッキを持ちながら聞いてくる。

「えへへへ、ひ・み・つ。」

そう言って皿を洗いながらも、パティの顔はにやけることを止めていない。

「……ふーん、ボウヤがらみかい?」

がっしゃん。

パティが洗っていた皿を取り落とした。幸いなことに割れてはいない。

「り・り・リサ! なんでそれを!?」
「ふーん。そこまで慌てるってことは、ボウヤがここに来て何か食べに来る、と。うらやましいねぇ、パティ。」
「……あう。」

完全に見抜かれている。

「それで、今夜はいったい何を食べさせるつもりだい?」
「うん、あのね。トリーシャちゃんのリクエストで、夜光魚を料理してみたの。」
「へえ……このあたりじゃ夜光魚の料理なんて見られないんだけどね。」
「だから、公に食べてもらって意見を聞きたいな〜なんて、ね。そう思って呼んでるんだ。」

だけど、それって人体実験って言わないかね? とリサは心の中で突っ込んだ。
そこに意外な訪問者がやってきた。

「こんばんわ〜っス。パティさんいるっスか?」
「あら、テディ。こんな時間にどうしたの?」

ジョートショップで飼われている魔法生物、テディであった。

「公さんから伝言っス。『悪いけど、急な仕事が入ったので遅くなる』ということっス。」
「……え?」

呆然とするパティ。
本人からは今夜は何も予定はない、と聞いていたので、寝耳に水だった。
驚いているのはリサも同じだ。少し慌ててテディに詳細を聞く。

「お、おいテディ、いったい何事なんだい? こんな時間に仕事だなんて。」
「知らないっス。なんだか公さんご指名の仕事みたいっス。」

この時間帯で、公を指名、かつ拘束、そして依頼できる仕事といえばかなり限られてくる。総じて言えるのは、かなり危険度が高い仕事だ。

例えば、「自警団で、真夜中のモンスター討伐」(視界が暗いうえ、モンスターの数もわからず、そのうえアルベルトの誤射というか襲撃がある可能性大)。

例えば、「魔術師ギルドで、魔法実験の失敗作の処理」(魔法処理で破壊不能のゴーレムとか、マリアとメロディとローラの性格を合成したキメラとか)。

例えば、「シェフィールド家で、夜の警備」(賊だけでなく、シーラに『襲われる』可能性あり)。

別の意味で危険な仕事もあるが、それはともかく、こういう危険度の高い仕事をなぜだか公は引き受けている。

「そ、そうなの。ありがとね、テディ。」

表面上は何事もなかったように返答するパティ。ただし、すこしどもっていたが。

「ういっス。それじゃまたっス。」

その変化にまったく気づかずにさくら亭を出て行くテディ。その姿が見えなくなってから、パティはあからさまに肩を落とした。

「……はあ。」
「……いきなりテンション下がったね、パティ。」

パティの感情もわからないではない。本人は強く否定するだろうが、パティに限らず、好きな人間に会うことができなくなるのは、たとえほんの一瞬伸びるとわかっただけでも我慢ならないものだ。
これまた本人は否定するだろうが、こういう恋愛感情においては、パティは人一倍繊細なものなのである。

「ま、気を落とすなって。ここに来ないってわけじゃないんだからさ。」
「……ん、そうだよね。」

リサの慰めに答えを返すパティ。
リサの言う通り、今夜は会えないというわけではない。少々会うのが遅くなるだけだ。リサにそれ以上の心配をかけたくはないので、パティはそう考えることにした。

「あ、そうっス。」

突然舞い戻ってきたテディに少しびっくりしながらも、パティは返事する。

「な、なによテディ?」
「ご主人様からもう一つ伝言があったっス。『あの子、今日はジョートショップの鍵を持ってないから』との事っス。」
「……へ?」
「それ、どういう意味だい、テディ?」

少し意味が分からないので混乱するパティとリサ。詳細を話し出すテディ。

「ボクが公さんが持っているはずのジョートショップの鍵を見つけてご主人様に渡したら、ご主人様からこの伝言をもらったっス。でもなんでわざわざパティさんに伝言しなきゃならないのかわからないっス。」

ものすごいことを平然と言うテディ。
公のことだから、夜中遅くまでアリサを待たせるつもりはない。そして、眠っているアリサを起こすような真似もしないだろう。そうなると、宿泊施設であるここを利用するのは自明の理であった。

「そうか……伝言ありがとな、テディ。」
「ういっス。それじゃ、今度こそ帰るっス。」

そう言って再びさくら亭を出て行くテディ。

「なんというか……よかったじゃないの、パティ?」
「う・・・うん。」

そう気のないように言いつつも、内心では喜びが止まらないパティ。
それはそうだろう。公がここに泊まるというのは、自分の家が宿屋であるとしても、一つ屋根の下で寝るということであり、遅れてくるということを差し引いてもこれほどうれしいことはなかった。
しかし、その喜びに水どころが氷塊をぶつける声がリサから上がった。

「喜んでる所悪いんだけどね、パティ。今夜はボウヤが泊まるところはないんだけど?」
「……え? なんで?」

突き出される宿帳。中を見ると、見事に全部屋埋まっている。

「な、なんで今日に限って満席なのよ!?」
「なんでもなにも、ほれ、例のシープ……なんとかって所から来たやつら。連中のおかげで満席だよ。」

もちろん、知っているのは知っている「あの」連中のことである。
なんでここにいるのかは、ここでは割愛する。

「で、どうするんだい、ボウヤの泊まるところは?」

(ど、どうすりゃいいのよ!? そりゃ宿帳を確認しなかったあたしも悪いけど、満席なんて事態は予想すらしていなかったもの!
でも、あいつの性格からしてアリサさんを起こしてまでジョートショップに戻るなんて事はするはずはないから、もしかしたら一晩中酒場にいるかもしれないけど、そんなことはさせられないし……)

あれこれと考えをめぐらせるパティ。それを見て、席をたつリサ。こういうときに第三者がいると邪魔以外の何者でもないことを知っているからこその行動であった。

(ボウヤがどこに泊まることになるかは予測がつくけど、ま、祝福してやろうかね……。)

そんなことを考えながら自分の部屋に上がっていくリサ。

そしてパティが最終的にたどり着いた結論は、リサの予測と寸分違わぬものであった……。


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