何か視線を感じて、エル・ルイスは入口の方に目を向けた。

「なんだ、サラじゃないか。買い物か?」


悠久幻想曲 a pretty little girl.
こーんなところにナンバー用の後書きがあろうとは、誰も思うまい。
No.1=因果応報/retributive justice


扉のところにちょこんと立つ少女の姿を認めて、エルはそう声をかけた。
少女の年の頃は5歳ぐらい、髪の色は栗色、髪型は肩で切りそろえたストレート、服は上は桜色の地に白の魔法文様が両肩から縦に入った服を、下はこれも桜色のスカートをはいている。
それを見たエルは、

(なんだかお人形さんみたいだな。)

と思った。
ドアベルが鳴らなかったな、とも思ったが、おそらく少女の体にはドアが大きすぎて、鳴らないくらいゆっくりとしか開かなかったためだろう。
エルがそんなことを考えていると、少女はとことことエルに−正確にはカウンターに−近づいた少女は、エルの顔に近づこうと体全体を伸ばした。

「あー、ちょっと待ちな。」

エルはそう言うと、座っていた椅子から立ち上がり、カウンターの外に出て少女と同じ高さにしゃがみ込んだ。

「それで、何か買いに来たのか?」

少女の顔を見ながらそう言う。いつもぶっきらぼうな物言いのエルだが、珍しいことに、その言葉には相手を思いやる感情が混じっていた。
少女はその言葉に対して答えず、代わりにポケットから一枚の紙切れを取り出し、エルに差し出した。

「ん? どれどれ……包丁7種類? もしかしてあいつら、『また』やったのか?」

紙片を見たエルは、ある想像をし、少女に問い掛ける。その問いに対して少女はこっくりとうなずいた。
ここ最近、少女の両親の夫婦喧嘩が激闘の一過をたどっている。最初のうちは平手打ちの応酬だったが、最近では必殺技と最強魔法の乱れ撃ちにまで発展している。
もっとも、そこまでいくと近所迷惑(その程度ではすまない)なので、街の外でやっていることが多い。
ただ、エンフィールドの住民にしてみれば(特に女性)、その程度は幸せの裏返しだと思ってうらやましがっているが。
それを傍観しているエルは、ストレスからくるじゃれあいと見切ってもうすぐ収まると予測している。
そして今回、少女の話によると、どうやら包丁を媒介とした魔法剣をもってして大暴れしたらしい。

「最近あの二人の喧嘩、どんどん派手になっていくな。そのうち自分たちでさくら亭を壊しちまうんじゃねえか?」

そう言いながら、エルは自分の作った料理用包丁を1本ずつ取り出していく。
昔は試し切りで折れるほどのなまくらしか作れなかったが、今ではエンフィールドの外からも注文かくるほどの逸品を作り出すことができる腕を持つことができた。
その包丁を取り出す様子を興味深げに少女は見ていた。

「触るんじゃないよ。危ないからね。」

後ろも見ずに警告するエル。そうっと手を伸ばしていた少女はびくっとして手を引っ込めた。
どうしてわかったんだろうと不思議そうな少女の表情を棚に安置している鏡で見たエルは、そっと微笑みを浮かべていた。

(こういう好奇心の強いところは、たぶんあいつら似だな。)

そう思いながら全部のの包丁をそろえたエルは、それを1本1本確実に梱包していった。
万が一にも少女の手を傷つけないように、できる限り確実に。

「はい、できた。それじゃ、お代金。」

そう言いながら領収書を取り出すエル。すると、目の前に紙片が突きつけられた。

「ん、なんだそりゃ……請求書!?」

すかさず請求書をひったくるエル。それはさくら亭用の領収書で、自分の身に覚えがない高い酒の名前と値段がずらりと並んでいた。
その金額合計は奇跡のなせるわざか、包丁セットの値段とぴったり同じ。
しかも名義の欄はしっかりと「エル・ルイス様」となっていた。

「い、一体誰が……。」
「マーシャルおじさん。」

ぼそり、と聞こえるか聞こえないかの小さな声で少女がつぶやく。だが、エルフの耳は伊達ではない。それほどの小さな声も聞き逃さず、しかしそれを聞いて「は?」という表情をするエル。

「い、今なんて言った、サラ? もう一度言ってくれ。」
「マーシャルおじさんが、『エルさんのつけにするある』、っていっていた。だから、たぶんマーシャルおじさんのつけ。」

さらにぼそぼそとつぶやく少女。少し下手だが、マーシャルの口調を真似して。その台詞を聞いて、エルの顔から表情が少しずつ消えていく。

「……ふーん。マーシャルが……ねえ。そう……。」

何やら怪しげなオーラを身にまといはじめている。少女は少しずつあとずさりはじめた。その両手にはいつの間にか領収書と包丁全部を抱えていた。
そこに間の悪いことに、今の状況の元凶が帰ってきた。

「うい〜ッ、エルさんただいまアル〜♪ お留守番ちゃんとやってたアルか〜?」
「「…………。」」

そこでマーシャルが見たものは、肉食獣すら逃げ出す邪龍の双眼と、憐れみに満ちた表情だった。

「な、何アルかエルさん?? それにサラちゃんもなんでそんな悲しそうな顔を??」

その横を無言で出て行く少女。

「あ、まいどありー。」

エルは最後の良心で少女に商売用の顔を見せた。それに対して少女は振り向かないで後ろ手に手を振った。
振り向いたら、まともにあの目を見ることになると本能的にわかっていたからだ。
 
 

それを見送った後、エルはできる限り優しい声で問い掛けた。

「なあ、マーシャル。これ、何かな?」

そう言って領収書をマーシャルの顔面に突きつける。それを見たマーシャルは一瞬「は?」という表情をしたが、その一瞬後顔色が白よりもさらに白くなった。

「あ、あ、あ、あのエルさん、これは、これはアルね。」

何とか言い訳をしようとするマーシャルの唇をぴ、と人差し指でおさえ、

「いいんだよ、もう。もう、いいんだ。」

と微笑みながら言った。その声を聞いた瞬間、マーシャルは己の寿命を悟った。
一瞬後、

「おまえがここまでバカだとは思わなかったよ!!」

エルの顔が鬼女に変わった。
その後のマーシャルの運命は言うまでもないだろう。
合掌。

 

などと思いながら、少女は家への道をとてとてと歩いていった。
そして後ろから「アイヤアアァァァァ……!」という悲鳴を聞いて、自分の想像が当たったことを知った。