とことこと、さくら亭へ通じる道を少女が歩いている。
手には厳重に梱包された包みが7つ、そして紙切れを持っている。
時々よたり、とふらついたりして危なっかしい足取りになるが、なんとか立て直して、ふたたびてくてくと歩いていた。
そして、自分の家であるさくら亭の前へと来ると、『臨時休業』のプレートが下がっているドアの下から中の様子をうかがった。
店の中には、だれもいないように見えた。
だが、少女がそっと中に入ってみると、厨房の方から何かを洗っている音がしてきた。
そちらの方にゆっくりと歩いていくと、洗っている音に混じって文句が聞こえてきた。


悠久幻想曲 a pretty little girl.
 さてさて、いつまで隠し通せることやらね。ふっふっふ。
No.2=遊び人/a man who is always running after women.


「全く……なんで私がボウヤたちの尻拭いなんてしなきゃならないんだい?」
「ホント、ホント。俺たちのこと、便利屋だとか思ってないかね?」
「そうそう。そういうことで、今日という今日は、思いっきりたかってやろうじゃないか。」
「おお、ナイスアイデア。そうと決まれば、とっととやるか。」

その気合の声とともに、がっしゃがっしゃという洗い物の音が高く響き始めた。
少女は、その声にちょっと首をかしげると、厨房の中に入っていった。
厨房の中では、背の高い(とはいえ、少女から見れば誰でも高いが)男女が食器を洗っていた。

「ん? おや、サラじゃないか。もう買い物から帰ったのかい?」
「あ? サラだって? お、ホントだ。」

気配に気づいたのか、女性の方が振り向く。
それに伴って、男の方も振り向いた。
二人が振り向いたのを見た少女は、ぺこん、とおじきをした後両手を差し出した。
女性は、少女の手の中にある包みを1個ずつ取って脇に置いていき、最後に紙切れを受け取った。

「おっ、やっぱりちょうどだったみたいだね。予想通りだろ、アレフ?」
「ふーん、確かにな。やっぱりこーゆー刃物関係には詳しいな、リサ。」

リサと呼ばれた女性は得意げに笑い、アレフと呼ばれた男は肩をすくめて笑った。
それにつられたのか、少女もにこっ、と笑った。
その顔を見て、大人二人は呆然としてしまう。

「おいおい、サラ。そんなにいい顔で笑うなよ。思わず愛の告白を口走ってしまいそうじゃないか。」

正気に返ったアレフが多分に本気でそう言う。

「アレフ、冗談で済ませるんだね、その発言。でないと、あいつらが手を下すよりも先に桜の木の養分にしてあげるよ?」

アレフの言葉に本気を感じ取り、腰の戦闘用ナイフを抜きながらリサがそう言う。

「ちょ、ちょっと待てよ! まだ守備範囲外なんだから本気じゃないって!」
「馬鹿!」

慌ててリサがアレフの口を塞ぐが、もう遅かった。
少女の瞳にだんだん涙がたまってきた。
たとえ少女であろうと女である。それが本気でないなどと言われたら、こうなって当たり前だ。
あと一息で決壊=号泣するだろう。
そうなったら、アレフは少女の両親に『必殺』だ。
必殺と書いて「必ず殺す」。いかなる理由であれ、少女を泣かせた輩を、少女の両親は必ずそうするだろう。

「わ、わ、ちょっとまてサラ! ローレライで小物をもれなく一つ買ってやるぞ、な、な!?」

慌てて少女をなだめるアレフ。命がかかっているので必死である。
少女はアレフの物言いに、涙をためつつ上目づかいで、

「3つ……。」

とのたまった。
その台詞に「へ?」という表情を浮かべたアレフだったが、少女が何を言っているのか理解し、

「えーと、せめて2つにならないか、サラ?」

とささやかに、かつ控えめに頼んだが、

「えぐっ……えぐっ……」

と、しゃくり上げ始めた少女の前に、

「だああああっ! わかったわかった、ローレライの小物3つで勘弁してくれ、な、な!?」

という具合に陥落せざるを得なかった。
そして少女はその台詞を聞くと、目を袖でごしごしこすり、にぱっ、と笑ったかと思うと、とてててて、とさくら亭の外に出ていった。
それを厨房から出て見送ったアレフとリサは、ふう〜っ、とため息をつき、カウンターに座った。

「はあ〜っ、危なかった。もう少しで天国への片道切符をサラから貰うところだったぜ。」
「地獄へ、の間違いじゃないのかい、アレフ?」
「いんや、女の子の涙でできた切符が地獄のわきゃないだろ? ……あ〜あ、それにしても予定外の散財だな。」

さらにため息を吐くアレフ。少女は商売人同士の娘だけあって、それなりに目利きもできるのだ。下手な品物ではまず無理だ。

「ま、自分が迂闊だったと思ってあきらめな。それに、それほど嫌な訳じゃないんだろ?」
「ん〜、まあな。」

なぐさめるリサとなぐさめられるアレフ。
リサの指摘通り、アレフは少女に贈り物をすること事体は対して気にしていなかった。むしろ、プレゼントしてやりたいとさえ思っている。

「ま、難を言えば、あと10年は経たないとどーにも好みじゃないってとこか。」

それでもさすがに3つは多かったのか、ぽろりと不満をもらすアレフ。

「アレフ……。」
「ん、何だリサ?」

リサは、何やら気難しい表情で黙ってアレフの後ろ――正確にはさくら亭の入口の方向――を指差す。
妙に嫌な予感がして振り返ると、扉の影から少女がじと〜っとした目でアレフを睨みつけていた。
メデューサに睨まれ石像になったかのように動けないアレフに、

「……5つ……。」

少女はぽつり、とその唇から漏らした言葉によってとどめを刺した。
 
 

店の外まで見送り、少女の姿が見えなくなったのを確認するとリサはアレフに近づいた。

「ま、倍の6つ、と言われなかっただけマシじゃないか。」

ぽん、とアレフの肩に手を置いて、再度なぐさめの言葉をかける。
だが、もはやその程度では微動だにしなかった。真っ白になったアレフの頭の中では、今月のデートの予定をどのくらいどうやって削るか、それしか考えていなかった。
 
 

その頃、少女はアクセサリー5つを確約したことで、上機嫌でとことこ歩いていた。