エンジェルスダンジョン(改正版)
町の小さな言い伝え・・・。 「天舞う夜に星落ちる。 神の使いも後追いて 堕ちた天使を眠らせる」 全てはここから始まった・・・。
「あのぅ・・・」 ゆさゆさ・・・。 なぜだか知らないが、俺の体がゆれる。 「あのぅ・・・。レイトさんですか?」 ゆさゆさ・・・。 誰かが、俺の名前を言いながら身体をゆすってくる。 おかしい。この家には俺以外にはいないはずだ。 ゆさゆさ・・・ゆさゆさ・・・。 目を瞑りながら考える俺をよそに身体はゆれを増してくる。 うっすらと目をあけて、そばにある時計に目をやる。 午前3時。 「3時・・・?まだ夜中じゃないか。寝かせてくれ。」 そう言うと、ぴたりとゆれがやんだ。 休みの日は、ゆっくりと昼まで寝る。それが俺の休みの過ごし方だ。 が、その日は違った。昨晩のことがあって、自然に目が覚めてしまったのだ。 そのまま起きようかどうしようかと迷い、 ベッドの中でもぞもぞとしていたら、枕元で声がした。 「おはようございます。」 たしか、昨晩もこんな声が・・・。 「って、はい?」 あまりのショックに声が裏返ってしまった。 「夢・・・じゃなかったのね・・・」思わずつぶやいた。 俺はまぶたをこすり、ピントを合わせながら彼女を見た。 年は17〜8くらいか?ほっそりとした顔立ち、腰あたりまで伸ばした長く青い髪。 かわいいというよりは、綺麗という言葉が似合う年格好をしていた。 そして、一番目をやったのは、彼女の背中にある真っ白な一対の翼だった。 天使?そんなばかな・・・ 「どうかなされました?」 沈黙する俺を見かねて、目の前の少女が聞いてきた。 「あ、いや・・・。とりあえず起きるか。」 「はい・・・。え・・・・??」 ベッドから降りようとした俺を待ち受けていたのは、甲高い彼女の悲鳴だった。 「服を着てくださいっ!!もうっ・・・」 そっぽを向く彼女に向かって相槌を打って、枕元に用意してあった着替えに手を伸ばした。 ・・・。 恥ずかしい・・・。 数秒後、俺は黒のシャツに藍色のズボンをはいてベッドから降りた。 そして、彼女の為に、テーブルを綺麗にして、椅子を用意し、お湯を沸かし始めた。 「もうすこししたら、お湯が沸くから。コーヒーでいいかい?」 「は、はい・・・。あの・・・。」 少女の声だ。 「レイトさんですよね?」 もう一度、彼女は僕の名前を確認した。 「あ、ああ。そうだけど・・・。君は?」 カップを彼女と自分の方において椅子に座った。 気になってはいたが、朝は頭がほとんど働かない上に、先ほどの騒動だ。 聞くタイミングというのがまったくというほどつかめなかった。 「あ、申し遅れました。私はアネル=レイモンドと言います。 とある理由から私は天上界から降りたのですが・・・。」 アネルと呼ばれる少女はちびちびとコーヒーを飲みながら(時には顔をしかめながら)言った。 「天上界へ通じる門が閉じてしまい、帰るに帰れなくなりました・・・。 お願いです。私を天上界へと連れて行ってもらえないでしょうか・・・?」 彼女はカップを置いて深く頭を下げた。 「ちょ・・・ちょっとまってくれ! いきなりお願いされても俺が困るよ・・・。 第一、場所も知らない、方法もわからない所につれてけって言われても無理だよ。」 ごもっともな意見だと自分でも思った。 と同時に、彼女を傷つけてしまった事も知った。 「あ、ごめん・・・。」 泣きじゃくる彼女を見つめて、俺は言葉を続けた。 「な、なあ・・・。その門がある所とかは分からないのかい?」 「・・・。えっと・・・。詳しくは分からないのですが・・・。」 と、しゃくりあげながら、ぽつぽつと話し始めた。 彼女いわく、どうもこの町のどこかにそれらしき建物があるということだった。 なんだ。目安を知っているんじゃないか。 「それらしき建物か・・・。 この辺で、それらしきといったら、町外れの祠くらいかなぁ? でも、あそこはほとんど発掘が済んでしまって、ほとんどほったらかしだよ。 それに・・・」 危険区域だといおうとしたら、アネルは間髪いれず 「お願いです!私をそこに連れて行ってもらえないでしょうか!」と言ってきた。 「ふぅ、わかったよ。連れて行くから。 でも、まず準備をしないとね。あそこまで、結構歩くからな。 それに・・・。 その格好で外を歩くのはマズいと思うよ。 特に、その翼は・・・・。」 俺は改めて彼女の格好を見て言った。 真っ白で肩を出しているドレスを身に纏っている彼女は、 それだけで注目の的になってしまうだろうし(この町では見ない格好だからな)、 それに、翼のある少女が町を歩いたらきっと大騒ぎするだろう・・・。 「うーん。翼はしまう事ができますが、服に関しては・・・」 「よし、分かった。服は俺が何とかしてきてやるよ。 まあ、細かいサイズは分からないけど、なあに、合わなければ交換すればいいさ。」 「あ、ありがとうございます。」 彼女はテーブルに頭が当たっているのもかまわず、何度もお辞儀をした。 「じゃあ、ちょっと行ってくるよ。 あ、とりあえず、俺が帰ってくるまでは、この家から出ないで欲しいんだけど・・・」 「分かりました。」 「ありがとう。アネルさん。」 「あ、アネルでいいです、レイトさん。」 「分かった。じゃあ、アネル、行ってくる。」 アネルに挨拶をして、俺は玄関を後にした。
家のすぐそばにある大通りをでて、すぐの角に俺が勤めている武器屋がある。 一般には武器やだが、武器、防具、雑貨などいろいろと取り揃えている。 普通はコレを雑貨店というのだが、どうしても本人の希望からここを武器屋と呼んでほしかったらしいのだ。 店に入り、うっすらとほこりをかぶった剣や鎧をすり抜けて、カウンターに向かった。 そして、店長に事情を話して女物の服を見せてもらうことにした。 「へえ。レイト、お前がねえ」無精ひげが生えた顎をさすりながら店長が言った。 スキンヘッドがぴったり似合うゴツイ顔とでかい図体だけど、根は優しくおしゃべりな店長なのだ。 「コレのプレゼントか?だったらいいものがあるぞ。」小指を立てて言った。 「いや、違うって店長。あのですね・・・」 店長は人の話を最後まで聞かず、店の奥へと入って行き、一着の服を持ってきた。 「どうだ、中々いいだろう。この胸を強調したデザイン、きっと町の男は釘付けになるぞ。」 たしかに。胸のあたりが大きく開いて、ちょっと覗けば見えそうだ。って違う。 「そうじゃないってば。普通に歩きやすい服装がいいんですよ」遊びにいくわけではないんだから。と付け加えておいた。 次に店長が持ってきてくれたのは、自警団の見習いがつける大きくて紺色のローブだった。 「悪いな。 町とか遊びに行く服とかはあるのだが、旅とかそういうのを目的としたのなら、もうこんなのとかしかないんだよ。」 「あれ? この間、女性用の服とか鎧とか一式入荷したはずだけども・・・」 店長はかぶりをふった。 「昨日売れたよ。変わった女だったけど、ものすごく綺麗だったな、アレは。 ゴホン、今のはカミさんには内緒な。」 「ふうん。まあ、いいか。じゃあ、それにするよ。 あと、上下の上着と下着。これでいくらだっけ?」 俺は値札を見て驚いた。 自警団の見習いがつけるものにしては高すぎる。 「これは、どこだったか、偉い司教の加護があると言われているからな。 見習いといっても自警団だ。普通のじゃ危ないだろう。 それに、安物下着なんざ送ったら女性は怒るぞ」 そういわれて、財布を開けた。給料日前ということもあり、もう生活するお金しかもっていなかった。 その様子を見てか、店長は「給料から引いておくな」と一言言って服を包んでくれた。 店長から服を売ってもらった後、青果店で寄り道をしていた。 朝の騒動ですっかり忘れていたが、朝食をとっていない事に気がつき、道中お腹がずっと鳴っていた。 「天使もお腹がすくのかな?」 昼前だというのに、ほぼ品切れ状態の野菜を見てそう呟いた。 小さなため息をついて、財布から小銭を出し野菜の盛り合わせを買って家路につくことにした。 アネルが服を着替えている間に、俺は先ほど買った野菜をサラダにするためにキッチンにいた。 洗って切ってちぎってはいおしまい。 という本格的なサラダとは程遠いものだが、これと切ったパンをテーブルにおいて、 あとはコーヒーを入れるだけというところで、アネルがキッチンに入ってきた。 「あ、今呼びに行こうと思ってたんだ。あれ、それは買った覚えがないけども?」 分厚いローブ姿で来ると予想していたが、長袖の薄桃色ワンピース姿のアネルが目の前にいた。 アネルはこれも一緒に袋に入っていたと言う。 「こんな美しいものを、ありがとうございました。 これ、少ないですが代金です。受け取ってください。」 そういって、鞄から小さな皮袋を取り出し、テーブルの上に置いた。 小さいけれどずっしりと重い袋を確認してみると、細かい金の塊がいくつも入っていた。 彼女は少ないですがと言っているが、これだけのものを売れば、2、3ヶ月は遊んで暮らせるくらいの金額になる。 「気持ちはうれしいけど、これはやっぱり返すよ」そう言って袋を彼女に返した。 「さて、お昼にしようか。朝の事で俺、朝食取ってなくてさ、ハラペコなんだ。ささ、そっち座って。」 席に座り、カップにコーヒーを注ぐと、目の前に女性がいることも忘れて、勢いよくパンとサラダをかきこんだ。 「ご、ごめん。ゆっくり食べてていいから。後片付けは俺がやるよ。なに、洗い物が一つ増えたくらい何でもないさ」 食器を洗い桶に入れて言った。 「それよりも、今後の事考えないとな。 発掘作業時、あの祠は事故が絶えなくてね。一通りの作業が終了したらすぐ危険区域に指定したんだ。 ヘタに入っていったら危ないし、見つかったらタダではすまないよ。それに・・・」 「それに?」パンを飲み込んで聞いてきた。 「いや、なんでもない」俺はそういって洗い物を始めた。
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lute@do7.enjoy.ne.jp 虎神 竜斗(こがみ りゅうと)