子どもたちの祈り
I PRAY

 

< I PRAY とは>  

広島に投下された原爆を題材に
戦争や核兵器の恐ろしさ、凄惨さ・ そして悲しさを通して、
平和の大切さと、戦争のない未来を願って
原爆が落ちる前の広島、
原爆が投下された広島、
復興の広島を演じる創作劇です。

演じるスタッフは30〜50人。
平和な未来へ願いを込める意味で、
小学生から高校生、大人までが 起用されています。
これからの未来を作っていく子どもたちが 演じることによって、
I PRAY は、より一層の平和な世界の大切さを表現することができるのです。
今現在もこの地球上から完全に戦争がなくなったわけではありません。
戦争のない平和な未来が来る事を信じ、
次世代を担う子どもたちが平和の尊さと大切さを力の限り訴えます。

     
< STORY >  

舞台は1945年8月の広島。

人々はその日もせわしない朝を 過ごしていました。

時間は 午前8時15分。

一発の原子爆弾が 投下され、

その凄まじい閃光と暴風は 広島の街を覆い、

建物や人々を 焼き尽くしました。

しかし、広島は 原爆に負けませんでした。

広島の街は 緑を取り戻し、

平和の象徴の都市として

世界に名を知られる事になったのです。

     
<メッセージ>  

この幸せが一瞬にして消える
核の恐ろしさ、残酷さを多くの人々に訴えてきます

子供の笑顔が、どんなに沢山の人々を和ませるか
「この笑顔を消さないで」と訴えてきます

重く、苦しい事ですが、二度と繰り返さないよう
50人の子供たちと、こころから平和を願ってがんばります。

本物でないと人の心は動かせないと、子供たちも泣きながら熱演です。
特に4歳、5歳の子の
『お母さん、助けて!恐いよー!』と 泣き叫ぶ声は、胸が痛くなります。

広島平和集会のステージの前では、
皆に被爆した広島の残酷で悲惨な映像を見せました。
子供たちは涙ぐんでました。
この時、きっと成功すると確信しました。
みんなで被爆した人の苦しみを感じて、本当にこころから平和を願って
みんなが一つになってがんばる約束をしました。

原爆の悲惨さを訴えた後、全員すべて真っ白の衣装で、
本当の笑顔で、こころから平和を願って踊ります。

----ニ度と過ちを繰り返してはならない----
と いう広島からのメッセージを 世界に発信します。

広島発 子供たちの祈り 『I PRAY』

 

1996年3月

木原陽子とFUNKY JAM KID’S
I PRAY スタッフを結成し始動

 

第 1回 公演 1996年8月 連合広島平和集会 広島厚生年金ホール
第 2回 公演 1997年8月 連合広島平和集会 広島厚生年金ホール
第 3回 公演 1998年8月 全電通全国大会 広島厚生年金ホール
第 4回 公演 2000年7月 運輸労連定期大会 広島プリンスホテル
第 5回 公演 2000年8月 連合長崎平和集会 長崎ブリックホール
第 6回 公演 2000年8月 全電通アジア平和集会 広島フェニックスホール
第 7回 公演 2001年8月 核禁広島平和集会 広島厚生年金ホール
第 8回 公演 2001年12月 世界遺産5周年記念 広島フェニックスホール
第 9回 公演 2003年8月 平和集会 広島厚生年金ホール
第10回 公演 2004年8月 平和集会 広島厚生年金ホール
第11回 公演 2006年8月 広島市民平和の集い 国際会議場フェニックスホール
第12回 公演 2007年8月 広島市民平和の集い 国際会議場フェニックスホール
第13回 公演予定 2008年8月 広島市民平和の集い アステールプラザ中ホール

I PRAY 2007
I PRAY 2008
I PRAY 2009

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