I PRAY 2006 

被爆体験を継承するために
踊りを通して平和の祈りを伝える


 私は、被爆した母から被爆2世として生まれました。幼い時より母から原爆の話を聞いて育ち、母の話しを通して当時の悲惨な状況が私の脳裏に焼き付けられてゆきました。そのせいか、今でも8月6日になるとえもいわれぬ不安感を感じたり胸が締め付けられます。またABCC(放射線影響研究所)につれてゆかれ大きな人に囲まれて様々な検査をされ、幼心に「なんでこんなことされるんだろう?」と思うような怖い体験もしました。
 最初は、原爆は怖いものだと言う思いばかりでしたが、成長してゆくにつれて、被爆の実相や平和の大切さ、そして広島市民の復興の努力と平和への願いを多くの人に訴えてゆかなくてはならないと思うようになりました。


 特に踊りを始めるようになってからはその思いはさらに強くなりました。それ以来私は歌や踊りという活動を通して原爆の悲惨さ・平和・いのちの大切さを表現し訴えてきました。今回の子どもたちによる原爆劇「I PRAY」もこうした私の活動の延長線上にあります。
 被爆61年を迎え被爆体験の風化が懸念され体験の継承の重要性がいわれる中、また、いまだに世界各地で戦争が行われ多くの被害者が出ている今日、子どもたちが被爆や世界の状況に目をむけ学び、自らが演じる中で多くの人に被爆の悲惨さと平和への願いを訴える「I PRAY」の意義と役割は大きいと思います。これからも、多くの子どもたちが参加し、たくさんの皆さんに観にきていただき感動と平和の輪を広げてゆきたいと思います。

I PRAY (子どもたちの祈り)とは 

 広島に投下された原爆を題材に、戦争や核兵器の恐ろしさ、悲惨さ、そして悲しさを通して平和の大切さと、戦争のない未来を願って復興の広島を演じる創作劇です。平和な未来へ願いを込めて、小学生を中心として中高生、大人までが心を一つにして演じています。これからの未来を作っていく子どもたちが、平和や命の大切さについて学び演じることによって「I PRAY」はより多くの方に共感と平和な世界の大切さを伝えてゆくことができるのです。今現在もこの地球上から完全に戦争がなくなったわけではありません。戦争のない平和な未来が来ることを信じ、次世代を担う子どもたちが平和の尊さと大切さを力の限り訴えます。

                           


友情出演==雪村いづみさん「一本の鉛筆」==







 



木原世宥子とFUNKY JAM KID’S
I PRAY スタッフを結成し始動

第 1回 公演 1996年8月 連合広島平和集会 広島厚生年金ホール
第 2回 公演 1997年8月 連合広島平和集会 広島厚生年金ホール
第 3回 公演 1998年8月 全電通全国大会 広島厚生年金ホール
第 4回 公演 2000年7月 運輸労連定期大会 広島プリンスホテル
第 5回 公演 2000年8月 連合長崎平和集会 長崎ブリックホール
第 6回 公演 2000年8月 全電通アジア平和集会 広島フェニックスホール
第 7回 公演 2001年8月 核禁広島平和集会 広島厚生年金ホール
第 8回 公演 2001年12月 世界遺産5周年記念 広島フェニックスホール
第 9回 公演 2003年8月 平和集会 広島厚生年金ホール
第10回 公演 2004年8月 平和集会 広島厚生年金ホール
第11回 公演 2006年8月 広島市民平和の集い 国際会議場フェニックスホール
第12回 公演 2007年8月 広島市民平和の集い 交際会議場フェニックスホール
第13回 公演 2008年8月 広島市民平和の集い アステールプラザ中ホール
弟14回 公演予定 2008年8月 広島市民平和の集い アステールプラザ中ホール

I PRAY 2007
I PRAY 2008

I PRAY 2009

 


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