瀬戸内海(広島湾倉橋島近辺)のトゲクリガニについて

 

 最近、地元新聞にこの冷水系(実際には他のクリガニ類よりは南に生息する南方系らしい)のトゲクリガニが瀬戸内では珍しい蟹だと出ていた。

しかし、90年代の初め頃ならともかく、90年代の半ばからはある時期が来れば簡単に獲ることができる、ごく普通が当たり前の蟹だと私は思っていた。

たぶん、これからも瀬戸内、殊に倉橋近辺ではシーズンになれば普通に見られる蟹であり続けるであろうと思います。

この蟹は青森など東北では産業種として流通しているのですが、瀬戸内ではまだその価値が認められていないため、研究も始まってなく情報も少ないので、

この蟹のことを知らない人、もっと知りたい人の為になればと思い、私が知りうる範囲で記述をしたいと思います。

 

この蟹は食べられるの!

 最初に、この蟹を見た(捕まえた)のは昭和63年から平成2年のいずれかです。記録には残していませんが、遅くとも平成2年の3月末までには何匹か捕まえていました。

どうして言い切れるかと言うと、その年まで、兄と2人で漁をしており、その時に捕まえたのを覚えているからです。

 最初は変わった蟹が獲れたと珍しかったので、生簀に生かしておきました。それでも、この蟹の独特の格好と触った時の毛の感触、それに何より今まで見たことも無い得体の知れない未知の希少な蟹だったので、食べることはせず、毎年、4月には放流していました。

 それから何年かたった、平成6年頃、意をけっして水産試験場へこの蟹を持って行き名前を調べてもらった。そこで、コレがトゲクリガニ(Telmessus acutidens)だと判った。

しかし、試験場へ行った本当の目的は、

「5年も6年も獲れ続けるこの蟹は決して迷い蟹ではなく、この地に住んで繁殖している蟹だろう。このままだったらどんどん増えていき、生態系に影響するのではないか?何とか退治しなければ。ただ殺すのでは可哀相だ。食べられるなら食べて成仏さそう。」と食用可能か聞くためだった。そして試験場の人に思わず、

「この蟹、食べられるの?」

 

 それからは毎年、20匹以上は食用としていたと思う。

 身は少し黄色みをおびていて、茹でて食べるせいかときたま磯の臭いがきついくらいすることがあるが、ワタリガニとは違った甘味があり、ワタリの「ムチッ」とした食感に対し、どちらかと言えば「ポロポロ」しているような感じです。

 小振りな蟹ですから足はケガニに比べて細いため身が少ないが、体の方はわりに食べ応えがあります。

 東北地方、特に青森では花見のシーズンには欠かせない食べ物になっていて、蟹味噌は絶品と言う人もいるようですが、東北と瀬戸内では水温に違いがあり、旬がどちらとも同じとは限らないので、もしかしたら瀬戸内ではもっと早い時期が旬で私はそれを逃して食べているのかもしれない。

 

この蟹の生態について

 

 このトゲクリガニは一年中獲れるのではなく、冬から春にかけての一時期しか獲れない。

私はいつもナマコ網漁をしていてこの蟹を捕まえているのですが、この漁法は11月から3月末までしかないのでその期間以外での捕獲方法を持ち得ないので周年獲れる可能性もあるのではないかと考えられるが、以下の記述によって難しいのではないかと結論した。

 

l        倉橋近辺で獲れるトゲクリガニは、ほとんどがアマモの群生地、あるいはその近くの褐藻群の中である。

l        私がナマコ網漁を開始するのは例年だいたい12月の半ばごろで、その頃から期限いっぱいまでアマモ場やその周辺で漁をよくしている。

l        たまに、12月や1月に獲れることはあるが1匹か2匹ぐらいであまり獲れない。

l        2月の初旬から3月の半ばごろまでは12月や1月に操業していても蟹が獲れなかったアマモ場やその周辺で蟹が獲れだす。

l        3月の初旬頃から獲れる量が減りだし、早い年では半ばごろには全く獲れなくなる。

l        ほとんどの蟹が脱皮及び交尾をする。

l        滅多に見られないが、早い時期に獲れる雌蟹は抱卵している。それを生簀に入れておき数日後に見ると、卵は無く放出していた。

 

これらのことから、トゲクリガニは2月から3月にかけて、アマモの群生地などの藻場に産卵(もしくは稚蟹の放出?)、及び交尾のために、移動もしくは浅場へ上がって来るのではないかと考えられる。

 余談だが、私は20年来の花粉症を患っており、このトゲクリガニが獲れだす頃から症状が出だすので、勝手に「花粉蟹」と名付けています。

鼻がムズムズしだしたらこの蟹が獲れだす。あるいはこの蟹が獲れだすと花粉が舞いだしているように思えるほど、時期が重なっています。

 

 では、他の時期にこの蟹は何処でどのように過ごしているのか、と言うと、全くの謎である。

しかし、常識的には、この蟹の生息域とされている東日本の方から生殖のために瀬戸内に入って来るとは考えられない。

北方海域に棲むと言われているから、単純に考えると水温の比較的低い水深のある(といっても最深で120m位しかないが)海底で他の時期を過ごしているのではないかと考えていた。)文献を調べて見ると、実はこの蟹は他のケガニ、クリガニに比べて南に分布しており、南方形と言われています。といっても南限は横浜付近と言われていました。

私は10年ぐらい前から数年、冬場に獲れるこの蟹を飼育することを試みましたが、早い時期には6月に、遅くても8月には全滅してしまい、最近では、飼育は諦め、「蓄養」して適当な時期に食することにしています。

 6月までに死んだ蟹のほとんどが、紫貽貝が蟹のエラに付着していたので、そのことによる呼吸困難か、体力の衰弱によるものと考えられる。

そこで、私は貽貝の幼生が多く浮遊すると思われる4月〜5月にかけて、それまで生簀等水面に近いところで飼育していた蟹を海底で飼育するようにした。そうすることによって貽貝などの貝類がエラに付着して蟹が死ぬようなことは少なくなった。しかし、夏場になると、今度は蟹の体に「藻」のようなモノが生えてきて蟹は死んでしまった。

 何年かこんなことを繰り返して、

「私が飼育できるような範囲では周年飼育は無理だ」と結論付け、20匹ぐらい獲って後は放流することにしている。

 

 結局答えが出ないので、ネットで調べてみるとこの蟹は水温の高い夏場は深場に移動するのではなく、砂の中に潜って暑さをしのいでいると書かれていた。それを読んで

「なるほど!そう言えば、獲れるところのアマモ場も砂質だし、砂の中だったら貽貝や藻から体を守れる」 と半ば納得していたのですが、「砂がエラに詰まることはないんじゃろうか?」と、新たな疑問が湧いてきた。

 

脱皮をしているところ。

 

脱皮した抜け殻。鰓まで残っているようで見事だと思います。

 

 

生殖について

左は交尾をして精子(精包)《正しくは交尾栓》を付けているメス蟹。約一ヶ月でこの白いのは抜け落ちます。右は抱卵している蟹。

 

 ネットで調べてみると、蟹類の生殖(交尾)は大きく分けて2通りになるそうだ。

1)雌が脱皮した直後の甲の柔らかい状態の時に交尾するもの

2)脱皮に関係なく硬い甲の状態で交尾するもの

これは交尾をする際、雌の生殖口が硬いと雄のペニスから精子(多くは精包と呼ばれる小さなカプセルに入っている)が入れられないからで、2)のタイプのものも雌の生殖口が軟らかい時にのみ交尾可能なタイプがあります。どちらが優勢かは決まっていないようで、中には同じ科の仲間に両方がみられる場合があるそうです。

 

 私が今まで見た限りでわかっていることは以下のことです。

 

 注)赤文字はネットで調べたことと、それを基に私が考え直したこと。

    

l        2月半ばから4月にかけて交尾をしている

l        ほとんどの場合、雌が脱皮した後にしている

※ 近縁種のオオクリガニ(毛蟹)は雌が脱皮しないと交尾できないとの事だからこの蟹も脱皮後にするのだろう。

l        雄が雌より早く脱皮をしている

l        稀に脱皮前の雌に交尾を済ましているのがいる

※ これもオオクリガニの例を見ると私の勘違いか、見間違いなのでしょう。

l        交尾の証の白い精包のようなモノは一ヶ月ぐらい経つと抜け落ちる

※ この白いモノは交尾栓または交接栓と言われ、外部に出ているのはクリガニ科の特徴だ。

l        交尾から約一年後の2月に産卵する固体をこれまでに何匹か見た。(私が見たのは、正確には産卵ではなく、抱卵して幼生を放出したものだろう。)

 ※ オオクリガニでは約半年後に産卵する。

l        雄が雌を抱き捕まえているせいか、生簀によるストレスのせいか脱皮できずに死ぬ個体もたまにいる

※ 雄は脱皮を促し、また補助はている。

 

この蟹は脱皮に関係なく硬い甲の状態でも交尾できるタイプだと、初めは考えていました。

しかし、捕まえたほとんどが脱皮後に交尾をして白い精包のようなものを付けていることと、この白いものは、別の雄蟹が交尾をできなくするためのガードの役割もしていると考えられ、もしそうなら、脱皮前に交尾が成立しても、脱皮とともに白いガードも取れてしまい、ガードの意味がなくなってしまいます。

 ※ オオクリガニから考えると、脱皮前の交尾はありえないように思える。交尾栓を引き抜く雄もいるのでガードの役割はうすいようだ。

また、交尾後に産卵するのではなく、数ヶ月以上後に産卵すると仮定すれば、わざわざ危険が大きい脱皮する時期に交尾期を合わせず、時期をずらしていた方が安全なのにもかかわらず、この時期に交尾をおこなわれるのは、私の考えは間違いで、この蟹は脱皮後の殻の柔らかい時期に交尾をするタイプで、甲が完全に固くなった頃に、ガードが抜け落ちているのかもしれません。

 ※ 甲が完全に硬くなるにはオオクリガニでは半年近くかかります。それから考えるとこの蟹も同じぐらい期間が必要になると思われます。したがって甲が固くなった頃に抜け落ちるという考えは間違いではないかと思われる。また交尾栓はガードの役目と言うよりも精包(精子)が雌の体から出ないようにするためではないかと考えられている。

 

競争に負けたのか?雌と錯覚してゴルフボ−ルを抱いている雄。 

 雄蟹は雌蟹をはっきり認識して抱きかかえるのではなく、「似たようなものならとりあえず捕まえる」という行動をとるみたいだ。

 

 

棲息状況

 

 今まで捕獲したことがある場所を地図の中で海岸線をく示しています。また、3cm以下の稚蟹を捕獲したことがある場所を線で示しています。

 なかには毎年数十匹以上獲れる場所から、今までに一匹しか獲ったことがない場所まで示しています。

倉橋島の南側と大柿の一部を除いた地域では操業した事が無いので、棲息の有無はわかりません。

 

 

 

捕獲について

 

 私がこの蟹を捕獲する方法は底引き網です。底引き網でもいろいろと種類があるのですが、私が行っているナマコ網漁が一番確立良くこの蟹を獲ることができると思われます。

 なぜならば、この蟹は今までの経験ではアマモの群生地かその近くの藻場に棲息しているようだし、そのような場所を操業できるのはナマコ網漁しかないからです。

私や他のナマコ網漁をしている人たちは毎年この蟹を捕まえているのに、その他の人たちが珍しく思うのは、この蟹が棲息していないところで操業しているからではないかと思われます。

 上の地図にも示していますが、この蟹の棲息地はかなりあると思われます。私は、この蟹の棲息域が広島湾のアマモが群生している所、ほぼ全てに広がっているのではないかと考えています。

 では、一般の人はどうしたらこの蟹を捕まえることができるか?

 それは、原始的ですが、泳いで手掴みするのが一番だと思います。泳ぐのが嫌な人は大潮の干潮がマイナスになる時に漁りに行けば出会えるかもしれません。

肝心なのは、捕まえに行く場所です。上記地図に示された場所も良いけれど、新しく棲息地を見つけようと思う方は、アマモ場をメインに探してみてください。

 2月半ば〜3月半ばにかけてアマモが群生している所を探せば多分見つかると思います。

アマモです。

 

 今年、この蟹を捕獲していて気になることがあります。ここ最近は親蟹に混じって3cm以下の稚蟹が獲れていたのですが、今年は今までに一匹も獲れていません。

去年の天候不順で稚蟹が育たなかったためか、それとも他に原因があるのか分かりませんが、少し心配です。

 上の写真を見た方は、私が確保しすぎだと思われるかも知れませんが、この写っている数倍の蟹をリリースしています。特に受精した雌蟹は逃がしています。

 

★オオクリガニ(毛蟹)について詳しいことは下記をごらんください。

http://www.fishexp.pref.hokkaido.jp/exp/central/report/dayori/dayori52.pdf