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トーヤ・クラウドの長い一日


 ある晴れた日のこと。
 その日、エンフィールドはいつもの日常を過ごしていた。
 その日はただの一日として終わるはずだった。
 なんでもない、ただの平和な日のはずのことだった。
 
 

 …朝のことである。

 クラウド医院の朝は早い。目覚め、軽い食事をすませると、そのまま診察を開始する。
 今朝の食事はドクターの作ったものだ。栄養バランスを考えて作られているわりと豪華な朝食。
 ディアーナが作った場合、消し炭トーストと、消し炭卵焼き、インスタントスープといったやたらと貧相なものへと変化するのだが…。
 まあ、なにはともあれ、食事をすませたドクターとディアーナは、すでに診察室へと移動していた。
 ドクターは診断書らしきものを手にディアーナに指示を出す。

「ディアーナ。そこの薬品を取ってくれ」

「え?あ、はい、先生」

 ぱたぱたと薬品棚に向かうディアーナ。たいていこの先は読めている。
 手を滑らせて、薬品の瓶をがっしゃーんと割ってしまう。
 しかし、今回は珍しくもちゃんと薬瓶を手にして持ってくる。
 実に100分の1の確立だろう。(…すなわち100回に1回しかまともに持ってこれないというわけだ。)

「これですね、先生」

 そして、ドクターの前まで持ってきたとき…。

「ふふふ……」

「ひいいっ!!」

 がっちゃーん!!

 不気味に笑ったドクターの声に、びびりまくって思わず瓶を投げてしまうディアーナ。
 無残にも飛び散ったガラス瓶の中から貴重な薬品が流れ出す。
 独特の刺激臭がその周囲に流れ始める。
 すっと顔を上げるドクター。眼鏡がぎらっと光る。

「…ディアーナ…」

「ご、ごめんなさい!!」

 叱責が飛ぶものと、身をすくめるディアーナ。

(あああ…以前はやくざキック…この前はアッパーカット…今度は何を……)

 以前までくらったトーヤ・クラウド教育メニューを思い起こしあたふたとするディアーナ。

(まさかサッカーボールキック!?それとも…スクリュードライバーとか…)

 やたらと危険な技の代表格をあげていくディアーナ。…なんでそんなもんを思いつく?
 そして、ドクターが立ち上がり、ディアーナの肩に手をかけた。

「す、すいません、先生!!どうか、ドラゴンスクリューだけは…」

「大丈夫だったか、ディアーナ」

「はひ…?」

 間抜けな返事を返すディアーナ。

「怪我はないようだな…よかった」

「しぇ…しぇんしぇい?」

「どれ、どいていろ。いまガラス瓶を片づけるからな」

「あ、あたしがやります!」

「いかん!!」

 びしっ!

 厳しく言い放つドクター。

「手を切ったらどうする!医者が不用心に怪我などするな!まったく…」

 はたきとちりとりと用意して、さっさと片づけていく。

「それに、薬品の中には刺激の強いものだってある…ひどい場合は手が荒れる場合とてある。
 年頃の娘が手を荒らすのはあまり感心できないな」

「…手荒れ?」

「そうだ」

 雑巾で手早く薬品を拭き取って、さっさと元通りにするドクター。

「…ところで先生…薬品…」

「気にするな。お前が怪我をしなかっただけでもよかった」

 ぽんとディアーナの頭の上に手を置く。

「失敗など気にするな…失敗は次の糧となる。お前が成長するのなら薬品の一つや二つ惜しくもない」

 さあっとディアーナの顔の血の気が引いていく。
 そして、がたがたと震え始める。

(…も、もしかして先生。やたら優しくして…そこからどん底に突き落とすとか…)

「どうした、ディアーナ?具合でも悪いのか…そうだな、ここのところいろいろと忙しかったからな。ふむ…少し休んでいろ」

「え、えええっ!?あ、あの…」

「わかっている。お前のことだ、少々無理をしても医学を学びたいのは知っている。
 だが、たまには休息も必要だ。しっかり休んで、万全の体調でやったほうが効果も高い。
 わかったな、ディアーナ」

「は…はい…」

 やたらと優しいドクターに、びびりまくって後ずさりを始めるディアーナ。

「そ、それじゃ、…休ませて貰いますうううううっ!」

 バタン!!

 思いっきり逃げるようにして、ディアーナはクラウド医院から逃げ出すのだった。
 
 

 そして、自警団第三部隊事務所。
 隊長ことフェイルとアルベルトが暇をつぶしていたりする。

「なあ、アル。平和だな…」

「ああ、平和だ」

「こう、平和だと事件の一つでも起こってくれないかなー…なんて考えちゃうよなー」

「そうだな。…世間をにぎわすような大事件が起こってくれるとおもしろそうだよな」

「…ふう…」

「はあ…」

 同時にため息をつく。実にナイスなコンビネーションである。

「…あーあ。しょうがない。ちょっとそのへんの見回りに行ってくる。アルはどうするんだ?」

「オレは…そうだな、一緒に見回りでもするか」

 ゆっくりと起き上がって、外出の準備を始める。
 そこへ…

 ドンドンドン!!

「大変なんですーっ!!」

 激しいノック。

「なにっ!」

「事件かっ!!」

 ドアを開けるフェイル。
 そこには息を切らせて、顔色を変えたディアーナがいた。

「…ど、ドクターが…」

「なにっ!ドクターが刺し殺されたのか!?」

 開口一番、物騒なことを吐く。

「…ち、違います!」

「それじゃ、ドクターが殴り殺されたとか!?」

「…そうじゃないです!」

「…それじゃ絞め殺された!」

「あーん、なんでそっちの方向に話を進めるんですかぁっ!!」

「そうだぞ、フェイル。で、ドクターが誰かを拉致したのか!?」

「違いますうっ!」

「それじゃ、誰かを解剖した」

「アルベルトさんまで変なことをぉぉぉっ!!」

「なんだ、違うのか」

「ざーんねん」

 二人でやたらと残念そうな顔をする。

「いったいうちの先生をどういう目で見てるんですかああっ!!」

 ディアーナの必死の抗議に。

「なんつーか…」

「一般平凡に見えるけど、裏で猟奇殺人でもやってそうなタイプかなと」

「勝手に危険人物指定しないでくださいいいっ!」

 ぜえはあ…ぜえはあ。
 叫んだ後で肩で息をつきだすディアーナ。

「うむ、アル。このへんでディアーナいじめはやめるとして」

「そうだな。それでなにかあったのか、ディアーナ?」

「はい、それが…」

 いつになく、暗い表情をするディアーナ。その深刻な様子にさすがに気を引き締める二人。
 しばらくディアーナは口を閉じていたが、やがて意を決したようにぽつりと口を開く。

「先生が…先生が」

「ドクターになにかあったのか?」

 フェイルの言葉にこくりと頭を動かすディアーナ。よほど重大なことがあったとその顔が告げていた。

「話してみろよ。力になってやれるかもしれない」

「はい…それが…」

 一呼吸置いて…。

「先生が優しかったんです」

 一瞬だけ、時が止まった。フェイルもアルベルトも顔が硬直している。

「さっきあたしが…」

 言葉を続けようとしたディアーナを無視して、フェイルとアルベルトが動く。

「あ、あの話を聞いてもらえるんじゃ…」

「ああ。もちろんさ、ディアーナ。おーい、アル鍵かけたか?」

「もちろんだ。誰も入ってこないぞ」

「そうか。それじゃ…やるか」

「ああ」

「あ、あの…どうしてあたしににじり寄ってくるんです?」

「それはだね、ディアーナ」

「ちょっとだけストレス解消につきあってもらおうと思ってな」

「へ……いやあああああああっ!!

 事務所内にディアーナの悲鳴が響き渡った。
 
 

「ひっく…ひっく…」

「ふう…すっきりした」

「まったく…無意味に体力つかっちまったぜ」

 上着を脱いでこきこきと肩を鳴らすアルベルトと、煙草を外に向かってふかすフェイル。
 仮眠用のベッドの上にはシーツを握って泣き続けるディアーナがいた。

「をや、ディアーナ君。なぜ泣くのかね」

「まるオレ達がひどいことをしたみたいじゃねえか」

「みたい…じゃなくて、そのものですううっ!!」

「…おや、お怒りだ」

「そうか?照れ隠しにも…」

「照れてません!!…ああ、こんなとこまで足跡が…」

 自分の白衣の後ろ側を見ながら呟くディアーナ。

「ああ。それは俺がやった奴だな。我ながら見事なやくざキックだった」

「いやいやオレのジ・エンド・オブ・スレッドもかなりえぐりこんで決まったぞ」

「虐待自慢しないでくださいぃぃっっ!!」

 半泣きで叫ぶディアーナ。事実泣いていたが。

「だあってなあ。
 なんか勢い込んでやってきて、ちょっと大事件が起こったかラッキーって気分のときに、
 『先生が優しかった』なんておのろけ話聞かされて肩透かしくらったら、
 だれだってやくざキックの1、2発くらわしたくなるよな」

「ああ、いくら温厚なオレだってジ・エンド・オブ・スレッドをかましたくなったぜ」

 とんでもなく物騒なことをほざくアルベルトとフェイル。

「その気持ち、わかるぞ、アル」

「オレもだよ。お前の気持ちはよくわかってるぜ、フェイル」

「勝手に納得してるしいいいっ!!!」

「さて、ディアーナ君。
 君のとんでもなくくだらねえおのろけ話はいいとして、本題はなんだい?
 先に行っておくがおのろけ話メインで来たってんなら…自警団特別メニューフルコースで歓迎してあげるからね」

「…そ、それってなんですか?」

 嫌な予感をひしひしと感じながら、アルベルトに問うディアーナ。アルベルトは天気でも告げるかのようにあっさりとした口調でひとこと。

「自警団伝統のリンチメニューだ。…たぶん、死ぬぜ」

「いやあああっ!死にたくないいいいっ!」

「おやおやそんなに喜んで。よっぽど楽しみなんだね」

「違いますううううっっ!!」

「まあ、君が喜ぼうと俺はいっこうに構わないけど。さて、本題を話してくれ」

 ソファーに強引にディアーナを座らせて、話を聞く態勢に入るフェイル。
 ディアーナの横にはアルベルトが立っていた。いつでも飛びかかれるような体勢。自警団得意の尋問スタイルだ。

「…先生が妙に優しかったのはもう話しましたよね…」

「ああ。さっき聞かせてもらった。おかげで楽しい時間を過ごさせて貰ったよ。ディアーナも楽しかったろう?」

「…全然楽しくなかったです!」

「まあまあ、落ち着いて。それで?」

「今朝、先生が薬瓶を取ってきてくれって言われて、取りにいったんです」

「…で、その薬瓶を落として割ってしまったと。まあ、クラウド医院名物だけど」

「違います!今日は途中までちゃんと持ってこれたんです!でも…先生が」

「ドクターがなにかしたのか?」

「…笑ったんです」

「笑った…?ドクターだって笑うことぐらいあるだろう」

「いや、いつもの『ふっ』っていかにもかっこつけーな感じの笑いかたじゃなくて」

「うわ、ひでえ言いよう。ドクターに言ってやろ」

「あああっ!いまのなし!!オフレコにしてくださいいいっ!」

「うーむ、そうとうな嫌がりよう。喋ったらどうなるの?」

「…言いたくありません」

 表情を暗くするディアーナ。よほど嫌なことがあったらしい。

「…まあいいか、それで?」

「笑いかたが…すっごく怖かったんですううっ!」

「怖い?」

「はいっ!なんだかどこぞの悪い魔法使いのおばあさんみたいに『ふふふ……』って!」

「…うわ…想像するだけで…めっちゃくちゃ怖いな」

 暗い場所で怪しい薬瓶を握りしめて笑うドクターの姿を想像して思わず身震いするフェイル。

「でしょうっ!?で、おもわず薬瓶を落として割っちゃったんですけど、その後がもっと怖かったんです!」

「どういうふうにだよ」

「普通なら落とした後に背中にやくざキックくらって、倒れた所をストンピングで思いっきり靴のかかとで踏まれた上に、硫酸かけられたりするんですけど…」

「極悪だな…」

「ひでえ」

 自分のことを棚にあげて呟く二人。

「今日に限って、私の心配をしてくれたんです!
 普通なら、『ガラスは片づけろ。そのときにガラスで指でも切って血を流し、気絶しないように特訓でもするんだな』とか言われるのに!
 その上、『薬品は手が荒れるものもある、若い娘が手を荒らすのは感心しないな』なんで普通は言わないセリフまで言うんです!!」

「…あのドクターがね…。そりゃおかしいわ」

「確かにな。そんなセリフはアレフ以外に言う奴はこのエンフィールドにいないと思うぜ」

「ですよね!…先生、どうしちゃったんでしょう?」

「考えられる仮説はだ」

 とことこと移動して、ボードに書き込むフェイル。

 ・ドクターが薬品を試しているときに、誤って別のものを作ってしまい、副作用によって一時的に精神汚染された。
 ・ドクターの心境の変化。
 ・実はアレフの変装。本人はどこかに拉致されている。
 ・ドクターにディアーナに対する恋愛感情勃発。
 ・『エンフィールド薬害事件』の再発。
 ・誰かに洗脳された。
 ・誰かに脅迫されている。有力候補はジョートショップの青年

 そこまで書き込んで後ろを振り向く。

「こんなところか。質問は?」

「おい、フェイル」

「なんだ。アル?」

「一つだけありえない仮定があるんだが」

「わかってる。一応書いただけだ」

 言いつつ、ディアーナの項目を削除する。

「えええっ!どうして削除するんですかああっ!!」

「ありえないからだ」

「…そ、そんなことないですっ!!」

「いや、未来永劫、金輪際、世界が消え果て、例え太陽が西から上ろうと、アルが化粧をやめようと、マリアが魔法を捨てさろうと、イヴが妙にハイテンションにけたけたと笑おうと、さらにアレフがホモに走ろうとも、絶対!!ありえない!!」

「…うう…そこまで言わなくても…」

「ありえないことはありえないからな。さて、検証していくか。まず、ドクターが調合を失敗したことについては」

「ありえねえな」

「はい。そんなことは絶対にないですから」

「まあね、そんじゃこれは削除。次にドクターの心境の変化」

「…まあ、ないこともないだろうが…いくら何でもディアーナに対する反応はあまりにも変化が急過ぎるんじゃねえか?」

「そうですね…ドクターがやくざキックをくらわさないのはちょっとおかしいですから」

「…なんだか、ディアーナの理由が偏ってる気がしないでもないけど。まあ、これも削除。次に、アレフが変装している場合」

「…それは…いや、ちょっと無理があるぜ」

「そうか?アレフの場合、なんだかやりそうなんだが」

「いや、あいつの場合、人の格好してまでナンパしようとは思わないだろう。
 だいたい、あいつは自分の容姿や行動に自信をもってるはずだからな」

「なんだ、アル。ずいぶんとくわしいじゃないか。なにかあったの?」

「あいつとはこの前の一件依頼気が合ってな。まあ、そんなところだ」

「それにドクターに変装してるのなら私が気づきますよ。先生じゃないかどうかなんて、すぐにわかりますから」

 自信たっぷりにディアーナ。

「そうか。それじゃこれもないね。それじゃ次だけど…」

「あの…エンフィールド薬害事件って?」

「あ、ディアーナは知らなかったのか。それじゃ、被害者のアルベルトさんに話をうかがってみよーか」

 さっとアルベルトの方を向き直るフェイル。アルベルトはあさっての方を向いて、鼻歌を歌ってたりする。
 どうも触れられたくない一件らしい。

「なーあ、アル。事件の関係者としてお話をぜひとも伺いたいんだけど」

「あー。今日もいい天気だ」

「おーい。聞いてるかーっ」

「新しい化粧品はまだ発売日が先か…。楽しみだな」

 聞こえてないふりをしている。フェイルは何かを考えて発言する。

「おーい。万年厚化粧男ぉー」

「誰がだっ!!俺の化粧は常にバランスを考えてやってるぞ!そのへんのおばさん連中と一緒にするな!!」

「聞こえてんじゃん」

「ううっ!」

 しまったという顔をするアルベルト。

「さあって、アル。きりきりと喋って貰おうか」

「知らねえな」

 顔を背けるアルベルト。

「まだしらを切るか。おーい、ディアーナ。カツ丼頼む」

「はい。これですね。さ、おなかも減ったでしょうから、これでも食べてください」

 ことんとアルベルトの前に置かれるできたてほかほかのカツ丼。ちゃんと割りばしとおしんこもついている。

「どこから出した!そんなもん!」

「知らなかったのか?自警団の特別尋問のときには必携アイテムなんだぞ。ちゃんと備え付けになってる」

「嘘だろう?」

「いや、ほんとだ。俺もノイマン隊長のいたときに立ち会ったことがある」

 ここにエンフィールド自警団の恐るべき秘密が明らかになったのであった。
 …閑話休題。

「まあいいや、おっ、このカツ丼、案外うまいな。ディアーナもどう?」

「あ、はい。いただきます」

 ほかほかのカツ丼を食いながら、アルベルトへの尋問を続けるフェイル。

「それで、喋る気になったのか?」

「なるかっ!」

「そうか…それじゃしょうがないな。俺がそのときの事件の全貌を語るしかないか」

「どんな事件だったんです?」

「それはある晴れた日のことだった…マリアが魔法実験やってて失敗してね。
 そのときできた魔法薬が偶然ジョートショップのあの青年にかかって、そっからが大変だったな」

「どうなったんです?」

「それってさ、ほれ薬だったんだよ。すっごく強力で対象無差別の。最初の被害者がアリサさんで、次が、…そこにいるアルだったんだ」

「えええっ!?」

「そのあとほかにも数名やられたけどな。いやー凄かったな。
 アルが必死の形相であの青年を追いかけて、最後は押し倒す寸前までいってたんだから。ああ…あと数秒助けるのが遅かったら彼の貞操はアルのものに…」

「うわああああああっ!!それを言うなああああっ!!」

 ほとんど発狂寸前の叫び声。

「でも、俺が見たときには自分のズボンを…」

「やめろっ!やめてくれえええっ!!思い出したくないんだあああああっ!!」

「それに、彼のベルトがなぜか取り払われて…」

「ちがうううううっ!!あれはオレの意思じゃないんだああああああっ!!」

「そんなに凄かったんですか。その魔法薬って」

「ああ。効き目が嘘みたいに強くてさ。そのあと、アルを押さえつけたとき暴れて大変だったんだぜ。
 あのときは俺も混乱してさ。アルが本気でホモに走ったと思ったぞ。
 前から化粧してたんでゲイの疑い持ってたけど。いや、もしかしてあれが本質とか…アル?」

「お前…さっきから聞いてりゃホモだのゲイだの好き放題言ってくれてるじゃねえか…。
 そうか…そう判断してるんなら覚悟はできてるんだろうな!!」

 凄じいオーラを身にまとって宣言するアルベルト。危険だ。

「お、おい。アル?目が座ってるぞ」

「貴様を襲ってやるうううううっっ!!」

「いやあああっ!!犯されるううううっ!!」

 いきなり飛びかかってきたアルに押し倒されるフェイル。

「襲ってくれるわああああっ!!」

「た、助けてくれえええ!!ディアーナああああっ!!」

「あ、あのごゆっくりどうぞ。あたしはここでなにも見なかったことにしますので」

 ぽっと頬を染めてたたずむディアーナ。なにか大きな誤解をしているようだ。

「違ううううううっ!お願いだから助けてえええええっ!!」

「おとなしくしろおおおおおおおっ!!」

 そのあと、しばらくなにかが暴れる音とフェイルの悲鳴が事務所内に響き渡るのだった。
 
 

「ふう…危うく俺の貞操を奪われる所だった」

 かかと落としでアルベルトを沈黙させ、一息つきフェイル。

「…大丈夫でしたか?」

「うん…なんとかね。それにしても…少しからかい過ぎたか。
 根はいいやつなんだけど、怒るととんでもないことをしでかすからな…。単純バカはこれだから…」

「あの…それよりも次の項目を検討してみませんか」

「だな。次は…誰かに洗脳された…って無理だな。これは」

「どうしてです?」

「魔法による洗脳は相手の精神力を上回ることが第一条件になる。
 だから、もし、洗脳するとしたらドクターを上回る精神力が必要になってくる。
 このエンフィールドで魔法による洗脳が可能なほどの経験ある人間で、なおかつドクターの精神力を上回る人間なんてどこにもいないよ」

「…魔術師組合なんかはどうです?」

「もし、できるとしたら長くらいのものさ。でも長はドクターを洗脳したってなんの得もない。
 それに間違って洗脳してしまっても対策を絶対に立ててるはずだから、ドクターが洗脳されたまま放置…てのは考えられない。
 そういうことで、これも没。さて、残ったのは…」

「脅迫…ですか?」

「消去法ではそうなるね」

「でも、なんでジョートショップのあの人が有力候補になってるんです?」

「知らないのか?エンフィールドの中で起こる奇妙な事件の場合、自警団ではまず最初に彼を疑ってかかるのが鉄則だ」

「最初っから決めつけてますね」

「だって一応規則にも書いてあるし」

 さっと目の前に団員規則と書いてある手帳のページを開いて見せるフェイル。確かに書いてある。

「…なんだか、やな規則ですね」

「そりゃそうなんだけど…それでも大抵の場合彼が犯人…もしくは関係者になってることがかなりの確率になってるから」

「それもそれで嫌ですね…」

「まあ、とりあえず、だ。心当たりがないかだけ聞いてみるかね」

「でも、先生があたしに優しくするように…っていう脅迫、あると思いますか?」

「いや、正直ないとは思ってる。でもほかに心当たりはないし、それに一番疑って心が痛まないしね」

 妙に晴れやかな顔をして言うフェイル。鬼か…。

「…げ、外道」

「はっはっは。なにを言い出すのかねディアーナ君。当然じゃないか。自警団のモットーは疑っても心が痛まない人物から疑え、だ」

「とことんいやなモットーですね」

「それが世の中を渡り歩くコツだよ。さて、それじゃ出かけるか…おーい、アル。いつまで寝てるんだ?」

 ごつっ!

 鉄の入った靴のつま先で思いっきり頭を蹴り上げる。

「い、いきなり蹴り入れて大丈夫なんですか!」

「心配いらないって…ほーら、起きろよアル、出かけるぞー」

 がつっ! げすっ! ごきゃっ!
 めりっ!!

「い、いますっごく嫌な音がしたんですけど」

「大丈夫だって、ほら…」

「う…うーん。もう朝か…」

 頭を押さえてむっくりと起き上がるアルベルト。実に頑丈だ。

「で、結果は…?」

「見ての通りだ。とりあえず、彼に話を聞きに行くことにしよう」

 ボードを指さすフェイル。

「そうかっ!…くっくっく…待ってろウェイン…」

 凶悪に顔を歪めるアルベルト。個人的な感情むき出しである。

「あの…なんだかアルベルトさんが怖いんですけど…」

「ああ、気にしなくていいよ。いつものことだから」

 とりあえず事務所内を一通り整理した後、一行はジョートショップへと向かうのだった。
 
 

「…店番ってのもなんか疲れる…」

 ジョートショップの中。今はテディもアリサもいない。
 ただ、ウェイン一人が店番をやっているだけである。

「あーあ、いっそのこと鍵でもかけてさくら亭にでも行こうか…」

 ふと思いついて、やめる。

「だめだだめだ。アリサさんから頼まれたんだし…それにもうすぐ帰ってくるはずだからな」

 そして、再び頬杖をつく。

「…暇だ…」

 と、そこへノックが…。
 コンコンコン…

「お、アリサさんが帰ってきたのか…はーい、今開けますよ」

 ドアを開けるウェイン。と、同時に不機嫌そうな顔になる。
 目の前に立っている人間、アルベルトほか一行を見て。

「よお、ウェイン」

「なんだ、アルベルトか。アリサさんならいないぞ」

 いつもなら、ここで引き下がるはずである。
 しかし、今回は勝手が違ったようだ。

「そうか…アリサさんはいないのか…くっくっく…好都合だ」

「好都合?とうとう化粧成分が脳まで回ったか」

「そんな口をきけるのも今のうちだ。ウェイン!!ドクター脅迫容疑で逮捕だ!連行する!!」

「…はあ?」

 びしいっと指を突きつけるアルベルトになんだそれはといった顔をするウェイン。

「しらばっくれるな!ネタはあがってるんだ!!」

「ネタも何も…お前なに勘違いしてるんだ?」

「うるさいっ!連行する!」

 つかみかかるアルベルト。その手を払ってにらみつけるウェイン。

「なにがなんだかわからないけど、俺は無実だぞ」

「犯人はいつもそう言うんだよ。…おとなしく連行されろ!!」

「断るに決まってるだろうが!TBC野郎!」

 大きく飛び下がって間合いを開けるウェイン。アルベルトが自分の槍を抜いた。

「そうか…抵抗するか…なら力づくでも連れてってやるぞ!」

「うっせえ!無実の罪で連行されてたまるかっ!!」

 ウェインもその辺に立てかけてあった剣を抜く。

「あ、あの止めなくてもいいんですか?」

「大丈夫だって。どうせ、すぐに決着はつく」

 二人の様子を心配そうに眺めるディアーナとのんきに構えるフェイル。

「オラオラオラアアッ!!」

 連続で槍を繰り出すアルベルト。それをなんとか見切ってかわすウェイン。

「まったく!うざってえな!!」

「黙れっ!おとなしくお縄につけ!」

「嫌に決まってるだろうっ!」

 槍をかわして、一気にふところに潜り込むウェイン。そこから三段斬りを放つ。

 ひゅっ ひゅひゅん!

「おおっと、当たらないぜ!」

「…そうか。ところで、アルベルト」

「なんだよ。命ごいか?」

「いや、…アリサさん帰ってきたんだけど」

「なにっ!…あ、アリサさん。これはですね」

 すぐさま後ろを振り返って、直立不動の体勢を取る。
 しかし、玄関にはアリサの姿はない。

「あれ…アリサさん?どこへ…ウェイン!お前っ!」

 騙されたと気づいたときにはもう遅い。

「死ねええええいいいいっ!!」

 その頭上に向かってウェインのハイジャンプ峰打ちスペシャルが炸裂した!

 ごばすっ!!!

「ぐおおっっ!?」

 ばたん… どさっ

 脳天に強烈すぎる一撃を受けてあっさり気絶するアルベルト。

「あーあ、もう。余計な運動しちまったぜ。さて、とっとと縛るか」

 取り出したロープを使って全身をミノムシのように縛り、その辺に転がす。

「…で、どういうご用件だ?自警団第三部隊隊長のフェイル。ことと次第によっては…コロスよ?」

 めっちゃくちゃに不機嫌そうなウェイン。無理もない。いきなりわけもわからないうちに逮捕されそうになったのだから。

「まあまあ、落ち着いてくれよ。単に少々話を聞きにきただけだから」

「ふーん…?どうだかね…まあいいや。ディアーナも座ってくれ。茶くらいなら出してあげよう」

「あ、はい。ごちそうになります」

 テーブルに茶菓子と煎れたての茶を出すウェイン。持ってくるときにアルベルトの頭を蹴飛ばすのも忘れない。

「それで、いったいなんだって?どうも俺がドクターを脅迫しているらしいけど」

「ああ、それについてはディアーナから話がある」

「あ、はい。…ウェインさん。もしかして、先生にあたしに優しくするように言ってません?」

「…優しくするように…?いや、言った覚えはないけど…なにかあったの?」

 ずずずと茶をすするウェイン。彼の分だけ紅茶ではなく梅昆布茶だ。

「その…今朝から先生の様子がおかしくて…それで」

 一連の流れを説明するディアーナ。当然、ウェインの元に来た経緯まではっきりと説明する。

「…確かにそりゃ怖いわ。…しっかし気に入らないな。なんで俺が一番先に疑われるんだよ」

「しょうがないでしょうが。だいたいの事件はあんたがかかわってる場合が多いんだから」

「…否定はしないけど…むかつく」

 フェイルの言葉に明らかな不快の意を示すウェイン。

「そうだな…俺は関与してないけど…確か今日散歩中にドクターを見たな。なんだかそわそわしてたぜ。ありゃなんだか隠し事してたような感じだったけど」

「先生がそわそわ!?そんなことありえませんっ!!」

「まあまあ、ディアーナ。ところで、そのほかに変わったことってあった?」

「いんや。他は別に」

 ひとしきり考えて、フェイルは立ち上がる。

「そうか。それじゃこれで。お邪魔しました」

「へいへい…ところで、これは?」

 倒れているアルベルトを指さすウェイン。

「あ、アルならここに置いていくから。好きにして」

「えええっ!いいんですか?」

「いいんじゃないの?どうせ、持っていっても邪魔なだけだし」

 すでに道具扱いしているフェイル。鬼である。

「では、なにかあったら自警団まで」

「はいはい、お仕事ご苦労さん」

 手を振って見送るウェイン。足元のアルベルトを見て呟く。

「さて、今回はどうしてやるか」

 その顔はやたらと鬼畜そうな顔をしていた。
 数時間後、ローズレイクの周囲にあった木につるされたアルベルトが散歩中のカッセル爺様に発見され救助された。
 逆さ吊りにされていたために頭に血が上り過ぎてぐったりしており、その顔にはなぜか負け犬一号と書かれていたと、カッセル爺様は言葉少なげに語ったという。
 実に外道な話である。
 
 

 そんなことはまったく知らず、フェイルとディアーナは町中で情報収集をしていた。
 その度にドクターの日ごろとは思いっきり外れまくった意見が聞けた。

 セリーヌ曰く、
「いつもとは違ってにこやかに微笑まれていましたよ〜」

 メロディ曰く、
「なんだかトーヤちゃんたのしそうにしてましたぁ。メロディともあそんでくれましたぁ」

 ルー曰く、
「ドクターに悪いものでも取りついたのか?不気味に鼻歌を歌って練り歩いていたぞ。悪霊の仕業ならさっさと取り払って貰ってこい」

 パティ曰く、
「ドクター何かいいことあったの?めったにのまない酒なんか飲んでたわよ」

 アレフ曰く、
「ドクターに気になる女性でもできたのか?なんだか妙にファッショナブルな白衣を買ってたぜ」

 トリーシャ曰く、
「ねえねえ、ドクターになにかあったの?誰もいない所でスキップしながら歩いていたけど。でも顔はいつも通りだったからすっごくこわかったな、ボク」

 イヴ曰く、
「ディアーナさん。ドクターにあまり苦労をかけないようにね。心労のせいか、図書館の裏で誰にも見られないように隠れながら大声で高笑いしていたわ」

 カッセル爺様曰く、
「ドクターも若いからな…無理もなかろう。しかしあそこまで派手な踊りを踊るとは…」

 ハメット曰く、
「わ、私はドクターになにかしたんでございましょうかああっ!?
 私が働いてる所にやって来てやたらと敵意のこもった目つきでにらんだ上に耳元で『貴様には負けん』とか言われたんでごさいざますうううううっ!!
 …ああ、思い出しただけでも今夜は眠れそうにないでございますうううっ!!」

 そこまで情報を集めた後で、ディアーナが泣きだす。

「なんだか、先生が壊れていきますうう!!あたしのせいなんでしょうか!?やっぱりあたしが悪いんでしょうか!!?」

「あーはいはい、落ち着こうねディアーナ。…さて、こうなったら、本人に直接聞くしかないか」

 あごに手をやりながら考えるフェイル。

「ええっ!?」

「だって、それ以外になさそうだぜ。それにこれ以上、住人を不安に陥れるわけにもいかない。早急に原因究明をするべきだな」

「でも…教えて貰えるでしょうか?」

「大丈夫だろう?やたらと上機嫌だったらしいじゃないか。きっと教えて貰えるさ」

 そして二人はクラウド医院まで向かうのだった。
 
 

 そして、クラウド医院。
 二人はドアを開けて中に入る。診察室の奥にドクターはうつむいたような状態で座っていた。
 さっそく声をかけるフェイル。

「もしもし、ドクター。ちょっと聞きたいことが…」

「ふふふふふ…」

「うわああっ!」

 ゆらりと不気味な笑い声をあげて立ち上がるドクター。
 あわててフェイルは診察室の外に逃げる。
 しかし、そんなフェイルを見ていないのか、ドクターはなおも笑い声を上げ続ける。
 地獄の底から響くような笑い声を。

「…ふふふふふふ…シリーズ以来、たんなるサブキャラ扱い…」

 とうとうぶつぶつと呟き出す、ドクター。最高に怖い。

「あああ…ドクターが完全に壊れてますう…」

「そうだな…マジでイっちまってる…って、それなんだ、ディアーナ」

「あ、これですか。さっき、先生の机の上にあったんです」

「どれどれ、…『アンサンブル2、サイドストーリー出演依頼』だって?」

 封筒を開けて中を見るフェイル。
 そこには、ドクターにサイドストーリーに主役として出演して欲しいとの依頼が書かれていた。
 それに呼応するようにか、ドクターの呟く声がだんだんと高まっていく。

「本編では声もなく、アンサンブルで声がついたがハメットなんぞに主役の座を奪われ、やはりサブキャラ扱い…。しかしっ!天は俺を見放さなかった!!そう、今度こそ、俺が!俺が主役を手に掴むことができたのだっ!!…くくく…そうだ!ついにっ!ついに俺の時代が来たのだ!!くはははははははぁっ!!」

 高笑いをあげるドクター。
 その様子を見て、フェイルが呟く。

「…なんつーか、ドクターもいろいろあったんだな」

「…は、はい。…なんだか怖いですけど…どうします」

「そうだな…そっとしておいてやろうか。せっかく幸せ気分に浸ってるんだから」

「そうですね」

 そして、ドアをそっと閉めて出ていく二人。
 後には高笑いを続けるドクターの声が響き続けるのみだった。
 そうして、このあまりにも些細で、そして、ある意味恐怖の事件は幕を閉じたのだった。
 
 

 後日、なぜか、ドクターが異常に荒れまくっていた。
 時々、『あれではアレフが主役ではないかっ!』とか、『おのれ、貴様は俺をあざ笑うのかハメット!』とか叫んでいたという。当然、ディアーナは速攻で逃げ出して、しばらくの間、フェイルの部屋に保護された。
 ちなみに、なぜかローズレイクの外れで半殺しどころか全殺し寸前のハメットが発見され、クラウド医院以外の病院へと入院することとなる。
 ハメットは恐怖の余り、暴行される前後の記憶を失っていた。
 一応調査を依頼されたフェイルだったが、犯人の見当はついていたものの、あまりにも怖すぎるのでそれを胸の中にそっとしまいこんだのは、当然の判断だったと言えよう。
 


END


 へい、つーわけで矢本です。
 いや、なんだかアンサンブル2をやっていてふと思いついて、ついつい書いちゃったんですけど…うーむ、かなり内容的にはやばかったか。
 …トーヤ先生のファンの皆様、ごめんなさい。
 さて、と。次のSSのネタでも考えてっと…。
 nao:せいっ!!

 SE:ずばしゃあああああっ!!

 みぎゃあああああっ!!
 nao:またこりもせずにこんなものを書きおったか、腐れ物書き。
 あ、兄者。何でいきなり青竜刀でっ!?
 nao:黙れ。貴様がやったドクターへの侮辱的な行為。(別に俺はどうでもいいが、ファンにとっては)万死に値する。
 …で、でも。やっぱ物語の展開上…
 nao:口答えをするな。

 SE:ざっくうううううっっ!!

 おきゅおおおおおおっ!!?
 nao:それにディアーナファンに思い切りケンカを売りまくったあの行為。貴様、どうやって償うつもりだ?
 あ、あれはやはり物語を盛り上げるには…
 nao:反省の色なしか。…死ね。

 SE:ぞくしゃああああああっ!!

 もぎょろおおおおおおおっ!!
 nao:ふむ、さすがに業物だ。切れ味もいい。
 …ひ、ひどいわ。一刀両断なんて…。
 nao:まだ生きていたか…さっさと死ね。

 SE:どぎゅるるるるるるるううっっ!!

 ぎょるにはああああああっ!!!
 nao:ふむ、綺麗なミンチになったな。それでは行くとするか。

 …てなわけで今回も兄者に抹殺されてしまいました。
 うーみゅ、これでは再生に3日はかかるな…。
 それでは皆様、SSの感想、意見などをお待ちしております。あ、それとSS作成依頼も受け付けておりますので。
 それでは次の作品で会いましょう。さよーなら。

 naokuro@geocities.co.jp


……ま、そんなわけで、naoです。
……いい加減にしとけよ、愚弟。これでは俺がただの殺人鬼ではないか。
さてさて、今回の腐れ物書きの読み物はいかがでしたか?
ほんの少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
楽しんでもらえたら、上のメアドに感想メールでもお願いします。
では。
 

……さてと、左○も使った斬馬刀でも買ってくるかな……


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