お昼時。パティが何やら弁当を作っていた。
見た目こそ質素だが、料理の味は自分でも最高の出来だとパティは思っている。
そして、お弁当のふたを閉じ、大事そうに抱えて外に出て行く。
「ジョートショップまで行って来ま〜す!」
「ああ、できるだけ早く帰ってこいよ。」
そしてパティは、後ろを見ないで駆けていった。
「パティちゃんの一日 SSバージョン」
中編
そして、ジョートショップ。
ここには、ハメット・ヴァロリーの企みを見事に粉砕した人物の一人である、主人 公が住んでいる。
もちろん、公一人で住んでいるわけではなく、というよりは公がジョートショップに居候しているわけだが。
とりあえずその件は割愛しておくことにする。
パティが、ジョートショップの扉をコンコンとノックしてから開けた。
「こんにちはっ!」
「あら、パティちゃん。いらっしゃい。」
パティに挨拶を返したのは、このジョートショップの女主人であるアリサ・アスティアである。
弱視というハンデを背負っていながら、公がエンフィールドに来るまで一人でジョートショップを切り盛りしてきた女性で、パティが尊敬する人の一人である。
「どうも、アリサおばさま! ところで公はいますか?」
いるもなにも、元々公にお弁当を食べさせるために来ているのだから、当然……。
「ええ、いるわよ。ただ、夕べは自警団の方たちと一緒にお仕事をしていたから、さっきまで報告書を作成していて、今部屋に入ったところよ。」
あっさりとしたアリサの声。それを聞いて少し落胆するパティ。だが……。
「……それじゃ、ちょっと起こしてきてもいいですか? どうせ公のことだから、朝ごはんも食べていないんでしょう……?」
少し小さな声でパティが問い掛ける。
それを聞いて、アリサは微笑みこう言った。
「それがいいかもね。寝る前に少しぐらいは食べておいてもいいと思うし……。」
「そ、それじゃあ起こしてきますね!」
「あ、パティちゃん、ちょっと待って。」
答えを聞いて2階に上がりかけるパティをアリサが呼び止める。
「なんですか、アリサおばさま?」
「私は、テディと一緒に買い物に行かなくてはならないから、少しの間店番をお願いできるかしら? もしかしたら、急ぎの仕事が入るかもしれないから。」
「え……? は、はい! かまいません!」
「ありがとう。それから、あの子をよろしくね。」
アリサはそれだけ言うと、自分の部屋に入っていった。外出の準備をするためだろう。
それを見送った後、パティは急に自分の心臓がドキドキ鳴っているのを自覚していた。
(アリサおばさまとテディが出かけて、あたしが店番ってことは……公とふ、ふ、二人っきりってことじゃないの! ど、ど、ど、どうしよう!?)
ひとしきり恥ずかしがった後、当初の目的であるお弁当を食べてもらうために、公を起こすことにしたパティは、2階にある公の部屋に向かった。
コン、コン……
軽く扉をたたいてみる。
……………………
返事はない。
カチャ。キィ……。
こっそりと扉を開けて、中を覗き込む。
ベッドの上に誰かがいるのが見える。すでに寝ているようだ。
キッ……パタン。
開いた隙間から体を滑り込ませ、扉を閉める。
そして、扉に背を預けて、そこからベッドで眠る最愛の男−公の顔を見つめる。
カーテンをかけた窓の側、その隙間から漏れ出る光が公にあたっており、パティの目には幻想的な風景に映った。
そして、その横顔に魅せられたかのように、パティの足は扉から一歩一歩、ベッドへと近づいていった。
(やっぱり、かっこいいよね……。)
いつのまにか、ベッドの端で公の顔をのぞきこんでいるパティ。まるで……そう、まるで石化魔獣の視線に射られたように目を離すことができなくなっていた。
(でも、寝顔はかっこいいというよりも……かわいい、かな……)
そんなことを心の端で考えながらも、顔を近づけるパティ。
それは自分でも気づかないまま唇の距離に変わり、少しずつ近づいていく。
15センチ……10センチ……5センチ……そして、
「ん……パティ……?」
公が寝ぼけまなこで目を覚ました。
「きゃ、きゃあ〜〜〜〜っっっ!!」
パティは瞬間、自分のしようとしていたことに気づき、真っ赤になりながら反射的に公に右フックをお見舞いしていた。
ばきゃっ!! どたんっ!
「い、いって〜〜っ!! いきなりなにをするかっ、パティ!!」
「う、うるさいわねっ!! そっちこそ起きてるなら起きてるって言いなさいよ!!」
この一言に公は切れた。
「なんだと!? いいか、俺は夕べから一睡もしないで街中を見回っていたんだぞ街のために働いていたんだぞその仕事が終わってやっと眠れるっていうのにいきなり安眠を妨害しやがって俺を衰弱死させる気かこのやろう!!」
そして、この文句にパティも切れた。
「なにを言ってるのよ! それをいうならあたしだって夕べは12時を過ぎたころにやっと眠れたと思ったら毎朝5時に起きなきゃならないしそれからずっと休みなしで働いてこうやってどうにか暇を作ってあんたの昼飯を作って持ってきたってのにあんたはあたしのその行為を無にするわけ!?」
「なにぃ!? …………!!」
「なによ!? …………!!」
こうして、不器用な二人のやりとりにより、パティの貴重な昼休みはつぶれていった……。
ところで、そんなことをしている間、ジョートショップの入り口には『CLOSED』という看板がかかっていた。
口げんかの後、あまりの暇さに外をうかがい、それに気づいた公とパティが聞くと、買い物から帰ってきたアリサさん曰く、
「二人とももっと進展して、せめて孫を見せてもらえるぐらいにはなってほしいわ。」
という、実におおらかな教育的指導を行い、公とパティの二人はその答えに対して真っ赤になったという……。