「しっかし、今日はまたハードだったなあ……。」
急に入った仕事の内容……それは、「ショート財閥の資料整理」だった。
本当ならば公が仕事を手伝うことはなかった。だが、今回はたまたまマリアの魔法が飛び火してしまったので今日中に仕事をまとめる必要があったのだ。
そこで抜擢されたのが公であった。公ならば、社外秘の資料を扱われたとしても確実な仕事をしてくれるという信頼をモーリス氏に持たれたので、公としても真剣に仕事をせざるを得なかった。
そのおかげで、本来ならば徹夜で朝までかかるだろうと予想されていた作業がおそろしく早く終わったので、ショート財閥の社員に涙ながらに感謝された。
ちなみにマリアは、公と父親の二人からこってり絞られることになったが、それは余談である。
「さて、少し急ぐか。」
公はそのことを思い返しながらも、さくら亭に走る速度を速めた。
「パティちゃんの一日 SSバージョン」
クライマックス
「すまん、パティ。遅くなっちまって……。」
「あ、公。お仕事お疲れ様。さっそくそこのテーブルに座ってよ。」
公の顔を見て、カウンターから出てくるパティ。そして、昼ならば日当たりのいい場所である席に公が座ると同時に、料理がテーブルの上に乗った。
「はい、あたし特製あーんど本日作成の夜光魚定食よ。今日はお金はいらないから、よーく味わって感想を聞かせてね。」
「…………。」
一応念のために言っておこう。
このエンフィールドにおいては、フォスター家以外で夜光魚を食べるのはまずいない。
それを前提として、わざわざ『夜光魚定食』などと持ち出してきた、ということは。
「……もしかして、こりゃ『試食』って言わないか、パティ……?」
「へへ、当たり。だから、あんたにあげるの。」
公は、
(なんかこれ、マリアあたりだったら、『人体実験』の方がよっぽど合っているかもしれないな……)
とか思いながらも「夜光魚定食」を腹の中に収めていった。
「ん? そーいやリサはどこ行ったんだ?」
「……ん? あー、リサね。部屋に戻って休んでるわ……。」
「……ふーん。」
ぱくぱく……
かちゃかちゃ……
(なんか間がもたねーな……)
公はそんなことを思いながら、無言で料理をすべて食べ尽くした。
「……ふう、ごちそーさま。」
「はい、お粗末さま。で、感想は?」
「んー、まあまあかな。店で出すぶんにはいいと思うぞ。」
「うーん、そっか。じゃ、もうちょっと味を考えてみるわ。」
「おい、どういう意味だ、それは。」
「別に。」
公の非難を黙殺して、壁につけてあったメモになにやら書き込むパティ。おそらく公の意見を書き込んでいるのだろう。
「ま、いーか。腹もふくれたし。ところで、パティ……。」
今日はさくら亭に泊まっていく旨を伝えようとした。すると、
「今日は満席よ。」
「へ?」
何か言う前に一言のもとに却下されてしまった。
なんでわかったんだ? と思う公。答えは口に出す前にパティの口から出てきた。
「あんたのと一緒にアリサおばさまからも伝言があってね。ここに泊まることになりそうだからよろしく、って。」
それで理由がわかった公。しかし、泊まるところがないというのは問題だった。
「だ、だけどな、1つぐらいは空きは……。」
なおも言い募ろうとすると、
「はい、今日の宿帳。」
すぐさま証拠物件を差し出されてしまった。もはやぐうの音も出ない。
だが、公は悪あがきと言わんばかりに、宿帳をめくってみた。
……確かに見事に埋まっていた。たった一つを除いて。
「……おいおい、パティ。ちゃんと一つ空いているじゃないか。いったいどういう……。」
「そこでいいんなら、はい。」
羽ペンを渡されてしまった。公は反論をあっさり封じ込まれてしまったので少し腹が立ったが、ここで断ったり断られたりしたら、今夜は野宿するしかない。
ため息を吐いて宿帳に自分の名前を書き込……もうとして、公は重大なことに気づいた。
宿帳の空白の部分……その部屋番号のところが、「Room of Patty」−パティの部屋−になっていた……。
ちらりとパティ見ると、おそらく宿帳を差し出した時からだろう、顔面が真っ赤になっていた。
「えっと、パティ、これは……?」
「い、いやならいいのよ。ほら、宿帳返して。」
宿帳を指差しながら言うと、パティは明らかに公から目をそらしながら手をこちらに向けてきた。
公は、少し悩み、それから改めて羽ペンを持ちなおしてただ一つ残っていた空欄に自分の名前を書き入れた。
「……えっ、公……!?」
「俺だって男だけどな。これ以上パティに恥をかかせるつもりはないぞ。」
はっきりとした口調で言い切る公。
「……え、えと……公、本当に、あたしの部屋で、いいの……?」
思わず確認するパティ。
「ああ。」
顔を真っ赤にして、
「じ、じゃあ、あたしの部屋に……」
「ん、うん。」
そう言葉を交わし、
キイ……
部屋の扉が開かれ、
二人が中に入り、
パタン……
扉が閉じられた。
早朝。
リサはめずらしく早く目がさめた。
夕べ早く寝てしまったので、その影響だろう。
そう思いながら、いつもより早い朝食を食べるために1階に降りてきた。
「あ、リサ、おはよー! 今日は早いわね?」
「ふぁーあ……おはようさん。夕べは早く眠っちゃったからね。」
パティの挨拶に返しながらカウンターに座るリサ。そのリサに手早く朝食を用意して部屋に戻るパティ。
そして出てきたときにはいつものジョギング姿だった。
「じゃ、ジョギング行ってくるから!」
「はいはい。」
外に出ていくパティにそう返しながら料理をたいらげるリサ。そしてお皿を片づけるために厨房に入る。
「おーっす、リサ。」
「ああ、おはよ……って、ボウヤかい?」
厨房の中に公がいた。リサが見るに、どうやら仕込みを手伝っているらしい。
「なんでこんな時間にボウヤがさくら亭にいるんだい?」
答えを知っていながら、それを顔に出さずにリサは問いかける。
厨房の外に出ながら、公は理由を話し出す。
「ジョートショップの鍵をどこかで落としちまってな。アリサさんを真夜中に起こすのも嫌だからここに泊まったんだ。んで、宿泊代替わりにこうやって朝の仕込みを手伝ってるって訳さ。」
「ふーん……。」
あたりさわりのない、それでいてどこかマニュアル通りの公の返答にリサは気のない風につぶやいた。直後、チェシャ猫のように『にやり』と笑って、
「で、パティと一緒に眠った経験はどうだった?」
爆弾を投下した。
「な、な、な、なんで知っているんだよリサ!?」
公は一瞬で真っ赤になって、かなり慌ててしまった。
「ここの宿帳の担当、今は誰がやってるか知ってるか?」
「……あ、そーゆーことね……。」
まだ顔が赤いまま、あさっての方を向いて公がつぶやく。
「いいこと聞いちゃった!」
「どわあっ!?」
「ろ、ローラ!? なんでここに!?」
突然カウンターの下からローラが飛び出した。
「えへへへ、あたしの恋愛センサー付きリボンにかかれば、そんなのはお手のものよ! と、ゆーわけで、早速朝の臨時恋愛ニュースといきますか!」
そう言って外に走り出す。
「あ、おい、こらまてローラ!」
「もう無駄じゃないのか、公? 一度外に出られたら終わりだよ……。」
慌ててローラを追いかける公と、あきらめにも似たため息を吐き出すリサ。
そしてリサの台詞通り、昼までにはエンフィールド全域に「公がパティの部屋に泊まった」ことが知れわたり、パティが流言の実行犯に制裁を加えるまで公とパティの両名はからかわれまくることとなった……。