朝が来たら言えるから

「帰ってきたと思えば、こんなことばっか・・・・・」
些か拗ねたような声が、シーツの衣擦れの音に重なる、深夜。薄いカーテンが引かれただけの窓からは、布ごしでも相当量の光を提供するほど大きな満月が、静かに浮かんでいる。部屋の中は、柔らかな闇が横たわる、窓の形に切り取られた唯一の光の他は。・・・・・そして、ベッドの上で四肢を絡めあう、影。
「・・・・・・やだった?」
「・・・・・・ううん」
少し情けない響きを帯びた男の声に、苦笑を含んだ女の声。そして追いかけるように、女の・・・・・小さな、喘ぎ。
「変わってなくて、安心・・・・・したかも」
声が、唇に吸い取られて。細い肢体を滑る指が、的確に熱を煽りたてていく。
「俺もね、ちょっと安心」
「何、が・・・・・・?」
「俺のいない間に、恋人でも出来てたらどうしようかって思ってた」
「・・・・・・馬鹿ね」
「うん」
「だったら、何処かに、行っちゃった・・・・り、しなければ・・・・・いいのよ」
「うん」
「人を・・・・・心配させるだけ・・・・させといて・・・・・っ」
「うん」
「今頃、帰って・・・来て・・・・」
「うん」
「ようやく、か・・えってきたとおもえばっ・・・・・こんなこと・・・・・」
「うん」
「ほんと・・・・馬鹿っ」
男の愛撫に耐え兼ねたように、白い肢体が仰け反って。髪に頬に唇に、愛しむ全てに唇を滑らせて、追い立てて。
「ごめんね」
「謝ったってっ・・・・・っ、遅いのよっ」
「ごめん」
「ほんっとっ・・・・・あ・・・・どうしようもない、ばかぁっ」
可愛い悪態が罵りが、「好きよ」と聞こえてはどうしようもない。闇の中で良かったと、相好を崩した男は思う。この上鼻の下が伸びてる、とか言われた時にはちょっと悲しいではないか。
「俺も、好きだよ」
「誰が、あんたのこと、好きだなんて・・・・・ああっ・・・・・!」
全身で、好きだと囁いて。愛しているとすがり付いて、背中に立てられる爪の痛みさえも心地よい。
「あんたなんか嫌いよっ」
「はいはい」
「聞いてるのっ?!」
「はいはいお姫様」
「誰がお姫様・・・・・・・!!」
「いーから、ちょっと黙ろうよ」
そうささやいて、唇が降りてくる。

今だけ、黙って身を寄せ合おう。唇は、喋るためだけのものでもないし。
愛してる。朝が来たら・・・・・・・・きっと素直に、言えるはずだから。


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