とてとてと少女が軽快に足音を鳴らしている。
何かいいことでもあったのか、その顔はにこやかになっている。
少女は日の当たる丘公園まで来ると、ぴたりと足を止めた。
そして何かを探すかのように、2、3度きょろきょろとあたりを見回した。
やがて目標を見つけたらしく、公園の中にとてててて、と駆けはじめた。
悠久幻想曲 a pretty little girl.
いい加減に見つかってるだろーな。
No.3=令嬢/a woman who knows nothing about
the world.
少女が走っていった先には、二人の女性が座って談笑していた。
一人は、腰まで伸びた、見方によってはイルカのようにも見える黒髪の女性。
もう一人は、同じく腰まで伸びたストレートの金色の髪の女性。
二人が少女の姿を見つけると、少女に向かってそっと手を振った。
それを見た少女は、さらにスピードを上げた。が。
直後、お約束のようにころりんと滑って転んでしまった。
女性たちが慌てて立ち上がるが、少女は何事もなかったかのように起き上がり、スカートをぱんぱんと叩くと、女性たちの前まで歩いていった。
「わあ、泣かなくなったのね、サラちゃん。ねえ、マリアちゃん。サラちゃん、強くなったと思うでしょ?」
「うん、そうよね。あたしもそう思うな、シーラ。」
二人の女性は、サラがどこにも怪我を負っていないことを確認して、互いに言葉を交わした。
女性の名は、シーラ・シェフィールドと、マリア・ショート。どちらもこの街で1、2を争うお嬢様である。
二人とも、この数年の間に変貌を遂げていた。
シーラは、年齢を重ねてその美貌にさらに磨きがかかっている。
マリアは、歳相当の落ち着きを身につけて、少女時代のおてんばさはなりをひそめていた。今では名実とともにお嬢様と言われるにふさわしかった。
「さてと。サラちゃん、今日は私とやる?」
「それとも、あたしとやろうか? サラ。」
一通りサラのことで話していた二人が、少女の方に向き直り、語りかけてきた。
少女は、しばらくの間、シーラとマリアの顔を交互に見ていたが、やがて両手の人差し指でシーラとマリアを指差した。指を差された二人は、そのことは予測してなかったらしく、慌てて少女に詰め寄った。
「ちょ、ちょっとサラちゃん、本気なの!?」
「そうよ、あたしとシーラのどちらかならともかく、二人同時にだなんて、本気で危ないわよ?」
だが、二人とも説得は無駄だと思っていた。
案の定、少女は首を横に振っただけで、後は何も言わなかった。
「……ふう、わかったわ。いいわよ。」
「ちょ、ちょっとシーラ、本気!?」
「しょうがないでしょ。サラちゃんの頑固さって、まるっきりあの二人のせいだもの。」
「……う〜ん、それもそうだけど……。」
シーラはあきらめ半分で承諾したが、マリアはまだ決心かつかない。
そのマリアに、少女はちょいちょいと手招いた。
「ん? なあに、サラ?」
そして少女はマリアをかがませ、その耳にぽつり、とつぶやいた。
「……マリアおねーちゃんがかったら、ローレライのこもの1こ……。」
「さー、やってあげるわよサラ!」
あっさり承諾した。
家が資産家だというのに、現金なものである。
いや、恐るべきはローレライの小物、というべきか。
「……まあ、マリアちゃんの思惑はともかく、本当に二人がかりでいいのね,サラちゃん?」
シーラの最後通諜に、こくり、とうなずく少女。
「……ふう、わかったわ。」
その言葉がシーラの口から流れ出た瞬間であった。
虫の音が止まる。
鳥の囀りも止む。
風の流れる音さえも消えた。
いつのまにか周囲に人がいなくなっていた。
「それじゃ……殺してあげる。」
「マリアも……消すわよ?」
そこにいたのは「お嬢様」ではなかった。
冷酷無比な暗殺者と恐るべき破壊力を秘めた大魔道師がいるのみであった……。