| Thursday, 31 January,2002
埋蔵文化財 |
30年前、広島県北部のある郵便局長から、開局100年を記念して切手展を局ロビーで行いたい。このようなものを展示したいが、その価値があるかと、古い切手類を貼付した帳面を見せられた。よく見ると自局の最初期不統一印を押印した切手などがあり、その説明などをアドバイスした。その他にも色々とありそうなので、遠方で交通の不便なところであったが、掘り出しをしたいと思い訪問した。
予感どおり、予め見せてもらったものの他に、小判切手時代の封筒が石炭箱一杯はあるとのことである。しかもとなり町の西城町から青色の二重丸印が押されたものを多数含んでいるようだ。(実際に一部は、このようなものですと見せてくれた。)
しかし、以前、逓信博物館から、「郵便創業時の資料収集をしたいので、そのようなものがありそうなところを、紹介してくれないかと頼まれ、その局のことを教えていた。」ことをすっかり忘れていた。
逓信博物館は、必要な資料は収集した上で、「封筒等は置いておくがこれも重要な歴史的文化財なので、大事に保管するように」と言われたとのことだった。逓信博物館のその一言で、封筒等も人に譲ることはしないようになった。まさに埋め戻された文化財である。
帰り際、局長は遠方から来た私を気の毒がり、古い未使用のはがき重品を持たせてくれた。
青色の二重丸印付き封筒多数は、今でも埋蔵されたままでしょう。
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| Wednesday, 30 January,2002
猫に小判でなく、猫に手彫? |
安サラリーでは、手彫切手の収集なんてできない。そんな訳で手彫切手には、関心もなく知識も持っていなかったが、和紙青色1銭に不統一印の鮮明な10枚ほどのロットが手に入ったことがある。もしかして消印に良いものがあるかもと、手彫に詳しい先輩に見てもらったら、なんと消印はマアマアだけど、19版があると言う。とっさには19版の意味さえ分からなかった。自宅に帰り手彫切手専門カタログとにらめっこして、ようやく19版のことが分かった。その後、持っていてもしょうがないので、小判切手に換えた。随分昔のことです。
「棚からぼた餅」みたいなのは、掘り出しと言わないのかな。
注:19版のことが分からない人は、日本切手専門カタログまたは、手彫切手専門カタログで調べて下さいね。
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| Tuesday, 29 January,2002
三度「小判切手の至宝」 |
あれほど期待していた「小判切手の至宝」ですが、その後はなかなか本を、開く気がしないのです。それは、この本を見ると疲れるからです。「名鑑・小判」を個人で遙かに凌ぐコレクションだからと思う。私が「名鑑・小判」の方が好きなのは、理論より人間性に富んだ編集がされているためです。例えば、理論的には分類可能であっても、面白くなければ分類しない。理詰めで収集するよりも、この名鑑方式の方が好きだ。また、「名鑑・小判」は、大勢のマテリアルを持ち寄ってあれだけのものを集めた。あの本の中のマテリアルはどれも凄いけれど、個人に戻した場合は、凄い名品もあるけれど、そうでないものもあることになる。 自分もいつかあのような素晴らしい名品を、一点でも持ってみたいと思わせる。その点「小判切手の至宝」は、1人で遙かに凌いでしまった。すなわち、1人勝ち状況になった。
こんな沈んだ状況を打開するには、うぶな掘り出しをするしかないか。
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| Monday, 28 January,2002
掘り出せなかった話 |
今日、郵趣協会の正会員報を見ていたら、クローズドアルバムの欄に、見覚えのあるお名前があった。亡くなられたのは、山口県のある骨董屋さんで、古封筒などを販売するため郵趣協会の正会員になられていた。この骨董屋さんから、様々な物を掘り出している収友がいる。例えば、きれいな赤二ボタ印多数だったり、勅額無目打10銭の鮮明な本物のエンタイアなどです。このエンタイアなどは、ほこりだらけの古封筒の束から出てきたそうで、骨董屋さん経由らしい掘り出しの仕方です。
私も、この骨董屋さんなら掘り出しができそうだと思い。時間が取れたらお伺いしたいものと思っていたが、多忙のため訪問できなかった。その骨董屋さんは、私を高く買ってくれる上得意と思ったか、度々私にエンタイアなどを勧めた。私もなんとか掘り出しのチャンスを作りたくて、勧められたものはなるべく買うなどの、お付き合いしていた。しかし、掘り出しはできなかった。当然である。私の収友が先に、ほこりを払いながら検査していたのだから。まさに「○○検査済」である。その代わり収友は、私に時々お流れをくれた。
その骨董屋さんが亡くなられ、もう掘り出しという夢を見ることもできない。ご冥福をお祈りします。
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| Sunday, 27 January,2002
最初の掘り出し |
私が最初に掘り出したのは、今から30年近くも前のこと、広島市内に何軒も切手商があり、記念切手発売日には郵便局に行列ができていた頃の話です。デルタ・スタンプと言う切手商が広島駅前の広島百貨店内で営業していた。当時は、一般の郵趣家の花形は「見返り美人」「月に雁」の頃であったが、その頃自分は既にオークションなどを利用し、本格的収集を始めていた。ある時、テ゜ルタ・スタンプ店内に誰も見向きもしないような、エンタイアの売り物があった。その中に南方占領地切手のエンタイアが、販売価格を付けずに入れてあった。その内ビルマの農耕切手は、一般人使用の実逓便で、素晴らしい物であった。店主から販売価格を聴いたところ、使用済みの型録価格プラス100円だと言う。100円は封筒代のつもりだろう。このあたりの切手は、単片では入手でき価格も高くないが、実際に使用されたエンタイアの形で、残されている物は少ない。当時は南方占領切手に対する人気もあって高価に取り引きされていた。私が入手してから当分の間は自慢げに持っていたが、小判切手収集に熱を上げ始めた頃、小判切手に化けていた。
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| Saturday, 26 January,2002
本題に戻して「財力と知力」 |
財力すなわちお金の話は、ひととおり済んだので、知力すなわち知恵のことに話題を変えます。知恵を働かせて収集することは、効率的収集をすることになりますね。
効率的と言えば、掘り出し物か゜一番です。掘り出し物こそ「狩り」の対象だし、収集の醍醐味ですよね。しかし、その前に私が三日前に、「効率的に収集したので、安サラリーにしては高額の物を購入できた。」と書いたので、それに触れておきます。
効率以前の問題として、無駄をしては論外ですね。切手収集は切手を集める趣味なのに、郵趣品を作る(初日印や連番日付印の押印)趣味にはまってしまい、そこから抜け出せなくなったり、遠回りの無駄をしてしまう者が大勢います。また、その時々のブーム、例えばエコーはがきやカラーマーク、最近では財務省銘版などに振り回される人が実に多い。ほとんどの人は、自分がブームの先端を走っていてブームを振り回していると勘違いしている。後に落ち着いてみると何の役にも立たないことを思い知らされる結果となるのに。
私の場合は、記念切手のシート買いは早い時期から止めていたし、郵趣品を作ることはしなかった。エコーやカラーマークは集めたが、ブームの頂点に達する前に処分して、本命小判切手に化けさせた。
このような話は面白くないので、次は掘り出しの話に一気に進んでみたい。
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| Friday, 25 January,2002
故和田隆範さん |
先週土曜日の日誌に、書き漏らしがあった。蒐郵会の一泊例会会場に近いところに、一年前にお亡くなりになった故和田隆範さんのご自宅があったので、ご仏前に手を合わせてきた。郵趣家として長いお付き合いをさせてもらっていたので、葬儀への出席だけでは、気持ちが収まらなかったのだ。奥様が居られたが、今では二人の子持ちになっている私の息子が5才の頃、和田さん宅へ息子とともにお伺いしたことなど、懐かしい昔の思い出話をしてくれた。また、死の直前まで郵趣を生き甲斐として、明るくして居られたのを聴きました。
効率的収集とは、関係ないことを書きましたが、切手だけでない人間的付き合いができて良かったと思っている。
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| Thursday, 24 January,2002
ルーズベルト大統領の切手コレクション |
アメリカ32代大統領のルーズベルトは、大恐慌から立ち直るためのニューディール政策や第二次世界大戦時連合国側の最も強力な政治家であったことで有名であるが、毎日激務の時間を割いて切手アルバムを見ることを喜びとしていた。と伝えられている。 彼のような偉大な人物が、切手収集家であったことは、世界中の切手収集家を勇気づけた。画像のカバーは、その大統領コレクションに含まれていたもので、裏面にルーズベルトコレクションの一部で、ニューヨークのハーマー商会によって競売されたと、ゴム印が押されている。
急にこのようなものを持ち出したのは、昨日社会の一員としてなどと講釈をたれたので、関連でこれを書きました。 効率的収集は、またの機会とします。
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| Wednesday, 23 January,2002
軍資金、私の場合 |
色々と書いているが、お前はどうだ。と問われれば、残念ながら中途半端になってしまっています。親から引き継いだ資産はなにも無しで、育ちも貧乏だったから、大人になったら何とか人並みにマイホームを持ちたい。マイカーも新車にしたい。と言うわけで軍資金は多く取れなかった。特に子供二人が大学生のときは、生活そのものが苦しく、切手収集も軍資金が少なくてすむテーマチクに重点を移した。
これは、人生観の問題ですが、私は切手収集家も、社会の一員として人並みのことはした上で、収集すべきであり、優れたコレクションをする者は、社会的にも尊敬される人であって欲しいと思っている。
なお、私は安サラリーマンだったにしては、比較的に高額な買い物をしているが、これは無駄なことは排除し、効率の良い収集をした結果と思う。
明日は、効率のいい収集について、考えてみようか。
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| Tuesday, 22 January,2002
狩りの道具=軍資金 |
切手収集家は、人よりも珍しい切手を少しでも多く、できれば名品と言われるほどの切手を含んだ、素晴らしいコレクションを作り上げたい。
そのためには、軍資金が必要となる。普通のサラリーマンが、普通の軍資金で収集すれば、ありふれたコレクションに終わってしまう。そこで、サラリーマンで良いコレクションを作り上げている人を考察してみると分かる。まず、他の遊びには、小遣いをほとんど使わない人が多い。ギャンブルはやらない。夜の町に繰り出して酒を飲む人はまずいない。これは切手収集家が品行方正と言うのではなく、そんなお金があれば先に切手を買ってしまうだけである。
私の収友では、ベンツに乗ったつもりになれば、どんどん切手は買えると豪語する者がいる。実際その収友は医者なので、ベンツぐらい乗ってもおかしくないが、自動車を持たず、切手をどんどん購入している。一方で、千円未満の切手を考え抜いた末に買わない人が、帰りにはベンツに乗っている収集家がいる。これでは、立派なコレクションを作りようがない。ベンツは極端な例だか゜、中古の大衆車で我慢して、高級車との差額を、切手収集に回す程度のことは、必要な努力だし、経済効果が大きい。これを何十年も続ければ、コレクションに大きな差ができる。
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| Monday, 21 January,2002
もう一度 「清水の舞台」 |
清水の舞台から飛び降りたつもりで、思い切って入手した切手が、なぜ名品か! まだ答えていなかった。
まず金額から考えてみよう、この金額とは、絶対額のことではない。大怪我をするほどの思い切った高額とは、その人の経済環境による。例えば、それまでは千円程度が最高購入額の人が、数万円の切手を購入するときは、相当の決断がいるだろう。1万円の人が何十万円とか百万円の切手を購入する場合も同様であろう。要するに、それまでの購入額より、数段上の金額を使うときで、そして、その額はその人にとっては余裕の額ではなく、女房から借金したり、保険金を解約したり、怪我の手当が大変な場合を指します。このような状況に置かれるからこそ、本当に真剣に獲物を狙うことになるのです。
次に、名品とはどんな切手なのかを考えてみよう。、「非常に有名な切手で素晴らしい切手だが、高額のお金さえ払えば簡単に手に入るものがある。」このような切手は、どんなに高額な切手でも名品とは言わない。 名品とは、「入手するのにお金だけでは手に入らない切手、一旦、自分の物になると、いくら札束を積まれても譲りたくない切手」だと思う。当然にこのような切手を狙っている収集家は多い。お金があったらなどと悠長なことを言っていたら、他の物にさらわれてしまう。
だから、このような切手が、目の前に現れたとき、「清水の舞台から・・・」が必要となり、名品となるのだ。
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| Saturday, 19 January,2002
なぜ「清水の舞台病」が名品を生んだか! |
古い切手なんて、興味の無いものから見れば、ただの紙切れだ。そう猫に小判。それでも興味が出て小遣いで買う。ようやく千円を超える金額の切手を買えるようになった収集家が、ある時4万円でとても素晴らしい切手が目の前にあった。その切手を穴があく程真剣に眺め、かつ本当に珍しい物か文献で確認して、決断する。
切手収集は狩りだ。と以前書いたが、まさに平素から獲物を狙って、十分勉強し、突然自分より大きい獲物が、目の前に現れた時、勇敢にその獲物に飛びかかっていった。そんな感じかな。
その獲物、いや名品は、名鑑にも載っていないU小判5銭13目打に国内小局の二重丸満月鮮明印です。私は未だに忘れられません。逃した獲物は大きかった。
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| Friday, 18 January,2002
「切手収集とお金」の身近な話 |
3日前には、身近な人について考えますと書きながら、なかなか出てこない。今日こそは、身近なことを書きます。私の収友の発言、行動から考察してみます。
その昔、広島蒐郵会で、「清水の舞台病」という病気が流行った。これは、清水の舞台から飛び降りたつもりで、後の金策も考えず、思い切った高額の切手を、買うことを言うのであるが、金が無いのに買うのであるから、生命保険を解約したり、女房から借金したり、色々しても当分足腰が立たないという者もいた。しかし、「清水の舞台病」のお陰で、今では手にできないであろうスゴイ名品を所持している者がいる。また、この病気をきっかけに一流コレクションを作った者がいる。
この清水の舞台病、金額的にはいくらからかとなると、その人の金銭感覚による。前記の場合、1人は4万円だったし、もう1人は90万円だったと記憶している。この4万円の方も、今でも隠れた名品である。90万円の方も国際展にたびたび登場しているが、今でも出品者の目玉となっている。しかし、金額だけて言えばそんなに大金ではない。オークションでは100万円を超える出品物は結構ある。なのに、なぜ清水の舞台病なのか、なぜ名品だったのかは、またの機会に書いてみます。
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| Thursday, 17 January,2002
お金持ちのこと |
先日は、貧困の中でも名品をコレクションできると、極端な事例をあげたところ、早速に椙山さんから、そのことで掲示板に書込をしていただいた。感心のある方は、掲示板を見ていただきたい。
それでは、お金持ちについて考えてみたい。日本で金持ちの切手収集家は、まずはズバリ三井財閥のおひとりであった故三井高陽さん、彼のコレクションは財団法人三井文庫で管理されている。また、現在の人では関西の金井宏之さんが桁違いのお金持ち、しかもこのお二人とも切手についても、研究家といっても良いくらい、コレクターとして立派な方である。地方でも結構お金持ちの切手コレクターはおられる。
さて、ある方から私宛にメールをいただいた。それは、「ニセモノの師」という本のなかで、ニセモノにかかる条件は、「@その品物を買ったら儲かると思ったとき、A勉強不足、Bお金があるとき」の3条件だ。と書いてあるそうだ。お金があるときは、真剣さがなく見る目は甘くなる。
そう時々お金の使い方の甘いお金持ちコレクターがおられる。ある地方のお金持ち名士のコレクションは、相当の比率でニセモノであったとか。
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| Tuesday, 15 January,2002
切手収集とお金の問題 |
この問題を考えるとき、今更なることができない大金持ちのことより、貧乏を考えた方がためになりそうである。 時々郵趣関係の本を読んでいて、コレイヴォ旧蔵品という表現を見ることがある。旧蔵品というのは、以前誰々が所有されていた名品という意味で使われ、コレクターにとっては名誉なことです。このコレイヴォは、「孤独と貧困の中で、コレクター人生をまっとうしたした人。」とも言われています。
このように貧困の中にあっても、死後人々に旧蔵品といってもらえるような名品を数多く所有できたのは、お金の使い方の問題であって、庶民にも名品を所有できると、勇気を与えてくれています。
明日は、もう少し身近な人について、お金の問題を具体的に考察してみます。
注:コレイヴォを知らない最近の郵趣家のために注釈を加えますと、彼はイギリスに住んで日本切手を収集、多くの名品を収集し、死後彼のコレクションはオークションにかけられた。生前日本の郵趣誌に、生活ぶりを紹介されたことがあるが、安アパートに1人で年金生活し、切手以外特段の財産は無かったようだ。だだし、1人暮らしでも切手を友とし孤独とは感じていなかったのではないか、また、年金だけでも生活はできており、本人は貧困とは感じなかったはずで、他の物より切手が良かっただけと思います。
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| Monday, 14 January,2002
財力と知力 |
切手収集家の本質などといいながら、ここ2〜3日脱線していたので、話題を元に戻します。今日は「財力と知力」などと、また生意気に難しそうに言っているが、わかりやすく言えば、お金と知恵がです。「切手収集は狩りだ。」といっても、野生動物の狩りとは違い、切手収集の狩りでは、お金と知恵が必要だ。目の前にとても良い切手があっても、現代ではお金がなくしては、その切手を手に入れることはできない。そこで、切手とお金の関係について、考えてみたい。お金は多いほど良い。しかし、必ずしも一流コレクター=資産家でもなさそうである。そうでなければ、私のような庶民は、最初から勝負あったで諦めざるを得ないようになる。ここが人生の面白いところです。明日は切手収集とお金について、もっと掘り下げてみます。
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| Friday, 11 January,2002
切手収集私の場合 |
私は、小学校高学年から切手収集を始めて、中学校卒業後から22才頃まで切手収集を中断していたが、22才頃本格的な切手収集を知って再開した。この頃から切手は、「系統的に集めて、調べアルバムリーフに整理し、切手展に出品して発表すること。」だと思うようになっていった。
29才で同志と広島蒐郵会を結成したが、このころには伝統郵趣・小判切手を目標とするようになっていた。切手展出品も、最初は銀銅賞、次は大銀賞、1990年には金銀賞をもらった。これが小判切手最後の賞である。切手展の賞というのは、上位に行くぼとその差が大きい。金銀賞と大金銀賞との差は、経験から倍以上と思う。
自分の職業上の興味から、テーマチクとして、郵便図案の切手を集めていた。これは伝統郵趣・小判切手のように力が入ったものではなく、切手商で狙った小判切手がなくて手ぶらで帰っては申し訳ないときに、お付き合いで安物を買っていたものです。これを整理して切手展に出品したら以外に上位の賞がいただけた。つい熱中して連続出品し、1996年にはテーマチクとしては最高位の金賞をいただいた。
皆さんご承知と思いますが、テーマチクの場合は、切手の希少性よりも、構成などが重視されます。金賞をいただきこれほど嬉しいことはないはずですが、やはり伝統郵趣での受賞とは、ひと味違う気がした。
私の、小判切手コレクションは、賞のランクで言えば自分自身のテーマチクコレクションより2ランク下だが、時間、資金、知恵の出し方、熱中の仕方、どれをとっても、小判の方が一桁上の力を注いだ。
ということで、今でも全力を挙げて小判切手コレクションの充実に力を注いでいる。
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| Thursday, 10 January,2002
切手収集は、男の趣味だ! |
珍しい切手をできるだけ多く集めるというのが、切手収集の基本であり、切手収集家の本質である。
「郵趣は、」とせずに、「切手収集は、」としたのは、郵趣が初日カバー作成とか局メグなどを含んだ幅広い趣味として理解されているので。純粋に切手を収集するという行為だけを対象としました。
ここで、思い出していただこう名言「切手収集は狩りだ」を、狩りは男の仕事。すなわち切手収集は、男の趣味だとなる。
欲しい切手は、あらゆる手段を講じて必ず手に入れる。このような意気込みで、他人と競って自慢できる切手を収集する。これが男の切手収集ではなかろうか。これを極めることが、男としてカッコウいい道、すなわち”極道”ではなかろうか。
道を極めるのは、男の道だから優しいことではない。例えば、世に数点という名品がここにあった場合、お互いに譲り合うのではなく、奪い合って、その名品を手に入れる。もちろん現代の紳士だから、殴り合いの暴力で奪うのではなく、知力・財力を総動員をして奪うのであり、獲得できたときが快感となる。
随分と荒っぽいことを書いたが、明日は私と私の周辺の人達の実際について、書いてみよう。
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| Wednesday, 9 January,2002
郵趣は、男の趣味か、女の趣味か! |
昨日の掲示板に書いた本を元に、郵趣の本質に迫ってみます。まず、現状分析からしてみたい。各地の郵趣会には、女性の会員が少ない。著名なコレクターとなると、女性の比率は更に少なくなる。これが郵趣における男女比の現実である。
郵趣会を運営するに当たって、女性がいた方が明るく優しい雰囲気で良かろう。女性会員を増やすにはどうしたら良いだろうと考えた場合参考になるのが、女性だけの会又は女性の比率が高く女性が元気な会を参考にすればよい。女性だけの会は、郵趣協会に一つだけある。ここでは女性郵趣家同志が、楽しく、井戸端会議のごとく、コミニケーションを図ることが主な目的のようです。一方四国のある郵趣協会支部では、女性会員の比率が高く女性会員が元気良く活動されていることで有名です。この支部の活動内容を見ていると、やはり女性の得意な方向で活動されているのが分かります。すなわち、封筒にかわいい絵を描いて、記念印などを押したものを作品にして、作品展(切手展ではない。)を開催したことがあります。また、いわゆる局メグが盛んで、これなども収集というより作る(育てる。)ことと、局員とのコミニケーションを楽しんでいるようだ。
女性会員を増やそうとすれば、上記のような内容を例会運営に取り入れれば良いと分かるが、それでは肝心の切手収集の方は、どうなるんだということになります。そこで、求める男女比に応じて、上記のようなことを、一部取りりれたらどうでしょうか。
なお、以上書いたことは、女性を低く見たり差別しようとするものではなく、それぞれ男女の得意分野を、現状を踏まえて分析したまででありますから、誤解なきようお願いします。
明日は、いよいよ切手収集の神髄に迫ってみます。
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| Sunday, 6 January,2002
カシミールの切手 |
カシミールは、核戦力を保有しているインドとパキスタン両国で武力衝突している地域であり、アフガニスタン同様国際的に懸念しながら注視されている地域です。
そんなカシミール1878年発行の郵便切手が画像のとおりです。
イギリスは、ムガール帝国滅亡後のインドを、直轄領と藩王国に分けて統治したが、藩王国には一定の自治が認められたので、一部の藩王国では独自の郵便制度を実施した。
このうち、カシミール藩王国の郵便切手は、独自の図案で、かつ木版を思わせる民芸調の素朴な切手に仕上がっている。画像の切手は、未使用切手20枚シートです。なお、この切手は、藩王国内のみに使用が限られている一種のローカル切手です。
このような素朴な地域を、戦争の舞台にしないでもらいたい!
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| Saturday, 5 January,2002
アフガニスタンの虎 |
アフガニスタンについては、毎日テレビニースに出てくる。そのアフガニスタン1873年発行の切手が画像の切手だ。これは未使用4枚で、図案の中心に描かれているのは、虎だそうだ。 虎と言うより、猫のように見えるのだが。
アフガニスタン最初の切手は、以外と早く日本と同じ1871年です。インドにはイギリスの文明が早くから伝わっていたが、アフガニスタンの当時の国王が、インドから西洋文明を取り入れ、郵便制度も取り入れたが、切手の図案は独特の特徴あるものとなり、切手は木に手で個々に彫刻された。従って一つ一つが微細に異なり、全く同一の図案はない。日本の手彫切手と同様である。
また、アフガニスタン初期の切手は、非常にユニークな使用済み切手を、作ったことで有名である。このことについては、本ホームページの「郵便の世界史−郵便事業の発達」をご覧いただきたい。
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| Friday, 4 January,2002
今度は、まじめに郵政公社化問題 |
昨日は、ちゃかした書き方をしたが、感情的になってもいけないので、まじめに問題提起しておきたい。
切手収集家は、郵便事業をキチンと運営している国又は国に準ずる組織が発行する郵便料金前納の証である切手を、集めているのです。
すなわち大勢の切手収集家は、特に意識していないかもしれないが、「国又は国に準ずる組織」、「郵便を全世界にキチンと配達する事業」、「郵便料金前納の証」の3条件を満たすものを、郵便切手と認めて収集しているのです。
したがって、郵便事業のこの3条件が崩れるようであれば、郵趣も衰退することになります。3条件が崩れるような民営化を許すわけにはいきません。
さて、公社化・民営化を論ずるときに、経営形態のことと独占問題を混同されることがよくあります。
経営形態については、公社化・民営化した国も出てきました。ただし、民営といっても特殊会社で政府が株式を保有しているので、国有会社である。
しかし、独占問題すなわち民間参入問題は、やり方によっては大変な事態になることが予想される。世界の情勢はニュージーランドを除いて、公社化・民営化したところもすべて郵政公社又は郵政会社に郵便事業を独占させている。 誤解され易いのは、大形の郵便物を民間宅配等に開放したことであって、いわゆる手紙、はがきは、独占のままで民間の参入は許していない。
例外的に全面的参入を許したのは、ニュージーランドだが、見事に失敗。無茶苦茶に参入会社が出てきて、倒産。切手だけはシール状のものがたくさん残された。
このようになることは、歴史が教訓として残してくれている。19世紀に一部の国で民営郵便を営むことができた国もあるが、そのすべての国で、民営郵便会社は切手を発行して儲けることに走り、消滅していった。だから、民営切手は未使用は多く残され、駄モノ扱いとなっている。郵便を配達するという本来の業務はあまりできなかったので、使用例は非常に少なく、集めにくい。
なお、19世紀の民営郵便については、別途コラム欄を作って、まとめてみたい。
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| Thursday, 3 January,2002
めでたい話 |
郵趣1月号新春特別座談会では、正月号だからか、まことにめでたい話をしている。
郵便事業を民営化すれば、切手が益々シールのように良くなると期待し、喜んでいる。民営になれぱ゛、切手だけが儲けの対象で、サービス満点のシール切手を作ってくれるそうだ。本来の郵便事業はどうなっても良いのか。もっとも、座談会出席者の顔ぶれは、シール切手の販売代理店とシール切手収集家のようだ。
私は、シール切手を収集するつもりはない。
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| Tuesday, 1 January,2002
謹賀新年 |
明けまして おめでとうございます。
当ホームページ「ひろしま切手博物館」は、昨年11月26日開設いたしましたが、短期間のうちに600人以上の方に訪問いただき、大変嬉しく思っています。
本年も、引き続き多くの方に訪問いただけるよう、更新を図っていきますので、ご支援をよろしくお願いします。
平成14年元旦
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