| Saturday, 30 March,2002
視野の狭い収集 |
狭い範囲の収集は、何も手彫切手に限らない。自分の身近に見たのは菊切手を最初から専集していて、猛烈に集めていたのに、突然収集を止めたのがいる。また、一般に多い例としては、現行切手しか集めないで、切手収集の本当の面白さを知らないまま、切手収集を止めてしまった者もいる。
したがって、まずある時期までは、幅広く集め、収集界のことが分かってから、専門的な収集範囲を決めるのが良い。
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| Friday, 29 March,2002
行き詰まり |
手彫切手収集家が、切手収集そのもの止めたことを、もっと掘り下げて考えてみたい。これは、手彫りには限らないが、最初から狭い範囲での収集は、行き詰まりを感じた場合に、一寸、他の考え方、他のシリーズ、他の国、に変えてみることが出来ないので、収集そのものを止める結果になりやすい。
国際展金賞の作品まで高めた元小判切手収集家の言葉で、「俺にはこれぐらいしかできん」と手彫切手はあきらめて小判切手の収集に没頭されたそうです。この小判切手も今では、とても高くなり小判切手をあきらめて、という人も出てきそうです。
どのシリーズを、専門収集の対象にしたらよいのか、「行き詰まり」の問題か更に考えを深めてみよう。
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| Thursday, 28 March,2002
切手収集を止めた切ない事情 |
昨日の手彫切手収集家が、切手収集を止めた事情は日誌に書いたとおりですが、なぜそれほどのショックだったのでしょうか。
手彫は高価です。例えば彼が100万円のお金を握りしめて、地方から東京までフロアオークション会場まで出向いて、ようやく手に入れたエンタイア、彼から見たら素晴らしいものであっても、手彫切手の作品の中では、あまり目立たない。ところが、同じ金額でも、菊切手なら強く印象に残る名品が手にはいる。
入手するための金額で比べたら、おそらく彼の手彫切手金銀賞作品の方が、菊切手の金賞作品より、相当高かったのでしょう。
しかし、作品としての評価は正しいものでした。それは、手彫の場合、金銭的事情さえ許せばそれほど苦労せず集められる状態の作品で、手彫としてはこれから発展か期待される程度の作品でした。すなわち金銀賞が妥当でした。一方、菊切手の作品は、徹底的に集められ、菊切手としては最高の部類として評価出来るものでした。すなわち金賞を与えても当然と思えた。
作品を評価するときは、金銭的事情は関係ないのです。コツコツ小遣いを貯めて苦労して得たエンタイアも、お金持ちが小遣いから簡単に手に入れたエンタイアも、エンタイアそのものの評価で決まるので、入手するための金銭的背景は関係ないのです。このようなことは分かっているけれど、庶民には切ない話です。
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| Wednesday, 27 March,2002
ある手彫切手収集家 |
私が以前知り合った○○さんは、学生時代から手彫切手が好きで、コンディションの良いものをコツコツ集めていた。小遣いの額は、社会人になってからもサラリーマンと大差なく、特に金持ちというわけではなかった。
その彼が、ようやくJAPEXの出品リーフ数に達するようになると、出展するようになったが、彼が学生時代から小遣いのほとんどをつぎ込み精魂込めて作り上げた手彫切手の作品は、確か金銀賞だった。一方若手収集家の菊切手作品が金賞だった。
自分の作品がもうワンランク上にとの思いもあっただろうが、それよりも彼にとってショックだったのは、手彫に比べるとモダンに近い菊切手作品の方が、自分の手彫りより2段上の金賞になったことだった。それ以来プッツリ切手収集そのものに縁を切ってしまった。
上記のことは、もうだいぶ前のことだが、どのシリーズをどのように集めるか、重要な問題を含んでいるので、明日以降も続けて考えてみたい。
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| Tuesday, 26 March,2002
続エキサイト収集 |
最近は、収集の現場で、エキサイト場面というのは、ほとんど見なくなりました。静かというか、活気がないというか、寂しいもんですね。先般の広島での「郵趣の集い」前夜祭パーティーでも、恒例の「酔っ払いオークション」では、誰も酔っ払っていない。興奮していない。ほとんど競り合いがなく、低く設定した最低値そのままで落札されて、嘆いていた出品者(私かも)もいたし、落札割合の少ない出品者もいた。かっては、何でそんなくだらんものを高く競り落とすのか、酔っ払っていたことを理由にするしかない程、面白く、楽しいことの連続の「酔っ払いオークション」だったのに、・・・
今後は、事前にインターネットで出品物を見せたり、ネットでも参加できたり、あるいは、競り上げた二番値の方に落札金の一部をあげたり、様々なエキサイト対策が必要になってきた。 インターネットを活用した対策については、椙山さんにお願いしてみよう。
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| Sunday, 24 March,2002
高価な現行切手 |
昨日は、高価な現行切手について、大家の見方を紹介したが、このような事例は、以前からあることで、その都度同じような見解が述べられる。よくいわれる表現は、そんな金額なら手彫切手(又はカバー)が買える。
しかし、それは背景にあるコレクションのことを考えていないから、言える言葉です。現行切手の使用済単片1枚に、数万円も支払うということは、対象の現行切手収集を積み上げてきて、少なくともカタカナローラーについては、仕上がりの段階で、それ一枚が加わることで、コレクションが一段と良くなる。仲間内からも、羨望の的になるくらいの大きな価値が認められます。一方同じ金額で購入できる手彫切手1枚を入手したとして、基礎となるコレクションがないと何にもならない。また、ある程度の手彫コレクションがあった場合は、数万円程度のものだと、ありふれた手彫が1枚増えただけでほとんど埋没してしまう。
このように考えると、カタカナローラーは、基本的種類の珍品でないこと、及び今後局内使用などで多く出現し価値が減少する危険性がある。ことを考慮しても、その人のコレクション次第では、その現行切手に高額を支払って入手することは正しいと思う。
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| Saturday, 23 March,2002
再度「郵趣の本質」とは |
昨日までは、テーマチクは高度に知的な作業を伴う優れた分野だが、「郵趣の本質」という観点からいえば、異なることが多いことを説明した。
それでは、再度「郵趣の本質」とは何なのか、一言でいえば「より珍しい切手を、より多く集めること。」だと思う。
最近、身近な例として、こんなことがあった。あるところで、現行切手のカタカナローラー印消単片に数万円の高値が付いた。あるクラシック切手の大家は、そんな価値はないよと片づけてしまったが、私には現行切手に高額の支払いしてでも入手しようとする気持ちはよく分かる。
明日からは、「より珍しい切手・・・」とは何なのか、掘り下げて考えてみよう。
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| Friday, 22 March,2002
テーマチクでは、「郵趣の本質」は要注意 |
チャンピオンクラスで、なぜ失態を演じたのかは、審査総評の「・・・、希少材料を加えた結果、テーマの展開に混乱が生じたり、バランスを崩してしまった・・・」が示しているように、「郵趣の本質」どおり、より珍しい切手をより多く収集し、そのまま作品に活用しようとしたのが間違いであった。
いつか書いたように、テーマチクはテーマを定めプランを練って、そのプランに沿ってストーリーを展開するものあり、希少かどうかは関係なくストーリーに最も適した切手を使うことが必要です。
以上の点を、充分配意して再度挑戦してみたい。
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| Thursday, 21 March,2002
チャンピオンクラスの失敗 |
2回の国際展での失敗の間、すなわち1999年にも失敗をしている。この年のJAPEX実行委員長は、テーマチク作品を作る上で大変お世話になった先輩だ。その方から、タイトルページだけ日本語に直し後は英文のままでよいからと、強く勧められ出品を約束してしまった。一度金賞を受賞した作品だからと、一般競争クラスではなくチャンピオンクラスに扱われた。しかし、この年からチャンピオンクラスも一般と同じ審査が行われ、金賞にはなれなかった。
郵趣材料を希少品を含めて増やし、金賞受賞当時より良くなっているはずなのに、採点は逆に減少してしまった。
この年、審査総評のテーマチク部門には、次のように記されている部分がある。「チャンピオンクラスにこの部門から1点の出品があったことは、年々作品のレベルが上がっている現れと喜ばしく思う。この作品を含めて、郵趣材料の強化は不断に求められるが、希少な材料を加えた結果、テーマの展開に混乱が生じたり、バランスを崩してしまった作品が見られたことは、残念であった。」
「 」内の部分は、私の出品作品のことです。詳しくは明日へ続く。
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| Wednesday, 20 March,2002
続、テーマチク作品の失敗談 |
昨日書いたように、いい加減な作品をイタリア’98に出品した結果大銀賞であった。国内展では金賞だから、最低でも金銀賞にはランクされるのだが、英訳も無茶苦茶なのを承知していたので、腹も立たなかった。
続いて、BANGKOK2000のコミッショナーから、是非出品をと強く要請された。今回も、「英訳を任せなさい。代わりにしてあげます。」ということであったが、またしても多忙でほとんど改善が図られることなく出品せざるを得なかった。結果は、当然のように大銀賞であった。
以上2回の国際展は、必ずしも失敗とは思ってなく、むしろ自分としては、佳き体験をした記念に賞状とメダルを、額に入れて部屋に飾っているくらいだ。
実は、この後が本当の失敗なのだ。続きは明日に。
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| Tuesday, 19 March,2002
テーマチク作品の失敗談 |
最高の賞をえて有頂天になっていた頃、世話になったある先輩から、国際展に出品しなさい。出品手続きから英訳まで、全て代行してあげるとのことだったので、引き受けてしまった。しかし、国際展に出品することがいかに大変か、そのときは分からなかった。
出品リーフ数の最低限が大幅に増加していたのです。出品申込をしてから締め切りまでの期間は、1年近くあったのだが、その期間中、作品に使えるマテリアルを増やすのが精一杯、英訳も無茶苦茶な自己流のまま、出品せざるを得なかった。
続きは、また明日。
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| Monday, 18 March,2002
私の自慢話と、失敗談 |
私は、JAPEX'96において、「郵便事業 − その改革と発達 − 」というテーマチク作品を出品し、金賞を受賞した。
JAPEXでも、テーマチクで金賞というのは例が少なく、最高だと褒め称えていただいた。当時は、テーマチクで最高の賞を得ると、その作品の全リーフを印刷した冊子を発行してくれた。大変嬉しく、まさに私を有頂天にしてくれた。ここまでが自慢話だ。
ここから先が、失敗談となる。この失敗談こそ、これからの人に大いに参考になるものと思っている。
テーマチクに、「郵趣の本質」が顔をのぞかせると失敗するということを書きたいが、長くなるので明日のお楽しみとしたい。
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| Sunday, 17 March,2002
テーマチク |
テーマチクは、切手展への出品部門での分け方だが、同時にその作品を作るに当たって、収集の仕方にも影響を与える。
テーマチクとは、出品するテーマを決めて、そのストーリーのプランを作り、プランに沿ってリーフ展開する。トピカル作品は同じ図案の切手で作品を作るのだが、テーマチクではストーリーのプランに沿ってだから、そのストーリーの場面に応じて、切手の図案が異なる。
例えば、牛のトピカル作品だとすると、図案に牛が描かれている切手だけを使って作品を作るが、テーマチクの場合は、同じ牛をテーマにしてもそのストーリーによっては、人間との関わりから人の図案の切手を使ったり、自然環境との関わりから自然を図案にした切手を使うなど、牛以外の図案を作品に使う。
切手を集め、それを作品にするのではなく、テーマとストーリーが先にあって、作品に使える切手を集めるのだ。今までとまったく順序が逆になったのだ。また、最初から多く集めるのが目的でなく、ストーリーに使える切手を集めるのが収集の目的になる。
作品で見るとき、テーマチクは理にかなっており、見応えのある高度に知的なものになる。そのため、国際展だけでなくJAPEXも、トピカル部門を廃止して、テーマチク部門だけとなっている。たとえトピカル作品を受け付けられる所も、ストりーのある作品の方が、評価が高くなる。
ここで「郵趣の本質」=「出来るだけ多く集める。出来るだけ珍しい切手を集める。」ことが、評価はされない事態に至る。
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| Saturday, 16 March,2002
続トビカルとテーマチク |
前回は、出来るだけ多く集めようとする限り、トピカル収集も、「郵趣の本質」そのものだと書いた。
実際、○○支部にも、出来るだけ多く集めようとする古典的な収集家が、少なくとも2名いる。1人は鉄道切手で、世界の鉄道図案切手の90何%を集めていると自慢していた。鉄道図案は、人気があるため発行数が多く、整理は国別にしているとのことです。もう1人は、絵画切手で、数字的なことは言っていないが、世界の絵画図案の切手をほとんど集めているようだ。絵画切手も発行数が多く大変なようだが、こちらは画家別に整理しているとのこと。
これら古典的トピカル収集家は、切手商のお得意さんです。切手商から見ると楽に儲けさせてくれるお客さんです。なぜなら新発行切手が対象で、未使用だから、消印とかコンディションをうるさく見ることもない。未収の切手でありさえすれば、少々高くても買ってくれるからです。
なお、このような集め方をしている人は、一般的に切手展へは出品しない。なぜなら多数集めているのが自慢であって、リーフに整理して作品にしたところで、評価を売るかどうか分からないのです。すなわち、トピカル図案の切手種類数は、全国でも1〜2を争うほど集めていたとしても、作品では下位にランクされる可能性があるからです。
むしろ、切手展に作品を出品する人たちは、効率的な集め方をする。まず対象を絞り、さらに実際にリーフに貼って作品に採用するような切手だけを入手する。むしろこのような集め方のトピカル収集家が多くなっています。○○支部では、古典的トピカル召集家が、2人に対して、新しいタイプのトピカル収集家が7〜8人と言ったところだ。
テーマチクの話題に入る前に、既に長文となったので、続きは後日に。
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| Thursday, 14 March,2002
続トピカルとテーマチク |
トピカルとは、図案別に集め整理すること。テーマチクとは、テーマにプランをたて、そのプランに沿って集め整理すること。ですね。
その昔、世界に切手があまり多くない時代は、全世界の切手をなるべく多く集める。すなわちゼネラル収集が切手収集の主流だった。その後、発行国と発行数が増加し、それまでの集め方が困難になり、集め方に分化が始まった。
国別に集める道、すなわち伝統郵趣の道と、図案別に集める道、すなわちトピカルの道に別れていった。この図案別も、特定の図案をすべてなるべく多くの種類を集め、珍しいものも集めようとするのだから、「郵趣の本質」そのものだった。
しかし、小国のみならず大国までも、トピカル郵趣家の懐を狙って、人気図案の切手を続々発行するようになって、収集が困難となり、収集分野も変化するようになった。例えば、植物図案の切手を集めていたトピカル収集家が、対象を絞り植物のうち花の切手に限定するようになり、それでも多いので蘭の花に、あるいはバラの花に限定して集めるようになった。
ここまで集める切手の図案を限定しても、その図案の範囲内で、出来るだけ多く、出来るだけ珍しい切手を集めようとする場合は、「郵趣の本質」だ。しかし、これさえも変化した。
さあー、ここからテーマチクの出番となるが、長くなったので続きはまた明日にする。
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| Wednesday, 13 March,2002
トピカルとテーマチク |
トピカルとテーマチクどちらが「郵趣の本質」に近いか、考えてみると面白い。郵趣とは、単純に「郵便切手を集める趣味」と定義する。また、本質とは、「最も大事な根本の性質・要素」だそうだ。従って私は、「郵趣の本質」とは、「出来るだけ多くの切手を、出来るだけ珍しい切手を、集めようとすること。」だと思っている。このような定義をしたとき、トピカルとテーマチクどちらがどうなのか、答えは明日にします。意外な答えがでるかも・・・
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| Tuesday, 12 March,2002
収集でなく、作ること。 |
「郵趣の本質」に戻って考えてみたい。
一昨日は、「郵趣の本質」の基本のキは、「集める」だと、当たり前のことを書いた。したがって、初日カバー作りは、一見似たような趣味に見えるけど。違うのだと。
実は、もっと切手収集に見えてそうでないもの、当の本人が勘違いしてしまうことがある。そう、いつも収集人口では、トップの現行切手収集である。もちろん、現行切手も、ただ対象が新しいだけで、「集める」のであれば、それは切手収集そのものだ。ところが、集めるのが難しい消印や、少ない使用例は、現行だけに手っ取り早く作る誘惑に引っ掛かる。引っ掛かると言っても、悪いことをしたのではなく、ただ郵趣の本質から、外れてしまうだけである。
実は、昔自分も料金改訂時に作った使用例があるが、その頃一時的に作っただけでその後は止めているが、今見ても面白くない。自分の場合一時的だったが、長い年月では、「集める」人と「作る」人では、コレクションに大きな差が出来る。
常に現行で「作る」人は、何年後でもコレクションは、すべて作り物として敬遠されるものばかりとなる。
ただし、現行の消印や使用例作りは、初日カバー作りと違って、一時的に誘惑に乗っているだけだから、収集本来の道に戻してあげたい。
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| Sunday, 10 March,2002
改めて「郵趣の本質」に迫る |
年の初め頃、この日誌に「郵趣の本質に迫る」と書きながら、 本当に迫ったんだろうかとずっと気になっていた。改めて身近な所から迫ってみたい。
昨日、郵趣の世話で多忙だ、若い人やパソコンの出来る人に、と愚痴めいたことを書いたが、郵趣会の中でも切手収集家でない人がいる。切手を収集していない人に、世話をお願いは出来にくい。切手を収集していない人が実際にいるのかと、以外に思われるかもしれない。でも、それが多い現実にあるのだ。
古い話で恐縮だが、昔はよく「初歩者のための切手教室」が行われていた。ある人が何回もこの教室に参加して、不思議に思った。教室のテーマが初歩者なので、何回参加しても初歩者から抜け出せない。
その方を良く観察してみると、切手教室では切手の集め方から習っているはずなのに、本人は切手発行日ごと郵便局に行って初日カバーなどを作っているのである。本人も、対象が同じ切手なので勘違いしている。本当は、集めることは興味なくて、作ることに興味があるのです。この方は、今でも郵趣会に所属し、会合にも出席はするものの、やはり異質なのか、中心的な役割は出来ないままである。早い話、切手収集については、30年以上も初歩者のままで、今後も初歩者だろう。なぜなら「集める」でなく、「作る」だから。
「郵趣の本質」の基本のキは、まず「集める」でなくてはならない。このことは非常に重要なことである。
長くなるので、続きは明日に。
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| Friday, 8 March,2002
月刊誌「フィラテリスト」 |
先月27日、天野安治先生発言「安く買うことだけが掘り出しではない」の意味について、掲示板で山本さんから、その表現なら「フィラテリスト」の何巻何号に載っているよと教えていただいたが、この度、斧田さんのHPで、彼の掲示板に、20年前「フィラテリスト」の澤護さんが書かれたボタ印についての記事が良かったと、書込されていた。
教えていただいた記事を、改めて読んでみると昔読んだ記憶がよみがえってきた。いずれも素晴らしい内容であって、今読んでも立派に通用する。
それにしても、昔の「フィラテリスト」は良かった。他の記事も、収集のヒントが一杯詰まっている。改めて読み直してみたい。
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| Wednesday, 6 March,2002
SHIP印 |
B62印を書いて、SHIP印を書かないのは均衡を欠くことになる。SHIP印は、エンタイアが極めて少ないにもかかわらず、この印がついた単片が多い。単片の中には明らかな偽物があったり、すみ点上に押された例も多い。ひどい例としては、エンタイア上にも偽印があるそうです。本物もあるが、どれが本当に本物か明確になっていないので、偽物も作りやすいのだろう。そんなことからSHIP印は、昔の「日専カタログ」には高い評価があったが、現在は評価はしていない。
ところで、偽印を押すときは、高価に換金するため、満月状態とされるのが普通だ。(墨点を隠すための場合は、部分印もある。)しかし、自分は旧小判30銭に、少しずれた自然な状態に押されたものを持っている。これなど本物の証拠のように思うのだが、どうだろうか。ただし、「満月=偽」ではないから、誤解しないこと。結局何のことやら、ようわからんね。
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| Monday, 4 March,2002
B62印 |
先日、ボタ印における単片とエンタイアの残存数の割合が、局によって大きく異なることがあることを書いたが、ほかに極端な例があったことを思い出した。
それは、B62印です。この印は、手彫切手から小判切手に多くみられるが、日本切手を貼ったエンテイアには、発見されていないらしい。香港切手の消印としては、最もありふれたもので、エンタイアも極めて多く残されている。しかし、日本切手に押されるのはパックポー扱いのはずで、少ないはずと考えられている。でも、私のアルバムにも、いつの間にか収まっている。
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| Saturday, 2 March,2002
郷土資料館のエンタイア |
広島にある郷土資料館から、企画展を行う際に、切手の展示を依頼されたことがある。そのとき、資料館の保存資料を見せてもらっていたら、ある局のボタ印付きエンタイアが多量にでてきた。その局は、いわゆる大関クラスの局で、これが世に出たら、評価が下がるのではと思うほどです。郵趣家にとっては、のどから手が出るくらい欲しいものだが、そこは公立の郷土資料館、一旦受け入れたものは、まず外へ出ることはない。
ところで、その局のボタ印は、単片に対する評価は高いのに、エンタイアはそれに比例したほど高くない。一方で、私も持っている佐賀ボタは、逆に、単片では小結クラスなのに、エンタイアになると大関クラスに昇格する。
「伝統郵趣・U小判切手」のページにある佐賀ボタは、単片は小結クラス、エンタイアは大関クラスとして、見てやってほしい。
昔、子供が封筒から剥がしたのが多い局と、剥がされないで封筒のまま掘り出されたのが多い局の違いであろう。その様な観点から、専門カタログのボタ印評価を見ると、単片とエンタイアの評価は、ちゃんと、それぞれの残存数を考慮に入れて、評価がされている。
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| Friday, 1 March,2002
正体不明印 |
先日、正体不明の印について書いたが、実は自分も正体のよく分からない印が押された切手を所持していた。私が小判切手蒐集に熱中し始めた20年以上前のこと、1額面で1枚位は自慢できる切手が欲しいと、新小判1円に20ミリ欧文印の満月鮮明な切手が出品され、それに張り切って応札したはずだった。
ところが、送付を受けた落札品は、新小判5厘に「青島の半月印」が、押された切手で、調べてみたら、自分が記号を間違って応札していたのだ。 珍しさから言って新小判1円20ミリ欧文印と比べ、遜色ないようにも思ったが、何分「青島半月印」の正体が分からない。高い買い物をしただけに、正体が分からないでは落ち着かない。先輩に聞いたり、文献で調べたりしたが、よく分からなかった。その後十数年経過して偶然入手した中国切手のエンタイアから、「青島の半月印」の正体を知ることが出来たのだ。
こんな失敗を経験をして、その後入札するときは、必ず発送前にもう一度記号を、間違いないか確かめる習慣が付いた。しかし、新小判1円の20ミリ欧文印は、未だに鮮明とはいえない印で我慢している。
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