どうぞ、ご覧ください。
製作した年ごとに分けてみました。
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ちぎり絵作者 たづこ
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1986年(昭和61年)の作品
乙女椿 |
秋の七草 |
黒じくてっぽうゆり
三次市美術展優秀賞 |
1987年(昭和62年)の作品
作者随想
祖父、父母の中に一人子として生まれたのは、大正12年9月1日、関東大震災のあったその日である。安産の後、気がついて見たのは、我が子と障子紙に斜めに入ったきしみだったと母は語った。
山懐に育った私は、祖父の端正な庭木の中に、真っ赤に白の輪片状の花の無数に咲いているのを見て、なんと美しいものかと見とれたものである。5,6歳のころで、今も目の前に浮かんでくる。あとに知った花の名は椿だった。(平14.12)
1988年(昭和63年)〜1994年(平成6年)の作品
さざんか
三次市美術展優秀賞 |
ききょう |
梅
三次市美術展優秀賞 |
おひなさま |
鯉 |
双鶴 |
1995年(平成7年)の作品
1996年(平成8年)の作品
1997年(平成9年)の作品
作者随想
刺繍、レース編み、縫い物、ピアノ、大正琴、ちぎり絵が好きである。特に、咲いている花をそのまま表現したいと思うがなかなかできない。やさしい色ほど難しいものである。
風景を表現してみてできた時点で、自然はすばらしい師であると思った。仕上げてみて教えられることが一杯あった。感無量である。(平14.12)
1998年(平成10年)の作品
1999年(平成11年)の作品
2000年(平成12年)の作品
雪の常清滝
広島県美術展入選 |
すかしゆり |
すいせん |
八重ざくら |
2001年(平成13年)〜2002年(平成14年)の作品
作者随想 「蚕としゃが」
一人子の私が小学生の頃、父母は養蚕に熱心でした。今も思い出されるのは、白い布袋に入れた正繭(選別された繭)を大きな籠に盛り上がるほど入れて、前かがみに山道を背負って乾繭場に出荷される男の人たちの姿です。
家では、1ヶ月の間、蚕のために働きつづけた板の間を拭きあげ、竹やぶにごみを運んでいく忙しいひと時、ふと母と二人で見た無数の小さなやさしい色合いのしゃがの花。思わず足を止めて見入ったものでした。(平16.1)
2003年(平成15年)の作品
作者随想 「個展の反省」
市町村合併のあおりを受け、私の村の名も消える寸前となり、寂しさを禁じ得ず追想を兼ねて文化センターで個展を開かせていただきました。お運びくださる姿が嬉しく有難く感激いたしました。ご感想を待ちわびると多数の方より心を癒されるとのお言葉が返ってきました。感謝申し上げるばかりでございます。これからも作品に挑戦し、機会があれば、多くの方々に見ていただければ幸と思っております。(平16.1)
2004年(平成16年)の作品
山茶花
広島県美術展入選 |
のうぜんかずら |
2005年(平成17年)の作品
思い出す早春の峡 |
2006年(平成18年)の作品
石楠花
広島県美術展入選 |
2007年(平成19年)の作品
ふじ |
2008年(平成20年)の作品
立葵 |
湧永庭園のばら |
2009年(平成21年)の作品
ゆめみるささゆり |
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