虹子とラルクの物語


一、出会い

1998年冬。正式な日付は覚えていない。寝転がって、何の気なしにテレビのチャンネルをあちこちと替えていたときのことだった。

あれ?この声。

リモコンのボタンを押す指が止まる。聞こえてきたのは、懐かしい声優の声だった。番組は「シカゴホープ2」。アメリカの病院ドラマの吹き替えだった。

幼いころ、必死で見ていたアニメの、ちょっと目立たない脇役。友達がみんな、主役を好きだと言う中で、わたしはなぜか彼に惹かれていた。

あのときの声が、今確かに聞こえている。まるで、何年も会っていない恋人に、街中でばったりと会ったような胸の高鳴り。わたしは一気にそのドラマが好きになった。

毎週欠かさず、ビデオに撮ってまで見た。好きな人に会えるのを楽しみにする少女のような自分がいた。

「真っ白な時は風にさらわれて…」

ある日、たまたま入ったコンビニで流れていた音楽。そのメロディーに、わたしは思わずはっとした。あのドラマのエンディングテーマだったのだ。まさか、こんなところで聞けるとは思ってもみなかった。もともと、流行の曲などに興味がなかったから、歌番組を見ることもほとんどなかった。だから、その曲がだれの何という曲なのかすら知らなかった。

コンビニで流れるということは、流行っているのだろう。珍しくラジオのチャート番組を聞いてみた。するとどうだろう。あの曲がベストテンに入っているではないか。うれしくなった。そして、歌っているのは、ラルクアンシエルという、何だかややこしい名前の人たちで、曲名は「winter fall」というのだということも分かった。

それからは、あの曲が聞きたいがために、幾つもの音楽番組を聞いた。「winter fall」を聞くと、ドラマを思い出して、心が躍るようになっていた。

何の変哲もない出会い。けれど、これはまだ「出会い」と呼ぶには小さすぎるかもしれない。わたしはやっぱり流行りの曲嫌いのままだったし、「あのドラマのエンディングだから」、好きだというだけのことだったのだから。そんなわたしが、ラルクのとりこになるまでには、まだもう少し時間がかかることになる。

2、夢 なぜあんなことが起こったのか、わたしには未だに分からない。ギリシャ神話に出てくる、エロスの悪戯だったのだろうか。あの夜を境に、わたしはhydeさんを恋するようになったのだから。

「HONEY」を筆頭に、3枚同時発売されたシングルたちがチャートをにぎわせていた夏。

ドラマをきっかけに彼らを知ったわたしも、なんとなくそのことをうれしく思っていたし、チャートの動きを気にしてもいた。けれど、わたしはあくまで、「あのドラマのエンディングを歌っていたグループだから」、応援しただけだったのも事実だ。

運命の夜。これも、日付は覚えていない。他のチャートでは「HONEY」はすでに下がり始め、それなりに残念だと思っていたときだった。少し遅れて、ある番組で「HONEY」が1位になった。そんな夜だった。

道に迷い、道路に立ち尽くすわたし。目の前を、まるで何も気づいていないかのように、何台もの車が走りすぎていく。泣き出しそうになりながら、わたしはそれでもじっと立っていた。

1台の車がスピードを落とし、止まった。ほっとする。

ドアを開けて、優しく手を差し伸べてくれたのは、hydeさんだった。彼のほかに、メンバーがもう一人乗っている様子だったが、誰かは分からなかった。

「家まで乗せていってあげるよ」

hydeさんの言葉に、わたしは何の疑いも持たずに車に乗り込んだ。

そこからのことが、どうしても思い出せない。次の記憶は自分の部屋の中。hydeさんがわたしの勉強机に向かって、サインをしてくれている。大きく書かれた「ひで」の文字。そのころわたしは、hydeさんのことを、ひでさんだと思っていたのだ。

もう一人のメンバーは、

「それだけじゃ分からないよ」

と言って、その下に「ラルクアンシエル」と書いてくれた。

目が覚めたとき、わたしの胸はなぜか高鳴っていた。恋人の夢を見た後のように。

まだ気づいてはいなかった。強い想いが育ちつつあることに。けれど、何かが動き始めていた。

(続く)

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