Six Strings

プロローグ

 眠らない町東京。だれもがうつむき加減に、そして足早に歩いていく。自分のことを考えるだけで精一杯な、人の群れ ―。

 そんな東京の街角で、彼は今夜もギターをかき鳴らす。数人の人が珍しそうに立ち止まることもあるが、その演奏を熱心に聞く者はいない。それでも彼は弦を弾き、歌いつづけるのだ。夢をかなえるために。

 夜遅くアパートに帰ってくると、彼はほっとため息をついた。今日1日の疲れが一気にあふれる。けれど、それは嫌な疲労ではなかった。充実感の伴う、さわやかな疲れ。

 パソコンの電源を入れる。毎日の日課になっているメールチェックだ。何通ものダイレクトメールに混じって、今日も彼女からのメールが届いていた。

 『元気?わたしは元気だよ。今日ね、コースの発表があったの。どきどきしちゃった。無事、日本文学コースにいけることになったわよ。祝って、祝って!で、そっちはどう?ライブ、うまくいってる?仕事にはもう慣れた?体だけは大事にしてね。それから、わたしが行くまで浮気しちゃ駄目だからね。じゃあ、今日はこれで。バイバイ』

 文面を読むうち、いつしか彼は笑顔になっていた。この明るく優しい言葉に、何度救われたことだろう。つらいことがあっても、彼女のことを考えると元気になれる。

 『よう。俺は元気だぜ。おまえも相変わらず調子いいみたいだな。コース決定、おめでとう。とりあえず、第一関門突破ってとこか?がんばれよな。俺も相変わらず。仕事は慣れてきたよ。まだ、へまやることが多いけど、仲間も優しくしてくれるし、なんとかなってる。お互い前向きに行こうぜ。んじゃ』

 軽やかにキーを打ち、送信すると、もう疲れは半分くらいなくなっているような気がした。後は寝るだけ。

 「明日は風呂入りに行こうかなあ」

 そんなことをつぶやきながら、彼はベッドにもぐりこんだ。

続く

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