「こらっ、待ちなさい!」
「嫌だー」
「イヤだもんねー、あっかんべー!」
「もうっ、この子たちは!」
今日も今日とて、アウドムラの朝はいつにも増して騒がしい。狭い通路を鬼ごっこのように駆け抜けていくのは、シンタとクム、そしてベルトーチカの三人だった。
「うわー、こらっ、通路で遊ぶんじゃない!」
シンタとぶつかりかけたクルーは、両手に抱えていた山のような資料を、通路中にばら撒きそうになり、思わず大声をあげた。
「遊んでないもーん」
「ごめんなさい…っ。待ちなさい、シンタ、クム!」
ベルトーチカはクルーに謝りながらシンタとクムを追いかけたが、チョロチョロと逃げまわる子ネズミのようにすばしっこいふたりを捕まえるのは容易なことではなかった。だが、どうやら神様はベルトーチカに味方をしたようだ。角を曲がったところで、シンタとクムはアウドムラのエースパイロットふたりと鉢合わせしてしまったのだ。
「こら、シンタ、クム。何を騒いでいる」
脇を走り抜けようとしたシンタとクムの襟首をひょいと掴みあげ、アムロは言った。
「あ、アムロだ」
「アムロだー」
ふたりは手足をバタバタさせながら、ふたつの声音で同じように喚いた。
「あ、アムロ。捕まえてくれたのね、助かった…」
やや遅れて角を曲がったベルトーチカは、アムロがふたりを捕まえているのを見ると、激しい息をつきながら言った。アウドムラ中を追っかけっこしたせいで、心臓はバクバク、膝はガクガク、いまにもその場にへたり込みそうだった。
「いったいどうしたんだ、ベルトーチカ?」
アムロは怪訝な表情でシンタとクム、それからベルトーチカに視線を向けた。昨日からベルトーチカはカラバの基地からこのアウドムラに連絡要員として乗り込んでいる。緊急の要請がなければ四、五日ほどアウドムラに滞在する、とハヤトが言っていたのをアムロは思い出した。四、五日あればベルトーチカとの親交をもう少し暖められるかな、とアムロはそんな甘い期待を持った。
「ああ、実は、この子たちにね――」
「ベルトーチカが苛めるんだよ、クワトロ大尉」
「苛めるのー」
ベルトーチカにみなまで言わせず、ふたりは膨れっ面でアムロの隣りにいたシャアに訴えた。シャアは軽く小首を傾げてベルトーチカを見た。
「苛めてなんかいません」
ベルトーチカも同じく膨れっ面のままで、ぶっきらぼうにシャアに答える。
はじめてシャアに会ったとき、ベルトーチカはシャアを怖いと思った。シャアの全身から威圧的なものを感じたからだ。だが、シャアがダカールで演説を終えた後、その素顔が思いのほか穏やかなことを知った。
少し前にアムロがベルトーチカに言ったこと――クワトロ大尉は本質的には優しい人、というのは、ベルトーチカにはまだ実感として掴めなかった。それでも、最近ではベルトーチカもシャアには好印象を抱きはじめている。もちろん、シャアが何事にも厳しい人だという印象は残っていたが、怖いという思いは以前に比べると薄れていた。
「シンタ、クム。目上の人を呼び捨てにするのはいけないな。ちゃんと、ベルトーチカさん、アムロ大尉、と言いなさい」
シャアはアムロの腕からクムを抱き取りながら、ふたりに諭すように言った。その声は普段のシャアとはかなり違った印象を受けるが、アムロは意外という気はしなかった。ブレックス・フォーラ准将が暗殺された後、どこからかこのふたりをシャアが連れ戻った、と話に聞いていたからだ。ふたりに接するシャアの態度を見ていれば、シャアがただの戦争好きな人間ではないということぐらいアムロにもわかる。
「はぁい」
小さな声がふたつ揃う。
「で、何事なのです? ベルトーチカさん」
ベルトーチカを振り返って、シャアは訊いた。
「このふたりに読み書きを教えようと思ったんです」
「読み書きを?」
シャアの声がわずかに驚きを伴なった。
「ええ。この子たち学校にも行っていないって言うし、この先、字も読めないのでは困ると思って」
「そうですか」
それは、と続けようとしたシャアを、シンタが遮った。
「勉強は学校でするものだろ。俺たち学校に行かないからしなくていいんだ」
「勉強しないと、ちゃんとした大人になれないのよ」
「なれるもん」
「字が読めないと、絵本も読めないでしょ」
「絵本なんか読めなくてもいいんだいっ!」
シンタは唇を尖らせ、怒って言った。何を言ってもこの調子、と言わんばかりにベルトーチカはため息をつき、アムロとシャアに向かって肩を竦めて見せた。ほとほと困ったという顔だ。
「シンタ、私もシンタぐらいのときに学校には行かなかったが、勉強はしたぞ」
見かねてシャアが口を挟んだ。
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