「不利だわ……」
革張りのゆったりとしたソファーに腰掛け、テーブルに散らばっていたカードをなんとなくカットしていたアイリーンがポツリと呟いた。
「なにがです?プリンセス」
酔い覚ましだろうか?
立ったままぐっと水を煽っていたロベルトが、不思議そうにアイリーンを見下ろした。
「カードゲーム」
アイリーンは、ロベルトほどとはいかないまでも、かなり手馴れた仕草でカードを数箇所に配っていく。
ゲームをするつもりはない。
だってここにはアイリーンとロベルトしかいないのだから……。
「どこがどう不利なんですか?」
アイリーンが綺麗に配ったカードの一つを取り上げたロベルトは、指先で僅かに広げて手札を見る。
手袋をしているとは思えない指捌きだ。
ロベルトが人前で白い手袋を外すことは無い。
もちろんカジノでイカサマをしかけている時でも。
イカサマは指先の感覚を限界まで鋭くして、人の目に留まらぬように行われる。
ロベルトのイカサマは超一流。
ロベルト=クロムウェルがイカサマをしていると誰もがわかっていながら、誰一人それを見破れないのだ。
その上、相手をあざ笑うかのように素手でゲームをしない。
指先の感覚が、イカサマには重要なのに……。
アイリーンは一流のギャンブラーと呼ばれる者を何人もカジノで見たことがあるけれど、ロベルトほどの技術を持った者は知らなかった。
他国出身ながら、数年でギルカタールの有力者となり、あまつさえ王女であるアイリーンの婚約者候補にまで上り詰めた男、ロベルト=クロムウェル。
アイリーンは両親との取引に勝つため、度々ロベルトと行動を共にするようになり、徐々に二人の距離が近づいていくにつれ、一緒にいる時間が長くなった。
最初は、昼間の戦闘に…。
次は、夜のカジノや酒場に…。
でも騙されるように、深夜ロベルトの部屋に持ち帰られたのは今夜が初めてだった。
あまりあっさり持ち帰られるのもなんだかな……、と思いつつも、嫌じゃないからついてきた。
嫌だったら、殺してでも逃げている。
嫌じゃないのだ。
悔しいけれど、アイリーンはこの少しふざけた、冷酷で残酷なキレたギャンブラーを気に入っていた。
うっかり騙されてやり、お持ち帰りされる程度には……。
「カードのイカサマって、やっぱり手が大きいほうがいい気がするもの」
「…何でです?」
「だって、女の手じゃ、カードが隠れないわ……」
言いながら、アイリーンがカードを片手で覆うが、微かに角が手の中からはみ出している。
それを見たロベルトは、ちょっと驚いてアイリーンに視線を向けた。
「隠す必要があるんですか?」
「え?」
「カード。どうして隠したいんです?」
「だって、イカサマするのに見えたらいけないんじゃないの?」
自分が言いたい事をすぐに理解してもらえなくて、アイリーンが少し怒ったように唇を尖らせる。
ロベルトは、そこで初めてアイリーンがカードを隠すなどと言い出したか分かって、呆れたように笑った。
「イカサマでカードなんて隠しませんよ」
「え?なんで?視線から外した一瞬にイカサマするんじゃないの?」
「隠した瞬間、イカサマだってバレるでしょうに。イカサマは堂々とやるもんです。オアシスで見せたのだって、隠してなかったでしょう?」
ロベルトは、にやりと笑うと、テーブルの上のカードを片手で掃うように集めた。
そして慣れた手つきで、パラパラパラとシャッフルを繰り返す。
何をするのか……。
アイリーンは興味津々に、トランプを扱うロベルトの長い指を見つめた。
何度かシャッフルとカットを繰り返し、カードが十分に混ざったとアイリーンが思った頃、ロベルトがすばやくテーブル上にカードを配っていく。
自分の前とアイリーンの前、あとは適当に三箇所、全部で5人分。
「どうぞ、プリンセス」
ロベルトに促されるが、彼が何をしたいのかよくわからない。
でも、とりあえずアイリーンは、目の前のカードを手に取った。
そして、カードを見て……。
「4カード…?」
アイリーンの手にあった5枚のカードのうち、4枚がクイーン。そしてもう一枚はスペードのエース。
ロベルトは口の端をすっと上げて、もう一度カードをテーブルに戻すよう指先で指示する。
彼が何を考えてるかわからず、アイリーンは首を傾げながらカードを置いた。
ロベルトは、再びカードを集めると、またシャッフルを始めたのだ。
「ロベルト?」
「イカサマはわからないようにするもんですよ。相手の目の前でね」
ロベルトは冷たいギャンブラーの顔で笑いながら、またさっきと同じようにカードを配る。
アイリーンは、今度はロベルトに言われる前に、自分の前に来たカードを手に取った。
「っ!?」
アイリーンの目に映ったのは、さっきとまったく同じカード。
クイーンが4枚とスペードのエース。
驚いて顔を上げた先で、ロベルトがすっと目を細めた。
「どうです?わかりました?」
「……わからなかったわ。何かしてるんだろうとは思ったけど…。お手上げよ」
「イカサマはね、どこでやってるかバレたらお終いですよ。俺はイカサマをする。それは誰もがわかってるけど、どうやっているかは誰もわからない」
「……そうね。オアシスでは、説明してもらったから分かったようなもんだわ」
「カードに、男も女も関係ありません。あんただって、場数を踏めば結構イケルと思いますよ」
「私は無理。でも、ロベルトだってカードに触らなきゃ、イカサマは出来ないわよね」
「まあ、そうなりますか?」
「………どうして疑問系なのよ?とにかく、あんたとの賭けに勝つには、触らせなきゃいいのよ」
アイリーンはそう言いながら、カードを一まとめにしてテーブルに山を作った。
「賭けなら、ゲーム以外でも出来ますけど?」
「え?」
「23枚」
「は?」
「あんたが、今、持ってるカードは23枚です」
「え?」
確かに、アイリーンは手に半分ほどのカードを持っていた。
ロベルトは、それを23枚だと言い切ったのだ。
「……嘘?」
「ホントですって」
「適当に言ったんじゃないでしょうね?」
「なら、賭けますか?」
なんでもすぐ賭けに持って行くのは、根っからのギャンブラーだからだろうか?
アイリーンは胡乱気にロベルトを見た。
「何を賭けるって言うのよ?」
アイリーンが乗ってきたのが嬉しいのか、ロベルトはすっと唇の端を上げ鋭い瞳で彼女を見据えた。
「それはもちろん、あんた自身を」
「……私を賭けたら、あんたは何を賭けるの?」
「俺?あんたが欲しいものならなんでも。一千万Gでも賭けましょうか?」
ロベルトはこともなげに、アイリーンが欲している金額を口にした。
一千万Gは欲しい。
自由になるために。でも……。
「一千万G?馬鹿にしないで。私はそんなに安くないわよ。賭けるのは、あんたの命。私が私自身を賭けるんだから、あんたも命賭けなさいよ」
アイリーンの強気の発言に、ロベルトが軽く口笛を吹く。
「それでこそプリンセスだ。いいですよ。賭けましょう、俺の命。どっちにしろ俺は勝ちますから。まあ、初めて負けてあんたに殺されるのも悪くない」
そうやって自分の命さえ賭けて面白そうに笑うロベルトは、やっぱり『普通』じゃない。
自分の生死さえ躊躇わずに賭けてしまえるキレたギャンブラーだ。
だからこそ生粋のギルカタール人より、らしいのかもしれない。
「後悔しないわね?」
「後悔?するわけがない。あんたを手に入れるチャンスなんですから」
アイリーンは、手に持ったカードを一枚ずつ数えながらテーブルに置いていった。
「18、19、20……」
手の中のカードはロベルトが示した数に近づいていくにつれ無くなっていく。
「……22、23」
はらりとテーブルの上に落としたラスト一枚のカウントは23だった。
「俺の勝ちですね」
カードを握っていた手を掴まれ、ぐいっと引かれる。
アイリーンの体はぶつかるようにロベルトの胸に倒れこんだ。
「……イカサマだわ」
「どこがです?」
「なにもかもよ……」
手袋をした指先に顎を掬い上げられ間近で見つめるロベルトの瞳。
うっとりと熱に浮かされたように瞳を閉じればゲームオーバー。
熱いキスを肌に感じながら、アイリーンは油断のならない男だわと考える。
いつの間にこんなにも好きになってしまったのだろう。
初めて感じる手袋越しでない大きな手が、アイリーンのボディラインを辿っていく。
今夜は負けてあげるわ……。
負けず嫌いのアイリーンは、心の中でそう思ってロベルトの背に腕を回した。
<終>
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