ピピピピピ・・・・





 私の眠りを破る、聴き慣れない軽い電子音。
 意識の覚醒と一緒に重たいまぶたを上げると、カーテンの隙間から光が差し込んできているのが見えた。




 ああ、もう朝?
 つまりうるさく鳴り続けるこの音は、目覚まし時計ね・・・。





 耳障りな音を止めようと手を伸ばすけれど、どこにあるのか掠りもしない。
 私は仕方なく肘を突いて起きあがり、その音の源を手に取った。
 ぽんっと軽く押せば、ぴたりと音が止まる。





「さてっと!」
 せっかく起きあがったからには活動しなきゃね。
 私はまずカーテンを全開にして、部屋の中をまぶしい朝の光で満たした。
 窓を開ければ朝のさわやかな風が入ってくるけれど、この日差しの強さなら今日も昼はうだるように暑いだろうな。




 うんざりと昼の暑さを思いながら、今まで寝ていたベッドを振り返る。
 シーツを洗濯したいけど・・・・。
 でも・・・・。




 あれだけ長く鳴っていた目覚ましにも、このまばゆいばかりの朝日にもまったく動じない人が一人・・・。 
 いや、少しだけ眩しそうに眉間に皺が寄ってる・・・。
 一応眠りは浅くなってるみたい。





 色素の薄いさらりとした髪。
 ピローに埋まった顔は、女の私が悔しくなるくらい綺麗。でも女っぽいとかじゃなくて、シャープなラインとかは男のもの。
 数日前に帰国したばかりで、まだ体内時計の狂いが残っていると昨夜言っていたから、なかなか目が覚めないのも仕方ないかな?
 でももともと寝起きはよくないんだけど・・・。





 無理に起こすのもかわいそうだし、先に朝ご飯の用意をしようかな。
 私は眠り姫よろしくベッドに横たわったままの彼に手を伸ばす。
 額にかかった髪をさらりとかき上げると、いつもは私よりもずっと大人な彼が少しだけ幼い表情に見えた。
「こんな顔見られるのって、私だけだよね・・・」
 いつもクールな顔で、感情をあまり表に出さない彼。
 この無防備な姿は誰も知らないははず・・・。
 そう思ったら、胸の奥が熱くなった。
 叫び出したいほどのこの熱い感情。
 この想いは言葉では表現なんてできない。
 ただ言えるのは、私のこの気持ちを引き出すのは目の前の彼だけ。
 静かに眠っているだけなのに、彼の存在が私の心をかき乱す。
 私は溢れそうな感情を抑え、そっと身を屈めて、そのなめらかな頬に唇を落とした。




「おはよう、月森くん」






   ++++++







 頬を撫でる風とまぶしさを感じて、俺はそれを避けるように寝返りを打つ。
 何で風が入ってきているんだ?しかも蝉の大合唱がダイレクトに聞こえる。
 夏の風物詩の一つといえど、ここまでくるとすでに騒音だ。
 昨夜はカーテンも窓も閉め忘れただろうか?
 




 何時か知らないが起きなければと思うけれど、なかなか体がついてこない。
 日本の夏特有の湿気が、暑さを倍層させる。
 朝からこれだと昼の暑さは・・・。
 うんざりとしながら、俺はゆっくりまぶたを上げた。





 
「おはよう、やっと目が覚めた?」
 くすくすと笑い声が降ってきたと思ったら、香穂子がベッドの上の俺を見下ろしている。
 いつから俺を見ていたんだ?
「・・・早いな」
「月森くんよりはね」
 いたずらっぽく首を傾げ、早く起きろと俺をせき立てる。
 まだ眠りを引きずっている体をのろのろと起こすと、裸の俺の肩にバスタオルがかけられた。
「シャワー浴びるでしょ?」
「ああ・・・」
 すでに香穂子はシャワーを済ませているらしく、その長い髪が僅かに湿り気を帯びていた。
 昨夜、俺の腕の中で見せた艶やかな姿はすっかりと形を潜め、いつものはつらつとした香穂子だ。
「シーツ洗いたいの」
 乱れたシーツは情事を思い出させるのか、恋人の声が僅かに小さくなる。
「ああ・・・」
 それでも寝起きが弱い俺の動きは遅い。
 早くー!と俺をベッドから追い出そうとする姿が愛しくて、ついもっと見たくなるのも動きたくない要因だが。
「月森くんったら。時間に間に合わないよ?」
「時間?」
 何かあったか?と目で問えば、香穂子は何言ってるの?と眉を上げた。
「火原先輩の教え子が吹奏楽の全国大会に出てるから聴きに行く約束したじゃない。それに星奏の吹奏楽部も出てるからって・・・」
「ああ・・・・」
「思い出した?」
「ああ。衛藤もいるんだったな」
「そうそう。久々にみんなに会えるね」
 香穂子はうれしそうに笑いながら、ピローケースを外している。
 俺は肩のバスタオルを取ると、一呼吸おいて立ち上がった。
「シャワー浴びたら、朝ご飯食べようね」
 朝日に負けないほど輝く笑顔で、俺を見上げる恋人に、できることならこのままベッドに戻りたい欲求が出てくる。
 しかしそれを実行すれば、あとがやっかいだ。
 だから・・・・。
「香穂子」
「何?」
 名前を呼んで、彼女をじっと見つめれば、俺の言いたいことに気づいた彼女の肌がうっすらと赤く染まる。
「月森くんって、こういうところはしっかりヨーロッパに馴染んでるよね」
 ぶつぶつ呟いていた香穂子は、すぐににっこりと俺に向かって今日一番の笑顔を見せた。
「おはよう、月森くん」
「おはよう」
 彼女を見下ろす俺の唇に、かかとを上げた彼女の柔らかな唇が触れた。







<終>