「にゃーーー!!」
「今日はダメだよ。一回洗濯してからな」
お店からずっと望美が大事そうに抱きしめていた紙袋を、ヒノエがひょいと取り上げた。
「にゃっ!」
「こら!」
お気に入りを奪い返そうと飛んでくる猫パンチを、ヒノエが笑いながら避ける。
そして猫パンチのお返しとばかりに、望美の頭を少し乱暴に撫で付けた。
「にぎゃっ!」
髪が乱れるっ!と、望美が俊敏な動きでヒノエの手から飛び退く。
そして慌てて手櫛で髪を整え始めた。
望美はお洒落にうるさい女の子。
ヘアスタイルを乱してくれたヒノエを睨みつけながら身づくろいをはじめた望美を、彼は楽しそうに眺めていた。
「にゃー、にゃー」
語尾に音符がつきそうな程、上機嫌な望美の鳴き声がバスルームから聞こえてくる。
おしゃれで綺麗好きな望美は、お風呂が大好きだ。
今ではヒノエが一人で暮らしていたときには考えられなかったバスグッズが、たくさんバスルームに並んでいる。
今日は望美の手が届かない棚の上のほうにしまっていたラベンダーのバスジュエルを欲しがったから、それを取ってやった。
それを使って望美はご満悦でバスタイムを楽しんでいるのだろう。
ヒノエは望美の声を聞きながら、パソコンに向かって持ち帰った仕事を片付けていた。
やがてガタガタと音がして、望美がバスルームから出てきたようだ。
がちゃりとリビングにドアが開く。
「にゃあ〜」
見て見て〜と、望美がヒノエを呼ぶ。
ヒノエはちらりと目を向けて、片手で頭を抱えて深く息を吐いた。
「お前、それ犯罪……」
「にゃっ!」
ヒノエの呟きを拾った耳が、ぴんと立つ。
聞き捨てならない言葉をこぼしたヒノエへ抗議して、望美は頬を膨らませてヒノエの頭をばしばしと叩いた。
「痛いな。似合わないとは言ってないよ。似合いすぎて犯罪なんだって」
ヒノエは笑いながら猫パンチを受けつつ、望美の手を掴んで止めた。
「に?」
どういうこと?と大きな瞳をくるくるさせ、望美は首を傾げた。
「誘っているかと思われるぜ?それ」
望美が着ているのは、昨日ヒノエに我侭を言って買ってもらったばかりのピンクのベビードールだった。
白い太腿も露なふわふわのベビードール。
望美がヒノエに見せびらかすようにくるんと回ると、柔らかい裾がふわりと踊る。
「にゃ〜」
似合うでしょ〜、褒めて〜と言う声が聞こえてくるようだ。
「似合うよ、とても可愛い」
望美がいつもくつろいでいるソファに座って、ヒノエがにやりと笑う。
その軽い言い方が気に入らなかったらしく、望美は床に膝を付いてヒノエを上目遣いに睨みつけた。
その潤んだ瞳に、ヒノエの視線が奪われる。
ヒノエは肩をすくめて、望美の身体を抱き寄せた。
ふわりとラベンダーの甘い香りが、ヒノエの鼻腔を擽った。
「お前はほんとに性悪猫だよ」
「んにゃ?」
「……オレを誘っているのかい?」
白いふわふわな耳へ、声を潜めて囁けば、望美の白い頬がぱあっと赤く染まった。
「にゃっ!!」
違うの!と、望美がヒノエの肩を叩く。
それを笑って受け止めながら、ヒノエは抱きしめた望美の喉を指先でくすぐった。
望美は気持ちよさそうに目を細め、ごろごろと喉を鳴らす。
そんな無防備な姿を見つめ、ヒノエが苦笑した。
「お前さ、箱入りにもほどがあるぜ?もうちょっと男を警戒しなよ。………オレを含めてね」
ヒノエの言葉を聞いているのかいないのか。
望美はヒノエの腕の中で、気持ちよさそうに目を閉じた。
<終>
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