猫は好奇心旺盛。
それをついうっかり忘れていたオレも悪いけどさ……。
食事の途中で寝てしまった可愛い猫を抱き締めて、オレはやるせない息を吐いた。
夕飯の最中に鳴った携帯電話。
表示されたのは、オレの仕事相手からだった。
ベルの音に反応してピンッと耳を立て、食事の手を止めてしまった白猫。
様子を見るようにオレを見つめる彼女の頭を軽く撫で、オレは携帯片手にリビングを出た。
それが間違いだったんだよな……。
電話の内容はちょっと込み入ったもので、意外と長くかかってしまった。
それでも細かいところは決まらず、明日直接会って話すことで通話を終えた。
まったく面倒なことになったと思いつつ、リビングに戻ったら……。
「にゃん!」
「うわっ!」
いきなり望美に猫タックルを食らってしまった。
細い女の子の身体といっても、油断しているところに不意打ち。
突然の事にうまく受け身が取れず、オレはみっともなく望美に押し倒され、背中を壁に打ちつけてしまう。
………可愛がってる猫に襲われるのか?オレは?
「にゃ〜ん」
「どうした?望美?」
意地っ張りな望美にしては珍しい甘ったれた鳴き声を上げ、オレに顔を摺り寄せてくる。
「にゃ〜」
「ん?どうした?」
ペロリと頬を舐められ、オレは苦笑しながら、望美の頬を撫でた。
まったく突然、何を考えているんだ?この可愛い姫君は。
「にゃ」
オレに撫でられてますます機嫌をよくしたらしい望美が、首を伸ばして舌を出し、オレの唇を舐めた。
その柔らかさよりも先に気づいたのは…。
「お前っ!酒くさいぞ!?」
やばい!とテーブルに目を向けると、オレが自分用に用意していた日本酒が綺麗さっぱりグラスの中から消えていた。
「望美……。飲んだな?」
「にゃ〜ん」
オレが悪戯を咎めて睨んでも、目元を桜色に染めた猫は、白く長いしっぽを揺らしながら、反省の色なんか一切見せず上機嫌に鳴いた。
「望美、メシが途中だろう?」
オレの上でゴロゴロと喉を鳴らして懐く望美を、可愛いと思いつつ引き離そうとするけど……。
「にゃ〜」
オレが本気じゃないと分かっている酔っ払い猫は性質が悪い。
望美は可愛らしく鳴きながらじゃれてきて、何かをねだるようにオレの顎先を舐めた。
メシのことなんか、すっかり忘れているらしい。
酔っ払っているから、いつもの思慮深い望美ではなく、我侭になっているみたいだ。
たしかに、最近忙しくて、あまりかまってやれなかったけどね……。
オレは望美が預けてくれる身体の重みを心地よく受け止めながら、溜息を吐いた。
「にゃ〜」
オレが動かないから、望美が少し不安そうで哀しげな鳴き声を上げる。
……どうして、そう可愛いかな?
庇護欲をかきたてられる頼りない鳴き声。
まったく、オレも望美には甘すぎる……。
「望美…」
望美が何をねだっているか分かっているオレは、彼女の髪を梳いて耳にかけ、誘いを込めて名を呼んだ。
「な〜ぅ」
「おいで……。ほら、舌だしな」
「にぃ」
望美の耳がオレの声を拾って、ふるんと揺れた。
望美は鼻先が触れそうなくらいの距離で、素直にピンク色の舌を覗かせる。
「可愛いね、姫君」
オレが笑うと、望美も嬉しそうに目を細める。
愛らしいおねだりをする望美の頬を手で包み、覗いているおいしそうな舌にオレの舌を絡めてやる。
「にゃう」
小さく甘く鳴いた望美の唇を軽く吸うように塞ぐと、望美は積極的に舌を使って舐めてきた。
それに応えてやりながら、オレは彼女を宥めるようにゆっくりと背中を撫でる。
触れられて気持ちがいいのだろう。
望美は喉の奥で鳴きながら尻尾を揺らす。
オレも望美とのキスは嫌いじゃない、というか、好きだ。
どんな女と交わすキスより、望美とのキスが甘いと思う。
キスに味があるわけじゃないけど、その空気と唇から伝わる想いが純粋で甘い。
望美は普段、気まぐれで気高くて、こんな直接的な行動には出ないのだけど。
だからこそ落とす楽しみがあるけどね。
でもたまには、こんな甘ったれた可愛いしぐさもいい。
舌を鳴らして絡めあって。
オレまで獣になった気分で、心を通わすのも悪くない。
ふんわりと香るアルコールと望美の甘い匂い。
どんな美酒よりも馨しいそれを、オレは思う存分味わった。
やがて……。
望美の反応が鈍くなってきたところで、オレは唇を離して彼女の頭を自分の胸に抱いた。
望美の口の端から流れたオレと彼女の混ざり合った唾液を指先で拭い、オレ自身は肩口のシャツで口元を拭いた。
すでに望美の瞬きは、ゆっくりと気だるげなものになっている。
「眠たいなら、寝ていいよ」
「なぁ〜」
力ない小さな返事。
望美の髪を優しく撫でていると、やがてすやすやと気持ちよさそうな寝息が聞こえてきた。
やれやれ……。
酒は絶対に飲むなと、この部屋に来る前に望美の育ての親でもあるブリーダーから、きつく言い聞かされているはずなんだけど……。
好奇心には勝てなかったらしい。
オレの身体をベッド代わりにして眠っている白猫を見下ろし、仕方ないやつだと笑うしかなかった。
「……お前、起きたらお仕置きだからな」
軽く指先で額を突付いたが、望美は軽く眉を寄せただけで、無防備な寝顔を見せていた。
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