注意!


後編は、艶めいたシーンがあります。
同人誌で発表したものよりもソフトになるよう、修正しましたが行為自体は想像できます。
お嫌いな方はご注意くださいませ。
でもしょせん伊吹が書くものですから、期待されてもがっかりするのがオチです(笑)

それでもいいよーって方は、ずずずいっとスクロールしてくださいませ。

































 甘い愛の言葉を幾千囁くよりも、今はだた一番気持ちを伝えられる柔らかい部分を触れ合わせていたい。
 宴の喧騒を遠くに聴きながら、二人は優しく抱き合って口付けを交わす。
 小鳥のように戯れて啄ばみ、微笑みあって、熱く深い接吻を求め合った。
 ヒノエが望美の帯に手を伸ばすと、それに気づいた望美が思わずその手に手を重ねた。
 重ねたヒノエの唇が、苦笑を描くのを感じた。
「……怖い?」
 言葉を発する間も唇を離すのが惜しくて、口付けで色づいた望美の下唇を甘く噛む。
 それにさえ感じて零れ落ちる望美の吐息は、熱く甘くてヒノエを喜ばせてくれた。
「……怖くないよ……。ただ……」
「ん?」
「見られたくないの………」
 言いながら望美が体を引いたのは、乙女らしい恥じらいの所為だと思ったヒノエが、ふっと吐息を漏らした。
「姫君は可愛いね…」
「だって……」
「オレは姫君のすべてを見たいよ?そして姫君にもオレのすべてを見て欲しい……」
「……お姫様なんかじゃないもん…」
「望美?」
 寂しげに落とされた声は、ヒノエの甘い言葉をさらりと流すいつもの軽いものと違って、ヒノエは愁眉をひそめた。
「私の身体、傷だらけだから…」
 ぽつりと呟き、望美はきゅっと唇を噛み締めて俯いた。








 怪我なんて怖くなかった、自分が傷つくよりも、誰かが血を流すほうが怖かった。
 だから、望美は怨霊に果敢に立ち向かって行ったのだ。
 自分のせいで誰かを傷つけるよりも、自分が傷ついても皆を守ろうと思ったから。
 だから、自分の身体の傷を気にしたことはなかった。
 自分が傷つくことで、誰かを守れるならそれでいいと思っていた。






 でも、今……。






 大好きなヒノエの腕に抱かれる時に、女としての自分が目覚めた。
 ヒノエがたくさんの女性と共に過ごした事があるのは知っている。
 ヒノエも下手な隠し事などせず、過去の恋愛遍歴を認めたうえで、今は望美だけだと囁いてくれていた。
 正直に話してくれたからこそ、望美はヒノエを信じられたのだ。
 きっと隠されたり誤魔化されたりしたら、ヒノエの想いを信じることなんて出来なかっただろう。
 でもそのヒノエの過去が、今の望美を小さな棘のように苛む。








 ヒノエが他の女性を愛した事実が辛いんじゃない。
 ヒノエが愛でてきた美しい姫君たちと違う、醜い傷を負った自分の身体を見られるのがたまらなく嫌だった。
 誰よりも愛しているヒノエの前では、一番綺麗な女でありたい。それは女として、当然の思いなのかもしれなかった。
「……望美は綺麗だよ」
「…うん、ヒノエくんならそう言ってくれると思った……。でも、私はやっぱりヒノエくんに見られたくない……」
 ヒノエの甘い言葉も、望美の躊躇いを取り払うことなど出来ない。
 身体に刻まれた傷跡。それは望美の戦いの歴史。
 そして運命を上書いていった、罪の歴史。
 できるならば、それをヒノエに見て欲しくなかった。
 好きだからこそ、望美の罪など何も知らずにいて欲しい……。
 自分の想いのために、運命を変えた勝手な自分を知られたくなかった。









「お願い……。見ないで……。私を抱くなら暗闇で抱いて。その瞳を閉じて愛して……」
 花嫁が初夜に願うものではないと承知している。
 でも、やっぱり好きな人には醜い自分は見て欲しくなくて……。
 切なげに顔を曇らせて俯いてしまった望美を、ヒノエは下から覗き込んで、またその唇を奪った。
「愛しい姫君の願いなら、何をおいても叶えてあげたい……」
「……ヒノエくん」
「でも……」
「きゃっ!」
 帯の結び目に手をやったままだったヒノエが力を込めたと思った瞬間、望美はヒノエに胸元を押されて仰向けに転がされた。
「そのお願いはきけない、かな…?」
 あっという間に解いてしまった望美の帯を投げ捨て、ヒノエは手に入れたばかりの女を覆いかぶさるようにして見下ろした。
「ヒノエくん……」
「お前が好きだよ…。お前はオレの心と体を奪ったんだ……。だから、オレもお前が欲しい」
「でも…」
 言い募ろうとした言葉は、ヒノエの唇で遮られてしまった。
「オレはお前のすべてを暴きたい…。お前のすべてを抱きたいんだ……」
「ヒノエ、くん…」
「だから、ごめんな。そのお願いはきけない…」
 優しげな口調だけれどそれがヒノエの本心で、この月明かりの中で望美を抱こうとしていることは肌で感じた。
 だから望美はもうそれ以上何も言わず、ただ自分の体の傷を目の当たりにした時のヒノエの表情を見たくなくて、静かに瞳を閉じた。
 











 まるで大陸から渡ってくる白磁を扱うように…、いや、それ以上の慎重さで、ヒノエは望美の纏う衣を開いていく。
 冷たい銀の月明かりに浮かぶ望美は、肌が外気に触れた瞬間僅かに体を震わせた。
 袷を少し開いただけで覗いた、けぶるような白い肌に走る、幾すじもの傷跡。
 すでに肌と同化して、僅かな盛上がりをみせているものから、まだ赤みを残した痛々しいものまで……。
 ヒノエはぎりりと唇を噛み締めて、顔を歪めた。
 守りきれなかった自分の不甲斐なさに腹が立つ。
 どれだけ痛い思いを、辛い思いをしただろう……。
 白龍の神子と祀り上げられながら、彼女は戦場でどんな想いを抱えていたのか……。
 わかっているつもりだった。守っているつもりだった。
 けれど、彼女の心と体に残る傷は、ヒノエの視線を拒むほど深くて……。
「………みっともないでしょ?」
 目を閉じたまま切なく微笑む望美が、健気で愛しく……哀しい。
 袷を少し開いただけで、動きを止めてしまったヒノエをどう思ったのか、望美は開かれた胸元をそっと手で覆い隠した。
「ごめんね………、綺麗じゃなくて、ごめん……」
「……謝るな」
「醜くて、ごめん……」
「そんな事言うなよ」
「でも…」
 なおも言い募ろうとした唇を、ヒノエは自分の唇で塞いだ。
 もうこれ以上、望美の哀しい言葉なんて聞きたくなかった。
 彼女の深い傷を、少しでも癒したいと思った。
「お前の言う綺麗ってなんだよ?……お前は、誰よりも綺麗だよ。サイコーだよ……。この傷ひとつひとつ、お前が生きてきた、この世界を守った証だろ?どうして恥じるんだよ!?」
「だって、こんなに傷だらけで…」
「だから何?……オレは、お前が好きなんだぜ?それだけだ」
 傷なんて関係ない。
 ヒノエは望美という存在に惹かれているだけなのだから。
「ヒノエくん……」
 ヒノエは優しい口付けを降らせながら、望美の肌に手を這わせて邪魔な衣をすべて落とした。













「……これ…」
 ふと目に付いた、肩にある一際酷い傷跡。これは……。
「……矢傷?」
 ヒノエは訝しげに眉宇を寄せ、引きつった皮膚に触れた。
 これほどの傷、掠ったんじゃない、確実に望美の肩に突き刺さったはずだ……。
 だが……。
「……いつ、矢を受けた?……あの半月の間か?」
 望美に問いながら、そんなはずはないとヒノエは思った。
 熊野水軍を引き連れて現れたヒノエを出迎えた望美は、そんな怪我などしていなかった。
 これほどの矢傷が、短期間で完治するわけがない。
 それに、もし望美が大怪我をしていれば、誰かが必ずヒノエに告げるはずだった。
 だが、それもない……。
 ヒノエの知らない、望美の肩に残った深い矢傷……。
「……福原…」
「望美?」
 望美が落とした微かな呟きを拾うことが出来なくて、ヒノエは目を眇めた。
 望美は泣きそうな顔で、瞳を開けてその矢傷に目をやった。








 あれは何も知らない望美が一番最初に選んだ運命だった。
 八葉を、朔を、白龍を失って、自分だけが何も出来ずに生き残ってしまった運命…。
 戻った向こうの世界で、雨に打たれながら慟哭した。
 そして、白龍が命を懸けて渡してくれた逆鱗を使って、運命を書き換えることを選んだ瞬間だった。
「………ごめんね……」
「……何故、謝る?」
「言えなくて、ごめん……」
「望美?」
 望美はヒノエから視線を逸らせたまま、震える声でただ謝った。
 まだ言えない。
 書き換えた運命のことは、まだ口に上らせることは出来ないから。
 あの運命を言葉にしようとすれば、涙が溢れて息が出来なくなってしまうから。
「……今は、聞かないで……。お願い……」
「けど、この傷は……」
 言い募ろうとしたヒノエの唇を、望美の指がそっと塞いだ。
「聞かないで………」
「………」
「本当はこの傷の事、誰にもに知られたくなかったの……。でもいつか、必ずヒノエくんにだけは、話すから………。だから、私が話せるようになるまで待っていて……。お願い…」
「……お前は、お願いばかりだね…」
 ヒノエは苦笑をもらし、望美の肩の傷に口付けた。
「ん……」
 すでに塞がった傷口に傷みはないはずなのに、望美はヒノエの口付けを熱いと感じ小さな吐息を漏らした。
「お前が、誰にも言えない何かを抱えていることは、薄々気づいていたさ。………望美が話したくないなら、それでいい……」
「ヒノエくん……」
「でも、頼む。一人で抱え込んで苦しむのはやめてくれ。……お前には、いつだって笑っていて欲しい……。オレの我侭だけどね……」
 ヒノエに切なげな目を向けられ、望美は躊躇いながらも少しだけ首を縦に動かした。
「うん……。いつかヒノエくんには、話せる日が来ると思ってる。ただ……、今は言葉にすることができないの。だから、もう少しだけ待って……」
「ああ、いつまでだって待つさ。……オレ達は、これからずっと一緒だからね……」
「………ヒノエくん」
「オレの傍に、いてくれるだろ?」
「………うん」
 淡く微笑んだ望美がヒノエの頬に手を添えて、ヒノエの顔を引き寄せた。
 今にも泣きそうに瞳を涙で潤ます望美を、ヒノエは宥めるように導かれるまま彼女の額に己のそれを軽く当てた。
「傍にいるって誓うよ……。だから、ヒノエくんも私の傍にいて……」
「ああ、お前がどんなに嫌がろうとも、オレはお前を離さないよ」
 望美の唇が、声を発せずにヒノエの名を形取り、嬉しさと喜びと切なさを混じらせ、そっとヒノエの唇に口付けた。
「望美……」
 初めて望美から贈られた接吻を、ヒノエは少しの驚きと隠しきれない喜びを見せて受けとめた。
「向こうではね、誓いの言葉の後に誓いのキスをするの……」
 恥ずかしそうに頬を染めた望美が、そう言いながら自分が口付けたばかりのヒノエの唇を軽く親指で撫でる。
 望美が口にした、初めて耳にする『キス』という言葉が、口付けの意味なのはすぐにわかった。
 だからヒノエも、月光にさらされた望美の素肌、その肩に残る矢傷を手で覆い、鼻先が触れそうな距離で望美の瞳を見つめた。
「オレはお前に『ヒノエ』という男のすべてを捧げると誓う。絶対に、お前を離したりしない……」
 望美の唇に落とされたキスは触れ合うだけのものだったけれど、痛いくらいのヒノエの本気が伝わってきて、思わず望美は瞳から涙を零した。







「……ん、…ぅ」
 望美の肌に残った傷を、ひとつひとつ癒していくかのごとく、ヒノエが優しく唇で触れ舌を這わす。
 そのたびに望美の唇から、吐息と一緒に艶やかな声が漏れた。
 月明かりに浮かぶ望美の体は綺麗で、その肌に刻まれた戦いの証は、ヒノエの胸を愛しさと哀しさで締め付けた。
 そしてヒノエは強く思う。
 もうこれ以上、望美を傷つけたりしないと。
 守り抜く。
 誰よりも何よりも大切な存在を。
 たくさんの大切ななものよりも、ヒノエを選んでくれた望美を……。
 この身をかけて守り抜く。
 ヒノエは、己自身に誓い、望美を抱きしめた。
 






 ヒノエはどこまでも優しくて、望美を切なく幸せにしてくれた。
 自分に触れるヒノエの指先も唇も、何もかもが嬉しくて、恋人に与えられる初めての感覚に戸惑いながらも、望美は素直に声を上げていた。
 望美は二度、自分を支えてくれたヒノエを失った。
 みんなを助けるために、彼を取り戻したかった自分のために、望美は逆鱗を握り締めて運命を遡った。
 望美が認めなかった運命の先にいた彼らは、いったいどうなったのだろう?
 それさえも考えず、望美は人の身でありながら運命を書き換えるという罪を重ねた。







 それはきっと許されることではないけれど……。
 でもそれでも、この罪を抱えて望美はヒノエと共に生きたいと願った。






「ヒノエくん……」
 






 名を呼ぶだけで、どうしてこれほど愛しく幸せになるのだろう。
 ヒノエのくれるすべてのものが、望美を満たしてくれた。








「やあっ!いたっ…くぅん!」
 体の中の柔らかい部分を突き破る痛みに、望美は顔を顰め白い喉を逸らした。
「……望美」
 破瓜の痛みに耐え、苦しげな吐息を漏らす望美へ、ヒノエは想いを込めた囁きと口付けを贈った。
 ヒノエに十分慣らされていたからだろうか?恐れていたほどの激痛には見舞われず、体の奥までヒノエの熱を感じた望美は深く息を吐いた。
「……大丈夫か?」
 己の男としての衝動を僅かに残った理性で抑え、ヒノエは望美の顔を覗きこんだ。
 涙で濡れた睫が震えながら開かれる。
 そして間近にあるヒノエの紅蓮の瞳を見つめて、望美は痛みに震えながらも小さな笑みを見せた。
「……大丈夫……。痛くても、ヒノエくんがくれるものだから……。とても優しい、嬉しい痛みだから……」
「お前、今この時にオレを悦ばせてどうするんだよ……」
 唇の片端を上げ、ぞくりとするほど艶やかな笑みを見せ、ヒノエは望美の肩を強く褥に押さえつけた。
「え?」
「たまんねぇ……」
「あ、やっ……、急に……動かな…んんっ、ぁん」
 望美の身体を貫いた初めての痛みと共に沸きあがってくる、例えようの無い快さ。







 自分の中に感じる、ヒノエの存在が不思議だった。
 ひとつになるとはこういう事かと、快感の波に飲まれ薄れゆく思考の中で思った。
 愛しくて、離れたくない。
 出来るならこのまま溶け合ってしまいたい……。







 何よりも大切で、誰よりも一緒にいたいと願った人……。







 嬌声を放ちながら、望美はヒノエに強くしがみついた。








 降り注ぐ月明かりの中で、あえかに喘ぐ望美を見つめながら、ヒノエは深く強く望美を探る。
 誰も知らない彼女の奥へ、自分を刻み込ませるために。








 女をこれほど愛しいと想い、己の意識すべてを向けて抱いたことなどなかった。
 女と共に過ごしても、自分はいつだって熊野別当だった。
 己を忘れ、女にのめり込んだことなどなかった。







 だが……。







 望美は、ヒノエをただの男にしてしまう。
 望美を愛するだけの愚かな男に……。







「望美、望美っ」
 頭の中に浮かぶのは、ただ腕の中の女の名だけ。
 ヒノエは美しい瞳から零れ落ちる涙を舌で味わい、愉悦の声を耳で楽しんだ。






 穢れない天女をこの地に縛り付けるために、ヒノエは望美を抱く。







 望美が愛しすぎて気が狂いそうだ。
 彼女が何か秘密を抱えていることは、出会ったときからなんとなく感じていた。
 春の六波羅で聞いた、可愛らしい彼女の第一声……。
 その時から、ヒノエは望美に惹かれていた。
 龍神の神子としてではなく、望美本人に興味を持った。
 いつでも気丈に微笑みながら、その瞳の奥に何かを隠していた望美に……。





 焦がれて焦がれて、やっと手に入れた望美。





 誰にも渡すものかと周りを牽制し、望美には心からの言葉と想いを贈った。





 それを受け取ってもらえたときの喜びを、望美は知っているだろうか?
 自分の大切な世界よりも、ヒノエの傍を選んでくれたとき、不覚にも涙が零れそうになった。
 




 奇跡のようにヒノエの元に舞い降りた天女……。





 ヒノエは決して離さないと誓う。
 そしてヒノエは無垢な乙女に、自分の印を刻みこむ。







「望美?」
 初めての睦みあいで、望美は意識を飛ばしてしまったようだった。
 荒い息をつきながら、ヒノエは望美の首筋に頭を落とした。
 そしてその柔肌を強く吸い上げる。
 くっきりと咲いた紅い華。
 情事の間、望美の白い肌にたくさん咲かせたけれどまだ足りない。
 もっと咲かせて、望美が誰のものか知らしめてやりかった。
 周りのものじゃない、望美自身に。
 離さないと誓った、その想いを少しでも形にしたくて……。








「……ヒノエくん」
 瞳を開けて、最初に飛び込んできたヒノエの美貌に、望美は頬を染めて笑った。
 ヒノエはそれに目元を和ませて応えてやりながら、望美の唇に小さな音を立てて口付ける。
 身体を重ねた後のヒノエは、いつにも増して優しく甘い。
 余韻を楽しむように、望美の肌に触れるヒノエがなんだか恥ずかしくていたたまれない。
 それに情事の後の身体が気になって……。
「シャワー浴びたい……」
 ついついポロリと呟いてしまった。
「何?向こうの言葉かい?」
 聞き慣れない言葉を耳にし、それを面白そうに問い返してきたヒノエが、望美を優しく抱きしめてくる。
 その優しい腕に応えるように、望美はヒノエの背に手を回した。
「うん、ごめんね……。お湯を使いたいなって……」
 こんな時に、向こうをヒノエに連想させてしまった望美は、申し訳なくて少しだけ顔を曇らせた。
 だがヒノエは軽く笑って望美の頭を撫で、ころりと寝転んだ自分の上に望美の体を抱き上げたのだった。
「謝るなよ。お前が使う向こうの言葉は好きだぜ。何か不思議でさ。……お前は我慢しなくていい、無理もしなくていい。自然でいろよ。向こうを思い出したっていい。……ずっとオレの傍にいてくれるんだからね」
 望美は戸惑いも見せず、真摯な表情で深く頷いた。
「うん……。ありがとう……。私はずっと傍にいるよ。ヒノエくんの傍がいいんだもん……」
 そしてはにかむような笑顔を見せた望美は、汗で張り付く髪を軽く払った。
「湯、使いたい?用意させようか?」
 激しい情事でべたつく身体を気にする望美を、ヒノエが気遣って誰かを呼ぶ素振りを見せたとたん、望美は血相を変えてヒノエを止めた。
「いいっ!絶対嫌だ!」
 驚いたのはヒノエだ。
 湯を使いたいと言った望美本人が、いらないと思いっきり首をふるなんて……。
「でも、身体拭きたいんだろ?」
「そうだけど………、でも……」
「ん?」
 落ち着き無く視線を動かし、ぼぞぼぞと俯きながら言葉を濁した望美を軽く揺すり、ヒノエは望美に先を促した。
 すると、望美は微かな声でその本心を呟いた。
「……恥ずかしいもん」
「お前…」
 望美がどうしてヒノエの申し出を拒否したか理解したとたん、突然笑い出したヒノエの肩を、望美は膨れて軽く叩いた。
「ヒノエくん!」
「あのさ、望美。湯を使ったって使わなくったって一緒だぜ?」
「何がよ」
「祝言の夜にオレがお前に何してるかなんて、皆知ってるからな」
「〜〜っ」
「初夜だぜ?当たり前…」
「もう!言わないでっ!!」
 真っ赤になった望美が、ヒノエの口を手で塞いだ。
 初心な望美の恥ずかしがりようを、ヒノエは喉の奥で楽しそうに笑う。
 そしてヒノエは、自分の口を押さえつける望美の手の平に軽く舌を這わせた。
「ひゃ…」
 くすぐったさに望美が慌てて手を引く。
 そして余裕のヒノエを、望美が睨みつけた。
「もう!ふざけないでよ」
「ふざけてなんかないさ。ただ、嬉しいんだよ…」
「ヒノエくん?」
 ふわりと和らいだヒノエの顔を覗き込むと、ヒノエは望美の頭を自分の胸にそっと抱きしめた。
 ヒノエの胸に直接触れた望美の耳に、情事の名残の少しだけ早いヒノエの鼓動が伝わってきた。
「お前と祝言を挙げて、この腕に抱いて、やっと名実共にオレのものに出来た。それが嬉しい……」
「ヒノエくん……」
「お前は、オレの女だ…」
「うん。そうだよ。……でもね」
 望美はヒノエを見上げ、彼女らしい勝気な表情を浮かべた。
「望美?」
「ヒノエくんも、私の男、だよ?」
 望美はヒノエを惹きつけてやまない強い眼差しを向けて、鮮やかに花開くかのごとく微笑んだ。







「好きよ、ヒノエくん……。愛してる…」
「ありがとう……。愛してるよ、望美」
 





 生まれたままの姿で、他に何も邪魔するもののない抱擁。
 お互いの熱を分け合い昂めあって、二人は神聖な夜に誓い合う。






 もう離れはしないと……。









<終>