おめでとうって気持ちを一番にあなたに伝えたいから…。






『あなたの声』





 年末恒例紅白歌合戦が終わった頃、こたつの上にあったあかねの携帯が揺れた。





「あかね!携帯鳴ってるぞ!!」
 こたつで酒を飲んでいた父が、母親と一緒に台所に立っていたあかねに声をかけた。
 それを聞いたあかねが、エプロンの紐に掛けたハンドタオルで手を拭きながら慌てて部屋に入ってくる。
「ありがとう、お父さん」
 すぐに鳴り終った携帯の背面画面に、メールの着信を告げるアイコンが点灯していた。
 あかねは携帯を開いてメールをチェックする。
「あ…」
 メールの差出人を見て、ふわりとあかねの表情が柔らかくなった。
 頬がほんのり染まったのは、部屋が暖かいからばかりではないだろう。
 それだけで、メールの相手が誰だがわかってしまった。





 
 そんな娘の小さな変化を、内心面白くなく思いながら父親はクイッとお猪口を空にした。






「お母さ〜ん!今から初詣行ってもいい?」
 携帯を持ったまま、お節の最後の仕上げをしていた母親の元へ、あかねが駆けて行く。
 自分より母親にまず了解を貰うのも気に食わない……。
 キッチンからは母娘の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。





 春、高校に入学した頃から、あかねはすっかり娘らしくなった。
 子供子供したところが減り、仕草も女らしく美しくなっていく。
 まるで蛹から蝶になるように……。
 男親としてそれがうれしくもあり、いつまでも自分の保護下に留まってくれない淋しさもあった。
 でも仕方ないとも思っていた。
 それが成長なのだと思って……。





 しかし!
 娘の成長の一端を、男が関係しているなら別だ。
 あかねが男と付き合っているのは薄々感じていた。
 確かに、同じ年頃の自分にも覚えがあることだ。
 あかねも同級生や先輩と付き合っているなら、ここまで腹も立たなかったはずだ。
 だがしかし!!
 あかねが選んだ男はずいぶんと年上の社会人だった。
 どこで出会ったのか分からないが、平凡なサラリーマンである自分には文句のつけようの無いエリートである。
 それも面白くない。
 しかも、あかねよりも父親の自分に年が近いという、かなりの年上。





 まったくもって気に入らない……。





 それなのに……。





「お父さん、私初詣行ってくるから!」
 母親の了解を貰ったあかねが、再び顔を覗かせて笑った。
「………ああ」
 ダメだ!と言いたい。でもあかねのうれしそうな顔を見ると、どうしても言えない。
 せめてもの意思表示に、思いっきり不本意なのだと顔を顰めて見せるだけだ。
 相変わらずの父の様子に、あかねは溜息を吐きつつ苦笑した。





 父が友雅を良く思っていないことは知っている。
 母に相談したら「男親は娘の彼氏が誰だって気に入らないものよ」と笑っていた。
 





 春に京という異世界で出会ったあの人…。
 一緒に過ごした時間は短くても、誰よりも大切な人になった。
 いつもいつも一番にあかねの事を考えてくれる優しい人…。
 自分の世界を捨ててこちらに渡ってきた時だって、きっと色々辛いことは戸惑うことがあったはずだ。
 それなのに、あの人はいつでもあかねの事を思いやってくれて……。






 企業のトップに立つ彼は、いつでも忙しい。
 あかねが驚くようなハードスケジュールをこなしていく彼の健康を、どんなに心配しただろう。
 その度に、彼は艶やかに微笑んでくれた。






 この年末も、ギリギリまでアメリカに行っていた。
 疲れているだろうに、以前あかねが言った事を覚えていてこうしてメールをくれた。






 それがとてもうれしい……。






 あかねは自室で慌てながら、それでもお気に入りの服を選んで着替えた。
 淡いピンクのモヘヤのセーター、花柄のスカート、そしてお気に入りの白いコートは襟にファーがついたもの。
 あかねは時計に目をやって時間を確認し、わたわたとバッグを掴んで部屋を飛び出した。
 





 階段を慌ただしく駆け下りてくる娘に、母親が苦笑してキッチンから顔を覗かせた。
「静かになさい!」
 怒られてあかねは肩をすくめてペロリと舌を出して見せる。
「ご迷惑かけちゃだめよ?」
 母親の注意に軽く頷き、あかねはひらりと手を振って玄関へと駆けて行った。
 慌てふためいてドアを開ける音がする。
 そして、再び家の中に落ち着いた雰囲気が戻ってきた。






「あかねは行ったのか?」
「ええ、慌ててね」
「なんだ?行ってきますも言わないで…」
「ふふ、新年ですもの。仕方が無いわ…」
 妻の言葉に、夫は不思議そうに首を傾げる。
 つけたままのテレビからは、新年を注げる賑やかな声が聴こえてきていた。






 暗い空からひらひらと雪が舞い降りてくる。
 友雅はエンジンをかけたままの車の中から、空を見上げた。
 白い欠片が暗い闇の中から現れる姿は、どこか神秘的なものだった。
 ふっと視線を転じて、目に映ったものに友雅がまぶしそうに目を細めた。
 白い雪の精がこちらを目指して走ってくる。
 頬を寒さで赤く染めて、白い息を吐きながら、まっすぐ友雅に向けられた視線と笑顔。
 友雅はドアを開けて車から降り立った。





 ふわりと広げられた腕。
 あかねは駆けて来た勢いのまま、その腕に飛び込んだ。
 広い胸に顔を埋めれば、そのぬくもりにほっとする。
 走ってきた所為で上がった息。
 激しく上下する華奢な肩を抱きしめ、友雅は出会った時より少しだけ伸びた髪先に指を絡めた。
「あかね…」
 想いを込めてその名を呼べば、大きく深呼吸して息を整えたあかねが顔を上げて華のような笑顔を見せた。
「友雅さん…。あけましておめでとう…」
「おめでとう、あかね」
 愛しそうにあかねを見下ろし、うっすらと微笑を浮かべた唇。
 いつだって友雅はその仕草ひとつ、表情ひとつであかねを虜にしてしまう。
 あかねは自分の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
「あかね?」
 自分をじっと見つめたまま固まってしまった可愛い恋人に、友雅が不思議そうに呼びかける。
 深い響きの優しい声。
 それはあかねの名前を紡ぐ時、いつもよりずっと甘くなることを知っている。
「…大好き」
 吐息に紛れた囁きとともに、すっと背伸びをしたあかねの唇が友雅の唇を掠めた。
 なんの打算も無いストレートな告白。
 それがどうしてこんなに心に響くのか。
 友雅はただあかねの身体を強く強く抱きしめた。
「私も……。愛しているよ、あかね…」






『新年、一番最初に友雅さんに私の声を聞いてもらいたいな…』
『ふふ。光栄だね、姫君』
『そのかわり、友雅さんも一番最初に私の名前を呼んで?』






 今年も一年、よろしくお願いします……。









<終>






久しぶりに現代編を書きました。
しかも創作時間2時間弱……。
紅白観ながら(笑)
大晦日になにやってるんだか…。
なにはともあれ、今年もよろしくお願いします。








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