-----花舞う風の奏でる詩-----





桜が咲いた、と風が教えてくれた。
気付くと頬をくすぐる春の風。淡い紅色をした小さな花びらが舞い踊る。

「友雅さん、今日はお花見のお誘いに来ました♪」
夕べの夜勤のせいで今朝の友雅は少しだけ寝不足だったが、あかねの誘いを断るわけにはいかない。
たとえ唐突な、予想外の訪問だったとしても。

揺れる牛車の震動は、ぼんやりと醒めきっていない身体には毒なほどに心地よい。土御門家から借りてきた車に乗り込んだ二人は、桜の花が美しく咲き誇って待つ場所へと向かう。
「それにしてもいきなりのお誘いだね。もう桜の時期だったかい?」
「と、泰明さんに聞きました、先週に。来週には桜が咲くだろう…って。」
「成る程ね。しかし何故私を誘ってくれたのかな。お供なら頼久がいるんじゃないのかい?」
吊り下げた香炉から、慎みやかに香が漂う。言葉を続けていないと、一瞬目を伏せたらしばらく開きそうにないような、そんな気がして。
「それは………えーっと………」
あかねが言葉を濁している間に、車は桜の咲く密やかな寺院の門の前にさしかかっていた。

寺の中央に伸びる桜は、まさに今満開に差し掛かっていた。一回り大振りな花が枝の隅々まで咲き乱れ、辺り一面までも散った花びらで桜色に地上を染めている。
「うわー、綺麗だねぇ……見て、友雅さん」
流れるように枝垂れる桜の枝に、思い切り背伸びして手をかざす。
振り返ると……柵にもたれて友雅は腕を組んだままで、うつむいて目を閉じていた。

どれくらいこうしていただろうか。気付いたとき、肩や装束の袖には桜の花びらが模様のように舞い落ちているのを見た。隣に目をやると、あかねが寄り添うように腰を下ろしていた。
「友雅さん、疲れてるんですか?今までうたた寝してましたよ」
さすがの友雅でも、夜勤の疲労の上に襲いかかってくる睡魔には勝てなかったらしい。
「悪かったね…夕べ内裏の警護の当番だったものでね。今朝屋敷に帰ってきたばかりだったんだよ」
うつろげに髪をかき上げて、少し目をこすってみた。

そうだった。武官である友雅は、たまに明け方までの夜勤を強いられることが多々あるのだった。それをあかねはすっかり忘れていた。
「だったら断ってくれても良かったのに〜★友雅さんが身体壊したりしたら、私これから後悔しまくりですよう★」
身を乗り出して、困ったように顔を伏せる。そんなあかねに友雅は微笑みを近づけて、頬を指先でくすぐる。
「君の誘いを、私が断れると思っているのかい?無理に決まってるだろう?」
彼にとって、何にも代え難いもの。どんなことよりも優先したいこと。
あかねのことならば、どんなことでも。
「疲れていようが、眠かろうが………君と共にいられる時間を潰すなんてことは出来ないよ」
あかねが友雅の囁きにほんのり頬を染めたのを見ると、彼はそっと両手であかねを包んだ。

「少し眠りますか?誰もいないから…平気ですよ」
あかねは顔を上げて、友雅を見る。
「君のそばで目を閉じてしまってはもったいない。桜も美しいしね…しばらくこうしているよ」
そう友雅は言った。
が、それも数分しか持たなかったようで、いつしか耳元でかすかに寝息が聞こえてきた。


友雅の様子を確かめて、あかねは唇をゆっくり開く。
「ねえ友雅さん。さっき言い忘れたこと…どうして今日友雅さんを誘ったのかは……ね」

友雅の手に、あかねはそっと自分の手を重ねる。
「……一番最初に咲く桜を、友雅さんと一緒に見たかった…からなんだよ。それだけ。」

照れくさそうに頬を染めて、そうつぶやいた。



友雅は目を開けずに、ただ力を込めてあかねを強く抱きしめた。









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