■■■真夜中のLoveSong■■■










都会の夜空は、宝石が砕けたように輝いていた。
だがそれは星が輝いているのではなく、人工的な偽物の明かりがあちこちで街を一晩中照らし続けているせいだ。
小さな星の光よりも明るいが、何故か冷たさを感じる。
色合いは暖かなくせに、見ていると寂しくなる。
空を見上げると、一人でいることを思い知らされる。

仕事を終えてホテルに戻ってきたのは、アラームの数字が午前2時を回った頃だった。こんな生活が、一週間ほど続いている。
日付が変わってから自分の部屋に戻り、シャワーを浴びて冷蔵庫の小さなボトルの栓を開ける。琥珀色の液体がグラスに少しだけ注がれ、ベッドサイドでそれらを飲み干してから一気に眠りにつく。そんな毎日。
そうしていれば、現実から逃げることが出来るからだ。
一人きりの部屋に戻ると、目が冴えてしまって眠れない。手を伸ばせばそこにいたぬくもりが、今ここにないということが、全身の隅々まで染みこんでくる。
「こんなに堪えるとは思わなかったな…」
小さなランプの明るさだけが照らす部屋で、友雅は自分の現状に苦笑した。



スタジオミュージシャンである友雅は、今、とある地方都市にやってきていた。レコーディングのためだった。
地元である街にはそれなりの機材がそろっているスタジオがある。しかし、この街にあるスタジオは桁が違っていた。
特に友雅のように、アコースティックな生の楽器の音を中心に作る音楽は、どれだけハイテクな機材な揃っていても仕方がない。自然の音を、そのままに反響させるようなシステムが必要だった。
だがこの現在の音楽事情の中で、今そんな設備をメインに取り扱えるところは数少ない。
必要以上に音楽についてはプロ意識を持っている友雅であるから、こだわりだしたらキリがなかった。


そういっているうちに、スタッフが見つけてきたスタジオは……地元から遙か遠く離れた都市。陸地で移動するよりも、空を使って移動した方が早い、そんな場所だった。
レコーディングが始まれば、おそらく2週間近くは戻ることは出来ない。もちろんそれは単なる憶測で、場合によってはもっとかかるかもしれない。


そうなれば…………それだけ二人の距離が離れるということだ。


                       ■■■


「お仕事だもん、しょうがないよねぇ……」
友雅の部屋で、一人の少女が深くため息をついた。肩にかかる程度の、さらさらとした絹糸のような髪。明らかに彼との年令差は、それなりの距離感があると分かる。
「寂しいかい?離れていると」
彼女の肩を引き寄せて、顔を寄せて友雅は尋ねた。彼女は少し上目遣いに彼を見て、わずかに首を縦に振った。
「出来るだけ早く戻れるようにするよ。私だって、そんなに長い間あかねの顔を見られないのはたまらないからね」
華奢な彼女を抱きしめて、そうささやいたのは……一週間前。




十歳以上も離れたあかねと出会ったのは、偶然のことだった…いや、出会う運命があったのだろう。
道ばたでギターを奏でていた友雅と、通りがかったあかねが互いを見つけ、そして出会う偶然が度重なるうちに芽生えた二人の想いは、同じ方向へとつながっていった。
結ばれる運命という夢物語のような空想を抱かずにいられないほどに、ごく自然に友雅とあかねは恋に落ちて、そして現在に至る。


一人で過ごすことなど何でもないと思っていた友雅だった。なのに、あかねに出会ってすべてが変わった。
そこに彼女がいること。二人で見つめ合う時間があること。
離れずに、共にいることがどれほどに心暖かくなるものなのか……それを知ったあとでは、こんな夜が心細い。
一人でいると、浮かんでくるあかねの顔は鮮明になる。まるで、ここに彼女がいるかのように色鮮やかで、離れているとは思えないほどに。
なのに、手を伸ばせばぬくもりが伝わらない。声も…聞こえない。
それがただの幻想でしかないことに気づくと、更に想いが募る。


せめて声を聞きたくて、何度か電話をかけようと思った。だが、受話器に手を触れるたびに思いとどまる。
友雅とあかねとでは、生活環境が違いすぎる。社会人の友雅だが、ミュージシャンという特殊な仕事は規則的な生活が出来ない。そしてあかねは、まだ学生の身分で。単なる夜遊びの限界を超えても、時間のサイクルが完全に逆転してしまうことなどないだろう。
二人で過ごしているときは、同じように時間が流れていく。だからこそ、安心して過ごしていられる。
しかし一度離れてしまうと…それぞれの置かれた場所の時間の流れが違うことを思い知らされてしまうのだ。
今、眠っているかもしれないあかねの安らぎを、自分の想いだけで邪魔などしたくはないし。


だが…このままでいられるだろうか。
毎日続く混沌とした疲労の中で、あかねの存在を確かられないままでいられるだろうか。
再び、受話器を持ち上げようとしてベッドのそばにある電話に手を伸ばした。



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鳴り出した電話に少し戸惑いを覚えて、友雅は受話器を取り上げた。フロントのコンシェルジェの声が聞こえる。
「夜分申し訳ございません。橘様へお電話が入っておりますのでおつなぎ致します」
深夜2時。こんな時間の電話は…明日のスケジュールの確認か。


「……もしもし?」


少し遠い、ひそめるような小さな声だ。でも、その一言で相手の姿が目に浮かぶ。


「……随分と今日は夜更かしだね。こんな時間に電話なんて…明日の朝は平気なのかい?」
何でもないように平然とした声をわざと作って、友雅はそう言った。
「明日は祝日だからお休み。カレンダーちゃんと見てる?」
「ああ……そうだったのか。祝日なんて私の仕事には関係ないから、全然気づかなかったよ」
少し笑いながら友雅は受話器を持ち替えて、ベッドから降りて窓辺のソファに移動した。
「もしかして、これから寝るところ…邪魔しちゃった?」
あかねが言う。
「間違っているわけじゃないけれど…邪魔なんかじゃないよ。かけようと思ってたんだ、こちらから…何度も」
「ホント?だったらかけてくれれば良かったのにー……」
「いや、あかねの方が寝ているかと思ってね。起こすのは可哀相かなと思っていたら、なかなかきっかけがつかめなかったんだよ」
「そんなの…起こしてくれても良いのに。」
不服を交えたあかねの声が、とても愛おしく聞こえてくる。



「声、聞きたかったんだもん」


窓の外の眼下には、まだ眠りを知らない街の明かりが輝き続けている。友雅はぼんやりと風景を眺めながら、あかねの声に耳を傾ける。
「……可愛いこと言ってくれるね。そんなことを言われては、余計に独り寝が辛くなってしまうよ」
あかねの声が、少しブランクを置く。頬を染める表情が浮かんで、こっちまで笑みがこぼれる。


「声を聞きたかったのは……私の方だよ」
ひっそり、ささやくように友雅は本心をこぼした。



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他愛もない会話が、どれくらい続いていただろう。仕事ばかりでたいした会話の内容もないのに、受話器を置くことが出来なかった。必然的に、友雅が一方的にあかねの話を聞くという立場になっている。
「そうか。じゃあみんな友達は出かけてしまっていて、捕まらないってことか」
「そ。なのに友雅さんはお仕事でしょー?だから毎日ヒマでヒマでしょうがなくって!」
ちょうどあかねくらいの年頃なら、連休に家でじっとしているなんて出来ないんだろう。
だけど一人で外に飛び出すのは心細くて。一度知ってしまった、二人で過ごす時間の楽しさと心地よさが頭から離れないせいだ。


「休みはいつまで?」
「うーん……三日…くらい?あとは講義次第だけど」
「予定はあるのかい?」
あるはずがない。いつだって約束は、友雅と過ごすために空けているのだから。
「じゃあ、こっちにおいで」
「……えっ?」
「こっちへおいで。旅行のつもりで来ると良い。」
本当は旅行なんて観光気分で歩き回れるような、そんな目新しいものなど多くはない街だ。
「で、でも…そんなお金なんてないし…バイトもしてないんだし…」
「そんなものは私がどうにかするよ。とにかく…明日の一番早い便でこっちにおいで」


唐突な言葉、強引な誘い。でも、嫌じゃないのは……会いたいと思っていたから、友雅に。
声を聞くだけじゃなくて、そばで一緒に過ごしたいと思ったから。


「きみと離れているのは……もう限界だ」
友雅は、もう本心しか口に出来なかった。


                       ■■■


いつものようにスタジオから戻り、そっと部屋のドアを開けた。
今まで過ごしてきた空気とは違う、懐かしくて甘い雰囲気がそこにあって、使われずにベッドメイキングが崩されていないままのもう一つのベッドに、埋もれるようにして横たわるあかねがいた。
彼女に気づかれないように、静かにドアを閉めて足音を潜めてそばに腰を下ろす。
あかねはうたた寝とは言い難いほど、深く寝息を立てて目を閉じたままだった。ひとりぼっちの長い旅路で疲れたのだろう。


「せっかく一緒にいられると言うのに、先に眠ってしまうなんてずるいねぇ…」
苦笑しながら友雅は、あかねの髪をそっと撫でた。
「どれだけ私が、きみに会いたいと思っていたか…知らないだろう?」
愛おしくてたまらなくて、距離を挟むとそんな想いを切ないほど実感する。
そして、二度と離さないと思いたくなる。



ぼんやりとした、暖かなルームライト。窓に見える、宝石たちのくずが流れていく。琥珀に似た、ウイスキーのグラス。
そんなものたちよりも、美しくて綺麗なもの。
小さな寝息が耳をくすぐる。それはあかねの心音のリズムに似ている。


-----いつかそのリズムで、音楽を奏でてあげよう。
世界でたった一つの、大切な宝物のきみのために。


それまでは……一緒に二人でメロディを探していこう。-----


友雅はあかねの頬に静かに唇を寄せて、そのまま寄り添ったまま目を閉じた。



----------------THE END----------------






2002.10.15 (C)Megumi,Kasuga-右近の桜・左近の橘-







「右近の桜 左近の橘」の春日恵さまから頂いた創作です。
素敵なお話、どうもありがとうございます!!
ミュージシャン友雅さんと女子高生あかねちゃんのパラレルが大好きで、
キリリクもこの二人でお願いしました。
お願いして本当によかったです!
ラブラブでこっちまで幸せになります。
キリバン踏んで(正確にはニアピン)良かったです。
どうもありがとうございました!



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