「待ち合わせ」



 めずらしくこの街に雪が舞う日・・・・。
 日暮れと共に、ぐっと気温が下がり、道の端に薄っすらと雪が積もってきていた。


 ライトアップされた街に、19時を告げるオルゴールの音が流れる。
 友雅は、待ち合わせの洒落たカフェの前で手持ちぶさたに立っていた。
 最愛の少女との約束の時間は19時。
 ギリギリで走ってくることがあっても、遅れたことのない少女の姿が時間になっても見えず、友雅は訝しげに眉をよせた。
(姫君は何をしているのかな?やっかいな事に巻き込まれたりしていなければいいが・・・・)
 待ち合わせは店の中だったが、少女が自分を見つけるよりも早く、自分が少女を見つけたい為、外で人の流れを見つめていた。
 

 濃いブラウンのコートの下は、同じトーンで纏められたモヘアのタートルネック。
 差し色として軽く巻いたマフラーで、彼の趣味の良さが分かる。
 ゆるく波打つ長い髪に舞い降りた雪を、ほんの少し首を振って払えば、周りの女達から甘い溜息が零れた。
 しかし人待ち顔の麗人に声をかける度胸のある女はいない。
 出来ることといえば、なんとか彼の関心を向けようと、何度も友雅の前を行ったり来たりするだけ。
 だが、友雅の目には、そんな女達など目の前を横切る猫も同然。
 今の友雅の意識は、まだ現れないあかねにだけ向けられていた。


 一分、二分・・・・、遅れとしてはそれほどでもないのだが、時間が経つにつれ、友雅の眉間に苛立たしげな皺がよる。
 なまじ顔がいいだけ、それはそれは迫力のある不機嫌さだ。
 友雅が、迎えに行くべきかと腕を組んで考え始めた時、人ごみの向こうに、見慣れた明るい髪がピョコピョコ見え隠れしているのに気がついた。
 近づいてくる早さとリズミカルな頭の動きで、あかねが走ってくるのが分かる。
 まっすぐに待ち合わせ場所を目指してくるあかねの様子に、友雅の口元に微かな笑みが浮かんだ。
 見ていた女達が息を飲むほど、綺麗な笑み。
 友雅の視線の先で、あかねは寒さに鼻の頭を赤く染め、前髪が乱れて額が全開になっているのもかまわず走ってくる。
 あかねの赤い唇からは対照的に白い息。
 そのあかねが、カフェの前に立っている友雅を見つけ、驚きに目を見開いた後、それはそれは嬉しそうに笑ったのだ。
 友雅が小さく手を上げる。
「遅れた〜!!ごめんなさい!友雅さん!!」
 友雅の前に到着した瞬間、一気にそう捲し立てると、後は肩を激しく上下させ、乱れる息を必死で静めようと胸を抑え大きく息を吸った。
「そんなに走らなくてもよかったのに。・・・ちょっと休んでいくかい?」
 友雅がそういって背後のカフェを軽く顎で示す。
 だが、あかねは苦しそうに息を継ぎながら首を振った。
「うううん、これが溶けちゃうからいい」
 そう言ってあかねが差し出したのは、彼女の手のひらにちょこんと鎮座した小さな雪だるま。
 あかねは照れくさそうにちょっと舌を出して肩をすくめた。
「ビルの路地に綺麗な雪が積もってたから、ついつい作っちゃった」
「もしかして、これを作っていたから遅れたのかい?」
「はい・・・・・。怒ります?」
 上目遣いに友雅を窺うあかねの可愛らしさに、友雅もつられて笑ってしまった。
「怒ったりしないよ。ちょっと心配にはなったけどね」
「うう・・・、ごめんなさ〜い。友雅さんにも見てもらいたくて、ここまで持ってきたんです。雪が少なかったから小さいけど可愛いでしょ?」
「ああ、そうだね。・・・でも雪だるまも可愛いけど・・・」
「え?」
 いきなり友雅があかねの肩を、片腕で抱き寄せる。
 突然の事にパチクリと目を見開いたあかねの額に、友雅は軽い口付けを小さな音と共に落とした。
「ととととと・・・」
 人通りの多い公共の場での暴挙に、あかねは言葉が出ないほど驚き、真っ赤になって友雅の腕から飛び退いた。
「もっと可愛いおでこが全開だよ?」
 その言葉に慌てて額に手をやれば、確かに走って乱れた前髪は横に流れている。
「だからって・・・・・」
「ん?」
 あかねの小さな声に、まったく悪びれない友雅が楽しそうに聞き返してくる。
 ただでさえ友雅に集まっていた視線が、今のとんでもない彼の行動によってチクチクしたあかねへの敵意に変わってきていた。
 それを肌で感じ取ったあかねは、友雅への小言をとりあえずおいておくことにした。とにかくここを離れるのが先だ。
 第一、どんなに文句を言ったって、暖簾に腕押し、糠に釘。無駄なことこの上ない。
 あかねは持ってきた雪だるまを、街路樹の根元にそっと置いて友雅を振り仰いだ。
「早く行きましょう!走ったらお腹すいちゃった!」
 そう言って友雅の腕を引っ張ると、友雅は苦笑しながら自分の腕に絡められたあかねの手に手を重ねた。
「友雅さん?」
「ああ、やっぱり冷たくなっているね」
 ひんやりとしたあかねの手。
 友雅は雪だるまを持っていて、より冷たくなった手を取ると有無を言わせず自分のコートのポケットにあかねの手ごと突っ込んだ。
「友雅さん!ちょっと、恥ずかしいよ!!」
「暴れるならもっと恥ずかしいことをするよ?」
 にっこり笑顔で脅されて、あかねはピタリと抵抗をやめた。
 この男ならやりかねない、と思ったからである。
 あかねは目元を羞恥に染めて、恨みがましく友雅を睨みつけた。
 彼にとっては、その視線も甘いものであるが・・・。
「では、行きましょうか、姫君?」
「・・・・・もう・・・・、友雅さんは・・・・・」
 クスクスと笑う友雅を見上げ、あかねは照れと呆れを含んだ溜息を吐いた。
 二人で一つのポケットに手を入れて、歩き去る二人を小さな雪だるまが静かに見送っていた。



                                 <終>
                                 03.01.09




「Caprice Mind」のサイト開設記念フリーを、ミヤさまよりいただきました。
雪の日の二人。
あかねちゃんのびっくりした顔がナイスです。

ミヤさまのご好意で、イラストに駄文をつけさせて頂きました。
・・・・つけないほうが良かったかも・・・・・






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