「月の都」の麻生夏希さまから頂きました。














『背後にご用心』




 窓から入る風が爽やかな初夏の休日。
 掃除をし終えたむぎは、綺麗になったリビングを、腰に手を当てて満足そうに見回した。
 元々そんなに散らかっていたわけではなかったが、華やかさに欠けていたリビングにピンクベージュの薔薇を
飾ったりして、少しだけ彩りを添えてみたりした。 
 時計を見上げれば、針はもうすぐお昼を差すところまできている。
 朝から洗濯に掃除と家事に精を出していたから、そろそろお腹もすいてきていた。
「お昼、作るかな……」
 ひとり呟き、むぎはキッチンに足を向けた。






 この春、むぎは無事に進級を果たした。
 偽教師をしていた休学期間を取り返すため、かなり苦労したのだが、なんとか夏実達と一緒に進級することが
出来た。
 むぎが進級する為に力を貸してくれたのは、夏実達クラスメートや同居していたラ・プリンス達。
 けれどそのラ・プリンスの中の二人は、むぎの進級に先駆けて祥慶学園高等部を卒業してしまった。
 同時に居心地の良かった生活共同体も終りを告げた。
 一哉が卒業後すぐに、ビジネスの為に生活の拠点をアメリカへ移すのをきっかけに、全員あの御堂邸を出たのだ。
 現在、むぎは実家で一人暮らしをしながら、祥慶学園に通っていた。







「パスタ食べたいな〜。冷蔵庫の中身はっと……………。どーして飲み物しか入ってないのかな〜?しかもア
ルコール類とミネラルウォーターだけって……」
 開けた冷蔵庫に頭を突っ込み、不健康極まりない中身を確認したむぎが顔を顰めて唸った。
 テスト期間中、むぎは恋人の部屋に通うことをやめていたのだが、あいもかわらず顔のいい優しい生活不能
者は外食ばかりだったらしい。
 大学と芸能活動の二足の草鞋をはく彼は、ただでさえ外食が多い。
 栄養バランスが気になるところだけれど……。
「自分の成績も気になるんだよね〜」
 むぎは複雑な表情で溜息を吐いた。
「……買物に行こうっと」
 むぎは自分のバッグを手に取り、食材を買うためさっさと部屋を出た。







 近くのスーパーで買物をして帰ってきたむぎは、そのままキッチンへ直行してさっそく昼食を作り始めた。
 魚介とトマトのパスタが最近のむぎのお気に入りで、それを作るつもりで食材を買ってきた。
 むぎは、慣れた手つきでソースとサラダの野菜を用意し始めた。






 
「何を作っているの?」
「きゃあ!!」
 サラダをガラスボウルに盛りつけているところに、いきなり後から耳元への囁き。
 むぎは驚いて思わず悲鳴を上げてしまった。
 その弾みでバランスを崩したむぎの体が、背中からふんわりと抱き止められる。
 くすくすと軽い笑いと共に耳朶にキス。
「きゃっ!」
 頬を紅く染めたむぎは、再び驚いて声を上げた。
「依織くん!!」
「僕に気付かないほど夢中になって、何を作っていたんだい?」
「パスタだけど、依織くん気配がないんだもん。気付くわけないじゃない〜」
 背の高い依織を振り仰いで、可愛らしく拗ねたむぎを依織は柔らかく微笑みながらしっかりと抱き込んだ。
 自分の慌てる姿を楽しんでいる、少しだけ意地悪な恋人に気付き、むぎは諦めたように息を吐いた。
「台詞、もう覚えたの?」
 むぎが家事を始めると同時に、依織はその邪魔にならないよう新しいドラマの台本を読むといって寝室に戻ったのだ。
「だいたい覚えたよ。あとは読み合わせとリハーサルで十分だと思う」
「やっぱり依織くんは記憶力いいよね。羨ましいなぁ」
「そうかな?」
「そうだよ。だって主演ドラマでしょ?台詞も多いんじゃない?」
「さて、どうかな?」
「すごいよね〜。放送が楽しみ!………ところで依織くん?」
「ん?」
「これだと、お昼ご飯作れないんだけど…」
 むぎの体は依織にしっかりホールドされていて、自由に動くことが出来ない。
 少しだけ困って肩越しに見上げてくるむぎの髪に、依織は優しく口付けた。
「ごめんね。台本を読んでいたらむぎを抱き締めたくなったものだから」
 珍しい依織の言葉に、むぎが大きな瞳を何度か瞬きさせた。
「台本がどうかしたの?依織くん」
「あまり気分のいいものじゃなかったからね……」
「内容、聞いていい?」
「…詳しくは言えないけど『裏切り』かな?」
 苦笑混じりのやるせなさそうな依織の声。
 むぎはそれだけで分かった。
 依織が主演するのは、午後九時台の連続ドラマだ。
 その時間帯はテレビ局がシーズン中、一番力を入れている恋愛ドラマを持って来る枠だった。






 
 恋愛の裏切り……。






 
 ドラマのストーリーであっても、それが依織の過去の傷を引っ掻いたに違いない。
 だから依織はむぎの存在を確かめている。







 自分の傷を隠すため、優しさですべて拒絶していた依織。
 むぎは依織と出会った頃を思い出して、胸を締め付けられるような切なさを覚えた。






 むぎは手にしていた菜箸を置くと、依織の腕の中でごそごそと身動ぎして依織と向き合い、その体をぎゅっと
抱きしめた。
 そして大袈裟に呆れきった溜息を吐いた。
「依織くん、また痩せたね?外食ばっかりするからだよ!」
「むぎの手料理が恋しくて、あまり食が進まなかったせいかな?」
「まったく。あたしがついてないとホントにだめなんだから!」
「そうだね…」
 怒った振りでむぎがくれた言葉が、依織の心に優しく染み込む。
(あたしがついていないとだめだから、あたしはずっと側にいるよ)
 言外に含まれたむぎの気持ちが、依織の不安を一瞬にして払拭してくれる。







(むぎ…。君は本当に僕の救いの女神だね……)
 






 依織の腕の中の小さな少女は、誰よりも大きな心で依織を包んでくれる。






「夜は依織くんの好きなもの作ってあげるよ。だからお買物連れて行って?」
「お安い御用だよ、お姫様」







 二人はこつんと額を当てて微笑みあった。









<終>







このイラストを見たときに、反射的に手がわきわきしてしまいました(笑)
「わきわきしたなら書け」との天の声に一気書き。
ラブラブな二人のイラストに暴れましたよo(>_<o)(o>_<)o
当サイト初のフルキスイラストの頂き物。
素敵なイラストをありがとうございました!!!











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