nao PRESENTS
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

生命の崩壊と復活の過程 前編
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

死んだと思った。
 
浮遊感が全身を包み、落下感にとって変わるまで、一瞬もしなかった。
 
気のせいか、パティ、マリア、そしてエルの顔がはっきりと見えた。
 
誰もが一様にひどく驚いた顔をしていた。
 
そして、何も見えなくなった。
 
 

『人は死ぬとき、今までの記憶が走馬燈のように甦る』という表現がある。
 
俺はそんなものはうそっぱちだと思って信じちゃいなかった。
 
だが、こんな時に限って信じなければならなくなった。
 
ただ、一つだけわかったことがある。
 
生まれたときからじゃなく、ほんの数時間前しか回想できないってことを。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
単なる薬草の採取作業だった。
 
あの、性格の悪いドクターが、俺たちに直々に頼みたいっていうから、どんなに手の込んだ依頼になるかと思っていたが、

蓋を開けばそんなものだった。
 
なんでこんな依頼を、とドクターに問いただすと、
 
「俺は忙しいし、ディアーナも俺を手伝ってもらわないといかん。」

という、なんとも正論っぽい言い回しで事情を説明した。
 
だが、そんなのは単なる建前だということを俺たちは知っていた。
 
本当はドクターはこう説明したかったのだろう。

「ディアーナが行けば、毒草を取って来かねないし、俺が行けば、ディアーナが何をやらかすか不安でたまらん。」
 
まあ、単なる推測でしかないが、かなり正鵠を得ていると言えるだろう。
 
そんなわけで、俺たちジョートショップの面々は雷鳴山の山頂付近へと行くことになった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
それにしても、三人が三人とも雷鳴山への登山経験があるのは驚きだった。
 
まあ、話を聞いてみれば、何となく納得できるものではあったが。

 パティは食材の採取のため。マリアは大規模な魔法実験を行うため。エルは薬草の採取のため。
 
……どうも、月に一度雷鳴山の方から巨大な爆音が聞こえると思えば……。
 
それはともかく、エルの経験を生かし、薬草の採取は順調にいっていた。
 
今思えば、その時点で悪運が尽きていたのかもしれない。
 
『あの』エルとマリアがそれまでカケラたりとも喧嘩しなかったのだから……。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
突然罵声が響いた。
 
何事かと思って声のした方を向くと、エルとマリアが口喧嘩を始めている。
 
どうやら、マリアの奴、薬草のある場所をあらかじめ知っていたんじゃないか? と勘ぐっていたようだ。
 
そこからまたすさまじい言い争いになっていた。
 
だが、俺の興味はすでに失せていた。
 
少し離れた木陰のパティも同様だった。
 
イヴの真似じゃないが、そんなものにかかわっている時間があるなら、薬草集めをしていた方がはるかに効率的だからだ。
 
それが甘かった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「ヴォーテックス!」

「カーマイン・スプレッド!」
 
止めようとは思わなかった。そんなことを思うひまもなかった。
 
すでにエルとマリアが見境をなくしていると思い至らなかったのが悪かった。
 
もっと悪いことに、山頂付近なだけに、崖が多い。
 
さらに悪いことに、俺はその崖の近くの薬草を採取していた。
 
魔法の衝突が起こった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
基本的に、物理魔法というものはは、他の属性の魔法と違って同じ物理魔法を嫌う。
 
例えば、ルーン・バレットどうしが衝突すると、砕け散った破片が四方八方に爆発的に破裂する。
 
アイシクル・スピアどうしになると、氷のつぶてになる。
 
そして、ヴォーテックスとカーマイン・スプレッドの二つの魔法が衝突するとどうなるか。
 
業火の竜巻と深紅の爆発
 
荒れ狂う熱風が発生するのは自明の理だ。
 
俺は、その中心にもっとも近い位置にいた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

エルは岩盤に叩きつけられた。
 
マリアは木々の間に吹き飛んだ。
 
木の幹が半ばから折れたが、パティはその木にすがりつくことができた。
 
俺は、「麓の方角から」「崖の方向に向かって」「宙に浮き」「吹き飛んでいた」。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

比喩ではなく、本当に一瞬で回想してしまった。
 
目をつぶる。
 
最後に見る光景を、驚きの顔とはいえ、三人の顔にしておきたかった。
 
もう覚悟は決まった。
 
未練がないわけじゃないが、即死を確信した。
 
せめて、痛みがないことを神に祈った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
…… 衝  撃   が    訪     れ      た       。
 
 

激痛。

全身の悲鳴。

常に一定しない衝撃。

神経が崩壊のダンスを踊る。
 
 

意味の崩壊。

法則の沈黙。

定型の消滅。
 
 

そして……無。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


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