エンジェルスダンジョン フィフスフィールド
この出来事は、全て僕が言い出したことから始まった。 ある夏の日、僕といとこのショウとで町の外れの遺跡へと遊びに行った。 まあ、正確には遺跡というより祠という感じのところだ。 いつもは、その遺跡のそばにある広場で、仲間達と遊んだり、ショウと剣の稽古をしたりする。 しかし、今日は違った。 二人でこの遺跡の中を探検しようと言ったのだ。 もちろん、ショウは反対した。「あそこには近づくなって言われているだろ」って。 僕はその台詞にいつも疑問を抱いていた。 誰も近づくなっていう理由を言わないからだ。 「でも、ショウだって気になるだろ。何で近づくなって言うのか。」 「それはそうだけど・・・。」 「だったらいいよ。僕一人でもいくから。」 「わかったよ。でもどうなっても知らないからな。」 交渉成立。 僕らの足は例の遺跡へと向かっていった。 だが、僕らを待ち受けていたのは絶望だった。 遺跡はブロックで囲まれており、入り口はしっかりと封印されている。 この傍に立っている立て札を見る。 書いている事は、この遺跡がどういったものかと言う事が書いてあった。 (この辺は何処の遺跡でも同じだな) 最後に大きく赤色で”中に入るべからず”と書いてある以外はどう見ても普通の立て札だった。 「帰ろうか・・・。」 ショウがそう言い、諦めムードのまま踵を返した。 だが、僕は奥のほうで何か動くものを見ていた。 「おい、まて、ショウ!」 呼び止めたのだが、結局はショウは帰っていった。 仕方がないな・・・。 僕は動くものがある茂みへと近づいていった。 茂みの中で動いていたものを見たとき、我が目を疑った。 そこには、赤色のドレスを纏った二人の少女が寄り添って眠っていた。 紫色の髪をした少女を庇うようにして、青色の髪をした少女が覆い被さっている。 これだけでも不思議だったのに、もっと不思議だったのは、彼女らの背中についているもの。 服と同じ紅色の翼・・・。 よくみてみると、それは血で染まった翼だった。 驚いた事に、覆い被さっている少女の翼は片方無くなっていた。 「おい、冗談だろ・・・?」 僕は近寄った。 「大丈夫か・・・?おい・・・。」 その声に、青色の髪の少女が目を覚ました。 ふらふらと立ち上がり、まだ眠っている少女を庇おうとした。 しかし、あの傷だ。普通に動けるはずもなく、その場に膝をついた。 それでも彼女の闘争本能はこちらへと向けられていた。 「あ、別に危害を加えるつもりはないよ。怪我してんだろ。手当てしてあげるよ。」 親切心で言ったことだったのだが、逆に警戒心を強めてしまったらしい。 その証拠に、腰にある剣をいつでも抜けるように柄に手を当てていた。 「まったく・・・。じゃあ、ちょっと待ってな。」 僕はポーチの中から小さな薬入れの箱を取り出した。 その中から包帯を取り出し、彼女にほおり投げた。 案の定、彼女の剣は宙を舞い、包帯を切り落としていた。 その一つが眠っていた少女の顔にあたり、目を覚まさせる事になった。 もちろん、彼女も怪我をしていた。白いドレスのわき腹あたりに大きな赤いしみが見える。 血は凝固しており、もう出血は見られなかったが、 顔をみる限り、状態はいいほうではないのは誰が見てもわかった。 それでも立ち上がって僕を見つめている。 その間に剣の少女が立っている。 「なあ、このままいてもアンタら死んでしまうぞ。」 いてもたってもいられなくなり僕は大声を上げた。 「ウチにきたらどうだい?信用してくれとは言わないけど、 このまま見殺しにできないよ。」 その勢いに圧倒されたのか、剣を収めて僕の話を聞いてくれた。 そのあと、なんとか説得(誰にも言わない、会わせないなどを約束)して、 二人をウチに連れて行くことに成功した。
自分の部屋に二人を置いて僕は、キッチンにある薬箱から ありったけの傷薬を持っていこうとした。 「まちなさい、アリアス。それを何処に持っていこうとするの?」 不意に声をかけられて、手に持っている薬箱を落としそうになった。 母さんだ。 僕の母さん(マテリア=ロットハークって言うんだ)は薬剤師なので、 薬の事ならたいていの事はわかる。 もちろん薬の知識以上に患者の扱い方も知っている。 僕も小さい頃、薬についての知識も教えてくれた。 だけど、だけど今回の事は僕の知識以上の事だし、 だからと言って母さんに見せるわけにもいかない。 誰にも言わないって言ってしまったし・・・。 「アリアス、そんなに頻繁に薬なんて必要ないでしょう? どうするつもりなの?」 「えーっと・・・。それはその・・・。」 ええい、後は野となれ山となれ。 僕は彼女達の事を母さんに話した。 すると、血相を変えて僕の部屋へと駆け込んでいった。 ごめんなさい。僕は嘘をついてしまいました・・・。 そう思いながら、母さんの後を追った。 案の定、悲鳴が聞こえたが、それはすぐに収まった。 僕は少しだけドアを開けて中の様子をみる事にした。 小さな隙間に見える白い肌と固まっている大きな血痕が見えた。 母さんはその血痕を残すように包帯を巻いていった。 白い肌が白い包帯に巻かれている様子を最後まで見届けた後、僕はそっとドアを閉じた。 確かに、見たいと言う欲求はあった。 何も身に纏っていない白い肌、しなやかな裸体に欲求しなかったわけではない。 しかし母親と一緒の所を見たいと思わないし、何より相手は怪我人だ。 そっとしておいたほうがいいだろうと、判断したからだ。 しかし、彼女らが気になるので、僕はドアの前でずっと立っていた。 「天使は治癒能力が高いですから、 これくらいの傷だと2週間くらいで完全に元通りになりますよ。」 「あ、ありがとう・・・。」 母さんと彼女らの声がドア越しに響いてくる。 なんだか、僕だけが仲間外れっぽかった。 僕がドアの前に立って1時間くらいしたら部屋から母さんが出てきた。 「もうっ!怪我人がいたらすぐに知らせるようにって言ったでしょう、アリアス。」 入り口にいた僕を見つけたとたん、小言が始まった。 母さんの小言は、僕の嫌いなものの一つだ。 滅多に小言は言わないが、一度始まったらとにかく長い。 「聞いているのっ!」 「聞いてるよ!」 怒鳴らなくてもいいじゃないか・・・。 ふぅ、とため息を一つついた後、母さんは仕事場に戻っていった。 まあ、自宅が薬局なので事実上自宅にいるわけだが。 それでも僕は、珍しく小言が短めにすんだ事に感謝した。
母さんがいなくなってから、僕はキッチンへと向かい紅茶を入れた。 カップは3つ。 僕と、天使といわれた2人の分の紅茶をポットに入れて自分の部屋へと向かった。 コンコン・・・。 「僕です。アリアスです・・・。」 「どうぞ。」 透き通った声で了承を受けて、僕は自分の部屋のドアを開けた。 二人はテーブルをはさんで向かい合って座っていた。 二人はまだ、傷跡を残す赤いドレスを纏っていた。 僕は、テーブルに盆を置き、紅茶を注いだ。 紅茶の香りが部屋の中を漂い、僕らのぎこちない態度を和らげるようにと、 後押ししてくれるみたいで心地よかった。 「さっきはごめん・・・。誰にも言わないって言ったのに・・・。」 僕は謝った。ただひたすら。テーブルにおでこをこすりつけるくらい深く頭を下げて。 「でも、あの怪我じゃあ僕には手におえないし、母さんは薬剤師であり医者でもあるから、 きっと大丈夫だと思ったんだ。」 「もういいですよ。顔を上げてください。」 紫色の髪の少女が透き通るような声で言った。 「私達が、必要以上に警戒しすぎたのが悪かったのです。 こちらこそ私達を助けてくれてありがとうございます。」 「・・・ありがとう。」 よかった、嫌われていたわけではなかったらしい。 それから他愛のない話をしているうちに、彼女らが自己紹介をしてくれた。もちろん僕もやった。 青色の髪の人(僕に剣を向けてきた人)がエリシャ・ブルードール。 通称はブルー。エリーとかエリシャとかファーストネームで呼ばれるのは嫌らしい。 そして、紫色の髪の人(護られていた人)がアイシャ・パープルドール。 通称はパープル。この人もファーストネームで呼ばれるのが嫌いみたいだ。 「所で、アリアスやマテリアさんは私達の存在に驚かないわね。」 「不思議ね・・・。」 「天使だってこと?」 僕は二人に聞いてみた。 「その事だったら別におかしくも何ともないよ。」 どうしてわかったの?と頭の上に”?”を浮かべているのが目に見えるようにわかった。 僕は、その理由を彼女達に説明してあげた。 「この町は、どんな種族も普通に暮らしてるよ。魔族だろうが神族だろうがね。」 「えっ・・・。」 「そんなバカな・・・。」 「嘘だと思うでしょ。窓から外を見てごらん。」 二人は窓の外を隠れながら見た。 窓から見える商店街に、角があったり耳がとがっている魔族達や、背中に白い羽の生えた有翼人達、 それに人間達が他愛のない会話をしながら買い物をしたりウィンドウショッピングをしたりして、 夕方という時間を満喫していた。 「どう?嘘じゃないでしょ。」 ”威張って言う事はないだろう”という心のツッコミは置いておいて、僕は話を続けた。 「ここだけじゃないよ。王都ナーヤや工業都市ヴェカールだってそうさ。 それにナーヤのユズハ王女様なんて自分から”神竜一族です”って言ってるし。」 二人とも唖然としていた。 お互い戦争をしていた町から、いきなりお互いが平和な町に連れていかれたような、 そんな感じに見えた。 「アリアスー。もうすぐ晩御飯だから降りてきなさーい。」 母さんだ。 「うん。わかったー。じゃ、ちょっとまってて。」 僕は、二人を置いてこの部屋を出て行くことにした。 別に自分だけがご飯を食べるつもりではない。 持っていってあげようと思ったからだ。 僕はキッチンに入り、お盆を用意した後、二人分の食事を上に置いた。 もちろん、母さんに「何をしているの?」と聞かれたが。 僕はとっさに嘘をついたが、すぐにばれた。 母親と言うのは不思議だ。すぐにそういう嘘を見破る。 「あの二人の分でしょ?だったら気にすることはないわ。みんなで居間で食べましょう。」 にこにこと笑顔で言った。 彼女達の事情も知らないのに(僕も知らないけど)・・・。 「いいって言うかわかんないけど、聞いてみるよ。」 「お願いね。もうすぐお父さんも帰ってくるから、こっちはそれまでに準備を済ませたいの。」 「わかった。」 父さんか・・・。 父さんもいるなら、もしかしたら嫌いになるかも・・・。 僕は少しの不安を抱きながら、また自分の部屋へと戻っていった。 ノックをして要件を伝えた後、二人はおとなしくついてきてくれた。 居間へ行こうとする僕達に、母さん達の会話が聞こえてきた。 「あれ?いつもより量が多いんじゃないか?」 「アリアスがお客さんを連れてきているのよ。」 「ふーん・・・。じゃあ、俺は着替えてくるよ。」 「はい。」 やばっ、父さんが帰ってきたんだ。 彼女達に父さんの説明をしていないけど、大丈夫だろうと思っていた。 しかし、彼女達は今にも逃げそうな態度を取っていた。 「怯えなくてもいいけど、一応覚悟は決めておいたほうがいいかも・・・」 思い当たるふしがある分、僕も覚悟を決めたほうがいいだろう・・・・。 なんてったって彼女達を見つけたのは危険区域(ダメだって念押しされた所)で見つけたのだから。 父さんがいなくなったのと入れ違いで僕達は席についた。 目の前にはパンと牛乳、コーンスープに生ハムとサラダ・・・。 まあ、いつものとおりだ。 別にお金に困っているわけではないけど、なんか質素だな、といつも思う。 そんな事と彼女達の事を考えながら僕は父さんを待っていた。 全員そろわないと食べる事ができないからだ。なんでそんなルールがあるんだろう・・・? まもなくして、父さんが居間へと入ってきた。 全員がそろったところで彼女達を除く3人だけでお祈りを済ませた。 僕がハムを口に運ぼうとした時、父さんの口から質問が浴びせられた。 「この人達がお客さんかい?」 「うん・・・。」 薄切りにされた生ハムを口にほおりこみ、飲み込んだ後質問に答えた。 「どう考えても普通の客には見えないが・・・。」 「父さんっ!むやみに詮索しないでよっ!別にいいじゃないかっ!」 僕は怒鳴った。別に父が嫌いなわけでないが、職業柄色々と疑いをかけてくる。 いいことに疑いをかけるならいいけれど、余計な事にまで疑いをかけて欲しくないよ。 まったく・・・。 もちろん、今の会話で彼女達はフォークと置いて席を立とうとした。 「あ、気にしないでいいよ。いいから食べてて。」 「いいのです。ごちそう様でした。」 「ごちそう様・・・。」 結局二人は席を立ち、僕の部屋の方へと戻っていった。 「父さんっ!」 「うるさいっ!」 一喝されたのに腹を立て、僕も席を立った。 「アリアス、何処へ行くの?」 「ごちそうさまっ。もういいよ!」 「アリアスッ!待ちなさい。」 「ほっとけ、マティ。」 後ろで声が聞こえるが、気にはしなかった。 僕は二人の後を追い、部屋へと戻っていった。
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