精霊の涙 〜機械の精霊〜
コツコツ・・・ 「う〜ん・・・」 コツコツコツ・・・ 「うるさいなぁ・・・。家賃なら一昨日払ったばっかりだろ。むにゃ・・・。」 コツコツコツコツ・・・ 「だあっ!うるさい・・・」 ニコリ。 「あ・・・。ああっ!!」 がこん、と近くにあったコーヒーカップを床に落とし、机から体を起こして音のするほうを向いた。 人間がすっぽり入るくらいの大きさの空の硝子瓶の中。 淡く青色に発光した身体。エメラルドグリーンの髪。 それらを持った小さな女の子が”そこ”にいた。 彼女は宙に浮き、硝子瓶ごしに私を見つめている。 「で、できたんだっ!人工で精霊を造ったんだっ!!」 でもどうやって・・・? お砂糖、スパイス、すてきなもの(いっぱい)を入れた後・・・ ちがう。 たしか、仕上げをした後、俺はそのまま眠ってしまったんだ。 コツコツコツ・・・ 「ん、ああ。そこだと狭いだろう。だしてあげるよ」 みしみしと音を出す梯子を上り、色々な太さのチューブをひとつひとつ抜いて真鍮色した蓋を開けた。 「さあ、おいで」 そっと差し伸べた手を精霊はがっちりとつかんだ。 そのまま勢いよく引っ張りあげようとした。 が・・・。 ミシィッ・・・バキッ! 梯子が折れ、支えを無くした私は、精霊の手を離してその場にしりもちをついた。 ドシーンッ! そう、そんな風に大きな音を立てて・・・。いつつ・・・。 フワフワフワ・・・ しりもちをついた俺の目の前に、浮いた精霊の少女が降りてきた。 そして 「パ・・・パ・・・」 そういって私に手を差し伸べてきた。 発光が収まっていたので、迷わずその手を握った。 冷たい・・・。 肌は私達と同じ色をしている。 しかし、およそ人間の体温じゃ考えられないほど、この子の手は冷たかったのだ。 「パパ・・・」 髪と同じエメラルド色した瞳が、俺をじっと見つめる。 俺は彼女の手を引っ張って自分のそばへと寄せた。 「そうだ。お前の名前を決めなきゃいけないな・・・。」 ・・・・。 そうだ。 「リチルだ。リチルにしよう。」 リチルと呼ばれた少女はキャッキャと私の胸の中で笑っている。 「気に入ったか。よーし今日からお前はリチルだ。」 こうして人工精霊「リチル」との共同生活が始まった。
「Laru・・・d・・・」 「よしよし。その調子だ。」 思ったよりも上達が早いようだ。 いくら精霊といえども知能は生まれたばかりの子供並だから、ろくに言葉をしゃべることができない。 だからまあ、こうして読み書きなど言葉を教えてやらなければならない。 なので早速、午前中は基本的な言葉、午後からはこうして読み書きを教えることにしたのだ。 「o・・・」 「お、できたか。読んでごらん。」 「ラ・・・ル・・・ド・・・」 「よしよし。よくできたぞ。これが、パパの名前だよ。」 かろうじて読める私の名前を読んで喜んだのか、リチルはにこにこと笑っている。 「これが、パパの名前?パパはパパじゃないの?」 こちらに振り向き笑顔で質問するリチル。 「パパは名前じゃないよ。名前がラルドといってお父さんのことをパパと呼ぶんだ。」 「じゃあ、ラルドがパパで、お父さんもパパなの?」 「う〜ん・・・」 正直答えに詰まってしまった。 「パパの名前がラルド。パパというのははお父さんのことを言うんだよ。わかったかい?」 「う〜ん・・・?」 頭に?を浮かべて首を傾けるしぐさをした。 よっぽど悩んでいるのはわかることだが、悩むほどか? 「じゃあ、ラルドはパパじゃないんだ。」 どうしてそういう結論に達するっ! 「あのねぇ・・・。だったらリチルのパパは誰なんだい?」 あきれ半分でリチルに聞いてみた。多分、回答は目に見えているだろう。 「う〜んとね・・・」 ピンと伸ばした人差し指をあごの下に当てて一瞬だけ悩んだあと、私のほうを向いて 「パパッ!」 と指をさした。 「・・・・・・。」 はぁ・・・。やはり。 私は、一生リチルに名前を覚えてもらえないんじゃないかと、本気で不安になってしまった。 「ラルドがパパ!パパがラルド!」 ふぅ・・・。 まあ、いいか。なんだか喜んでいるみたいだし。 「じゃあ、リチル。ご飯にしようか。」 ぐぅとおなかがなったところで、私たちは朝どころか晩御飯までも食べていないことに気が付いた。 とは言ったものの、実際に精霊が何を食べるのか知らない。 チューブに特殊な液体を流していただけであって、実体化したときに何を食べるかまったく調べなかったのだ。 どうしよう・・・。 とりあえず調べようと書斎に向かおうとした。 シャクシャク・・・。 キッチンの方から何かをかじる音がする。 気になって慌ててキッチンへ駆け寄ると、テーブルの上には芯だけ残ったりんごが散乱していた。 シャクシャク・・・。 その中央でリチルが、6個目になろうというりんごに、かぶりついていた。 シャクシャク・・・ 私が傍で見ているのにまったく気が付いていない。 「リチル、おいしいかい?」 ガタンッ! 私の声に驚いたのか、食べかけのりんごを落としたあと、慌ててテーブルの下に隠れてしまった。 「うぅ・・・パパ・・・。」 「出ておいで、リチル。」 かがんでテーブルの下を覗きリチルに向かってやさしく微笑んだ。 がさがさとテーブルから出てくるリチルに私は目線を合わせた。 「パパぁ・・・リチルね、おなかがすいたの・・・。 すると、いい匂いがしたのでここにきたら、おいしいものがあったの・・・。それで・・・。」 そっか。 精霊も人間と同じものを食べてもいいんだ。 そのことに気が付いた私は、ゆっくりとリチルの頭をなでてやった。 「リチル。今回はいいけども、次からはテーブルの上に乗っかってものを食べたらダメだよ。」 怒られると思ったのか、びくびくしていたリチルは目に大粒の涙を溜めてしゃくりはじめた。 「ヒック。ごめんなさい・・・。ごめん・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」 緊張が緩み、ワッとリチルが泣き始めた。 「うわぁぁぁぁぁ!!ごめんなさい、ごめんなさい・・・。」 「わかった、わかったから!もう泣くのはやめなさい。なっ」 私はできる限りやさしくなだめた。でなければいつまでたっても泣き止まないだろう。 「ヒック、ヒック・・・。パパ・・・。」 「よしよし。じゃあ、改めて食事でもしようか。」 「うんッ!」 どうやら機嫌を直してくれたようだ。 さっきまで泣いていたそぶりはどこへやら。また明るい笑顔を私に見せてくれた。 しかし、食事とは言うものの、私が現在調理できるのはハムエッグくらいだ。 あとは少々硬くなったパンのみ。 ・・・寂しい。 嘆いても仕方がない。私はさっとベーコンを焼き上げ、その上に卵を乗せた。 卵が焼ける間に硬くなったパンをスライスしていき皿の上に乗せていく。 それが終わったころに卵もちょうど半熟に焼けたころなので、それをスライスしたパンの上に乗っける。 出来上がり。なんとも簡単だ。 調理がすんだあと、気分転換に青い花など飾ってみたが、 食事が食事なだけにこの食卓の寂しさだけは消すことができなかった。 「さ、席につきなさい。」 「は〜い。」 そういえば、食事の作法も教えなければならないな・・・。 と考えているそばから、リチルは皿に乗っかっているパンに手を伸ばそうとしている。 「リチル、食べる前にまずお祈りをしような。」 「お祈り?」 「ああ、言うとおりにするんだよ。いいかい?天に召します我等が神よ。今日の食事を頂ける事に感謝いたします。」 「天に・・・召します我等が・・・神よ?今日の?食事を・・・頂ける事に・・・感謝いたします。」 私の後に続いてお祈りの言葉を紡いでゆくリチル。 「では、いただきます。」 「では、いただきます。」 「さ、お祈りは終わったから食べような。」 言うやいなや、早速固いパンにかじりつくリチル。 さて、私も食べようか。 カリッ。 冷たいパンと卵からはみ出たベーコンが口の中へと入っていく。 丸一日ぶりの食事だ。 まあ、あまりおいしいといえたものではないが。 「うぅ・・・。硬い・・・。さっきの物よりずっと硬い・・・。」 ううっ・・・。言わないでくれ、リチルよ。 すべては貧乏が悪いんだ。 国が錬金術にもっと助成金を出してくれたらこんな貧しい思いをしなくてすむんだ。 バカヤローッ!! しか〜し、この研究の成果を報告すれば、報酬は思いのまま、助成金もがっぽがぽ。 ついでに世の女性方にモッテモテ! こんな貧しい生活からおさらばだ! ガリガリ・・・。 そんな思いを無視して一人パンを食べつづけるリチル。 「パパ・・・どうしたの?食べないの?」 考え事に没頭し、手の止まった私を心配してか、リチルは私の顔を覗き込んできた。 「パパッ!パパッ!」 声をかけても返事がない。 たまりかねたリチルは、その場で泣き出してしまった。 「うえぇぇ・・・パパが・・・パパがぁ・・・」 その泣き声で、私ははっと我を取り戻した。 「パパを心配してくれたんだね。よしよし、リチルは優しい子だ。」 私はなんとバカな考えをしたのだろう。 生まれたての、ましてや何も知らない無垢なこの子を、国に売って金に替えようなどと人として、 いや、親として恥ずかしい。 それがたとえ血の繋がっていない親子の関係だったとしても。 「パパは大丈夫だから。ほら、パンだってバリバリ食べているだろ?」 と、皿の上にあるパンをわざと威勢良く食べて見せた。 それを見て安心したのか、リチルは泣くのをやめて残り少ない自分のパンにかじりついた。 それから数刻後、二つの皿にはパンくずと少々の卵の黄身だけが残り、食事の時間は終わりを告げた。 「いいかい?食事が終わったらこういうんだよ。ごちそうさまでした。」 「ごちそう・・・さまでした。」 「はい、よくできました。」 きちんとあいさつができたところで、私はリチルの寝室を用意するために自分の部屋へと戻った。 もちろん、今の部屋の状態をリチルに見せるわけにはいかない。 そのため、片付けられるものはすべて道具箱の中へとほおりこんでいった。 「こんなことしたの、妻がはじめて私のところに遊びにきたとき以来だな・・・。」 部屋が汚い状態で、急に彼女が遊びにきたときの心情を思い浮かべてもらえればわかりやすいだろう。 あの時は、本当にすごかった。 すべてが片付いたと思ったら、道具箱の中から煙が出ていたり、大切な書類が薬品で汚れ読めなくなったり、 まさに踏んだりけったりな日だった。 懐かしいな・・・。 そう思いながら、手にもった薬品と重要な書類をまた同じ道具箱に入れようとしていた。 「ふぅ・・・。危ない危ない。またあのときのミスをするところだった。」 「パパ・・・?なにしてるの?」 と、突然後ろから声をかけられた。 ガチャン。 やってしまった・・・。 「ああーーーーっ!!!」 目の前には、薬品に浸り汚れた紙と、薬品が反応を起こして、もくもくとあがる煙。 「水、水っ!」 とっさにそばの花瓶の水を書類にかけた。 幸い、万事にいたらなかったが、肝心の書類はぐちゃぐちゃでもう文字が見える状態ではなくなっていた。 ちなみにその書類は今月の研究費をもらうためのレポート。 つまり、現代で言うタイムシート(タイムカード)みたいなものである。 しかも、提出日が明日の正午。 「はぁ・・・。」 原因は何か知っていた。 が、何も知らなかった彼女をむやみに叱る訳にはいかない。 「リチル、あれほど待っていなさいといっただろう?」 リチルに向かって、静かに、けれど心情は読み取れるようにいった。 「パパ・・・。」 「次からは気をつけるんだよ。あんまりひどいと、パパも怒るからね。」 そっと頭をなでて、泣きそうになったリチルを慰めた。 果たして、今日何回リチルを慰めたのだろう・・・? そう思うと先が思いやられる。 「さあ、ご本を読んであげるから、もう寝なさい。」 そういって、また重要なことを思い出した。 硝子瓶。 精霊である彼女は、ベッドではなく硝子瓶の中でで眠るのではないだろうか。 と思いきや、シーツと毛布しかない硬いベッドにごろんと横たわったではないか。 おいおいおい・・・。 これじゃまるで普通の子供みたいじゃないか。 「パパ、ご本読んで!」 相変わらず無邪気に騒ぐリチル。 「ハイハイ・・・。」 つられて本を読んであげる私。 こうして静かに夜は更けていく・・・。 「・・・こうして王子様とお姫様は幸せに暮らしましたとさ。おしまい。」 くうくうくう・・・。 静かな吐息を立てて眠るリチル。 「寝たか・・・。ふぁあ〜あ・・・。私も眠くなって・・・。」 ぐうぐうぐう・・・。 疲れがピークに達したのか、眠りこけるリチルの上にかぶさるようにして、私も眠りについた。
夢を見た・・・。 優しい、優しい夢だった・・・。 「はあはあ・・・」 息を切らして石の道路を、足をもつらせながら走る。 こんな思いをするなら、今日の仕事は無理言って休めばよかった。 王宮の錬金術師が一人風邪で倒れ、本日非番だった私に呼び出しがかかったのだ。 早く帰りたいと思うときに限って、面倒なことが重なりなかなか帰ることができない。 今日はまさにそんな日だった。 本日までに仕上げなければならない研究がなかなかはかどらず、 同僚に徹夜を宣告されてしまったのだ。 徹夜を宣言するのはいいが、本日中に純度75%以上の金を作れと言うのは いささか無理なのではないか?(現在の技術で純度60%の金を作るのに2週間かかる) さすがにこのときは休んだ錬金術師を恨んだぞ。 しかし、夕方頃に来た兵士からの連絡で、私は一足先に帰宅をすることができた。 遅いよ、兵士さん・・・。 そんなわけで、非番なのに息を切らして石の道路を走っているのだ。 「うわっ!!」 あまり良い道路でないため、出っ張りが所々ある。 それのひとつに引っかかって私は地面に身体をぶつけた。 「急がないと・・・。」 土をパンパンとはたき、ローブを破き膝から出血しているにもかかわらず、 私はとにかく妻の待つわが家を目指した。 バタンッ! 「マリーッ!」 「静かにおしっ!まったく・・・」 勢いよくドアを開けたとたん、白髪を所々に見せた初老のおばあさんに一喝されてしまった。 この人はマリーの父親が手配してくれた産婆さんで、以前顔合わせをした事がある。 このときは、一言も喋らなかったが、まさかこんなに口が悪いとは思わなかった。 「わかったよ。で、マリーは大丈夫なのか?!」 荒くした息を落ち着かせてから、今度は怒鳴られないように普通に喋った。 「ほれ」 おばあさんは私と喋りたくないのか、それともそのような性格なのか、 顎をしゃくりあげて合図をした。 その先に、産まれたばかりの赤ん坊を見つめながら微笑んでいる妻がいた。 赤ん坊は母親に見守られながら、すやすやと気持ちよさそうに眠っている。 「マリー・・・。」 「これ、触るんだったら、ちゃんと消毒してから触りな。」 私はこの口の悪い産婆さんの言われたとおり、隣の部屋で傷口を洗って着替えをした後、 お湯で両手を消毒した。 「マリー、よくがんばったな・・・。」 マリーの傍らに座り、そっと手を握った。 「あなた・・・。」 「ごめん、もう少し早く帰れれば、付き添ってやることもできたのに・・・。」 「気にしなくてもいいですよ。あなたは私たちを支えているのですもの。 仕方のないことですわ。それよりも・・・」 マリーはふいっと寝返りをうって赤ん坊の方へと視線を向けた。 「見てくださいな。かわいい女の子ですよ。」 「ああ、見てるよマリー。」 「うおっほんッ!!アツアツなのはいいが、さっさと名前を考えてくれないかい?」 私たちの間に産婆さんの声が割り込んできた。 その声で、私たちはノロケから正気を取り戻した。 「そ、そうだな・・・。名前は・・・。」 数刻悩んだあと、私はある名前にすることにした。 「マリー、リチルなんてどうだい?慈愛と博愛の女神"レイチェル"から取ったんだ。」 「リチル・・・。あなたの名前はリチルよ・・・。」 そっとリチルを抱き寄せて、起こさないように語り掛けた。
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lute@do7.enjoy.ne.jp 虎神 竜斗(こがみ りゅうと)