精霊の涙 〜機械の精霊〜




Days 3 続き

「ごちそうさまでしたっ!」 「ごちそうさまです。」 今度こそ、本当にごちそうさまでした。 綺麗に空になった皿を私とリチルで、流しへと持っていった。 「リチル、ご飯がすんだから、掃除の続きをしようね。」 「はーいっ!」 元気のいい返事を私に返して、リチルは再び決戦の地”居間”へと向かっていった。 私はというと、野菜スープが減っていない鍋に蓋をして(分量を間違えたためたくさん残った) 食器を洗っていた。 これが終わる頃には、リチルも終わっているだろう。 案の定、全ての食器が洗い終わる頃に、 元気よく「おわったよっ!」と顔を出してきてくれた。 綺麗になった居間の椅子に腰をかけ、リチルを自分の膝の上に乗せた。 そして、私はポケットから一冊の小さな本を取り出した。 表紙は日に焼けてぼろぼろ、所々しみのある薄い本だった。 掃除をしていた時に偶然ゴミ箱の傍で見つけて、 リチルに読んであげようと思い、そのまま取ってあったのだ。 「リチル、今から本を読んであげるよ。タイトルは・・・。」 そういって最初のページをめくった。 「タイトルは”小人さんのおくりもの”」

名前が無い小さな村に、ミレイユと言う名前の女の子がいました。 ミレイユは見た目は普通の女の子でしたが、ただ一つだけ違うところがありました。 目の色でした。 他の子供達は、からすの羽のような黒い瞳を持っていたのですが、 ミレイユだけが宝石−アクアマリン−みたいな澄んだ青色でした。 ミレイユは何処へ行っても避けられていました。 全て、この青い瞳の為でした。 ある日の晩、ミレイユはいつものようにキッチンで食事を作っていました。 そこに、お鼻の大きい小人さんがひょっこりテーブルの上の料理をつまみ食いしていました。 「これは食べちゃダメです。」 ミレイユは怒りました。 病気のお母さんのために一生懸命作った食事を、食べられるわけにはいかなかったからです。 「ごめんよ・・・。でもお腹がすいて動けなかったんだ・・・。許しておくれ・・・。」 小人さんはテーブルに鼻をこすりつけながら謝りました。 さすがにこれ以上叱るのはかわいそうと思って、ミレイユは小人さんを許してあげました。 「なんと優しいお方でしょう。ぜひあなたのお名前をお聞かせください。」 ミレイユは、小人さんに自分の名前を告げました。 「ミレイユさんですか。このご恩は一生忘れません。  おっと、私は急いでいるのでこれで失礼します。」 小人さんは、帽子を取ってお辞儀をした後、部屋の隅のほうへと走っていきました。 テーブルの上に、食べかけのパンとその傍に落ちてあった小さな懐中時計がありました。 「忘れ物かな?」 ミレイユは懐中時計をエプロンのポケットに入れ、食事を新しく作り直しました。 不思議な事もあるものだなと思い、その事をベッドで休んでいるお母さんに話しました。 「ミレイユ。  それはね、きっとミレイユがいい子にしていたから、神様がプレゼントをくれたのよ。」 母親はそう言いました。 ミレイユはにっこりして小さい声で、小人さんにお礼を言いました。 その晩、ミレイユは夢を見ました。 小人さんたちに囲まれている中で、ミレイユが立っている夢でした。 ミレイユは泣いていました。 涙をぼろぼろ流して泣いていました。 夢を見ている本人にも原因はわかりませんでした。 けれど、とても悲しいのはわかりました。 それを見かねてか、一人の小人がミレイユの前に現れました。 鼻の大きい、キッチンで出会った小人さんでした。 小人さんはポケットから懐中時計を取り出し、ミレイユに差し出しました。 「これは、想い出を刻んだ懐中時計。  ミレイユさん。これをあなたに差し上げます。どうか想い出を大切にしてあげてください。」 懐中時計を手渡したところで、夢から覚めました。 夢から覚めたミレイユの手の中に、ポケットにしまったはずの懐中時計がありました。 不思議だと思いましたが、それ以上の事は気にしませんでした。 その夢をみた日から、徐々にお母さんの病気が悪化していきました。 たくさんのお薬も飲みました。 病気に効く薬草も煎じました。 村一番の名医にも、診てもらいもしました。 けれど、どれもだめでした。 数日後、お母さんは静かに息を引き取りました。 葬儀も、青い目の母親という事で、ミレイユ以外誰も来ることはなく、 静かに終わりました。 ミレイユは悲しみました。 それと同時に恨みました。 「いままではお母さんがいたから、私は耐えられたのに・・・。お母さん・・・。」 ミレイユはその晩、お母さんのベッドの上で泣きました。 そして、そのまま眠りにつきました。 また小人たちが出てくる夢を見ました。 あの時と同じでした。 「どうか想い出を大切にしてあげてください。」 ミレイユは手渡された懐中時計を見つめました。 そして、思い切って懐中時計の蓋を開けてみました。 「あ・・・。」 銀色の蓋の裏側に、お母さんの似顔絵がありました。 ミレイユが小さい頃、お母さんの為に書いてあげた似顔絵でした。 「お母さん・・・。」 小人さんから貰った懐中時計は、いつもお母さんが持っていた懐中時計でした。 「ミレイユ。つらくても、悲しくても、いつも笑顔で生きなさい。  お母さんは天国で見守っていますから。」 時計の中からお母さんの声がしました。 「お母さんっ!?」 ミレイユは呼びかけました。 しかし、時計はうんともすんとも言いませんでした。 ミレイユは泣こうとしました。 「笑って生きよう。そうだよね、お母さん。」 ミレイユは上を向いて、空を見上げました。 涙が一粒だけ、野原の上に流れ落ちました。 夢は覚めました。 手には懐中時計がありました。 その日から、ミレイユは嫌な顔一つせず、いつも笑っていました。 どんなに嫌な仕事をさせられても、きつい仕事をさせられても、ずっと笑っていました。 お母さんの為に笑っていました。 ポケットの中の懐中時計も笑っているようでした。 ミレイユの笑顔は村人の心を動かしました。 もう、誰もミレイユのことを避ける人はいませんでした。 それからというもの、小人たちを見ることはありませんでしたが、 ミレイユは小人たちのことをずっと忘れませんでした。 それと同時に、お母さんの思い出と同じくらい小人たちの思い出を大事にしました。 おしまい。

「すーすーすー・・・」 「寝てしまったのか・・・。」 退屈で長いお話を聞かされ、眠くなったのだろう。 膝の上で私にもたれ、涎を垂らしながら眠るリチルを、自分の部屋のベッドへ運んでいった。

リチルを寝かしつけた後、私は書斎の掃除に取り掛かっていた。 山積みされた本、机の上に嵐が来たみたく散乱している書類の束、床の上には乱暴に丸めた書類のゴミ達。 ・・・・・・。 私は回れ右をして、居間に戻った。 見なかった事にしよう。 しかし、そんなことするわけにいかず、また回れ右をして書斎に戻った。 空気の入れ替えをする為、分厚く黒いカーテンと窓を開けた。 日に照らされた埃が、ダイヤモンドダストみたいに(嫌なダイヤモンドダストだ)キラキラと部屋を舞っていた。 バンダナで口を覆い、ほうきとはたきを持って、このダイヤモンドダストの中に飛び込んでいった。 まずは床にある必要の無いものを、あらかじめ空にしておいたゴミ箱に全てほおりこんだ。 その後、ほうきで床を掃き、机の上にある本を床に置いていった。 そんな事を繰り返していき、1時間くらいで書斎の掃除が殆ど終わった。 私は、壁にかかっている肖像画を見ていた。 リチルを中心に、私とマリーを描いているものだ。 「綺麗になったなぁ・・・。いつもはマリーが掃除してくれてたのにな・・・。」 私は肖像画に向かって言った。そして、その前に椅子を持ってきて腰掛けた。 「マリー、聞いてくれよ。私な、やっと人工で精霊を造ったんだ。  私とお前の夢だった人工の精霊をだ。名前は娘と同じ”リチル”にしたよ。  もう少しして落ち着いたらお前のところに連れて行くから、楽しみにしていてくれ。」 しばらく肖像画と他愛のない話し、気が楽になった事で私は椅子を元に戻した。 そして、振り返って「月命日、いけなくてごめん。」と謝った。 夕方になり、私は客人を迎える事になった。 大量のおかずを持ったリンさんだった。 「なんですか・・・?その量は・・・。」 私は両手幅くらいあるお盆の上にある大量のおかずを見た。 どう考えても一人で食べるには多すぎる量だった。 「作りすぎちゃったから、みんなで食べようかと思って。いいでしょ?」 言うや否や、リンさんはお盆をもってキッチンへと向かって行った。 まあ、いいか。 食費が浮いたと思えばいい。 「私も手伝うよ。」 玄関に鍵をかけて、私もキッチンに足を運んだ。 「あとは温めるだけ・・・って、何これ?」 鍋の中を見たリンさんの声が裏返った。 「お昼ご飯の残りだよ。」 「・・・。」 さすがにリンさんの料理にはかなわないけれど、そんな悲しい顔する事はないだろう・・・。 そんな思いとは裏腹に、大きさの違う野菜たちは、  薄く濁った水面から顔を出してリンさんを見つめていた。 「これでも、リチルは喜んで食べてくれたんだ。そんな顔しなくても・・・。」 「ぷっ!あはははっ!!ご、ごめんなさい。からかうつもりはなかったのよ。」 さっきまでの顔はどこへやら。 自分の腹を抱えながら笑っていた。 「けっこううまくできてるみたいじゃない。野菜に火が通っていないのもあるけれども。  いいわ。これも出しましょう。味付けは私がするわ。」 そういって、釜に火を通し始めた。 「さあ、あなたはリチルちゃんのところに行っていなさい。できたら呼びに行くから。」 「リチルは寝てる。いいよ、私も手伝うから。」 「私の事はいいから、あなたはリチルちゃんの傍にいてあげなさい。でないとまた泣き出すわよ。」 リンさんは、渋々納得した私をキッチンから追い出した。 まるで私は邪魔だと言わんばかりに。 リチルが眠っている部屋へと行こうとすると、軽快な鼻歌がキッチンから流れてきた。 しかし、私にはさっぱりわからない曲だった。

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  lute@do7.enjoy.ne.jp 虎神 竜斗(こがみ りゅうと)

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