照明のついた道をリークは一人とぼとぼと歩いていた。
「また、ドジしちゃった」
 リークはまだ十五歳だった。多くの隊員達は十五の子供なんかにB・Eの仕事は無理だと言っていた。しかし、ここに来る以外に彼の家族を養う方法がなかったのだ。
 虚しく彼の足音だけが廊下に響く。他の隊員達はほぼ出動し出払っていた。
(いつになったら、僕も出動できるんだろう?)
 リークは途方に暮れていた。
 B・Eでは半人前扱いされ、出動のお呼びすらかからない。リークのやることと言えばかかってくる電話の処理ぐらいだ。このままでは上のランクに上がるなど程遠い。
「Eランクなんかじゃ、まだ足りないよ」
 彼は深くため息をついた。
「元気ないわね」
 突然リークの後ろで声がした。
「ア、アイさん?!」
 先程別れたばかりのアイが彼の後ろに立っていた。彼女は外出用のコートをはおり、左手の人差し指でくるくると鍵を回している。
「また出動ですか?」
「ま、そんなものかも」
 出動をそんなものと言えるアイが、リークにはうらやましかった。
アイは彼の五つ上のSランク、B・Eの最高ランクで最年少のエリートと呼ばれている。
「アイさんは、いいですよね……」
 彼は言った。
「え?」
「……僕も、早く上のランクに上がりたいんです。どうすればいいですか?どうすればアイさんみたいに強くなれますか?」
 リークの背丈より少し高いアイを、彼はすがるように見た。その目には自然と涙がにじむ。
 少々顔をしかめたアイは、コートのポケットからハンカチを取り出した。
「男は泣かないの。特にB・Eの男はね」
「す、すみません、つい……」
 彼はハンカチを受け取ると、涙を拭った。
「このハンカチ、あとで洗って返しますね」
「そう、ありがと。で、リーク、あなたは上のランクに上がりたいの?」
 アイに聞かれ、彼はうなずいた。
「それなら、リークに出動命令を下す。私について来なさい」
 一瞬彼女が何を言っているのかリークには理解できなかった。
「え……は、はいっ!」
 リークは顔を輝かせると、先に歩き出したアイの後を追う。
「それで、どこに行くんですか?」
「スラムよ。詳しくは車に乗ってから説明する」
 アイが歩みの速度を上げたので、必死にリークは大股でついて行った。
 駐車場につくまで、二人が言葉を掛け合ったことはなかった。
「この車よ。乗って」
 アイは一台の銀色のいかにも高価そうな自動車を指差した。
「それ、アイさんのですか?」
「いいえ、お父さんのよ」
 アイはそそくさと乗りこみながらリークに言った。
 リークも補助席の重たいドアを開け、車へと乗りこむ。
 リークがシートベルトを留めようとしたした途端、車が発車した。
「ぅわぁっ!?」
「あら、まだつけてなかったの」
 夜の道を飛ばしつつ、アイは約九十度首をリークの方向へと向けていた。決して彼女が前を見ているとも思えず、リークは身の危険を感じずにはいられなかった。
「ま、前見て運転してください、アイさんっ」
「……わかった」
 リークに注意されたことを別に気にかける様子もなく、アイは視線を前方へと戻した。
(ま、まだ死にたくないぃぃ!)
 心の中で泣き叫びつつも、いまさら降りるなどとは言えないリークである。
(忘れよう、もう忘れよう)
 リークは必死に冷静さを取り戻そうと、助手席へ身体をうずめた。
(あ、意外に快適……)
 アイの運転はなかなかうまいもので、特にリークがすることはなかった。
「そう言えばまだどこに行くか言ってなかったかしら?」
 アイはリークが注意したことを守り、前を向いたまま彼に尋ねた。
「いえ、それは聞きました。でもまだ誰を捕まえるとかどう言う作戦とか、聞いてないです」
「そう。今回はトウヤ・ユイザキと言う魔術師よ。一年前、私が殺したはずだった……」
「死んでなかったんですか?」
「魔術師ってものは、そんなものなのかもしれないわね」
 街の明かりに照らされたアイの顔は、どこか厳しい。色々尋ねるのは良くないと思い、リークは話を進めることにした。
「それで、僕は何をしたらいいんでしょうか?」
「ユイザキは死霊使いなの。だからまずはその死霊を動けないようにして欲しい。それをあなたに任せたいの」
 アイは告げた。
「げっ」
 思わずリークは奇怪な声を発する。
「どうかした? リーク」
「ちょ、ちょっと死霊は怖いなって……なんて言ってられませんよねぇ」
 その言葉を聞き、アイは肩をすくめたように見える。
(もしかして、怖がりだと思われた?)
 いろいろな心配事を抱えつつも、今はとにかくアイの言う通りに従うしかない。従わなければ彼の昇格の道は閉ざされてしまう。
「僕、怖いけどがんばりますね」
 口先が震えているのは彼自身分かっている。
「そんなに怖がらなくて大丈夫だと思うわ。あなたの噂はよく耳にするもの、リーク」
 透き通るような声で名前を呼ばれ、リークは一瞬ドキリとした。
(今までアイさんのこんな優しい声、聞いたことなかった)
 赤くなった顔を隠すようにうつむいたリーク。アイはそれに気づいてはいないようだった。
 軽快に車は走りながら、二人の間には濃い沈黙の霧がかかる。
 リークは何か話をしようと脳内で案を考えるが、全て良案と言えるものではない。
 その時、アイが沈黙の霧を吹き飛ばした。
「少し話をしてもいいかしら」
「ど、どうぞ」
 しどろもどろしつつ、リークは先を促す。
「……昔、一人の少女が小汚い町に住んでいました。少女は両親をなくし、六歳年上の兄と質素ながらも、幸せな生活を送っていました……」
(一体、誰の話をしてるんだろう?)
 リークは首をかしげた。
「しかし、その幸せな少女の生活に突然ピリオドがうたれました。
 彼女が夕方、買い物に行っている最中に爆発事件が起こったのです。急いで彼女がそこへ向かうと、そこは自分達が住んでいた家でした。少女は必死に兄の姿を探しました。しかしその爆発はあまりにも大きすぎました。少女の兄の亡骸は、見つかることはなかったのです。少女は一体誰が幸せな生活をぶち壊したのか一生懸命調べました」
 リークは頭の中で何かがはじける音がした。
「もしかして、アイさんの話ですか?」
 しかしアイは、リークの質問に答えようとはせず、話を進めた。
「そして彼女は知りました。トウヤ・ユイザキという男が……少女の幸福な時間を奪った奴なのだと……」
 リークは青い瞳に映る、一人の女性がとても哀れに感じた。
 生活が苦しいとしても、大切な人が一人でも生きていれば強く生きてゆける。リークも大切な人が待っているからこそ、つらい仕事もがんばれるのだから。
「……アイさん…………」
「……ごめんなさいね、こんな話してしまって。忘れてちょうだい」
 アイの蒼い瞳が一瞬光った。ような気がした。
 前を向き直した彼は、崩れに崩れた町を目にした。スラム――家のない人間達が暮らす廃屋の町。
 シルバーの車は、アイによって適当な場所に停められた。
「降りて」
 重いドアを内側から開け、リークは初めて吸った。スラムの重々しい空気を。