大きくあくびをして、目をこする。
そして大きく体を伸ばして、ベッドから起きあがる。
窓のカーテンを、じゃっ! と開ける。いつものように、日の出の太陽の光が部屋に入ってくる。
素早くジョギング用の服に着替え、いつもの普段着を用意し、ベッドを整える。
「よし、と。」
扉の横の魔法猿を黙らせて、部屋のドアを開け、鍵をかける。
下に降りて、すでに起きて仕込みをしている父親に向かって声をかける。
「おはよー、いってきまーす!」
「ああ、気をつけてな。」
そして裏口からさくら亭の外へ出て、走りはじめる。
時刻は5時ジャスト。
今日も一日が始まった。
「パティちゃんの一日 SSバージョン」
前編
たったったっ……。
30分ぐらいして、右手に卵と肉と魚が入った袋を、左手に野菜や調味料が入った袋を持ってさくら亭に戻った。
「たっだいまー!」
「おかえりー! 悪いがすぐに出てくれ!」
すでに店の中は夜勤明けの第1部隊の隊員がやってきていた。仕事の後の食事なので、すでに空のお皿が何枚か出ている。
「あ、わかったー! すぐに支度するから!」
と言って、カウンターに仕入れた食料を置き、部屋に戻る。
自分の部屋に入り、その片隅にある浴室に入り、手早くシャワーを浴びて汗を流す。
いつもなら「ふふんふんふ〜ん」とか歌いながらゆっくりとしているのだが、もう大量にお客がやってきているのではそんな時間はない。
普段着に着替え、壁にかけておいたエプロンを手早くつけて食堂に向かった。
食堂は今だ変わらず喧噪に満ちていた。
その中にはめずらしくアルベルトもいる。
「あら、あんたもいたの?」
料理を運んできたパティが呼びかける。
さくら亭に入ってきた時は慌てていて気づかなかったようだ。
「いちゃ悪いか? 久しぶりに夜勤に回ったんだ。
久しぶりなだけに、ちとこたえたがな。」
そう言いながらもアルベルトの手は食事を食べるのに忙しい。
「嘘でしょ。クレアのおせっかいが煩わしいから夜勤をやったんだって?」
「ぐっ! ぐ、げほ、げほっ!!」
パティのツッコミに喉をつまらせるアルベルト。
「な、なぜそれを!?」
「なんでって、第3部隊の隊長の……えーっと、何だったっけ、名前。ま、それはいいとして、夕べそんなことを言っていたわよ?」
言いながら、カウンターに戻るパティ。
「あ、あの野郎! 秘密だって言っていたのに!」
勢いよく立ち上がり、その足でカウンター席に座るアルベルト。
「だいたいあの野郎、男のくせに約束事をあっさりと忘れやがって! 名実とともに隊長になったんだから、そういうところの責任感ってもんをもう少し考えやがれ!」
先ほどまで座っていたテーブルの上を見やると、ジョッキが3つほど転がっている。
どうやら少しばかり酔っているらしい。
それを少し面白そうに見るパティ。
「まだ続きがあるんだけど。悪いことに、それをクレアが聞いていたのよ。めずらしくうちで夕食を食べに来ていてね。で、そこの席に座ってて。」
と言って、あるテーブルをさす。先ほどまでアルベルトがいた席だ。
「で、あたしも最近知ったんだけど、その席って、植え込みのせいでカウンターからはなぜか死角になっちゃってんのよね。そしてあの席からは、カウンターが丸見え。」
「……それで?」
何か嫌な予感がしたのか、椅子から腰を少し浮かすアルベルト。
それを見て、にんまりと笑みを浮かべるパティ。
「それで、洗いざらい白状させられて。ま、運が悪かったと思ってあきらめなさい。」
そう言いつつ、立っている場所をずれるパティ。すると……。
「どわあっ!! く、クレア!?」
「……………………。」
厨房の奥から、クレアが大きめのトレイを持ちながら「ざっ……ざっ……。」という効果音とともに出現した!
トレイの上には、所狭しと並べられた料理が山のように乗っている!
「それじゃお二人とも、ごゆっくり〜♪」
パティはその様子を目の端で見つつ、、今しがた父親から預かった出前を持って外に出た。
「お、おい! ちょ、ちょっと待……」
ダン! と言う音とともにトレイをアルベルトの目の前に叩きつけるクレア。
トレイの上の料理が一瞬中に浮いた。
「さ、にいさま。たべてくださいますわね……?」
にっこり。
クレアの口から出る言葉はどう考えても棒読みにしか思えない。かなり感情を押し殺しているらしい。
その上で「口だけ」にっこり。目は笑ってない。
パティがさくら亭を出て最初の角を曲がるのと、アルベルトの悲鳴が聞こえたのは同時だった。
「さすがに激辛料理中心に教えたのはまずかったかしら……?」
その後、出前を届けたパティが帰り道で見たものは、槍の穂先からアルベルトをぶら下げて担いで帰るクレアの姿だった……。