ただいまを言いに行こう

ジョートショップの居候だった身が、どうしても押さえ切れない衝動に突き動かされるように旅に出て一年。ようやく街へと帰る事を選択し、その途上にあったルーン・ルーファスは悩んでいた。こんなに頭を使って悩んだのも久しぶりである。・・・・・そんな事を言っていると、いかにも普段頭なんか使わないで脊髄反射だけで生きているように思われるかもしれないが(実際にそのとおりだが)、とにかく悩んでいたのである。
「むむむ・・・・・・」
てくてくと、未だ遠いエンフィールドへの道を歩きながら、ルーンはずっと考え込んでいた。なにしろ、道の脇から飛び出してきて今にも襲い掛からんとしたオーガーの前を、「考えてるんですぅ」と言わんばかりの腕組みポーズで素通りしたのであるから、かなりの重症であろう。思い切り無視された形になったオーガーは、冷や汗を掻きながら歩き去るルーンを見送ってしまい、はたと我に返った。
このまま見逃してしまっては、魔物の沽券に関わるというもの。あんなやせっぽちの人間一人くらい、やっつけられなくてどうするのか。それ以前に無視されて黙ってられる訳がない。そういう訳で、再びトライしたオーガーであるが。
「むむむむ・・・・・・」
しっかりきっぱりと無視されて、またも目の前をすたすた通られてしまう。逆上して3度目のトライ・・・・・・だが今度は。
「人が悩んでる時に・・・・・・うっせえんだよっっっ!!!」
振り向き様、怒鳴り声と共に繰り出される炎の拳。哀れ、根性持ちのオーガーは一撃でお空の星になった。
「ったく、それどころじゃねえってのに・・・・・」
何事もなかったかのように呟いて、再びルーンは歩き出す。事の一部始終を目撃した別のオーガーが、あいつだけは襲うまい・・・・と決意した事までは、当人の知る所ではない。


エスネルという小さな街にたどりついたのは、其の日夕方になってからだった。こじんまりとした温かさの漂う街で、知らずルーンの頬が緩む。こういう、温かさを感じさせる雰囲気は好きだった。
「野宿するつもりだったけど・・・・・いーや。ここで泊まろ」
前の街で魔物討伐のバイトをしたおかげで、懐はかなり暖かい。ほとんど一人で魔物の群を討伐したため、やたらめったら高収入のバイトになった。
街で一軒しかない宿に部屋を取り、ベッドに転がる。天井を見上げて考えるのは、やはりさっきから己の頭を悩ましているもの。ベッドの上をゴロゴロ何度も転がって、ルーンはもう一度起き上がった。
持ってきた荷物を開けると、いろいろと細々した小さな包みが転がり出してくる。旅の途中、土産にと購入したもの。アリサを始め、世話になった人がいっぱいいるから。ただ・・・・・・思っていたのよりも、一個少ない。
「むむむむ・・・・・・・」
それが、彼の現在の悩み。他の恩人や友達や知り合いの分は都合が付いたのに、たった一人分だけがまだ決まっていない。・・・・・・・パティの分だけが。
そもそも、パティとは何かをあげたりあげられたり・・・・・で、楽しい思い出がない。誕生日には水着をあげたりして殴られたし(だって着て欲しかったんだからしょーがないだろが?と思う)。逆にルーンの誕生日には、喧嘩冷戦中だった事もあり、死ぬほど嫌いな(笑)「セロリたっぷりのピザ」なんかをよこされ、食べきるまで許してくれなかった(まじで死ぬかと思った)。
そういう訳で、ルーンは悩んでいた。せっかく一年ぶりに会うのである。そんな時にまで、土産ひとつで喧嘩なんかしたくない。できれば気の効いたものをあげて、「やぱりルーンは一味違う」とか思わせたい所だ。
その「一味違うもの」を受け取ったパティが可愛らしく喜んでいる姿など想像し、ふっふっふっ・・・・等と一人悦に入るルーン。端から見ると危ないお兄さんである。
何はともあれ、この街でも土産探しをしてみよう。ルーンはこの街に二・三日滞在する予定を立てた。どうせ、急ぐ旅ではない。帰るという連絡だってしてないし。
もう一度寝転がって、窓から外を眺める。考え込んでいるうちに最後の陽は落ちて、夜の帳があたりを支配しはじめていた。


次の日。のんびりと昼近くになって目を覚ましたルーンは、遅い朝食兼早めの昼食を摂ってから、宿を出た。そんなに大きくない街なので、商店街といってもたかが知れているが、意外に気の効いたものがあるかもしれない。
こじんまりとした店が建ち並ぶ中を、しばらくぶらぶらと歩いていたルーンは、やがて小さく溜め息を吐いた。いろいろな細々したものが置いてある雑貨屋は何軒かあったのだが、どうもこれといったぴんと来る物がない。
髪飾りや、アクセサリーや、小さな手巻きオルゴールや、手鏡、奇麗な模様の小物入れ・・・・・女の子なら誰でも好きそうな小物達。実際、他の女友達の土産には、そういったものが多い。
「むむむ・・・・・」
歩きながら、腕を組んで考える。何をあげれば、一番彼女は喜んでくれるだろう?
考え込みながら歩いていた文房具屋の前で、ルーンはふと立ち止まった。小さなウィンドウ。細々とした雑貨に近い文房具が並んでいる。その、一番端っこに目立たないくらいのさりげなさで飾ってあったもの。
「・・・・・・・そーか、それ、いいかも」
不意に何かを思い付いたのか、ルーンは唇をカーブさせた。これは意表を突いているかもしれない。それに、うまく行けば俺も嬉しいし。
「ちわー」
思い立ったら吉日。ルーンはさっそく、店の中に入っていった。


一ヶ月後。のんびりとした道程を終え、ルーンはエンフィールドへと続く街道を歩いていた。天気は上々、昼前にはエンフィールドの祈りと灯火の門へ辿り着く計算。予定通りである。
「お?」
もうすぐ、門が視界に入るかな・・・と考えていたルーンは、向うから歩いてくる人影を目にして、何やら驚いたように目を見開き、それからやんわりと微笑んだ。知らず、足を緩める。向うから来る人と、出会うまでの時間を少し長くしたくて。でも、向うはそんな事はおかまいなしに、どんどん小走りに進んでくる。そして、きっかり198歩め。
「よお、久しぶり」
ルーンが、にっこりと笑いながらそう声をかける。・・・・と、返ってきたのは返事ではなく鉄拳であった。
「久しぶりじゃないわよっ!!遅いのよっ!!」
「っとお!」
いきない繰り出される本気の拳と蹴り。それをことごとくかわして、ルーンが苦笑する。あんなにお土産で喧嘩しないようにと悩んでいたのに、結局彼女には、自分の帰還が遅いことが既に怒りの対称であるらしかった。
「悪かった!俺が悪かったってパティ!」
それでも。分かれる前とちっとも態度が変わらないことが、逆に嬉しく感じたりしてしまう。自分がいない間にもエンフィールドには、変わらず時間が流れた筈なのに。自分が戻ってくるまで、時間を留めていてくれたような気がして。
「っとにもう・・・・・・、書き置きひとつで出てって連絡もよこさないわ、やっとよこしたらこんなだわ!」
そういって、パティが突き出したのは空色に染めてある葉書。消印は、ちょうど一ヶ月前の・・・・・エスネル。文面には実に簡単に。「○月×日、昼ごろに帰る」とそれだけ。名前もない。
「だいたい、なんであたし宛なのよ?こーいうのは普通、アリサさんに送るものでしょ!」
根無し草だったルーンを受け入れて、事件の間も温かく見守ってくれた未亡人。今でも、彼が帰ってくる日をずっと待っていてくれている。
「だってさ」
ルーンが、にこにこと笑った。パティが毒気を抜かれて、一瞬口を閉じる。
「俺、パティに一番最初に会いたかったから」
さらりと、そんな風に言われてしまっては返す言葉がない。思わず真っ赤になってしまう。照れ隠しにおもわずやっぱり鉄拳が出た。かわされたが。
「ただいま、パティ」
「えっ・・・・・・・」
繰り出した拳を軽々と受け止めたルーンが、唇に柔らかな微笑を乗せたままそう言う。いきなりできょとんとしてしまったパティに、更ににこにこと口を開く。
「お帰りって、言ってくれない?」
「・・・・・・あ」
「ね?」
たった一言。彼女から一番先に聞きたかった言葉。だからこんな葉書を出してみた。もしかしたら、門のこちらがわまで迎えに来てくれるかもしれないと思って。
「・・・・・お、おかえり」
存外に素直じゃない彼女が、ちょっと俯き加減で真っ赤になって、小さな声で呟く。でもそれで十分。ルーンはにっこりと笑った。
「ただいま!」
もう一度囁いて、ルーンは思わずパティを抱きしめる。・・・・・・・今度は、拳も蹴りも飛んでこなかった。
手を、指を絡めて街へと歩く。きっと門の向うには、懐かしい風景と懐かしい人達が待っている。
「ねぇ、お土産は?」
当然あるんでしょ?とばかりにパティが聞く。まだ真っ赤な顔をしている彼女がどうしようもなく可愛くて、ルーンは相好を崩す。
「ん、あのさ、いろいろ考えたんだけど・・・・」
「何?」
「パティには、取って置きのものを用意したよ」
「?」
きょとんと見上げてくるパティに、とびきりの笑みをひとつ。
「『俺』!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・数瞬後、物凄い打撃音を、門番が聞いたとか聞かないとか。


エンフィールドは今日も平和だ。



お土産を受け取ってみる?(笑)


絶対いらない!!(笑)