…ふう…。
俺はなにもない空間に向かってため息をつく。
胸の中にあったどうしようもない不安を抱えて。
俺の名前はウェイン。
ここ、エンフィールドの何でも屋。ジョートショップの店員Aだ。
俺は一年前、美術館の強盗犯として捕らえられ、その後俺の親しい人間のおかげで無実が認められ、いま、ここに平穏な時を過ごしている。
以前と同様に、町の厄介ごとを引き受けてそれを解決する仕事。
それについては別に不満はない。
それどころか実に満足な日々を送らせてもらっている。
人の悩みを解決して得られる笑顔。それは俺にとって何よりの報酬だ。
ただ、…ひっかかるのだ。
あのときの奴の言葉。
『俺はお前の悪意…負の感情から生まれた』
…俺の内面には確かにそういうものはある。それは認めよう。
ただ、あれだけのものが具現化するのには俺の想像を遥かに超えるものが必要となるのは難くない。
以前、トーヤ先生にも聞いてみた。
当然、シャドウのことは伏せて。
帰ってきた答えは…。
「そうだな。よほどなにかに対しての強い執着があればそれは起こり得ることだ。
もしも、それが無差別だった場合…それは全てに対しての負の感情を持っているはずだ」
とのこと。
あれは間違いなく俺を狙ってきていた。
なら、俺は俺自身に対して…嫌悪…いや憎悪を抱いていたことになる。
普通の奴なら確実に鼻で笑えることだ。
誰だって自分が一番かわいい。
俺だって例外じゃない。
だが、俺には記憶がない。
…そう。ここ、ジョートショップに転がり込む前。
アリサさんに拾われる前の記憶が…。
俺は自分の過去が知りたい。
いや、知らなければならない。
そうしなければ、俺はまたシャドウを創りかねない。
その思いは日増しに強まっていた。
「まーだうじうじ悩んでるの?」
「…うじうじってわけじゃないけど」
さくら亭。
ジョートショップの定食屋兼宿屋。
その看板娘パティ。
さばさばとした性格が特徴の人気者。そして…俺の…大切な人間。
「それがうじうじしてるって言うのよ。あれが何言ってもあんたはあんたでしょう?」
「そりゃそうだけど…」
「なら、悩むことなんて何もないじゃない?」
「そうだな…」
生返事を返す。
「ああああっ! もう! ほら!! これ食べてすっきりして!」
俺の前に乱暴に料理を置く。日替わり定食。俺の好きなメニューだ。
「お腹が減ってるからそんな暗い考えしか起こらないのよ!」
「そうか…?」
「うだうだ言ってるとこれ橋の前の犬のとこまで持ってって餌にするわよ」
「食べさせていただきます。いや、まじで」
俺は容器すら食いかねん速度で定食をむさぼり食う。
数分で定食は俺の腹の中へ。うーん、まんぷくぷー。
「ど、少しは落ち着いたでしょ?」
「うむ。もうちこっと塩味を聞かせるとグッドだ」
「せっかく作ってやったのに文句あるわけ?」
「ごめんなさいごめんなさい」
ぽきぽきと指を鳴らし始めたパティに俺は必死で謝る。
怒りのパティコンボスペシャルだけは勘弁だ。
「お腹もいっぱいになったでしょう?」
「ああ。そうだな」
「それじゃ、腹ごなしに散歩でも行かない?」
「散歩…店はいいのか?」
「昼休みよ。たまにはいいでしょ?」
「そらそうだ。そんじゃ行くか」
俺はどっこらしょっと腰を上げた。
結構枝ぶりのいい木が立ち並ぶ遊歩道。
涼しげな木陰の中を俺とパティは歩く。
横顔が…なんというかその…かわいい。
つい、言葉が口をついて出る。
「パティ…」
「なによ?」
「キスしていいか?」
瞬間。
ずどばきいっ!!
光速の速さで右ストレートが俺の拳に炸裂!! 俺は大きく吹っ飛んで三回転半し、壁に叩き付けられる。
ひ…ひどいわ。
「いきなりなんてこと言い出すのよ!!」
「い、いや、なんとなく…」
「なんとなくでそういうこと言うなっ!!」
「す、すまん。俺が悪かった…だから許して…」
「もう!調子いいんだから…もしかして、シーラなんかにもそういうこと言ってんじゃないでしょうね?」
「え、…知ってたの? おっかしいなあ…口止めしといたはずなんだけど」
言った瞬間、周囲の温度が5度ほど下がったような感じがした。
振り向くと、顔を下に向けてふるふると震えるパティが…。
「あんた、…死ぬ覚悟…できてんでしょうね?」
「へ…あのちょっと?」
「こんの…浮気ものおおおおおおおおっ!!!」
ごごごごごごごごかぁーーーーん!!
次の瞬間。
俺はパティオメガコンボスペシャルを喰らって生死の境を彷徨うはめになった。
「あででででで…だからぁ別にシーラとは何にもしてないってば…信じてくれよ、パティ」
「うっるっさい!」
俺はぎりぎりと耳を引っ張られながら、パティへと連行されていく。
ちなみに全身に包帯が巻かれていることからわかるように俺はすでに全身打撲で死にかけぎりぎりである。
ううっ…ボコボコやぁ。
「弁解はシーラにことの真偽を確認してからよ! もし、あんたが嘘なんか言ってたら…わかってるんでしょ?」
懐に隠していた出刃包丁がぎらりと光る。さくら亭で使ってる包丁は切れ味抜群。なにせリサのお墨付きだ。その気になれば鉄だって真っ二つ。
「さ、殺人はいけないことだと思うな、ボクは」
「大丈夫よ。エンフィールドの法律では浮気男は殺してもいいことになってるから」
「う、うそやっ!アレフだって現に生きてるじゃないか!!」
「アレフの場合うまくかわしてるだけよ。あんたの場合はそういかないかもしれないけど…」
ずぞぞぞぞぞぞっっ!!
俺の背中に嫌っちゅうほどの悪寒が走る。
「ま、せいぜい死なないように気をつけることね。先に行っておくけどシーラね。なぜか刃物の扱いは得意らしいわよ。人体急所も熟知してるらしいし」
「じょ、冗談でございますわよね。パティ様」
「さあ、試してみれば」
明日の天気でも言うような様子でさくっと物騒なことを言ってのける。
俺がびくびくしながら連行されていくと、ふと周りの風景が変わる。
…祈りと灯火の門か。
横を見るとパティが顔を赤らめさせていた。
「ね、あたしたちってさ…ここで…」
「ああ。そうだな」
あの審議のあと俺とパティはここで…つーか俺が強引になんだけど…。
キスをしたわけだ。いや、正確には未遂か。テディが邪魔したから。
だからってわけじゃないけど、俺とパティはなんだかここを歩くのが若干気恥ずかしい感じだ。
「あのときはどさくさまぎれみたいだったし…なんなら続き、する?」
「…ばか」
いいながらも目を閉じる。
おおっ!
なんかいいムードだぞ、俺。
そっと唇を近づけ………
「おいこら!!そこで風紀を乱すバカもの一号!!」
びくっとなって俺とパティは一気に身を離す。
「…この声は…」
俺は敵意に満ちた目でそちらを見る。
いたのは鎧を身につけて、やたらと長い槍を持った、ぼさぼさヘアーの男。
「妖怪化粧魔神!!」
「だーれーが化粧魔神だ!!」
「男の分際でやたらと美容に気を使う、変態的かつ犯罪的なTBC野郎!!」
「きさまあっ!!もういっぺんぶち込んでやるぞ!!」
頭から湯気ポッポで俺に槍を向けるアルベルト。
「まあ、そう怒るなよ。で、二人の楽しいひとときを邪魔したんだから当然、なにか重大かつ早急なる用事があったんだよな?さもなきゃ…」
「どうするってんだよ」
俺はいつも腰に差している長剣を抜く。
「コロスよ。まじで」
「面白い。やってみろよ」
向こうもマジになって槍を構える。
隙のない構え。さすがに自警団をやっちゃいない。
だが、俺には切り札がある。
すっとアルベルトの腰が落ちる。攻撃態勢に入ったか!
俺は大きく動いて指をあさっての方向へ向ける。
「あああああっ!!アリサさんが見知らぬちんぴらに絡まれてる!!」
「なにいいいいいっ!どこのどいつだ!!今すぐ俺が始末する!!」
アホ。
ごっつん!!
俺は隙だらけになったアルベルトの後頭部に鉄拳をお見舞いする。そのままダウンするアルベルト。
「で、なんだって?」
「うう…覚えてろよ」
にらみながら呟くアルベルト。だが簀巻きにされていては手も足もでないようだ。
「んんー?そんな反抗的な態度を取ってもいいのかにゃー?」
俺は絵の具を取り出して構える。
「俺さ、最近人間ペイントに凝ってるんだよね。今日の画材はアルベルトで決定かあ…リカルド隊長もお喜びになるだろうなあ」
「ううううっ!わ、わかった。俺が悪かった」
「最初からそういう態度でいいんだよ。それで、俺になんのようだって?」
「アリサさんが探してきてくれって言ってたんだよ。さっさと行け」
「…しゃあねえな。そんじゃな、アルベルト」
「あ、おいこら!この簀巻きはほどかないのか!!」
「そうしてりゃ誰か拾ってくれるだろう?ま、リカルド隊長だったら…」
すっと親指を首の前に持っていって切るような動作。
「お前、撃沈」
「だあああああっ!さっさとほどけえええっ!!」
「知るか、あほう」
「覚えてろよおおおおっ!!」
叫びまくるアルベルトを無視して俺は歩みを進める。
「いいの?ほどいてあげなくても」
「いいのいいの。たまには頭を冷やすことも必要だってね」
でもって、アリサさんの待つジョートショップ。
俺はアリサさんから奇妙な鍵を受け取った。
「アリサさん。これは?」
「それ、あなたの荷物を整理してたらでてきたのよ。ウェイン君、見覚えは?」
「ないです。荷物って…まさか?」
「ええ、あなたのあのときの荷物よ」
エンフィールドに俺が来たとき、俺は行き倒れていたらしい。
記憶がないので何とも言えないが、そのときの俺の状態はトーヤ先生が見たところでも『生きているのが不思議』という状態だったとか。
そのときに俺の背負っていた荷物の中にはいろいろなものが入っていたらしい。俺は今の今まで全然それを拝んではいなかった。
アリサさんに預けて管理してもらっていたし、それに別に見る必要なんてないと思っていたからだ。
…鍵…ねえ。
俺は全然ピンと来ない。
しばらく記憶を遡ってみて…
「あ、そういえば、俺の日記か」
「え、あんた日記なんてつけてたの?」
意外そうに言うパティ。
「いんや、単に俺の荷物の中にあったから持ち出してたんだ。なんだか気になってね。そっかあ、あの鍵、そんなところにあったのか」
「ね、見るんでしょう?」
「まあ、うまくいけば、俺の過去がわかるかもしれないし。もしかして、見たいの?」
「…そりゃ、あたしだって見たいわよ。あんたの過去…ってやつ?興味がないわけじゃないもの」
「しょうがないな。ま、どうせ、俺にとっては他人の日記に近いものだし…構わないか」
そう言うと俺はパティを連れて二階へと上がっていった。
ジョートショップの2階。正確には屋根裏部屋を改装したもの。俺が転がり込んだときにアリサさんがわざわざ作ってくれたスペースだ。
その中にある、机の引き出し。
いろいろと仕事に必要なものやら、アレフから預かった女の子の部屋の鍵なんかが入っている。その一番奥にある一冊の日記。
ただ、ダイアリーと記されているだけで、別に詳しいことは表紙には書かれていない。
その日記には頑丈な鍵がかかっていて、どうやっても開かなかった。
だが今はその封印を解くものが手の中にある。
俺はそっと鍵を鍵穴に差し込み、回す。
がちゃりと音がして錠が外れる。
「どれどれ…」
「あ、ちょっとどいてよ。見えないじゃない…」
俺は緊張と期待を胸に、ゆっくりとページを開く。
そこに記されていたのはミミズがのたくったような…間違いなく俺の文字。
どうやら、『実は俺は昔もずぼらで全然日記なんざ書いてませんでしたぁ』的なお約束パターンだけは回避できたようだ。
「うわっ、汚い字。ちゃんと読めるように書きなさいよ。これじゃ普通の人には読めないわよ」
「そんなことは昔の俺に言ってくれ…さて、なになに…」
俺は目で文字を追う。
パティはどうやら最初の書き出しの部分で苦戦しているようだ。
ふっ、まだまだだね。
とかなんとか優越感に浸ってても意味はない。さっさと次を読む。
そして、中間地点まで読み終わった後俺は勢いよく日記を閉じた。
「あっ!なにするのよ!読めなかったじゃない!!」
「まあまあ、それより俺、これから用事があったんだ。続きはまた今度で」
「納得いかないわよ!さ、続き読ませてよ」
「いいからいいから。さ、お帰りはあちらだ」
俺の連れない態度に怒りを現すパティ。
「お帰りはあちら、じゃないわよ!!ふざけてないで、さっさと見せてよ!!」
「…いいから帰れっつってんだ!!」
俺はつい、怒鳴る。
はたと気づいたときには遅かった。|
うつむいて、肩を震わせ始めるパティ。
「なによ…なによなによ!!あんたのことを知りたいだけでしょ!!そんなにきつく言わないでよ!!わかったわよ、帰ればいいでしょ!帰ってやるわよ!!そのかわり、もうここには来ない!!あんたなんて頼んだって店に入れてあげないから!!」
ばん!!
机をたたき、外へと飛び出していくパティ。
扉をくぐる前に…
「…ばか…」
と一言。
後に残されたのはパティがたまたま身につけていたペンダント。この前、ちょっとせがまれて買ってやったもの。そして机に浮かぶ、いくつかの水滴。
「…もう少し、優しく言えないのかよ」
俺は半分後悔していた。
はい、どうも。
naoの弟の矢本 和歌六です。
…うっわー…ついに書いてしまった。しかもいきなりパティとのケンカシーン。ちとへヴィだったかな。
いやね、悠久1やってて主人公の経歴が不明だったし、それにシャドウが出てくるにはそれなりの理由がありそうだって勝手に思い込んでて…。
ま、これはとりあえずプロモーション編。この後さらに本編へと続いていきます。
ちなみに本編は展開がこれよりへヴィになる予定です。
最後までぜひ見ていってやってくだされ。
それと…できれば感想などを聞かせて貰えると非常に嬉しいです。
腐れ物書きにて、腐れ絵かきの矢本 和歌六より。
感想のメールは…naokuro@geocities.co.jp
どうも、矢本の兄、および(勝手な)監修者、naoです。
って、兄弟だってことばらしてどうすんねん、弟よ。
まあいいか。とりあえず主人公(1)×パティのようだし。
でも、パティ泣かせたら磔獄門だかんね。(日常)
と、ゆーわけで、兄の自分も楽しめるこのSS、じっくりお楽しみください。
後、なるべくなら、上のアドレスに(感想、)叱咤、カミソリ、チェーンメールをお願いします。(鬼)
では。