俺は日記のページを進めていく。
そして、その度に顔は強ばり、絶望へと落ちていく。
…読まなければよかったと。
だが、現実はそれを逃がしてくれるわけじゃない。
常に追いかけてくるもの。それが現実だ。
『現在、俺はエイロンド王国の前にいる。
仲間は全員死んだ。死神について来た人間の末路はこんなものだ。
そう思わなければ救われない。
今日は100人ほど斬った。中には少年兵もいた。
未来ある若者か…摘み取りたくはなかったが。
明日はこの城を一人で壊滅されなければならない。
できないわけじゃない。できる。俺ならできる。
ただ、できるからといって実行していいわけじゃない。
だが、俺はそれをやらなければならない。
それが俺の仕事だからだ。ガルキマセラ帝国第一騎士団団長『死神』のウェインとして。』
ガルキマセラ帝国。本国はかなり小さいが、それを支える騎士団の存在のおかげでその地位を確固たるものにしている。まさに日の出の勢いで領土を拡大しており、今ではその周辺の列強国に肩を並べるほどになっているらしい。
ここ数年その領土拡大が停止しており、その周辺の国からは戦力を蓄え全面戦争になるだろうと噂されている。
…特に騎士団の中でも一番恐れられているのが第一騎士団。常に前線に立ち、常に無敗。まさに無敵の騎士団だという。彼らのおかげで領土とされた国は十指に余る。
俺は震える手でさらにページを進める。
『最近夢を見る。
今まで殺してきた連中の夢だ。
殺す瞬間が何度も繰り返され、俺の罪の部分を焼いていく。
そして、全てが終わったとき、暗い闇の中からそいつらがじっと俺を見ているのだ。
何を言うわけでもなくただ、黙って暗い瞳でじっと。
そのせいだろうか。最近体調が思わしくない。
だが手を止めるわけにはいかない。手を止めれば今まで殺してきた連中が犠牲がムダになる。
ただ、手が重い。どうしようもなく重いのだ。』
暗い言葉。
信念を貫き通そうとして、心が悲鳴を上げている所が克明に記されている。
いくつかそういう文章が並び…
そして、最後のページ。
『俺は…死神としての自分を殺したい。
いや、今日で俺は死ぬ。
もうすでに俺は第一騎士団団長の…死神のウェインではない。
帝国はもう俺のいるべき場所ではない。
今日、陣営を離れるつもりだ。
部下にも誰にも計画は教えていない。
気づく奴はいないはずだ。
そして、俺は死神の俺と決別する。どのような手段を使っても死神の俺は死ななければならない。
手に残る重い感触を消すためにはそれしかないからだ。
それにもし…もしも俺が追撃してきた兵に殺されても、それは俺が…死神の俺が死ぬということそれは本望だ。
ただ、できることなら生き延びたい。生きて、そして、ただの人間として、生きていきたい。
俺の心がまだ完全に死神に変わる前に』
読み終わった後。
俺は今までの俺とは比較にならないほど、冷たい感情を胸に抱いていた。
シャドウが現れたわけ。そして、俺を襲ってきたわけ。
それらがあっさりと理解できた。
俺自身が覚えてはいない…いや忘れていた殺意。それは新しい、記憶を持たない俺の潜在意識の中に眠っていたのだ。
そして、俺は日記を破り捨てる。誰にも見られないほどばらばらに。
「…やはり、行くべきだよな。決別するために」
俺は立ち上がって下へと向かった。
アリサさんがいないことを願って。
思えば最初から疑問を持つべきだったんだ。
リサとちょっとした戦闘訓練を積んでいたときだ。
「ボウヤ。あんたはときどき面白い動きをする。私がびびっちまうくらいに鋭い動きを。
あんた、記憶を失う前はどっかの剣士か傭兵だったんじゃないの。しかも、凄腕のさ」
俺は笑って流した。
思えば最初から疑問を持つべきだったんだ。
モンスターとの戦闘でやばくなったときにときどき無意識で発動する魔法。
エンフィールドの中では知ることもできないような凶悪な破壊力の魔法。
「さっきの魔法、なんて言うんです?僕、あんな魔法は見たことないですよ」
クリスの質問にも、たぶん気のせいと答えていた。
思えば最初から疑問を持つべきだったんだ。
初めてアルベルトと出会ったときだ。
「お前はどこか危険の匂いがするぜ。変な真似したら…叩き斬ってやる」
そのせいであいつは気に入らない奴と思い込んでしまった。判断自体は正解だったが。
ほかにもいろいろある。
リカルドのおっさんがときどき俺を監視するような目で見るのも、トーヤ先生が俺の回復力を見て首をひねるのも。
それになにより闘技場で戦っていたときだ。
心の中では正直、こういうのは向いていない…と思いながらも気がつくと血が沸き立つような感じを覚えていたのだ。
必死でそれを押さえたこともある。
…そうだ。最初からそんなことは気がつかなければならなかったのだ。
そして、俺は下に降り、倉庫の中へと移動する。
いろいろな道具が並ぶ中、その一番奥にあった実戦用の鎧と、わずかな手荷物、そして、2本の剣。
柄には死神の絵柄が刻まれている。
それを手にして、玄関へと向かう。
そして、飾ってあった大鎌を握る。
アリサさんには不似合いなこの道具。以前それは草刈用のものだと聞いた覚えがある。
嘘だと思いながらもその場は流してしまった。
だが、違う。
これは俺のものだ。
俺の象徴とも言えるもの。
俺はそれを手にして外へと出る。
俺の居場所はここにはない。平和な街にいるべきものではない。
俺はまず、街を出る前にトラヴィスの所へ寄って聞いてみる。
『ガルキマセラ帝国の行方不明者を探し出すような依頼は入っていないか』と。
答えは明確だった。
ただ、短く『YES』。
それを聞いた俺は即座に町の門へと走った。
途中、アレフに出会って、声をかけられた。笑っていた。
そんな格好してどこに行くつもりかと。
俺は草刈りに行くと告げた。
大爆笑。転げ回るほどにおかしかったらしい。
俺はいつものように、ほっとけ、と言ってその場を通り過ぎた。
町の門の前。
警備の人間はいなかった。
ただ、リカルド隊長が立っていた。
「行くのかね?」
「はい。お世話になったとアリサさんに伝えておいてください」
「以前私は言ったはずだ。無理に記憶を取り戻す必要はないと」
「ええ、その忠告、聞いておけばよかったと思います。いまさらですが」
「それでいいのかね」
「なにがです?」
「少ない時間だったが君はエンフィールドの住人だった。ここに残る理由はあるはずだが」
「あります。でも俺にはそれよりも大きな理由が向こう側にありますから」
「正直、君をここで引き留めたい。今までの過去を忘れればここに残ることだってできるはずだ。
現に今まで向こうからはなんの手出しもなかった。これからもそうだろうし、もし手出しが行われても隠し通して追い払えばすむことだ。
君はこの街では住人の信頼も得ている。…そうではないかね」
確かに正しい。だが正しいのが答えとは限らない。
「不安材料は少ないほうがいいはず」
「…残された人間がどう思うか。考えてみたかね」
「アリサさんなら心配はいりませんよ。アルベルトがなんとか奮闘してくれるでしょう」
「…パティ君もか?」
沈黙が下りる。痛いところを突いてくれる。
俺はふっと笑った。
「昨日、ケンカしちゃいました」
「そうか…だが、きっと彼女は今よりも怒ると思うぞ」
「しかたないと思います」
「恨まれてもか?」
「慣れてます」
「死なれても…かい?」
「そこまでつながりは強くない…と思いますから」
「…バカだな。君は」
「わかってます」
俺はリカルドの横を通り過ぎ、そのまま町の外へと出ていく。
「リカルド隊長。でも、俺はきっとここに戻ってきます。だから戻ってきても俺を追い払うのだけは勘弁してもらえないでしょうか」
「都合のいい提案だな」
「承知済みです」
「…いいだろう。ただし、戻ってこなければ私も本気で怒る。それだけは忘れるな」
「わかりました。肝に銘じます」
俺はそして、ガルキマセラ帝国へ足を向けた。
俺が俺である理由を取り戻すために。
俺が死神を捨てるために。
どうも。全世界1億5千万人の(希望)パティファンの皆様、こんばんは。naoです。
ま、上の弟のセリフじゃないですが、どーもパティを泣かせそうな気配がしますな。
はてさて、次はどうなるんでしょうね?
ま、とりあえず、いつも通り、(感想、チェック、)虐殺、爆破予告、硫酸メールをお待ちしてます。(外道)
では。