出会ったあの日からどれだけの時間が過ぎたんだろう。
 いつだってあなたは突然に、私の意識に飛び込んでくる。





 当たり前のようにあなたが紡ぐ甘い言葉が、私を不安にさせる。





 けれどあなたの鮮やかな輝きに、私はいつもドキドキしてる。





 私は絶対に認めない。





 あなたに惹かれているなんて悔しすぎるから、私は簡単にはこの気持ちを認めない。

 






 日本の音楽シーンのトップを走る男性二人組のユニット「グリフォン」
 その人気は日本のみならず、アジアにも広がっていた。






 ライブはアリーナ、ドームクラス。
 アジアツアーも何本か行って大成功を収めた、名実共にトップアーティストだった。






 グリフォンの結成は謎に満ちている。
 人気絶頂期に解散したバンドの、天才ギタリスト弁慶。
 彼がグリフォンをつくった。
 彼はバンド解散後、表舞台から姿を消し、音楽プロデューサーとしての道を歩んでいた。
 どんな誘いがあっても、自ら顔出しすることなく、アイドルからロックバンド、映画に至るまで幅広い楽曲提供を行っていた。
 





 その弁慶が、いきなりヒノエというボーカリストと共にグリフォンを結成した。
 ヒノエは、それまでインディーズでも活動していない、まさしく彗星のように現れたボーカリストだった。
 そして弁慶はグリフォンの結成と同時に、これまで行ってきた音楽プロデューサーとしての仕事を凍結してしまったのだ。






 グリフォンにすべてを掛けると言って。






 それから……。






 彼らは今、音楽業界でカリスマ的存在となっている。







 
 割れんばかりの歓声。
 目のくらむようなライティング。
 上がる火柱。舞い散る白い羽。






 グリフォンのドームツアー最終日は、最後に相応しい興奮と感動に包まれていた。






 ダブルアンコールの最後の歌。
 客席から一足先に出た彼女は、舞台袖の隅っこでステージを見つめながらそれを聴いていた。






 上半身裸の彼の背に流れ落ちる汗が、まばゆいライトの光を弾いている。
 感情の昂揚が最高潮に達した彼が、頭からミネラルウォーターを被って頭を振った。
 乱れる赤い髪。はじけ飛ぶ水滴。
 たったそれだけで、会場から嬌声が上がる。






 流れてくる深い響きの心地よい歌声。
 彼女は無意識のうちに、胸元をぎゅっと握り締めていた。











「で、オレは合格かい?」
「何が?」
 息を荒げながら壁に手を付いたヒノエに囲われた望美が、不思議そうに彼を見上げた。





 そんな望美を、ヒノエは体で壁に押し付ける。
「しらばっくれる気かい?そうはいかないぜ」
 ヒノエの夕陽のような赤い髪から、望美の頬にポタリと雫が落ちる。
 荒く上下する肩。
 興奮に染まった凛々しい瞳。
 遠くに聞こえるまだ収まらない歓声。
 ライブを終えたばかりのヒノエは、自分で被ったミネラルウォーターも流れる汗も拭わないまま、鍛え上げた上半身を晒し望美をその腕の中に捕らえていた。






「お前をときめかせたらキスさせてくれるんだろ?どうだい?俺は望美好みのいい男だったかい?」
「……どう思う?」
 ヒノエに密着されながらも望美はにっこり余裕の笑みを浮かべて見せた。
 いつものようにつれない、その上いつもより余裕を見せる望美をしばらく見つめた後、ヒノエははぁ……と息を吐いてがっくりと頭を落とした。
「気難しいね。姫君…」
 苦く笑ってふっと力を抜いたヒノエを、望美が悪戯めいた目で見上げた。
「諦めちゃうんだ?」
 くすくす笑う望美は、今までヒノエが見たことないほど大胆だ。
 しかしその余裕を崩すことが出来なかったのは、賭けに負けたということ……。
「ときめかなかったんだろ?まったく……」
 やれやれと望美を押さえつけていた体を起こしたヒノエ。
 だが、望美は離れていくヒノエの右手を不意に掴んだ。
「確かめてみたら?私がドキドキしているか…」
 望美は可愛らしい顔に挑戦的な笑みを浮かべ、掴んだヒノエの右手を自分の左肩甲骨下の胸元に当てた。





 僅かにヒノエの目が驚きに見開かれる。
 手のひらに感じる、望美の柔肌…。
 ヒノエの唇から軽やかな口笛が零れた。
 そしてヒノエは眩しそうに目を眇めて口の端を上げたのだ。
 まるで、獲物を狙うしなやかな獣のような眼差し。
「望美。オレを誘ってる?」
 ほんのりと頬に赤みを帯びた望美が、笑みを深くする。
 ヒノエは喉の奥で愉快そうに低く笑い、もっと強く望美の体を壁に押し付けた。
 形のいい望美の胸が、ヒノエの裸の胸に押しつぶされるくらい密着した体。
 ヒノエのトワレと汗の匂いが、望美を刺激する。
 ヒノエは望美の瞳を見据えたまま、唇が触れるほど近くに顔を寄せた。
 






 夕陽のような赤い瞳が、強くまっすぐ望美の瞳を射る。
 望美はヒノエに負けない目力で、静かにヒノエの瞳を見返した。
 いつもだったら、すぐに目を逸らしてしまうのに……。
 日頃と違う望美に、ヒノエは楽しそうに笑う。





「たまらないね……。姫君」






 ヒノエの体温が分かるくらい近づいた唇。
 少しでも動けば触れるのに、二人は間近で見詰め合ったまま、触れそうで触れない緊張感に身をゆだねていた。
「望美……」
 蕩けるような甘い囁き。
 けれど誘うようなそれに望美は瞳を閉じるどころか、ふぅ…っと悪戯めいた笑みを浮かべた。






 
 その瞬間…。







「っ、うわぁっ!」
 ヒノエはいきなり後ろ髪を思いっきり引っ張られ、たたらを踏んで望美から離れた。
「時と場所を考えなさい、ヒノエ」
「!?てめぇ…、弁慶!!」
 腕を組んで冷ややかにヒノエを見据えていたのは、ブラックシャツを無造作に素肌に羽織った弁慶だった。




















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