戦いの間に芽生えた恋は、戦いが終わればどこへ行くのだろう?
御伽噺のように、すべてがめでたしめでたしで終われたらよかったのに……。
現実の時間は容赦なく流れていく。
何度も時空を超えた。
たった一人、手探りで。
時に傷つき、時に泣き。
時空を超えるたびに積み重なっていく罪。
それでもたったひとつの願いを抱いて、がむしゃらに時を渡った。
自分が望む未来へ。
あの人を助ける為に。
ただそれだけの為に、名も知らない多くの人を犠牲にした。
私が求めた未来。
白龍の逆鱗で歪めた未来。
ただひとつ望んだのは、あの人の命。
そしてひとつの命を求めた故に、失ってしまっただろうたくさんの命。
私が殺した。
あの人のかわりに、多くの人たちを。
誰もが私を龍神の神子と崇め奉る。
でも本当は龍神の神子なんて神聖なものじゃない。
残酷なエゴイスト。
私はこの世界の歴史を歪めた罪人……。
「じゃあ、帰るね。今まで本当にありがとう!」
まるでまた明日、と言わんばかりの気軽さで、望美は長く一緒に闘ってきた仲間達を振り返った。
ただひとりいないのは、望美の幼馴染みの将臣。
彼は平家一族と共に南へと落ち延びたからだ。
迷わずに己の進むべき道を歩んでいった将臣がうらやましい。
『たった一度の人生だ。俺の生きたいようにわがままに生きるさ』
そう笑って、少しだけ年上になってしまった同級生の彼は頑張れよと望美の頭を二度叩いた。
わがままに生きれたらどんなにいいだろう。
けれど頷くには重過ぎるモノを、望美は抱えてしまっていた。
運命を歪めた為に、望美が奪ってしまった多くの命を……。
望美は最後になる仲間たちの姿を、自分の目に焼き付けようとまっすぐに彼らを見つめた。
「淋しくなるね〜、望美ちゃんたちがいなくなると」
至極残念そうにがっくりと肩を落としたのは、梶原景時。
戦奉行という厳しい要職にありながら、その人柄ゆえ、望美にとってちょっとだけ頼りないお兄さんのような存在だった。
「気をつけて帰れよ」
淋しさをぶっきらぼうな言葉に隠して見送ってくれるのは九郎。
真面目で朴訥として、そして優しい人。
彼はこれからも、兄の為に生きていくのだろう……。
「本当にありがとうございました」
柔和な笑み。
その下に隠された冷徹な彼。
けれども誰よりも平和を願っている弁慶は、望美のよきアドバイザーだった。
「神子…。あなたのおかげで平家は救われた。ありがとう…」
怨霊であるわが身を厭いながら、平家の怨霊を本当の意味で救うため、一族を裏切った敦盛。
静かな悲しみを湛えたその瞳は、切ない優しさで望美を見つめてくれていた。
「望美、本当に帰ってしまうのね……」
美しい瞳に涙を湛えて、朔は望美の手を握った。
一人っ子の望美にとって、姉とも親友ともいえる朔。
そして唯一の対の黒龍の神子。
同じ女性である彼女の存在が、戦に巻き込まれた望美をどれだけ救ってくれたか……。
「神子……」
少しだけ舌足らずな、可愛らしい子供の姿で望美を見上げるのは、望美をこの世界へ呼んだ白龍。
望美が五行の力を取り戻すと青年の姿になったのだが、子供の姿が愛らしく残念がった望美に合わせて、今は子供の姿をとってくれていた。
けれど、望美が自分の世界に帰ってしまえば、白龍も神として八葉の前から姿を消すのだ。
「春日先輩……。そろそろ…」
別れを惜しむ望美に控えめに時間を告げたのは、年下の幼馴染み、有川譲。
彼も望美と共に、この世界に飛ばされてきた。
そして八葉として、ずっと望美を守ってくれた。
彼も望美と一緒に還る。
あの懐かしく目まぐるしい世界へと…。
「姫君とも最後か……。名残惜しいね」
望美の耳を擽る、僅かに艶を含んだ彼の声。
「……ヒノエくん」
鮮やかな赤を纏ったヒノエは、笑みの形に唇を上げた。
「元気で、な?」
誰よりも生きていて欲しいと願った人。
望美が二度、助けられなかった人……。
三度目でやっと、望美はヒノエの生を掴んだ。
その為に奪った命は、きっと数知れず。
敵も味方も。
運命を変える事に躊躇いはなかった。
彼が生きてさえいてくれればいいと………。
何かを隠した皮肉げな笑みも、子供のような笑顔も大好きだった。
必死に戦って運命を書き換えて、やっと掴んだ彼の生と勝利。
その瞬間、望美は気付いたのだ。
自分の血塗られた手に……。
彼を助けるというエゴの為に踏みにじった多くの命に。
そして、怖くなった。
彼を助けた代わりに、前の運命で笑っていた人たちが血まみれで倒れてしまったことに、何の疑問も抱かなかった自分が怖かった。
ヒノエを助けた為に、愛する者を失った人がいる。
望美の所為で、続く未来を失った人がいる。
それでも、望美が愛したヒノエには生きていて欲しかった。
でも多くの人の命を犠牲にした自分だけが、このままおめおめと幸せになるなど出来ない。
だから、望美は自分の世界への帰還を選んだ。
望美を心底求めてくれた、ヒノエの手を振り切って。
「さようなら……」
望美は微笑む。
一番綺麗な笑顔を大好きな人に覚えていて欲しいから。
涙を堪えて望美は花のように微笑んだ。
ヒノエに捧げる微笑みが、望美に出来る最後の贈り物だったから……。
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