誰よりも輝いて。
誰よりも奔放に。
夢を追って、まっすぐに駆けていく。
「OK!花梨ちゃん。終了!!」
「お疲れ様でしたー!!」
OKサインが出た瞬間、花梨は誰よりも早く周りのスタッフに向かって頭を下げた。
「お疲れさま!花梨ちゃん。今回の新曲もトークもとってもよかったよ!!」
褒めてくれたのは、この歌番組のプロデューサーだ。
デビュー当時から馴染みのプロデューサーの褒め言葉に、花梨が満面の笑顔を向けた。
「ありがとうございます!またよろしくお願いしますね!」
「ああ、是非。じゃあ、気をつけて帰ってね」
「は〜い!ありがとうございます」
先ほどまでカメラの前でしっとりと歌っていた花梨は、いつもの明るい元気な笑顔でもう一度頭を下げると、あわててスタジオを駆け出していったのだった。
高倉花梨は、歌に芝居にCMにと華々しい活躍している女子高生アイドルだ。
トップアイドルと称されるに相応しい売り上げを誇る花梨は、毎日毎日分刻みでスケジュールをこなさなければならないほど忙しい。
今日も近々行われるコンサートの打ち合わせの後、生放送の歌番組に出演し、終わるや否や収録スタジオを飛び出す始末である。
しかし売れて勘違いする若い子達が多い中、花梨はデビュー当時と同じように礼儀正しく愛想もいい為、バタバタと慌ただしく去っていく彼女を、スタッフは温かい目で見送っていた。
「疲れた〜!」
楽屋に入るなり、少女は両手を天に突き上げるようにして、思いっきり背伸びをした。
「花梨。もう一つ仕事があるのよ。まだ気を抜かないで」
疲れきって肩を叩く花梨を軽く嗜めるように、続いて部屋に入ってきた女性が笑いながら嬉しくないことを告げる。
花梨は、それを聞いてものすごく嫌そうに顔を顰めた。
「え〜!今日はこれで終わりじゃなかったの?昨日聞いた時は言ってなかったよ!!早く帰れると思って頑張ったのにっ!」
「それがねぇ、急に雑誌の取材が入っちゃったのよ。グラビア付き。ほら、早く着替えて。スタジオに移動するわよ」
マネージャーは花梨を急かすように、着替えの近くへグイグイと背中を押していく。
「誰よ〜、こんなタイトなスケジュール組んだのっ!友達は夏休みを満喫してるっていうのに!私を過労死させる気!?」
衣装を私服に着替える花梨は、せっつくマネージャーに口を尖らせて文句を言う。
ここ最近の過密スケジュールに、いつも元気が売りの花梨も少々バテ気味だ。
花梨が不満を口にしてもおかしくない。
しかしその不満を受けるマネージャーは、涼しい顔でスケジュール帳と腕時計を見比べながら答えた。
「あなたのスケジュールの最終決定権を握っているのは社長よ。文句は直接言ってちょうだい」
「……人をなんだと思ってんのよっ!ストライキしちゃうぞっ!」
「売れてるうちに売れるだけ売っておけって言ってたわよ、社長」
「なんだとお!!」
あまりの暴言に、花梨が怒りの声を上げる。
「どうせすぐ飽きられるだろうからって。あ、文句は社長に言ってよ。私が言った訳じゃないからね」
目の据わった花梨に睨まれ、マネージャーが慌てて私じゃないと手を振る。
「あの男っ!許さんっ!!」
花梨は湧き上がる怒りにぐぐっと拳を固めた。
「花梨だけよね〜。あの社長に堂々と文句言えるの。ある意味尊敬するわ」
マネージャーの一言に、今まで社長への報復に燃えていた花梨がきょとんとする。
確かに社長に文句をつけるのは、花梨以外あまりない。
しかし、尊敬とは…?
「どうして?」
花梨が不思議そうに首を傾げる。
「だって、社長に文句なんてつけようものなら、ものすごーい嘲笑と皮肉と嫌味が飛んでくるんだもん。あの美貌にあの冷笑。目が笑ってないのがますます怖くって…」
「え〜!私だって同じだよ!いつもいつも酷いことばかり……。年頃の女の子に向かって言うか、こらっ!ってこと言われちゃうよ」
「でもあなたは思ったことを口にするのよね……」
「言わないと伝わらないもん!……言っても伝わらないけどさ」
しゅんと小さくなる声は、今までの敗北の数を思い返してだ。
社長に食って掛かっても全戦全敗の花梨を知っているマネージャーは、励ますように花梨の肩を軽く叩いた。
「……健闘を祈るわ。さて、じゃあ移動するわよ」
「やっぱり行くわけね?」
「当たり前。社長にスケジュールで意見するのは、今日の予定をこなしてからにして頂戴ね。……私に被害が及ばないように」
「……は〜い」
わが身が可愛いマネージャーの本音に、花梨は何もいうことが出来ず、ちょっとふくれて不機嫌な返事をした。
「ねえ、マネージャー。あの写真集の話どうなったの?」
移動中の車内。お茶を飲みながら、花梨はふと思い出したことをマネージャーに問いかけた。
「写真集?ああ、あのセミヌード入りの写真集のこと?」
一瞬何を言われたか戸惑ったマネージャーだったが、すぐに花梨が何を指しているか思い当たった。
「それそれ。すっごい有名なカメラマンさんが撮ってくれるっていうあれ!」
後部差席から乗り出すようにして尋ねる花梨。
それだけ乗り気なのだろう。
花梨にとって2冊目となる写真集の話が持ち込まれたのは少し前だった。
元気で健康的という花梨のイメージに、大人びたセクシーさをプラスしていこうと企画された写真集。
最初に聞いたときはかなり恥ずかしがった花梨も、撮影コンセプトなどを聞いていくうちに、とても興味を惹かれて、是非挑戦してみたいと思ったものだ。
それにセミヌードといっても、予定枚数は写真集のごく一部で、あとは水着や浴衣といったいつもと変わらない衣装なのも、花梨を積極的にさせるきっかけになった。
しかしそれをOKするかしないかの最終決断権を握っているのは花梨ではなかった……。
「即、却下」
「は?」
マネージャーの簡潔な一言を、花梨が眉を顰めて聞き返した。
「社長は間髪入れず却下したわ。だからその話はなし」
「うっそ〜!!なんで?」
「さあ?ただ『もっとマシな企画を持ってきたらどうだい?』って言われたそうよ。企画立案者は」
「マシなものって……。すごいことじゃん!世界的に有名なカメラマンなんだよ?なかなか撮影をOKしてくれないんだよ?それなのに!!」
「それも説明したらしいわよ。気に入った子じゃないと滅多にカメラを向けない気難しいカメラマンが、花梨を気に入ってくれたって。話題性も十分だって」
「だったら何でよ!」
噛み付きそうな勢いで後部座席から顔を出した花梨をチラリと見、マネージャーは深々と息をついた。
「……その時、企画を却下した社長のもうひとつの言葉、聞きたい?」
「……ものすご〜く酷いこと言われてる予感がするけど、聞きたい!」
花梨は真剣な眼差しでこっくりと頷いた。
マネージャーは私が言ったんじゃないわよと、一つ念押ししてからきっぱりと言った。
「『せっかく衣装で誤魔化している貧相な身体を、自ら晒す馬鹿なことはするな』ですって」
「……いつかシメる!!あの男―――!!!」
花梨は怒りの拳を振り上げ、狭い車内で思いっきり叫んだのだった。
立て続けに光るフラッシュ。軽快なシャッター音。
花梨は一番光りが集まる場所で、笑ったりちょっとだけおどけてみせたり、くるくると表情を変えてみせる。
カメラマンの指示に従い、ある程度自由に振舞いながら『最高の今』をカメラに見せる。
「花梨ちゃん、ラスト一枚!!視線、こっち!!」
カメラマンの振り上げた拳。
花梨の瞳はゆっくりとその軌跡を追って、静かに閉じられた。
「オッケー!お疲れ、花梨ちゃん」
「はい!ありがとうございました!」
「今回もいい写真が撮れたよ。特集、楽しみにしておいて」
「はい、楽しみにしてます。あとは、インタビューですね……」
花梨はムースでセットしていた髪を、無造作にかき上げて息をついた。
「おや?憂鬱そうだね?」
「しゃべるの苦手なんですよね〜」
「そうなんだ?」
「テレビ番組よりは緊張しないんだけど……。やっぱり歌っているほうが楽ですよ」
「じゃあ、撮影は?」
「……先生に言うのは何ですが……。本当はちょっと苦手」
申し訳なさそうに肩をすくめる花梨に、まだ年若いカメラマンはいいよと優しく笑って見せた。
「もう限界〜!」
「お疲れ、花梨」
雑誌のインタビューも終わり、帰宅する車に乗った瞬間、花梨の口からこぼれた本音に、マネージャーが苦笑しながら労いの言葉をかけた。
「眠たいよ〜」
今にも閉じてしまいそうな瞼を、こしこしと擦る姿はまだまだ子供。
マネージャーはハンドルを握りながら、ミラー越しに花梨に話しかけた。
「花梨。もうちょっと頑張って」
「は〜い……。ここで寝たら、絶対朝まで起きない自信あるから頑張る!」
「そうね。もうすぐだから。スタジオがマンションに近くてよかったわね」
「うん。……ねえ、明日はゆっくり眠っていいの?」
「……ごめんね、花梨。あと一週間はこんな調子なのよ」
「なんですって!?」
マネージャーの告げた事実に、眠気でつぶれそうだった花梨の目がぱっちりと開く。
「もう2週間も休みなしなのよ!!しかも睡眠時間まで削られて!!私を殺す気!?誰よっ!この殺人スケジュール組んだのはっ!!!」
吠える花梨に首をすくめながら、マネージャーが一言。
「社長」
その瞬間、何かが切れる音がしたような気がした。
花梨はふるふると拳を震わせ、狭い車内で腹の底から思いっきり雄叫びを上げたのだった。
「もう許さない!!いますぐシメるっ!!社長を連れて来――い!!」
マネージャーは拳を振り上げ闘志をむき出しにする花梨に深々と溜息を吐くと、もう何も言わずまっすぐ花梨のマンションへと車を走らせたのだった。
「お疲れ、花梨。じゃあ、また明日迎えにくるから。ちゃんと起きててよ」
花梨の部屋のドアの前まで送ってきたマネージャーは、部屋に入る花梨に念押しをした。
「は〜い。了解!お疲れ様でした。マネージャー」
先ほどまで眠そうだった花梨の、妙なハイテンションに、マネージャーが怪訝そうに眉を寄せる。
「花梨、社長への怒りを燃やすのもいいけど、早く寝てよ。幾ら若くても、肌荒れしちゃうわ」
「……肌荒れしたら、ぜーんぶ社長の責任です!エステでのお手入れ代、ぶん取ってやるわ!!」
腰に片手を当て口元を手の甲で覆い高笑いする花梨に、マネージャーは呆れて肩をすくめるだけたった。
本当に怖いもの知らずだと。
「まあ、いいけどね。とにかく出来るだけ早く寝ること!わかった?」
「はい!わかりました」
おどけてぴっと伸ばした右手を額にあてて敬礼する花梨に、マネージャーは柔らかな笑顔を見せた。
「じゃあ、また明日」
「はい。ありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね」
帰宅するマネージャーを、花梨はにこにこと機嫌よく手を振って見送った。
花梨がマネージャーに言われたとおりさっさと寝る為に、シャワーを浴びて、お肌のお手入れをし、髪を乾かし終わって、準備が整ったのは午前2時を過ぎていた。
これから取れる睡眠時間を指折り数えて………。
「ふ………。ふふふふふ……」
綺麗に整頓された女の子らしい部屋のベッドの上。
折った自分の指を虚ろに見つめ、花梨はひとり不気味な笑いを漏らした。
しかし笑いながらも、目はすわっている。
花梨は不気味に口の端を上げ、次の瞬間、だんっ!とベッドを飛び降りた。
「やっぱり許せん!!」
そう叫んで、花梨はベッドサイドのラックに入れてあった鍵を掴むと、Tシャツと短パンという部屋着兼寝巻きのまま部屋を飛び出した。
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