「驚くかな〜?友雅さん」
もうすぐ友雅に逢えるうれしさと、びっくりさせる事が出来るかもしれない期待に、自然と溢れてくる笑いをこらえ、あかねは俯いて口を押さえた。
あかねが帰国する友雅を出迎えるのは初めてだ。
いつもはあかねが学校だったり、到着が夜だったりとなかなか出迎えられる時間ではないからだった。
でも今は冬休み。
そして時間もお昼過ぎ。
誰にも文句は言われない。
一般人で未成年で友雅の後輩の妹のあかねは、友雅の側にいてもスクープを狙うカメラマン達からは一切マークされていない。
どうも周囲の人たちからは、あかねは友雅にとって「後輩の可愛い妹」だろうとしか見られていないらしい。
友雅のお相手には不足と思われているのは、ちょっと寂しいけれど都合はいい。
だからこそ、こうして堂々と出迎えにも来ることが出来るのだった。
友雅が搭乗しているはずの飛行機の着陸アナウンスがロビーに流れると、出迎えの人やツアー係員達がざわざわと動き出す。
あかねもそれにならって到着ゲートの手すりに近づいた。
あかねは同じようにゲートに向って立つ人たちの中に、とある若い女性が多いことに気がついた。
どの女性もあかねより年上。20代前半だろうか?
何故あかねが気になったかというと、彼女達は手に手にデジカメや、カメラ付き携帯を持っていたから。
(誰か芸能人でも乗ってるのかな?)
あかねは褒められた事ではないが、誰を待っているのか気になってこっそりと隣の二人組の会話に聞き耳を立てた。
「こんなに間近で彼を見れるのって久々じゃない?」
「ほんと〜。昨日は楽しみで眠れなかったよ」
(男の人かぁ・・・・。誰だろう、私の好きな人ならいいな〜。俳優さんとかアイドルグループとか。あっ、海外のスポーツ選手かな?気になる!!)
「この前の特番、メチャクチャ格好よかったよね!!」
「うんうん、もうDVD買って録画して保存版にしちゃったよ」
(特番まで組まれる人なんだ。うっわ〜、気になる!!その人に気が行っちゃったらごめんね。友雅さん!!)
心の中で、つい友雅に手を合わせるあかね。
あかねはすでに女性達が待ってる人物の方へ興味を惹かれていた。
もちろん友雅の事を忘れたわけではないが、ついついミーハー心が疼きだしてしまう。
あかねはカメラを持っていない事を、ほんのちょっぴり後悔した。
(う〜ん、でも誰だろう。お願い、お姉さん!その人の名前言って〜!!)
分からないもどかしさに、あかねが心の中でジタバタともがく。
あかねのその願いが通じたのか、女性が口にしたのは思いもよらない人物だった。
「でもさ、何でTVに出たんだろうね?昔っからTVは出ないって公言してたのに・・・」
「さぁ?なんにしても気まぐれだから、友雅は。あれもきっと気まぐれじゃないの?ファンにとってはうれしい気まぐれだけど」
(友雅?・・・・友雅って友雅さんのこと待ってるの!?)
あかねは驚きすぎて、眼をパチクリと見開いて固まってしまった。
きっと正面からあかねの表情を見る人がいたら、まさに鳩が豆鉄砲なあかねを目撃しただろう。
だが実際は正面にまだ人影だいない。
(そうだった、友雅さんは人気のメンズモデル・・・・・)
驚愕覚めやらぬまま、あかねはふらふらと到着ゲートから離れていった。
(迂闊、だったなぁ・・・・)
到着ゲートから10メートル以上離れた位置で、あかねがこっそりとゲートを窺う。
ロビーを歩く人たちの間から、あかねは友雅の到着を待っていた。
この場に友雅のファンがいるなんて、まったく思いも寄らなかった。
それも綺麗な大人の美女達。
昔からって言っていたから、きっとあかねが友雅と知り合う以前から彼のファンなのだろう。
そんな人たちの前で、あかねは友雅に声を掛けることは出来ないと思った。
きっと友雅も声を掛けて欲しくないだろう。
ファンの人たちを不愉快にさせるから・・・・・。
今まで一度だって、「出迎えて欲しい」と言わなかった友雅の気持ちが分かる気がした。
(友雅さんは一般人とは違うんだった・・・・)
世界で活躍するモデル友雅。
きっと日本だけではなく、海外にもファンが大勢いるだろう。
フランスでは、友雅をメインモデルにしているメゾンもあるくらいだ。
(馬鹿みたい、私)
一人で浮かれて、頼まれてもないのに出迎えに来て・・・・・。
友雅の迷惑も顧みず・・・・。
外では、あかね一人の友雅ではない。
モデル友雅としての彼の立場があることを忘れていた。
あかねは壁に寄りかかって深く息を吐いた。
「友雅さんみたら、帰ろう・・・・」
ひとりごちたそれは、ゲート付近で上がった黄色い歓声にかき消された。
颯爽と現れた友雅は、フラッシュ避けのサングラスでその瞳を覆い隠していた。
友雅に向ってたかれるフラッシュの嵐。
一生懸命に友雅を呼ぶ声。
その様子をあかねは冷めた気持ちで見つめていた。
(人気あるね・・・・。すごいよ、友雅さん)
あかねの脳裏に、ふと先日のTVがよぎる。
美しい女優やアイドルに囲まれていた友雅。
今、友雅を出迎えている女性だって美女ばかりだ。
あかねはそっと自分を見下ろして、がっくりと肩を落とす。
精一杯おしゃれをしてきたけれど、やはり幼さは拭えない。
(格好いいよね、友雅さん・・・・。来なきゃよかった・・・・)
どうしてただの素敵な人じゃなかったのだろう。
友雅が人の目に触れる仕事じゃなかったら、こんな思いはしなかったのだろうか・・・・。
(切ないよ・・・・。友雅さん)
ただでさえ、年が離れていてもどかしいのに。
友雅の住む世界さえ遠くて・・・・・。
どんなに頑張っても、自分が友雅の横に並ぶ日が来ることなんてありえない。
「帰ろう・・・・・」
帰って気持ちを落ち着けてから、友雅に「お帰り」って笑って言おう。
こんなネガティブな自分を友雅に見せたくなかった。
友雅の周りにいる女性に嫉妬してしまう、そんな心の狭い自分なんて・・・・。
あかねは寄りかかっていた壁から身をおこし、ゆっくりと帰る為に歩き始めた。
来る時は弾むようにして歩いた道を、今はトボトボと俯いて歩く。
自分の靴先がじんわり滲んでいくのは気のせい?
切なくて胸が痛い。
自分ひとりの友雅ではないことを分かっているはずだった。
でも、帰ってくる恋人を出迎えることさえ出来ないなんて悲しかった。
叶わぬと分かっていても願ってしまう、この不安を取り除いてと。きっと抱きしめてもらったらこの不安は消えてなくなるから・・・。
<続>
02.12.09
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