冬休みが明けてすぐ。
恒例の実力考査も終わり、教室にはほんの少しだけだらけた雰囲気が漂っている。
あかねも友達数人で一つの机を囲み、朝のHRまでの時間をおしゃべりに費やしていた。
「あかねって、本当に面食いだよね」
一人の友達の科白に、皆がまるで示し合わせたように首を縦に振る。
あかねは、心外だと反論の声を上げた。
「えっ?私、面食いなんかじゃないよ?」
「うっそ〜!絶対面食いだって!最近人気が出てきた俳優の源頼久とか、売れてない頃からファンじゃない。あかねの男の趣味はいいもんね〜」
「人聞き悪いこと言わないでよ!頼久さんは確かに格好いいけど、それ以上に舞台がすごいんだから!私はその演技力に惚れたの!」
拳を握り締め力説するあかねをみて、めぐみがにやりと笑う。
「で、その演技力に惚れて、中学の頃からファンレター出しまくりと・・・・」
「ちょっと!なんで手紙のこと知ってるのよ!誰から聞いたの!?」
「ほほほ、企業秘密でございま〜す」
気取って手の甲を口にあて、反対の手を腰に当てて高笑いするめぐみを、あかねはむ〜っと睨みつけた。
「子供っぽいって馬鹿にするんでしょ?いいじゃない、手紙ぐらい出したって!」
「誰も悪いって言ってないよ。ねぇ、返事とか来たことあるの?」
「あっ、それ私も聞きたい」
めぐみの問いに、他の友達も身を乗り出してあかねに迫る。
あかねは秘密にしていた事を暴露され、ちょっと不機嫌そうに唇を尖らせながらも、こっくりと頷いた。
「うっそ〜!どんなこと書いてくれてたの?」
「どんなことって……。ごく稀に挨拶程度だけ。『高校合格おめでとう』とか・・・。『いつもありがとう』とか。最近は、忙しいみたいだから全然来ないけど」
「それは仕方ないよ。でもすごくいい人だよね。ちゃんとファンレター読んで返事くれるなんて」
「うん!素敵な人だよ。頼久さんは。今度、また舞台観に行くんだ〜」
「え〜、いいなぁ…。じゃあ、観たら感想聞かせてよ」
「分かった。じっくりと話してあげるからね」
あかねは幸せそうに笑いながら、頼久の舞台の話をする約束をした。
「おっはよー!!ちょっとニュース、ニュース!」
あかね達が頼久の出演しているドラマの話に花を咲かせていたところに、元気な挨拶とともに、いつもより遅く登校してきた美由紀が、駅の売店で買ったであろうスクープ誌を片手に駆け込んできた。
「おはよー。ニュースって何?またつまらないネタじゃないでしょうね?」
机に頬杖をついて、乱れた呼吸を整える美由紀を面白そうに見上げる麻由美。
ゴシップ好きの美由紀は、よくマニアックなネタを披露して皆を混乱させてしまうのだ。
だが今回はとても自信があるのか、美由紀は胸を張って週刊誌を高く掲げ声高らかに告げた。
「久々!友雅の恋愛ネタで〜す!しかも新恋人は、超年下!!!」
「マジー!?ここ最近派手な噂なかったじゃん!見せて見せて!」
人気のモデル、友雅の艶聞に少女達が一気に色めき立ち、美由紀が机に広げて置いた週刊誌を、額をつき合わせるようにして覗き込んだ。
そんな友人達とは反対に、友雅の名を耳にしたとたん、今までの笑顔を消してしまったのはあかねだった。
友人達が群がる週刊誌を見たくなくて顔を伏せたが、嫌でも話は耳に入ってくる。
以前ならきっと、あかねも友達と同じように友雅の華麗な恋愛遍歴を、顔を寄せ合って楽しんだだろう。
しかも彼にしては珍しく、前のスキャンダルからかなりの間隔が開いているのだ。
常に新しい話題に飢えている女子高生。その話に飛びつかないわけがない。
でも、あかねにとっては・・・・・。
友雅を信じている。でも友雅の生きる世界は、真実を曲げられて伝えられることのある世界。
(いつかスキャンダルをでっち上げられるかもしれない。あかねには許せないような恋愛スキャンダルを。それだけは覚悟しておいてくれないか?)
友雅と恋に落ちてすぐに彼に言われた言葉。
(今までの私を振り返れば、信じてくれ、などと言える立場ではないとわかっているのだがね。それでも、あかねには信じてもらいたい。噂より私を。何かあれば、誰に聞くよりまず私に聞きなさい。
あかねには、ちゃんと説明するから。すべてね……。付き合っている間は、君を裏切るようなことはしないから)
まっすぐあかねの瞳を見つめて、友雅が告げた言葉。
その言葉が、今もあかねの胸に抜けない棘のように刺さっている。
(付き合っている間は?………じゃあ、終わってしまえば、私も過去の人と同じように、あなたの新しい恋をみつめなければならないの?)
それは友雅に聞けなかった問い。
友雅の側に女の影がちらつくたび、あかねは彼の言葉を思い出す。
信じてる、信じていたい……!でも、小さな棘が決まって疼くのだ。もしかしたら、今度こそ裏切られて捨てられるのか、と……
「『人気絶頂のモデル友雅、新恋人は学生か!?』って姿写ってないじゃん!これ詐欺じゃないの〜?」
記事の一部を読み上げた声に、あかねはハッと顔を上げた。
「ここ写ってるって」
小さな写真を示す美由紀の指先を見て、あかねは思わず悲鳴をあげそうになった。
これは、あの時の!
息を呑み、驚愕に目を見開いたあかねに、記事に夢中な友達は誰一人気付かない。
「足だけだよ?これでどうして学生って言えるのよ。え〜っと、『この写真はアイドルAが極秘婚前旅行から帰国するという情報を掴み、本誌記者が成田空港で取材していたところ、偶然激写したものだ。
友雅はこの日、イタリアから帰国。迎えに来ていた恋人と思われる女性を周囲の目から隠すようにコートの中に包み込んだ。一瞬垣間見えた恋人は、少女と言ってもいい、あどけなさが残る女性だった。
今まで友雅の周りを騒がせた女性達とは対極にいるタイプだ。女性のファッションから学生ではないかと、本誌記者は疑っている』って、友雅の恋人、私達くらいなの!?」
「まっさかぁ〜、ありえないよ。だいたい今までの友雅の女って、めちゃくちゃグレード高いじゃん。確か一番最近噂になったのって、この前アカデミーの主演女優賞にノミネートされてた人でしょ?」
「あとシャネル専属のスーパーモデルもいたっけ?そんな極上の女に慣れた友雅がただの女子高生と付き合うなんて、絶対ないない!」
顔の前で大袈裟に手を振る少女に、まわりにいた全員がうんうんと頷く。
「だよね〜。でも美少女モデルとか、アイドルとかかもしれないよ?」
「友雅がそんな子供を相手にすると思う?やっぱ、友雅の横に立って負けない美女じゃないとね〜」
「言えてる〜。あの迫力のある男の横には、ゴージャスな美女しか許せない。そう思わない?あかね」
「えっ!?」
いきなり話を振られたあかねが、ビクッと体を揺らした。その様子を見ていた周りの友達が笑う。
「何ボーッとしてるの?あかね、友雅って嫌いだった?」
「あ、ううん。結構好きだよ」
声が震えそうになるのを、必死で押さえ、なるべくあっさりと返事をした。
しかし頭の中は、パニックである。
でも友人達はそんな事など露知らず、どんどんと話題を広げていく。
あかねも、とにかく動揺しているのを悟られたくなくて、積極的に会話に加わっていった。
でも、自分の言葉が上滑りしているのが分かる。
友雅から話題を逸らしたいのに、新しい話を振れるような状況ではなく・・・・。
ようやくあかねがその話から解放されたのは、予鈴が鳴った時だった。
青天の霹靂ともいうべき記事を見て、まともに授業を聞いていることなど出来なかった。
足だけとはいえ、週刊誌に載ってしまったことに戸惑い、動揺し、どうしていいかわからない。
あかねは学校が終わると、一番信頼できる人の所へ相談に行く為に、電車に飛び乗った。
03.06.15
back |
next
『その理由』が終わった時に、ある方から「一波乱ありそう」とメールを頂いたことから生まれたお話です。
バレンタイン特別編をお申し込み下さった方々にお聞きした、「見たいシーン」も一部参考にさせていただいています。
ご希望のシーンは出てきますでしょうか?
少し続きますが、どうぞお付き合いくださいませ。