深い溜息と共に机に投げ出された週刊誌。
開かれたままのページには、『人気絶頂のモデル友雅、新恋人は学生か!?』のタイトルが大きく踊っている。
投げ出されたその週刊誌を引き寄せ、エージェントの鷹通は難しい顔で眼鏡のフレームを指で押し上げ、目の前の男を厳しい眼差しで見据えた。
「どうするつもりですか?」
「……どう、とは?」
「この記事への対応ですよ。すでに昼のワイドショーで、話題を取り上げられていました。取材の申し込みもきています。レポーターから、関係者への探りも、かなりな数になっているようです。いつものごとく、放っておくつもりですか?」
「さて……」
鷹通の問いに薄く笑った友雅は、無意識に自分のジャケットの内ポケットへ手をいれて、小さく舌打ちをした。
目的の物を手に入れられなかった指先が、軽く机を叩く。
「鷹通。煙草をくれないか?」
「禁煙していたのではないのですか?」
鷹通は煙草とライターを取り出し、会議用の机を挟んで座っている友雅に向って、それらを滑らせる。
片手でそれをうけ止めた友雅が、自分では選ばない国産煙草をボックスから一本取り出して銜えた。
「そんなつもりはないよ」
ライターで火をつけ、煙を吸い込むと、友雅は鷹通と同じように机を滑らせるようにしてそれを返した。
煙草を吸わないのは国内だけだ。
いつあかねに会ってもいいように・・・・。
しかし今現在のこの状況では、自分の行動は確実に芸能レポーター達にマークされている。
そんな中、あかねに会うことは絶対に出来ない。
逢えない……。
そう思ったら無性に吸いたくなり、煙草に手が伸びていた。
鷹通から貰った煙草を深く吸い込んで、友雅が顔を顰める。自分には軽すぎる味に、物足りなさを覚えた。
あの日、あかねの姿を目にした時には、気付かなかったふりをして立ち去るのが一番いいと思った。
けれど、あかねの瞳に光る涙を見た瞬間、そんな理性的な考えは吹っ飛んでいた。
哀しげに視線を足元に落として、歩き去る小さな姿に愛しさが込み上げ、思わずあかねを抱きしめていた。
空港という衆人環視の場所での危険性は十分分かっていたはずなのに。
それでも、あの時あの場所で小さな物分りのいい恋人を抱きしめて、その涙を拭ってあげたかった。
ただそれだけだった……。
スキャンダルを狙う目障りなカメラ。
口に合わない煙草。
苛立ちが募る。
「鷹通。後で煙草を買ってきてくれないかな?」
「かまいませんよ。ご希望は?」
「いつものやつを、1カートン…」
「ジョーカーですね?分かりました」
鷹通は席を立ち、内線で事務所のスタッフに友雅の求める煙草を買ってくるように伝えた。
友雅は、長い指で煙草を挟み、紫煙を吐き出しながら頬杖をついた。
「ところで鷹通。今日の打ち合わせは何だったかな?」
「忘れたのですか?あなたをCMに使いたいという広告代理店とスポンサーの方が見えます。こちらから友雅はCMには出演しないと断ったのですが、直接友雅本人に話をしたいと納得しなかったのです。あなたの判断で断ってかまいません。企画書を見ますか?」
「……ああ」
「どうぞ」
鷹通が差し出したレジュメを受け取り、パラパラと捲りながら斜め読みしていく。
キャンペーンのコンセプト、キャッチコピー、CMの絵コンテ。さして興味を持てる内容ではない。だが、ふと友雅の手が止まった。
「共演者が新人?」
友雅の呟きに、鷹通が苦々しく顔を顰めた。
「そうです。多分、デビューする為の話題づくりでしょう」
「そう……」
モデルとして世界のトップクラスに位置する友雅には、彼のその気まぐれと気難しさ故に、ある程度経験年数を積んだ女優やモデルが相手役として配されるのが暗黙の了解だった。
しかし今回の相手役は10代の新人。
雑誌などで、読者モデル等はしていたようだが、本格的な仕事は今回が初だとある。
その相手役のプロフィールを見ながら、しばし考え込んでいた友雅だったが、不意に立ち上がって窓辺に寄ると、ブラインドをそっと指先で広げた。
事務所の入り口に、何人ものカメラマンの姿が見える。
友雅は軽く眉を顰め、再び椅子に戻った。
「鷹通。この仕事、私の出す条件を向こうが呑んでくれれば受けてもいい」
「どういう風の吹き回しですか?」
「まぁ、いろいろとね……」
ふっと唇の端だけ上げて笑む男に、それ以上の追求は出来ないと悟った鷹通が、ちらりと外に目をやって溜息を落とした。
「友雅、余計なことかもしれませんが、今回はこのままというわけにはいかないと思うのですが……」
「うん?」
「いつものように業界の方ならともかくあかねさんは一般の、しかも高校生です。あなたの恋愛をとやかく言うつもりはありませんが、被害があかねさんに及ぶのはどうかと思いますが?」
「あかねのことは、君しか知らないよ?君が黙っておけばいいのではないかな?」
「私が黙っていても、あなたとあかねさんが、この状況で会い続ければ必ずバレます。顔や名前を隠した記事が出ても、あかねさんの身近な人は気がつくでしょう。彼女は学生です。あかねさんが騒動に巻き込まれてからでは遅いのですよ?」
鷹通の最もな意見に、友雅は肩を竦めてみせた。
「わかっているよ……」
呟いた瞬間、机の上に置いていた友雅の携帯が着信を知らせて細かく震えだした。
それにちらりと目をやって、液晶に表示された名を確認したとたん、友雅は嫌そうに顔を歪め深く深く溜息を落としたのだった。
その友雅の珍しい表情に、鷹通が驚き少し目を見開いた。
友雅が携帯を引き寄せ、カチリと開く。
「……マスコミよりやっかいだな」
ひとりごちると、友雅は震え続ける携帯のボタンを押し、少し耳から離して当てた。
「はい?」
激しい怒鳴り声を覚悟しながら・・・・・・。
03.06.20
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