戯れるようなキスや深い口付けを何度も何度も繰り返され、あかねは夢見心地のまま友雅の部屋に招きいれられた。
二人はコートも脱がず、しっかりと抱きしめあって柔らかい吐息と沢山のキスで離れていた淋しさを癒しあう。
ソファに座った友雅の膝の上に抱き上げられてる気恥ずかしさも今は無い。
ただやっと逢えた愛しい人を感じていたいだけ。
友雅はあかねの髪を指先で梳きながら優しく彼女を酔わせる。
うっとりと友雅の与えてくれる温もりに蕩けながら、あかねは友雅の広い背に腕を回し、しっかりと抱きしめていた。
幾度も繰り返されるキスで赤く色づいた唇に、滑らかな頬に、そして涙の雫が残る瞼に柔らかく触れる友雅の唇。
あかねは友雅にその身を委ね、深い息とともに呟いた。
「……帰国してるの、知らなかった……」
小さな小さな声だったけれど、友雅は聞き逃さなかった。
「すまないね。オフをくれと言ったら鷹通が見事にスケジュールを詰め込んでね……。空港から有無を言わさず連行されて、車の中でも打ち合わせだよ。仕事が終わるのは深夜で、あかねを起こすのは可哀想だったし、先ほど電話したら携帯は繋がらない。……電源、切ってる?」
「あっ!」
友雅に指摘されて、あかねは慎からの連絡が鬱陶しくて携帯の電源を切っていたことを思い出した。
「やっぱり……」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。私がメールを入れればよかったのだろうけど、もうすぐ逢えるからと思ったのがいけなかったね」
「逢える?」
「あぁ。キャンペーンの発表があって、あの噂も話題づくりだろうと落ち着いてきたからね。何より私が限界だよ」
「……本当に?」
「あかねに嘘は言わないよ。キャンペーン中はいろいろバタバタしていたから、のんびりあかねと過ごしたいと思ってね、無理矢理オフを捩じ込んだ」
「一緒にいられるの?」
縋るように友雅の胸元を握りしめるあかねの白い手を、友雅はしっかりと握り返した。
「やっとね……。体は温まった?」
「……はい」
友雅の問いに、あかねは少しだけ恥ずかしげに頷いた。
友雅が抱きしめて甘やかしてくれたおかげで、温まったというよりすでに火照っている。
久しぶりに間近で見つめる友雅の美貌。
あかねは熱い一時が始まる予感に、再び目を閉じた。
重なる唇、抱きしめられる腕の強さが増して……。
けれどいつもはもっとあかねの意識を奪うほど激しくなるはずの口付けが、名残惜しげに離れていく。
あかねが普段と違うそれに不安そうに瞳を開いた。
目元を薄っすらと赤く染め、涙で潤んだ瞳で見つめられて、友雅は優しい苦笑を浮かべる。
「そう誘惑しないでくれまいか?これでも我慢しているのだけれどね?」
「あ……、だって…」
「このまま抱かれたい?」
ストレートな友雅の言い様に、一瞬の戸惑いを見せたあかねは首筋まで染めながらも小さくこっくりと頷いた。
友雅がそれにクスリと笑って頬を染めたあかねの顔を覗きこむ。
「本当に?」
再び問い返され、あかねは友雅の視線を受け止める事が出来ずに顔を伏せた。
「………」
友雅はゆっくりとその大きな手であかねの頭を撫で下ろした。
「抱いてあかねの隠している不安がなくなるなら、君が望む以上に泣いて許しを請うまで抱いてあげるよ。でもそうじゃないだろう?」
「………」
「肌を重ねて分かり合える時もあるけれど、肌を重ねるだけでは余計に不安になる事もある。今のあかねは後者だと思うけどね?」
「友雅さん…」
深い落ち着いた穏やかな響きの美声は、あかねの胸の奥に染みてくる。
友雅はそっとあかねの胸元に手を置き言った。
「この胸に抑え込んでいる思いを伝えて?君はいつも我慢強いから……。自分を抑えて沈黙してしまうのが、私は一番怖いよ」
「怖い?」
およそいつもの友雅には似つかわしくない言葉に、あかねが意外そうに首を傾げる。
友雅は軽く瞬きを返して、その問いを肯定した。
「怖いよ。罵られて詰られたなら、それに対して弁解が出来る。でも口を閉ざされてしまったら、私には何も出来ないのだからね。あかねが怒っているのか、悲しんでいるのか、呆れているのか、分からなくて怖くなる」
「……」
「あかねの本当の気持ちを、どうか私に伝えてくれないか?」
友雅の言葉に、止まっていた涙がホロリと零れ落ちた。
一滴零れてしまえば、後はハラハラと止め処なく流れ落ちていく。
友雅はあかねの頭を腕全体で抱きしめ、その額にそっと触れるだけのキスを繰り返した。
「私に教えて?あかねが隠した本当の気持ちを……。そして、私に君の不安を取り除かせておくれ?」
友雅の優しい声音に、あかねはずっと胸の奥に溜まっていた気持ちを吐露した。
「………ずっと淋しかった。仕事でも、友雅さんの恋愛スキャンダルを見るのは辛かったの…」
「そう…」
「私の為でもあるって分かってるけど、嫌だった。友雅さんの横に、堂々と立てるナオが憎かった。そして怖かったの……」
「何が怖かったの?」
友雅があかねを促すように問いかける。
あかねはそれに励まされ、すべてを正直に打ち明けていいのだと思った。
「……自分の気持ちが怖かった。他の人を見ないでって、逢えないなんて許せないって、どうしようもない我儘を友雅さんにぶつけてしまいそうな自分が怖くて、電話に出る事が出来なかったの…」
「……」
「子供のような我儘を言って、友雅さんを困らせたくなかった。嫌われたくなかった。でも電話に出なかったら、今度はそんな事をする私に、友雅さんが厭きれていたらって考えて、ますます電話を取れなくなって……」
「私も、あかねが口を閉ざしてしまったから、とても不安だったよ……」
友雅の告白に、あかねは驚いて目を見張った。
「友雅さんが?信じられない…」
「信じられない?どうして?」
「だって……、友雅さんはいつも自信があって、それにいつもまわりにステキな女性が…」
「それは君を恋うる男に対して、ずいぶんな言葉ではないかな?」
あかねの小さな呟きを、友雅は皆まで言わせなかった。
少しだけきつい口調に、あかねの言葉が詰まる。
「ねぇ、あかね。私はこんな仕事をして、君より長く生きてきて、まったく褒められた生活をしていなかった自覚はあるよ。でもあかねに対してだけは、真摯な態度を取ってきたつもりなのだけどね。それなのに、酷い言いようじゃないか?」
「だって…」
「だって、何?」
曖昧な言い逃れを許さない視線。
あかねはそれに射竦められて、友雅の腕の中で小さくなった。
「友雅さん、前に言ったわ。『付き合っている間は、君を裏切るようなことはしないから』って。それって、いつか終わりが来るってことじゃないの!?」
「可能性はあるね」
あっさりと肯定する友雅に、あかねは縋るように叫んだ。
「だから私はいつも不安で!友雅さんが、もっとステキな人を好きになるんじゃないかって!」
「私はあかねが他の誰かを愛するかもしれないと、不安だよ」
静かに告げられた意外な言葉。あかねは一瞬動きを止めた。
「え?」
「どうして、君は一方的に私を疑うの?付き合いを終わらせるのは、私を捨てる事は君もできるのだよ?」
「そんなことしないわ!」
「本当に?」
「こんなに友雅さんが好きなのに、出来るわけない!そんな事言うなんて酷い!」
「そうだね。でもその『酷い事』を君は私に言ってるんだよ?」
友雅の指摘に、あかねは絶句してしまった。
「私がどんなに言葉を重ねても、私のマスコミに虚飾された過去を知る君は、心のどこかで私を信じていなかった。それは分かっていたよ。でも、態度で示せば君は私を信じてくれると思っていた。まだまだ足りないようだけどね」
「……友雅さん」
「でもやっぱり心変わりを疑われるのは、正直辛い。……ねぇ、あかね。私は君と対等だよ?君の不安は、まさしく私の不安でもある」
「……」
「自由に逢えない、デートも出来ない。そんな私よりも同じ年頃の、気の利く男を君が好きになったら?よくそう考えて怖くなるよ」
「……」
「あかね。恋愛はどちらかのものではないよ。私にも不安や嫉妬はあるのだからね。」
「………ごめんなさい」
あかねは友雅の胸に顔を埋めて、小さく謝罪を口にした。
友雅に言われて、あかねは初めて自分勝手な思い込みに気付いたのだった。
あかねは自分の事ばかり精一杯で、友雅を傷つけていたとは考えてもいなかった。
友雅は縋りついてくるあかねを愛しげに抱き込み、頬に軽く口付けた。
「これからも今回と同じような事が起こるかもしれない。でもひとつだけ約束してくれないか?」
「?」
友雅の指先が、優しくあかねの唇をなぞっていく。
「口を閉ざしてしまわないで…。不満も我儘も全部私にぶつけていいから、自分の気持ちを押し殺し沈黙してしまうのはやめて欲しい。私はどうしていいかわからなくなるからね」
「友雅さん……」
「約束して、あかね……」
「はい…」
あかねの返事に友雅は微笑を湛え、あかねの耳元で掠れ気味の美声で囁いた。
「君を早くこうして抱き締めたかったよ……」
「友雅、さん……」
あかねはふうっ…と微笑み、静かに瞼を下ろした。
逢えなかった時間を、二人はお互いの体温で取り戻す。
汗で張り付いたあかねの前髪を、友雅が大きな手で優しく掻きあげた。
すでに深い眠りについているあかねは、その感触に微かに眉を寄せて溜息を吐く。
最後に抱いた時よりも、少しだけ痩せたあかねの伸びやかな肢体。
滑らかで手に吸い付くような肌は甘く薫り、友雅を心地よく酔わせてくれた。
あかねの長い睫毛が薄紅色の頬に影を落としている。
友雅が初めて見つけた、愛しいかけがえのない存在。
友雅はやっと腕に抱くことができた大切な宝物を、柔らかな眼差しで見つめた。
「『付き合っている間は、君を裏切るようなことはしないから』、か……。君はこの言葉の本当の意味を分かっていないのだね……」
そう一人こぼして、友雅は苦笑した。
付き合っている間は、裏切らない。
それは裏を返せば、あかねが二人の関係を終わらせた時には、あかねの気持ちを裏切ると宣言しているに等しい。
あかねが友雅を嫌いになったとしても、友雅がその恋情で嫌がるあかねを閉じ込めてしまうかもしれない。
あらゆる手段で友雅から離れられないようにするかもしれない。
素直でまっすぐなあかねは、この言葉に込めた友雅の暗い想いになど気付かなかった。
友雅はすでにあかねを手放せないと自覚している。
だからこそ、友雅は細心の注意を払ってあかねを甘く包み込む。
彼女が望む優しさで……。
そして少しずつ友雅が生きる世界についても慣らしていくつもりだった。
名実共に愛しい少女を手に入れる為に……。
「愛してるよ、あかね……。君が想うよりずっとね……」
友雅の告白は、幸せそうに眠るあかねの耳には届かなかった。
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