ささやかな夢
昔からずっと夢みてきたの。
大好きな人と結婚したら、叶えたいささやかな夢が・・・・。

「遠乃さ〜ん・・・」
 半泣き状態で単のまま、ほとほとと歩いてきた幼い奥方。
 この屋敷の女房、遠乃は仕事の手を止めて微笑んだ。
「おはようございます。あかね様」
「・・・おはようございます」
 あかねは遠乃の前にぺたんと座り込み、恨みがましい目で遠乃を見つめた。
「お方様?」
「あかねです。もう!どうして起こしてくれないんです!?あんなにあんなにお願
いしたのに!」
 寝起きのわりには、自分の嫌う呼び方に訂正を入れるのはさすがである。
「今日こそ友雅さんの出仕前に起こしてくれるって約束してたのに〜」
 言っているうちにますます哀しくなったのか、涙がほろりとこぼれ落ちた。
「あかね様・・・・」
「この屋敷に来てから、私一度も友雅さんのお見送り出来てないんですよ?今日
こそは!って思っていたのに・・・・」
「殿は気にしていらっしゃいませんよ」
「私は気にするの!!!私だっていってらっしゃいませって言いたいよ・・・・。もう
どうしてこんなに朝寝坊になっちゃったんだろう?向こうにいる時は、どんなに遅く
寝てもちゃんと起きられたのに・・・」
(それは節操の無い殿の所為です)
とは、賢明な女房遠乃の心の中だけで答えられた。

「あかね様を起こしてはならぬと、殿が仰るのです。」
「春日!」
 歳若い女房の言葉をたしなめる遠乃だったが、あかねは気にせずに端近に控え
る春日へ向き直った。
「友雅さんが?」
「ええ、遠乃様があかね様にお声を掛けようにも御帳台に近づけても下さらないの
ですわ」
「本当ですか?遠乃さん」
 あかねの問いに、遠乃は袖で口元を覆い頷いた。
「よく眠っているのだから起こさなくてよい・・・と申されまして、あかね様にお声を掛
ける事を許されないのです」
 その話にあかねはがっくりと肩を落とした。
「邪魔者は友雅さんだったんだ」
「邪魔者とはあんまりでは?」
 控えめに嗜める遠乃に、あかねは拳を握り締め反論した。
「だって、私の野望を邪魔してるんだもん!!」
「や、野望・・・?」
 友雅を送り出すのがそんなに大層なことなのだろうか?
 遠乃も春日も首をかしげた。
 だが怒りに燃えるあかねは、そんな二人に気がつかなかった。

「おや、あかねは?」
 いつも友雅が帰ってくれば一番先に出迎えてくれるあかねの姿が見ない。
 具合でも悪いのだろうか?
 そう問う友雅に、遠乃は軽く首を振った。
「いつもとお変わりありません」
「では、何故いないのだい?」
「・・・・・あかね様にお聞き下さい」
 常ならぬ遠乃の様子に友雅は軽く息をついた。
 
 いつもは女人の部屋にあるまじき事だが、御簾を開け放っているあかねの部屋
は、今日に限って友雅を拒むように御簾が下りている。
 いったいどうしたのだろう。
 昨夜まではいつものあかねだったのに・・・
 友雅は手にした扇で軽く御簾を上げ、中へ入った。
「姫君、今帰ったよ」
「・・・・・・」
 部屋の奥、几帳の影にあかねの袿の裾が見えているが彼女が出てくる気配は
ない。
  友雅は几帳を隔て腰をおろした。
 「そのように雲間に隠れていないで、輝きを見せてくれないかい、月の姫」
 しかしあかねはまったく動かない。
 友雅は扇を口元にあて、わざとらしく大きなため息をついた。
「いったい何がそんなに姫のご機嫌をそこねたのかな?」
「・・・・・」
「あかね?」
「友雅さんが悪いんです」
 返ってきた声に友雅は首をかしげた。 
「・・・さて・・・、心当たりがないのだが・・・」
「朝、遠乃さんの邪魔しましたね」
「邪魔?ああ、君を起こそうとしたからね。やめさせただけだよ」
「起こしてって、私がお願いしていたの知っていました?」
「遠乃が言ってたよ。でも気持ちよさそうに寝ている姫君を起こすのが忍びなくて
やめさせた。それで怒っているのかい?」
 呆れを含んだ声音に、あかねの眉間にしわが寄る。
「馬鹿馬鹿しいって言いたそうですね」
「そうは言ってないよ。ただ無理をしなくてもいいと思うだけだ。あかねの気持ちは
とてもうれしいけどね」
「無理なんかしてません。きちんと友雅さんをお見送りしたいでけです」
「だから、無理矢理起きなくてもいいんだよ」
「無理じゃないです!起こして欲しいんです!」
「自然に目が覚めるまで、体を休めた方がいいと思うが・・・?」
 どうあっても友雅はあかねを起こすつもりはないらしい。
 そっちがその気なら手段は選ばない。
 あかねはすくっと立ち上がった。
「あかね?」
「友雅さんの気持ちはよ〜く分かりました」
 そしてあかねは、座っている友雅を見下ろした。
「起こしてくれないのなら、これから友雅さんとは別の部屋で寝ます」
「あかね!?」
「私はどうしても友雅さんに、いってらっしゃいって言いたいんです!」
「それが何故別の部屋で寝るなんて、つれない事になるんだ?」
「だって友雅さんといたら遠乃さんの邪魔するでしょ?友雅さんが悪いんです!」
「あかね!」
「じゃ、部屋用意してもらいますから」
「待ちなさい、あかね」
 部屋を出て行こうとした、あかねの腰を絡め取り腕の中に捕らえた。
「離してください」
「あかねが頑固な事を忘れていた。分かった、明日は起こすよ」
「本当ですか?」
 胡乱げな眼差しに友雅は微苦笑を浮かべた。
「なんとも信用がないね。あかねと過ごす時間を奪われるのは何より辛い」
「起こさなかったら酷いですよ」
「・・・どう酷いのかな?」
 あかねはにっこりと満面の笑みを浮かべ言った
「左大臣家に帰らせていただきます」

「やれやれ、里帰りを脅しに使うほど私を見送りたいのかね?」
 すっかり出仕の準備が整った友雅は、あどけない寝顔のあかねをしみじみと見
下ろした。
「殿、あかね様を起こして差し上げてください」
「仕方ないね・・・・。あかね、そろそろ行くよ」
 長く友雅に仕えている遠乃でさえ、照れてしまうような甘い声。
「うん・・・」
 あかねはひとつ寝返りをうってからゆっくり目を開いた。
「おはよう、あかね」
「・・・おはようございます、友雅さん」
 起きぬけのかすれ声。
 その瞳はまだ開け辛いのか、しきりに瞬きを繰り返している。
「もう行くよ。見送りはここでいいからね」
 それは昨夜決めた二人の妥協点。
 出仕ぎりぎりにあかねを起こし、その場で見送ることで折り合いをつけたのだっ
た。
 あかねは、ゆっくり起き上がりにっこり笑って友雅を手招いた。
「どうしたんだい?」
「いってらっしゃいませ、友雅さん」
 ふわりとあかねが髪を揺らし、軽く友雅の頬に口付けをした。
「!?」
 一瞬思いもよらぬことに、言葉を失った友雅だったが、すぐに人の悪い笑みを浮
かべあかねの体をその胸に抱きこんだ。
「と、友雅さん!」
「あまり可愛らしいことをなさるから、離れがたくなってしまうよ」
 言外にサボると言っていることに気付いたあかねは、慌てて友雅の腕を振りほ
どいて彼を睨みつけた。
「お休みしたら、もう二度としませんからね」
 眠気はすっかり覚めたらしい。
 友雅はくすくすと笑いながら立ち上がった。
「姫君に嫌われては敵わないな。名残惜しいが行くとしよう」
「気をつけていってらっしゃいませ。早く帰ってきてくださいね」
 あかねの笑顔に送られ、友雅は今までに味わったことのない気持ちで屋敷を後
にした。


 昔からの夢だったの。
 大好きな人と結婚して、朝一番に大好きな気持ちを伝えることが・・・・。

 大好きだよ、友雅さん。



                                         <終>

          
          終わった〜(>_<)
             甘甘を目指してみましたが、いかがでしたか?
             よく考えたら、初の友あかかも?
             「指先」は友雅さん寝てたからなぁ。
         





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