「頭痛が酷いんです・・・」
「そう・・・。他にも動悸がするんだったね」
「はい、もう苦しいくらいに」
「検査では何も異常はないけどねぇ・・・」
「でも、不安なんです!橘先生、徹底的に調べてください。入院しても構いません!」
必死に言い募る若い女性。
綺麗にセットされたウェーブヘア、ワインレッドのルージュに綺麗にアートを施したネイル。
キャミソールとシースルーのジャケットに身を包んだ姿は、どう見ても具合の悪い患者には見えない。
しかもご丁寧に香水までつけている。
すでに馴染みの患者や看護士、事務員には分かっていた。
この女性が病気を偽って、院長を狙っていることを。
「困ったねぇ・・・・」
あいかわらず友雅は、人を喰った笑みを浮かべ検査結果を見つつペンを軽く振っていた。
「困っているのは私です。友雅先生、お願い、調べて下さらない?」
甘えた声で、いつの間にか慣れ慣れしく下の名前で呼ぶ女。
友雅は深く息をついて女性の方を向くと、ドサリと椅子の背もたれに体を預けた。
「徹底的に調べてほしい?」
「はい!」
友雅の言葉に女性の声が弾む。
今までつれなくあしらわれてきたが、初めていい反応が返ってきたのだ。
女性は身を乗り出すようにして頷いた。
「そう・・・・、では」
友雅はにっこり、上っ面の笑顔を浮かべ言った。
「頭痛を和らげる注射をして、あとは専門医に紹介状を書いてあげるよ」
「えぇ!?」
「ああ、心配しなくても大丈夫。動悸は循環器、頭痛は神経内科にいい先生を知ってるからね」
「でも、私は友雅先生に!」
「申し訳ないが、ここにはそこまでの検査器具が揃ってないのだよ。神経内科は専門外だしねぇ。元宮君、これを彼女に注射してくれないか?」
話は終わったとばかりに、控えていたナースにカルテを渡す。
そのナースに今まで患者に向けていたのとは違う笑顔を友雅が浮かべたように見えたのは気のせいか?
しかしナースの方は、にこりともせずそれを一礼して受け取ったのみ。
そして一瞬だけ、きつく友雅を睨みつけた。
「どうぞ、こちらに・・・」
ナースは淡々と女性を診察室の隣に案内した。
「ねぇ・・・・」
「はい、どうしましたか?」
注射の用意をするあかねに女性が小声で話しかけてきた。
内心では答えたくないあかねも仕事、仕事と呪文を唱えつつ振り返った。
「先生ってどんな女性が好みのタイプなの?」
(この女〜!)
一瞬湧き上がる殺意(笑)
あれだけ軽くあしらわれておきながら、まだ諦めないのか!
あかねはなるべく感情を込めないように答えた。
「先生の私的なことは分かりません」
「ふ〜ん、そう。先生を狙ってる看護婦いないんだ?あ、それとも全滅?」
「・・・腕を出してください」
「ふふん、図星ね」
女性は袖を捲り上げながら鼻で笑った。
(・・・・・静脈注射を筋肉注射に変えて突き刺してやろうかしら。それともいっそ血管に空気を・・・・・)
無表情に物騒な事を企てつつ、手はテキパキと作業を進めていく。
「ちょっと!痛いわよ!」
静脈に針を刺した瞬間、女性が抗議の声をあげる。
しかしあかねはにっこり笑ってこう答えたのだ。
「よかったですね。痛いのは生きている証拠ですから」
(痛いなんて二度と言えないようにもできるんだからね)
「・・・・・白衣の悪魔・・・」
「何か言いましたか(怒)」
「いいえ、なにも」
顔はにこやかに話しているのに、互いの額に青筋が見えるのは何故なのだろう?
背景にはブリザードさえ吹き荒れているようだった。
「ムカつく!」
ダンッと大きな音を立てて、茄子のへたが切り落とされる。
仕事を終えたあかねは昼間の出来事の鬱憤を野菜に八つ当たりしていた。
「だいたい友雅さんも友雅さんよ。あんな女の戯言なんてまともに聞かず、たたき出せばいいのに、毎回毎回馬鹿正直に診察するんだから!」
「その方が儲かるだろう?」
真後ろからかけられた艶やかな低い声。
「友雅さん!」
あかねが振り返るより早く友雅の腕があかねの細腰に回ってきた。
「ただいま、あかね」
「きゃー!包丁持ってるんだから抱きつかないで〜!!」
キッチンに立つあかねの後ろからギュッと抱き締めてきた友雅を身を捩って怒鳴りつける。
だが友雅は笑いながら、あかねの髪に唇をくぐらせ耳朶に軽くキス。
あかねは真っ赤になり、包丁を置いて友雅の腕の中で大人しくなった。
友雅がキッチンの上に並べられた食材を見て、うれしそうに笑う。
耳にかかる吐息がくすぐったくて、あかねは首をすくめた。
「茄子にトマトににがうり、夏野菜がいっぱいだね?どうしたの?」
「うらのおばあちゃんがくれたんです。先生に食べてもらってねって。・・・・友雅さんて、本当にもてますよね〜」
じと〜と恨みがましい目で友雅を見上げる。
しかし友雅にとっては、そんなあかねの表情も可愛いものだ。
「昔から知ってる人だよ?それこそ生まれた頃からね」
「おばあちゃんの事を言ってるんじゃないです!いっつも患者になりすまして女の人が来るじゃないですか!」
「それが私の所為かい?」
「仮病かどうかなんて、格好を見ただけで分かるじゃない!」
「でもねぇ・・・無下に断れないよ。それに儲かる」
「・・・・・お金儲け?」
胡散くさい台詞にあかねの眉間に皺が寄せられる。
友雅は軽くあかねの肩を押し、くるりと自分に向かい合わせ、可愛らしい顔に寄った皺に軽く口付けた。
「そんなつもりもないけど、あかねに苦労させない為には無いよりあったほうがいいだろう?」
「苦労なんて・・・・」
「それにね・・・」
友雅が片頬ににやりと笑みを浮かべ、あかねの耳元に唇をよせてささやいた。
「あかねが嫉妬してくれるのがうれしいのだよ」
「〜〜っ!」
友雅の言葉に二の句がつげず、あかねは顔を見事に染めて口をパクパクさせる。
友雅はその大きな手であかねの額の髪をそっとかき上げた。
「あかねの嫉妬は愛されていると実感できるからね。この可愛らしい唇は滅多に言ってくれないから・・・・」
掠めるようにあかねの唇を奪い、とどめのウインク。
「・・・・馬鹿・・・・」
小さな小さな声に友雅は深く深く笑みを浮かべた。
仕事の後には、幼い恋人の手料理がなにより。
一日の終わりには腕の中に恋人を閉じ込めて・・・・。
それが何より幸せな一日。
<終>
「異空甘」様に投稿した作品です。
「医者の友雅、ナースなあかね」と案内にあったのを見て書きました(笑)
「白衣の悪魔」(笑)をもう少ししっかり書きたかったなぁ。
なんとなくシリーズ化していきそうな『橘医院』
温かい目で見てやってください。
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