唐突に目が覚めた。
部屋の中はまだ暗く、フットランプの淡いオレンジの光りがほんのりと室内を照らしている。
隣からは規則正しい深くゆっくりとした寝息と心地よい温もりが感じられた。
もう一度眠ろうと目を閉じたが、喉の渇きに気付いて身体を起こした。
するりと滑り落ちた上掛けから覗くのは、滑らかな象牙色の肌。
女性らしい柔らかな曲線を描く身体に散る、小さな赤い花。
彼女は一糸纏わぬまま、爪先を床に下ろすと脱ぎ散らかされたままの衣服の一つに手を伸ばした。
男物の白いYシャツ。
それだけを羽織り、彼女はベッドをそっと抜け出した。
夜明け直前の時間らしく、外が僅かに藍色に染まっている。
中途半端な時間に目覚めてしまった為か、なんだか目が冴えてしまった。
冷蔵庫のペットボトルのお茶でも飲もうと思っていたが、何となく温かいお茶が飲みたくなってヤカンを火にかけた。
男物のYシャツ一枚だけを纏った彼女。
丸いヒップは長い裾でギリギリ隠れていて、ほっそりとした足がすらりと伸びている。
長い袖は2、3度折り曲げて手が出るくらいだ。
ティーポットとカップを温めながら、棚に並んだ紅茶缶を順番に見つめ選んでいく。
「あかね?」
イングリッシュ・ブレックファーストの缶に手をかけた時、囁くような小さな声でいぶかしむように名を呼ばれた。
「……お兄ちゃん」
「どうしたの?」
自分のシャツを纏った少女を眩しそうに見つめ、友雅がキッチンに入ってくる。
彼はズボンをはいただけで、上半身は裸のまま。
共に過ごした濃密な夜の名残を纏ったまま、友雅は柔らかくあかねを背中から抱きこんだ。
「喉が渇いて…。目が冴えちゃったから紅茶飲もうかなって……。うるさかった?」
「いや…。あかねの温もりが消えて目が覚めた……。どこかに行ったのかと不安になったよ」
「……私はどこにもいかないよ?」
いけないよ…。どこにも…。
本音は言えなかった。
自分から友雅の元を離れるなんてありえない。
友雅と自分が離れるとき。
それは友雅があかねを捨てた時だけだ。
過去も、未来も、あかねのすべてを決定するのは友雅だけ……。
「お茶、飲む?」
「もらおうか…」
あかねは友雅のカップを取り出し、同じように温める。
紅茶を用意するため、俯いたあかねの肩から髪が零れ落ち白い項がチラリと覗く。
あかねの動きを邪魔しない程度に、彼女の細腰に腕をまわしていた友雅は、誘われるようにその項に口付けを落とした。
「ひゃっ!お兄ちゃん!!」
柔らかく触れた唇に驚いたあかねが、声をあげ首をすくめる。
「もう!邪魔しないでっ!」
悪戯をする友雅をあかねが振り返って睨みつける。
友雅はその目元にまたキスをした。
「お前が可愛いからつい、ね」
「…もうっ!危ないからやめてよ…」
友雅お得意の微笑みで怒りをかわされてしまい、あかねはほんのりと頬を染めつつも少しだけ拗ねてみせた。
いつだって友雅の些細な仕草ひとつで、あかねの心は乱れてしまう。
一番大好きで、そして一番怖い人……。
ずっとこうして夢見ていたい……。
リビングのソファで肩を寄せ合い、明けてゆく空を見ながら静かにカップを傾ける。
友雅はシャツを羽織っていたが、あかねは相変わらず友雅のシャツ一枚のみだった。
白い足を惜しげもなくさらし、友雅に寄りかかっている。
「天気、よさそうだね…」
まだ暗い空だが雲がないのはわかった。
あかねの呟きに、友雅は優しい眼差しを彼女に向けた。
今日は土曜日、あかねの学校は休みだ。
友雅はあかねの髪を軽く梳いて言った。
「どこかへ行こうか?」
「え?」
「私も休みだし、どこかへ出かけよう。嫌かい?」
「嫌じゃないよ!!でも、ホント?」
いつも二人で過ごすのは、この部屋だった。
外に出れば、兄と妹だったから。
愛を交わすのはこの部屋だけ。
だから二人は、この部屋にいつも籠っていた。
でも本当は普通の恋人のように振舞いたかった。
一緒にドライブしたり、ショッピングをしたり。
どこかに不安を抱えたまま、抱き合うよりも、穏やかな時間を二人で過ごしたかった。
「本当。どこがいい?」
友雅はそう言って、何でもないことのように笑う。
あかねはふんわりと微笑を浮かべて、友雅の肩に顔を伏せた。
「どこでもいい……。連れて行って…」
兄と妹でないところへ……。
捨てられない為に妹という立場にしがみ付く自分だけれど、本当は恋人になりたかった。
対等な、友雅にとって最愛の恋人に。
でも……。
捨てられるかもしれない不安が、妹であり続けようとする。
「ドライブしようか?」
「うん……」
連れて行って。
ここではないどこかへ……。
「お兄ちゃん…」
「ん?」
「キスして…」
もうすぐ夜が明ける……。
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