庭が白く雪化粧をした日。








 あかねは部屋の奥で、火鉢を抱え込むようにして背を丸めていた。
「さ〜む〜い〜」
 身体を固く小さく縮めながら呟けば、真っ白な吐息がこぼれていく。
 それを目にし、あかねは視覚からますます寒さが増したような気がした。
 手を擦り合わせながら火鉢に翳すと、大好きな人と共に暮らすためにこの屋敷に入った時よりも、ずいぶん伸びた明るいまっすぐな髪が、さらりと肩から零れ落ちた。
 その髪先さえ、冷たくなっている。
「雪だもんね。今年一番の寒さかな?」
 あかねは諦めたように呟き、胸元をきゅっと引き寄せた。







「おやおや、庭は真っ白な雪で美しく輝いているのに、私の白雪はお部屋に籠りっきりだね」
 くすくすと軽い笑いと共に、部屋に響いた豊かな深みのある声。
 あかねは火鉢にかじり付いたまま、ぱっと振り返った。
 几帳の向こうから、長身の美丈夫が笑いながら姿を見せる。
 友雅を見たあかねの顔が、輝くような笑顔に彩られた。
「お帰りなさい!友雅さん」
「ただいま、あかね。……火鉢に負けてしまったかな?」
「え?」
 不思議そうに見上げてくるあかねに、友雅は微苦笑を返しあかねの側に腰をおろした。
「いや、いつもは駆け寄って出迎えてくれるのに、今日は火鉢から離れようとしないから……」
「ごめんなさ〜い。でもほんっとに寒いんです!」
 友雅を出迎えなかった後ろめたさに、あかねのますます小さくなる。
 そんな可愛らしい愛妻の姿に、友雅はふわりと笑みを浮かべた。
「雪が舞っているくらいだからね。風邪のひきかけではない?」
 あかねがあまりに寒がるから、少し心配になったのだろう。
 友雅は伸ばした手で、あかねの頬に触れた。
「それは大丈夫です。寒いの、ちょっと苦手だから…」
 友雅の手の温かさにほっとして、少しだけ自分から甘えるように頬を擦り付けた。
 あかねの珍しい仕草に、友雅の笑みが深くなる。
「本当に寒さが苦手なようだね。……おいで?」





 ふわりと広げられた腕。
 あかねはその胸と友雅の顔を見比べ、仄かに頬を染めた。
 そしてうれしげな柔らかい笑みを浮かべると、身体を投げ出すように、ぱふんとその広い胸に飛び込んだ。
 友雅は身体にかかる心地よい重みを受け止め、大事そうにあかねの身体を抱きしめる。






「あったか〜い」
 ほう…っと吐いた溜息と同時に、寒さに強張っていた体から力が抜ける。
 友雅は少しでもあかねに温もりを分け与えようと、あかねを胸の中に深く引き寄せた。
 あかねも友雅の胸に顔を埋める。
 深く息を吸い込めば、馥郁たる侍従の香りがあかねを包み込んだ。
「寒い日もいいものだね…」
 友雅があかねの伸びかけの髪をゆっくりと梳きながら優しい微笑みを見せた。
「え?」
 寒さに参っているあかねが、少しだけ眉根を寄せて友雅の言葉に不満を示す。
 そのあかねの表情を見て、友雅がわずかに声を上げて笑った。
「友雅さん!」
「怒った顔も可愛いね」
「もう!ふざけないで!こんなに寒いのに、どうしていいんですか?」
「それはね…」
 友雅は言葉を切ると、ぎゅっと強くあかねを抱きしめた。






「我が姫が、こうして大人しく腕に抱かれてくれるからだよ」
「もう!友雅さん!」
 ますます頬を染めて、友雅の腕の中であかねが怒る。
 友雅はそんなあかねを抱きこんで、まるで子供をあやす様に身体を揺らした。
 そんな友雅にあかねがやがてくすくすと笑い出す。
 見交わす優しい視線。
 自然に重なる唇。
 心から暖かくなるぬくもりに包まれて、あかねは幸せそうに瞳を閉じた。
 












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