繁華街の奥深く。そこは決して人通りの多い華やかな場所ではない。
しかし、そこに燦然とそびえ立つ近代的な造りの15階建てビルの風貌は、周りの風景をも圧倒させるほどだった。
ミラーガラスで覆われた外観は、昼は太陽の光を反射させて瞬き、夜には近辺の鮮やかなネオンが四方から集まり、建物自体がイルミネーションのように光り輝いていた。
地下から13階までスナックやパブ、クラブなどの入居した雑居ビル……とはとても表現しにくい。少し離れた飲み屋の集まる路地に佇む雑居ビルとは比べものにならないほどだ。まさに"ゴージャス"という言葉が似合う、そんなビルだ。





そんなビルの中で、話題の最前線に常に登場する店がある。
---------CLUB 『JADE』。
地下1Fのフロアを全て使用した、メンズ・パブ……つまり、一般的な表現で言えばホストクラブである。
夜の商売だがタウン誌で特集されることも多く、地方誌に限らず全国誌に登場したこともある有名クラブだ。
話題を集める理由は、もちろんそこに勤めるホストたちにある。見栄えのするスタイルだけではなく、性格が個性的な者が揃っているのだ。年齢層も幅広く、二十歳前後の若い青年タイプから、少し落ち着いたそれなりの年令の男性タイプまで、客である女性の好みで彼らをチョイス出来るのが人気と言える。



それなりに金額はかかるが、毎夜のように訪れる若い女性の姿も後を絶たない。



そして、ここにもそんな女性が一人。




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「いらっしゃいませ。ご指名は?」
「…いつもの彼で。」
「オーダーは如何なさいますか?」
「…カンパリ。あとは席の方でオーダーします。」
「承知致しました。いつもご贔屓いただきまして、ありがとうございます。」
一見真面目な好青年、と言った感じの眼鏡をかけた彼は、ホストというよりも銀行などに勤務していそうな感じだ。彼は大抵受付のみで、入店した客のエスコートをするだけなのだが、そんな普通の雰囲気もまた女性達の人気を集めている。



彼女がいつも指名するのは、すっきりと短い茶髪が若々しい青年タイプの彼だ。飾りっけのないラフなスーツの着こなしも、また彼の個性としてよく似合っている。彼女と並ぶと、同級生という感じだろう。
あかねは彼に案内されるがままに、フロア全体が視界に入る奥の席へと歩いていった。




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「橘さん、顔を出すにはお時間が遅すぎますよ。」
やっとスタッフルームから出てきた友雅を、とたんに一括したのはチーフマネージャーの鷹通である。それもそのはずで、彼は既に二度目の休憩時間に入るためにこちらにやってきた。なのに友雅はと言うと、ようやくこれから最初のフロア登板なのだ。
「すまないねえ…色々と懇談とかあって忙しくてね。でもどっちみち私のような年輩者が店に出たところで、たいして客足は変わらないだろう?若々しくて華やかな鷹通たちがフロアに出てくれた方が店も盛り上がるってものだよ」
鷹通の少し曲がったネクタイをくいっと引っ張って、悪戯めいた笑みを浮かべるその表情は、同性が見ても艶めかしい。
「……さっきまでに、橘さんをご指名のお客様を5組もお断りしてます。私などが店に立つよりも、橘さんがフロアに立って頂いた方が、よっぽどお店も儲かるというものですけれど。」
容赦のない鷹通の言葉には、さすがの友雅も反論のしようがなく苦笑を浮かべるしかない。
「結構言うねえ…。ま、真実はどうか分からないけれども…取り敢えず店に出てくるよ。」
そう言い残してすれ違いざまに、鷹通の肩をポンと叩くと友雅はフロアへ続く廊下を歩いていった。




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ビジータイムのピークは既に終わっていて、賑やかな女性の声よりも穏やかなアダルトムードがフロアを包んでいた。流れてくるブルースナンバーも、自然に空気に溶け合っている。
友雅はカウンターの中に潜り込み、適当なブランデーをロックでグラスに注いだ。
「オレにも一杯ちょーだい」
少し荒削りな声が目の前に近づいて、カウンターの椅子に腰を下ろした。
「今日は一段落かい?」
「ああ、まあオレ常連のお客さんもみんな帰ったし。今日はこんなところじゃねえの?」
モスコミュールのグラスを傾けながら、天真は身体を大きく伸ばしてつぶやいた。
彼は大学生である。本当ならこんなホストの仕事などよりも、肉体労働などをしていた方が似合う気質なのだが、何せ今のご時世ではあれこれと金が必要で。その結果、大学生も金策に苦労するのである。
というわけで、こんなアルバイトに辿り着いてしまったというわけだが、なかなかこんな性格がウケているらしい。





「あんた目当てのお客さんも、何人か相手したぜ?『今日は友雅さんはいないの〜?』とかさ、甘い声して残念そうにしてたぜ?」
天真の皮肉にも似た言葉を聞くと、友雅は笑って返事を返す。
「そうかな?でもそのおかげでみんな君の方へお客が流れていくかもしれないよ」
「……ただじゃ起きねえヤツだよな、アンタも」
彼の手の中のグラスは、すでに空になっていた。




「そういえば…今日もいつものお客さんは来ていたのかい?」
一息つくために休憩に入ろうと立ち上がった天真に、友雅が声をかけてきた。
「いつもの?って……どんな客?」
「ほら、週に何度か君を指名にやってくるだろう?サラサラした肩にかかるくらいの髪をしていて…天真と同じくらいかな?少し若く見えるけど。」
今日の自分の客の顔を、次々とゆっくり思い出しながら、スライドしていくモンタージュは一人の女性のショットで止まった。
「ああ、いつも来てる子でしょ。大学生とか言ってたな。」
「女子大生でホストクラブ通い?随分と裕福な生活をしてるねぇ…どこかの社長令嬢かい?」
と言いつつ友雅は、彼女の姿を思い出してみる。
二十歳になるかならないかの大学生で、毎週のように店にやってくるとは、とうてい普通の学生では考えつかない。
だが、面影に残る彼女の姿を見た限りでは、お世辞にも令嬢という日常で育ったような感じには見えない。あくまでも、普通の女の子という感じだった。
「さぁ?そこまではオレも突っ込んで聞いてないし。」
「天真のお客さんだろう?しかも毎回君を指名するということは、よほどお気に召しているんじゃないのかい?私は別に店員と客との恋愛には文句はないけれど。」
友雅がそう言うと、天真はカタン、とカウンターに空のグラスを置く。
「悪いけど、オレの好みとは全然違うんだよな。それにあの子には他に…………」
天真は途中まで何か言いかけて、何かに気付いたかと思うと頭を両側に振り回した。
「と、にかく!オレはあの子とは全然無関係っすよ!」
そう言い残して席を立つと、天真は慌ててスタッフルームへと消えた。





この店にやってくるのは、大概がミディアムブルジョアのミセス。または有名商社勤めのOLグループ、時には同じようにナイトワークを生業にしているホステスたちが常連だ。
そこに普通の女子大生。否応でも不釣り合いで目についてしまう。
すれていない素直そうな、化粧っけのないナチュラルな雰囲気の彼女。





一体どんな娘なのか。
そんなことを気にしはじめてから、友雅はいつしか彼女が店にやってくるのをどこかで待っているような気になっていた。











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